幽霊探偵零子さん!私を殺したのは誰?

漆黒の饅頭

第一話 気づいたら死んでました

 目が覚めると、ただただ真っ白い世界でした。
 しかし眩しさは感じられず、すぐに世界を見渡せました。
 次に私の姿を、足元から見ようとしました。
 しかしおかしいのです。なぜかと言いますと、二本の足が見えなかったのです。
 そして気づきました。自分には今「立っている」という感覚が備わっていないことに。
 続いて太ももから腰にかけて目を移すと、太ももはあるのです。スッと出てきたというか、見えると言いますか、下からだんだん濃くなるように私の目には見えました。
 私は自分の太ももを触ろうとしました。そしてまた不思議なことに、触ろうとしても、通り抜けてしまうのです。
 某ジブリアニメの、少女が消えそうな自分の手を何度も何度も触ろうとするように、私は私の太もも、頭をさわりました。やはり通り抜けます。そして左手をさわろうとしたとき、なぜ今まで気づかなかったのか、普通触る時に気づくものなのに、またまた私の体はおかしいのです。
 左手、及び左肘が、プツンとなくなっているのです。
 スッと消えてる感じではないのです。誰が見ても、私の左肘はないのです。私は数秒間思考が停止しました。
 ハッと我に帰り、ある一つの当たり前の考えが頭に浮かびました。夢です。ああ、これは夢なのです。なんでもっと早くわからなかったのだろう。夢だと考えれば、さあ、早く覚めてしまいましょう。夢と言うのは完全に夢だと割りきれば覚めるものなのです。これは夢。これは夢。夢、夢、夢。
─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────…………………
 何故でしょう?
 全く覚めません。
 相変わらず白い世界で、足はなく、左肘がプツンと切れた私が、一人で存在しているのです。
 そういえば、私の名前はなんだっけ?
 ふと、そんな疑問が頭をよぎったとき──
「ごきげんよう、新人さん」
 キレイな女性の声が私に話しかけてきたのです。
 振り替えると、その声に負けないくらいの、美人な女性でした。黄金色の髪は腰の下まであり、藍色の瞳は全てを見透かす鏡のようです。女性にも足はありませんでしたが、左肘は美しく、そこにあります。真っ白なドレスを見にまとい、天使と女神を組み合わせたような女性でした。
「私はこの世界の案内人です。あなたは、死んでしまいました。」
 案内人と名乗る女性の言葉を、私は受け入れることができませんでした。信じられないからです。私はこの気持ちを言葉で話すために、声を出そうとしました。
 すると驚くことに、いや、ここまでくるとそこまで驚きませんでした。声が出ません。
「ああ、失礼。あなたに声を与えなくては。」
 案内人は私の喉に手を添えると、目を閉じ、歌い始めました。その美しい歌が終わると、目を開けて、喉からてを離しました。
「さあ、あなたの今のお気持ちは?」
「……あなたは先ほど、私は死んでしまったとおっしゃいましたが、私には信じられません、これは何か特殊な夢なのではないのですか?」
「いいえ、あなたは確かに死んでしまったのです。しかし、証拠もなしに言われて、信じられなくても仕方ありませんね」
 そう言って案内人は私の頭に手を置きました。
 刹那、私の記憶の中に、救急車のサイレン音、私を見る青ざめた顔、誰かに切られる感覚が、浮かび上がりました。
 気づくと元の白い世界に戻っており、私の心の中には自分が死んだという認識が芽生えました。
「ああ、私は死んでしまったのですね」
「はい。真実を受け入れられるのは難しいと思いますが──」
「あ、いえ、何か今見せていただいた記憶を見てからは、大丈夫です。しっかり受け入れられました」
「そうですか。それは良かった」
 案内人は優美に微笑み、不思議な能力で紙と羽ペンを出しました。
「あなたは今から死後の世界の人間になるわけですが、その前に様々な手続きをしなければなりません。まず、この紙に、あなたのことを書いてください」
 紙には名前、性別、死因、家族構成、そして殺人経験の有無を記入する欄がありました。
 私は困りました。なぜなら、私は私が女であること以外、何も覚えてないのです。
「すみません、これ、全て記入しないといけないのでしょうか?」
「そうですね。あなたの魂が天国行きか地獄行きか、転生するのかしないのか、様々なことを決定するための大切な資料ですから。どうかいたしました?」
