偉人転生乱舞

東雲ノアキ

始まりの夢

ー今日で何日目だろうか?
 夜な夜な私の意識に現れる紅い光と脳裏に響く声。心臓の鼓動に呼応するように明るさを増す。私の眼と同じ色。罪の色。あぁ、死神でも来たのだろうか。生きていても満たされない私を憐れんで、連れて行こうとしてるのだろうか?
『あなたは誰?』
特に意味はないけれど、私の意識を疎外して心が聞きたがっていた。
『…』
紅い光が私を包み込んだ。熱いのに、なぜか見守られている感じがした。ー触れたい。あなたに。
『………お前は我と共にある……いずれお前の世界には歪みと災いが訪れる…その時まで……』
紅い光はいつもそう私に意識を残すのである。


   …ぴっ。スマホのアラームを叩くように切る。
「んーー…!」
 また次の日、になった。昨夜の夢は起きても忘れることはない。
 顔を洗って、朝食を食べる。歯を磨いて着替えて、また部屋に戻る。大きなデスクに腰掛けて、仕事を始める。
仕事といっても、インターネット通販の監視役みたいなやつ。楽しいわけじゃない。外に出たくないからここでやれる仕事を選んだだけのこと。収入は生活費税金でギリギリ。
 刺激のない生活ほど、生きがいのないものはない。

 私の名は、信乃。幼い頃に両親を事故で無くし、高校までは施設にいた。周囲の子供達は中学を卒業すると同時に施設を出て、一人暮らしをし、バイトで生計を立て高校に行く。しかし私は高校まで施設で世話になっていた。信乃自身も高校は自力で行こうとした。しかし、それをしなかった。出来なかったという方がいいだろうか。
 『気味の悪い子…』
施設を出れば、外野は私をそう言う。この眼のせいだろう。
ー紅い眼。生まれた頃からこうだった。そのせいか、周囲の者は我が家を忌み嫌った。味方だった、社交的な母も、仕事熱心な父も、そのせいで心を病んでしまっていた。私は家から出してもらえなかった。暗い部屋で両親の愛情を受けた。それだけで良かった。幸せだった。こんな私でも愛してくれる人がいたから。
 そしてある日、3人で車で出掛けたら、突如目の前が白い光で明るくなった。なのに次の瞬間真っ暗になった。ー気付いたら天井が見えた。体は動かすのも痛いくらいに重傷を負っていた。あたりを見回しても両親は見当たらない。ただ聞こえるのは医師看護師の慌ただしい足音と声。
 両親は即死だった。
ーきっと私のこの呪われた眼のせいなのだろう。
私は確信した。私は人を不幸にすると。せめて両親だけでも恩返ししたかったと、幼心に後悔が残る。
 夢のあれが本当に死神ならば、私を連れて行って欲しい。両親の元に。この、満たされない世界から。

 月末の報告のため、地方事務所へ向かおうと、私は夜道を歩いた。今日は満月だった。こんな明るい夜は久々で、紅い眼が見えないように、黒いフードを被る。
 「お疲れ様でしたー。」
私は事務所を出て帰路へ着く。東京はまだ明るい。少し寄り道でもしようと思った。こんな私だが、行きつけのバーには1人友人がいる。久々に行って顔をだそうか、そう思った。
 そのバーはビルとビルの間の細い路地の奥に位置している。人1人入るのがやっとの路地ではある。所謂、穴場のようなところだ。その路地を入ろうとした時ー。
 ガタンっ!ガガガっ!
 「たっ…助けてくれ…!」
確かにそう聞こえた。ここは行くべきか。もしヤクザ同士の喧嘩だったらこっちも危ないし…だけど、殺人未遂的な感じになったとして、知らないふりをしてたなんてなったら私自身これから生きていく上で辛いかも…いや、もしかしたら死ぬかも…そんなことを考えた。
 「よし、逃げよう…!」
結局こうなった。帰る道へと足を運ぼうとした。その時だった。それは急に起こった。
 ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。耳がキーンと痛む。
 息苦しい。クラクラする。ザザザッと耳鳴りがする。
 『……め。』
夢の声がする。紅い光の声。空耳かと思った。しかし声はだんだん鮮明に聞こえ始める。
 『…進め…!』
抗えないと思った。行かなくてはならないと思った。ゆっくりと路地の奥へ、震える足を運ぶ。いつの間にか、早歩きへ、やがて走っていた。
ーー夜空の満月が、僅かひと塊りの雲に覆われていた。

 路地の奥にうっすらと影が見える。大人2人の影だ。私は足を止めて、唇を噛む。怖い。だけど、逃げたらいけない気がした。一方の影がもう一方の影に掴まれている?ように見えた。掴まれている方は殆ど動かない。あ、あ、と幼児言葉のようなものしか言わない。
 私はゆっくり近づいた。足音を消して、息を殺して…
 突然、優勢の影がこちらを振り向いた。
 (しまった…殺られる…!)
 ひ弱な女の身だ。男性には敵わないのは当然だ。
 優勢の影が、ゆっくり口を開く。
 「誰だ…お前は…?」
 意外だった。声はとても柔らかくて、そこからは殺気が感じられない。私は警戒心は人一倍強い方だと思っている。不思議だ。寄り添いたいような、縋りたいような意識が生まれる。
 「えっと…こっちに来たら音がして何かなって…思って…。すみません…。け、喧嘩なら…別のところでやってください…!」
勇気を出して口を開いた。優勢の影は劣勢の影から離れた。そして、私の方にゆっくりと近づいてきた。
 「いやーごめんごめん。でもね、こっちも仕事なんだよねー。お嬢さん。悪いけど、ここから君が離れる形でお願い出来ないかなぁ?」
 口調は落ち着いている。きっと見られてもいい場面だったのかもしれない。
 「そ、そうですよね…あはは…」
精一杯の引きつり笑いだった。うぅ、鏡で見て見たい。
 すると、先ほどまで雲隠れていた青い満月が夜空に再び姿を現した。路地に光が差し込む。
(しまった…!走ったからフードが…!)
 時すでに遅しとはこのことだ。私の顔は月光に照らされ相手に認識されてしまった。もちろん彼の顔も見ることになる。
 「あーあ…バレちゃった☆」
楽しそうにあどけない笑顔を見せた彼。茶色い髪に整った顔。日本人にはいない緑の眼。ハーフだろうかとも思ったが、彼の顔は純日本人の顔だった。
 暴力団の見てはいけないものを見たから殺される…!ドラマでよく見るような展開だ。そう思って逃げようとした途端、今度は心臓だけでなく、体全身がドクンッと鼓動した。苦しくはないが、ぞわぞわと背筋に電気が走る。何か体の中から抑えられないものが出てきそうな心地がした。
 「あれ?お嬢さん?うっ…これって…」
 男性が私に声をかけるが、彼の方も苦しみ出した。
 「…すごいな…君…もしかして…」
 彼がそういった次の瞬間、私の体から、紅い、霧のようなものが溢れ出した。もう抑えられなかった。
 意識が朦朧とする。

ー助けて欲しい。心からそう思った。自分でない何かかが私を覆おうとしている。
 「そうか、お嬢さん、君は…」
彼は先ほどのあどけない笑みから、真剣な眼差しをこちらに向けた。そして、私の背後に広がる紅い霧を睨みつけていたーー。

コメント

コメントを書く

「歴史」の人気作品

書籍化作品