Each other's backs

有賀尋

To say welcome home

『ごめん、2人に頼みたいことがあるんだ』

いつきさんからそう連絡が来たのは、あの一家総出の任務が決まった日だった。

「瑠衣、いつきさんから俺達に頼みたいことがあるって」

ベッドで雑誌を読んでいた瑠衣に声をかけた。

「頼みたいこと?」
「うん、いつきさん達総出の任務が決まったでしょ。その時に尋のお守りしてほしいって」
「それはいいけど、いつ?」
「俺達がフリーの日」
「いいよ」

返事を聞いてすぐにいつきさんに返信する。
するとすぐに動画が送られてきた。行ってほしくなくて、尋が大泣きしている動画だった。
尋は察しがいいし、覚えもいい。実際見分けが難しい俺達の事もすぐに覚えたし、笑うと可愛い。俺達にも弟ができたみたいで嬉しかった。全員出撃と聞いた時、流石の俺達も驚いた。あの家には尋がいるし、1人でなんていられるわけがない。大体、任務に行っても誰かは必ずいた。尋にとって誰もいないのは怖い事なのに。

「何見てんの?」

瑠衣が覗きこんできた。
俺は端末に送られてきた動画を見せる。

「大泣きしてんなー」
「尋察しいいから。雛森さんの顔でわかっちゃったんだと思うよ」
「すごい顔してるもんな、雛森さん」
「俺達は尋に怖い思いさせなければいいから」

当日、朝食を済ませて家に行ってみると、有賀さんといつきさんが出迎えてくれた。

「来たよー!」
「お邪魔します」
「いらっしゃい、上がって」
「悪いな、フリーなのに」

有賀さん達はまだ部屋着のままだった。
たぶん朝食が終わったくらいなのだろう。

「気にしないで、尋のお守りなら苦じゃない」
「1人は危険ですから」

家に上がってリビングに向かうと、全員勢揃いしていた。

「瑠衣兄ちゃん!璃斗兄ちゃん!」
「よー尋、ちょっと久しぶりだな」

瑠衣が尋を抱き上げると尋は笑っていた。

「お待ちしてました」
「出るのはあと2時間後だっけ?」
「そうですね」
「昨日ぐずられたから不安でしかないけど…」

有賀さんと長谷部の尋を見つめる目が心配で満ち溢れていた。

「それでも行くしかないですもんね…」
「だーいじょうぶだって、俺たちに任せてよ」

尋を抱いて、自信ありげに瑠衣が言う。

「だといいけど…頼むな」
「わかりました」

瑠衣がうまく尋の気を逸らしていた。瑠衣と尋はすぐに仲良くなっていたし、空気が似ていた。こういうのは瑠衣が上手い。
その間に百瀬さんと長谷部からの申し受けをして、準備してもらった。雛森さんが1番に準備を終わらせて戻ってきた。瑠衣と遊んでいる尋を優しい目で見つめている。

「おとーさん!」

尋が雛森さんに手を伸ばした。

「どうした、尋?」

雛森さんは瑠衣から尋を受け取って抱き上げた。
サクラコートに身を包む雛森さんを見るのは初めてではないし、尋を抱いている姿を見るのも初めてではないはずなのに、どこか初めて見る雰囲気だった。

「…んーん!ぎゅーしたかったの!」 
「そっか、わかった」

優しく微笑んで、雛森さんは尋を抱きしめた。
それから準備を終えて戻ってきた有賀さんやいつきさん、長谷部もその光景を見つめた。

「親子だな、ほんと」
「そうですね」
「願わくばずっとあの光景が見れればいいなって思うけど」

平和そのものの光景に、俺達は微笑ましく見つめていた。反対に雛森さんは真剣な表情で、尋は不安げに抱きしめていた。

「尋の泣き顔が1番堪えるからな」
「今日の任務にかかってますね」
「そうだね、無事とはいかないけど、ちゃんと帰ってこよう」

百瀬さんや鯰尾が準備を終えて戻ってきて、全員揃った。ちょうど時間になり、全員が玄関に向かった。
瑠衣と尋と俺は玄関まで見送りに行った。

「おとーさん…おかーさん…兄ちゃん…」

尋が不安げに見回した。不安なのか、目に涙をためて瑠衣の足にしがみついていた。瑠衣が抱き上げ、俺は尋の頭を撫でながら、せめて泣かないようにと頑張った。すると雛森さんは尋の頭に手を置いて、

