花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

7

 何日経とうが二人の仲が改善することはなかった。

 篠崎さんは特に気にする素振りも見せずどうとも思っていないようだったが、沙苗ママは僕に会う度しつこく篠崎さんの様子を聞いては文句を言う日々が続いていた。正直その相手が心底めんどくさくて、でも聞いてやらないと周りの人が八つ当たりの標的にされてしまうので身体よりも精神的な部分で物凄く疲労感を感じていた。

 そんな僕をどうにか支えていたのは、眞鍋さんとの食事の約束。日にちは結局僕の誕生日当日になり、お互いの仕事終わりに僕の行きつけの居酒屋で飲む約束になったのだった。

 女性との食事なんだからもっとこう…オシャレなバーとかそこそこなレストランじゃなくて良いのかと思ったけど、眞鍋さんは気軽に食事ができる場所がいいのだそうだ。

 あの騒動から一週間が経った頃。

 夕方、しとしと降る雨を店内のカウンターから窓越しに眺めながら、僕は一人店番をしていた。あと一時間もすれば早乙女さんが授業を終えて出勤してくるし、今日出勤している店長はクレーム対応に、ケンさんと奏太は配達に出てしまっていた。

 雨のせいか客足も芳しくない。店内に流れる店長好みの静かなジャズが地面や外のビニール屋根を打つ雨の音と相まってリラックスした雰囲気を醸し出していた。

 バイトだから言えるけど、こうして客足が少なく静かな時間がある方が好きだ。こっちの方が逆に花屋らしいというか…性格もあるかも知れないけど、ザワザワ忙しいのは嫌いだった。

 置いていた帽子を横によけて、様々な色のアレンジメント用リボンをカウンターに広げた。予めこうして用意しておけば、いざという時にさっと作れる。その分、しっかり前以て作り置きしておかないと沙苗ママの雷が落ちるのだ。

 ピンクと赤のリボンを使って飾りを指先でちまちま作っていると、カラン、と来客を知らせる鈴が鳴った。開いた扉の隙間から雨の音が店内へ流れ込む。

 「…いらっしゃいませ」

 リボンを作る手を止めずに、僕は椅子から立ち上がって顔を上げた。

 小学校の高学年位だろうか。スラリと背が高く、長い髪を耳の下で二つに結っている。気の強そうなつり目と一文字に結ばれた薄い唇。筋の通った鼻の横には小さなほくろがあった。僕が子どもの頃に最も苦手としていたタイプの女の子だったが、妙に気落ちしている様子で僕の手元のリボンをぼんやりと見ているようだった。

 使い込まれたピンク色のランドセルは傘に収まりきらなかったのか水滴が付いていた。最近のランドセルは機能性がうんたら…と謳っているが、撥水加工がされてある辺り、僕らの時よりずっと進化しているように思える。

 飾りを完成させた僕はやっとその手を止め、

 「いらっしゃいませ」

 もう一度、ハッキリと言った。

 ゆっくりと顔を上げた女の子はぴょこりと跳ねるようなお辞儀をすると周りを見渡した。洗濯されて色落ちした巾着袋がランドセルの横で揺れる。

 「何か、欲しいものがあるんかな?」

 なかなか口を開く素振りを見せないので僕から彼女に尋ねた。女の子は一瞬戸惑いを見せ、

 「あの…アレンジメント、下さい…」

 今にも消えてしまいそうな弱々しい声でそう言った。

 何か訳ありに違いない。僕はカウンターを出てキーパーの前へ彼女を案内した。

 うちの店はアレンジメントを主に扱ってるから、切り花の数が多くてキーパーが店の大半を占めている。その一角にアレンジメントのみを置くコーナーを作り、常に様々な色や大きさのアレンジメントを作って置いていて、気に入ったものがあればスタッフにそれを注文する、というシステムだ。

 けど、6月は祝日やこれといったイベントがなく、梅雨時期ということもありアレンジメントはあまり置いていなかった。

 ガラス越しに吟味するように、女の子は真剣な眼差しでアレンジメントを選ぶ。唇をギュッと噛み締め、大きく見開いた目はアレンジメントを一つずつ大きな花から小さな花まで…まるで塗り絵をするように…隅々まで見ているようだった。何だかアレンジメントの批評をされているような妙な緊張感に押し負けて、僕は静かにカウンターの向こうへと戻った。

 「ごめんなさい」

 と漸く彼女が口を開いたのは、早乙女さんが出勤してきて少し経った時だった。僕がレジ点検を終えて片付けをしていると店の奥から申し訳なさそうに姿を現すと、またか細い声で

 「…欲しいのが無かったので…ごめんなさい…」

 俯いた彼女の切り揃った前髪の端から見える唇は今度こそ震えているように見えた。というか、震えていた。声も肩も震わせ、女の子は「ごめんなさい」ともう一度だけ言うと店を出て行こうとした。

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