「私……、性別以外覚えてません……」
 そう言うと、案内人は美しい顔をしばしば硬直させ、そしてため息をつきました。
「……残念ながら、少々面倒なことになりました。あなたはこれから、現世に戻り、生前のあなたの正体を突き止めなければなりません」
「そんなに面倒なことなのですか?あなたの先ほどのような不思議な能力で、私の正体を思い出すことは不可能なのでしょうか?」
「申し訳ございませんが、私ができるのは、あなたの死後の案内だけです。あなたの正体は、あなたしか分からないのです」
「はぁ……、それで、現世に戻るにはどうすればいいのですか?」
 私が質問すると、案内人は軽く会釈をし、背中を向けると、壊れたスマートフォンを不思議な能力で取りだし、誰かと連絡をとり始めました。
「もしもし、お忙しい中すみません。死後の世界案内係の清水と申します。……はい、いつもお世話になっております。今回お電話したのは、現世の正体サポーターの方を依頼したくて。……えー、ご本人様は性別しか分からない状態です。……いえ、死んでしまったことは受け入れております。……あ、はい。ありがとうございます。では、失礼します」
 電話が終わるとスマートフォンを消し、こちらに向き直りました。
「安心してください。業者の方がもう少しで来られます」
「今のは?」
「現世と死後の世界の境目に位置する、“現死お悩みセンター”というところに連絡しました。あなたのように死後の自分が分からない人や、死んでしまったことが受け入れられない人のために、解決するプロなんです。あ、噂をすれば」
 案内人の視線を追うと、そこには青いスーツ姿に赤いネクタイ、まるめがねをかけた私より背の低い少年がいました。
「こんにちは。現死お悩みセンターから参りました。現世の正体サポーターの青山です。よろしくお願いいたします」
 中学生くらいの見た目に合わない、社交的な言葉遣いに、私は違和感を覚えていたところに、案内人──清水さんが口を開きました。
「こんにちは。お忙しい中すみません。こちらが今回の新人さんです」
 清水さんは私を紹介しました。青山さんが私の方を向きます。
「それではまず、新人さんの仮の呼び方を決めましょう。ずっと新人さんというわけではないのですから」
 青山さんは不思議な能力で割れ気味のタブレットを出すと、こちらに見せました。
「あなたは女性なので、この中からお選びください」
 割れた画面には花子、真理子、優花、直美、零子という、どの基準で選んだのか分からない女性の名前が書かれていました。5択だし、そこまで嫌な名前をなかったので、私はなんとなく一番最後の零子を指差しました。
「これでお願いします」
「わかりました。では、あなたのことはこれから零子さんとお呼びします」
「それで、私はこれからどうすればいいのでしょう?」
「はい、零子さんはご自身のお名前、死因、家族構成、殺人経験の有無を覚えていないということなので、これからあなたには一時的に幽霊になってもらい、現世に戻り、ご自身について調べてもらいます」
「幽霊って、どうすればなれるのですか?」
「幽霊になるのは簡単です」
 そう言って青山さんは不思議な能力で紙とボールペンを取りだしました。
「これに、今の呼び名を書いていただければ結構です」
 その紙にはこう書かれていました。
『私は一時的に幽霊になることを希望します
 氏名________』
 今の呼び名ということは零子でいいのでしょう。私は青山さんからペンを受けとると、氏名の欄に、零子と書きました。
「ありがとうございます。それでは、現世に行きましょうか」
 あまりにもすんなり進みすぎて、聞きそびれるところでした。
「あの、自分について調べるって、具体的にどうすれば……」
「ああ、すみません。安心してください。僕がサポートしますので」
 青山さんが言い終わると、清水さんが口を開きました。
「あなたの正体がわかりましたら、再び案内させていただきます。それでは、頑張って下さいね」
 そう言って清水さんはスッと消えました。
「それでは、僕のてをとって、目を閉じて下さい」

 私は言われたとおり、青山さんの手を掴むと、目を閉じました。

 そのとたんに、私の体は沈むような感覚に包まれ

 私は眠ってしまったのです。

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