「大丈夫、ちゃんとみんな帰ってくる。だから兄ちゃん2人と一緒にいい子で待ってるんだぞ?」

と優しく諭して長谷部特製の『お守り』を首から下げさせていた。もしも尋が泣いたりした時に聞かせてくれ、と言われている。
さすが父親だと思った。俺と瑠衣には父親と呼べる人がいない。だから尋は恵まれている。
尋は頷くと、雛森さん達は玄関を出ていった。

「尋、帰ってくるまで兄ちゃん達がいるからな」
「どこも行かないから大丈夫だよ」
「瑠衣兄ちゃん…璃斗兄ちゃん…。帰ってくるかなぁ…おとーさんとおかーさんと兄ちゃん…皆…僕の事置いていかない…?」

思わず瑠衣と顔を見合わせて、すぐに尋を抱きしめた。

「大丈夫、尋を置いていったりしないよ」
「ちゃんと帰ってくるって約束したんでしょう?だったらおかえりって言ってあげよう?」
「うん…」
「さて、兄ちゃん達と遊ぼう!」

リビングへ戻り、瑠衣は尋と、俺はパソコンの前にいることにした。長谷部に頼んで、小型のインカムを作ってもらって、傍聴だけできるようにしてもらった。

できるだけ尋が寂しくないように。考えた末に俺達で出した結果が一緒に遊んだり、昼寝したり、いつも通りの事をしてあげることにした。
一緒に遊んでいてもどこか心配なのか、心配そうな顔をしていた。瑠衣に抱かれたり、俺に抱かれたり、尋は尋なりに怖さと不安を抑えているように見えた。その姿が愛おしかった。昼食を食べ終えて、片付けも終え、瑠衣が絵本を読んでいると尋が船を漕ぎ出した。

「尋、眠い?」
「うん…」

時計を見るとちょうど昼寝の時間になっていた。

「尋、昼寝しようか」
「ブランケット持ってくるよ、寝てて」

近くに必ずブランケットが置いてある。尋の昼寝のために百瀬さんが置いてくれていた。
持って戻ると、瑠衣が人差し指を口に当てた。瑠衣の服を掴んで既に夢の中だ。

「尋寝ちゃったんだね」
「がっちり掴まれた。どこにも行かねぇってのに」
「怖いんだよ、きっと」

そっとブランケットをかけて、俺も尋を挟んで横になる。よく見るとうっすら涙を浮かべていた。そっと指で、涙を拭った。

「…おとーさん…おかーさん…兄ちゃん…」
「…寝言でも心配してるんだな」
「そうみたいだね」
「大丈夫だよな」
「怪我はしてるみたいだけどね。尋の昼寝が終わって少ししたら帰ってくるんじゃないかな、包帯だらけだろうけど」

そっか、と瑠衣は尋の頭を撫でた。
尋は泣かなかったし、ぐずりもしなかった。お守りは本当にお守りの役目を果たしていた。
しばらくして昼寝から起き、遊び始めた頃。

「ただいま」

雛森さんの声が聞こえたかと思うと、尋はおもちゃを置いて玄関に走っていった。

「おとーさん…!おかーさん…!兄ちゃん…!」

俺達が追いつく頃には雛森さんはしゃがんで尋を受け止めて抱き上げた。チャーチに寄ってきたのか、全員満身創痍という言葉がぴったりなくらいだった。雛森さんに抱かれて、尋は初めて大泣きしていた。

「尋、みんな帰ってきたぞー」
「ただいま、尋」
「おかえり…!」
「尋の世話ありがとうね」
「大丈夫だよ、尋泣かないで待ってたんだ」
「偉かったですよ。昼寝もしたし」

昼寝で泣いていたことは内緒にしておこう。
不安で不安で仕方なかった尋は居ない中でも頑張っていたのは本当だし、頑張った事を報告してやるのが普通だろう、と思ったからだ。
夕飯を一緒に食べて、百瀬さんの母親ぶりに感嘆した。夕飯までごちそうになって、何もしないのは癪なので、皿洗いをさせてもらった。普段やらない事をするのは楽しかった。
皿洗いを終えて戻ると、雛森さんと百瀬さんと尋は既に部屋に行ったらしかった。

「じゃあ俺達お暇します」
「有賀さん、また手合わせしてねー」
「怪我が治ったらいくらでもしてやるよ」

そうして出てきて、2人でチャーチに向かう帰り道を歩く。

「璃斗、今日楽しかったな」
「そうだね。弟ができたみたいで嬉しかった」
「そうだな。また尋と遊びたいな」
「…そうだね」

尋がおかえりと言った時のあの人達の顔は忘れない。すごく安心した顔だった。俺は立ち止まって空を見上げた。

おかえり、か。

「璃斗ー?」
「今行く」

帰ってきた時はそうして迎えてあげよう。
そう決めて瑠衣の隣を歩いた。

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