記憶の対価（１２）

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「親父！　この皮袋と同じものを出来るだけ用意して欲しいって」
「どういうことだ？」

　皮袋の用意をジャイカルドに願い出たところ、彼に直接、父親を説得するように俺は言われて、ジャイカルドの父親の所に顔を出していた。

「僕が説明させて頂きます」

　俺は、ジャイカルドの父親が食料の倉庫を管理していることは、前回の巻き戻しのときに教えてもらっていたが、出会ったのは初めてだ。

　ジャイカルドの父親は大柄な体躯に厳つい顔をしている。
　無精髭を伸ばしていて熊のような顔をしているが、西洋風な顔つきから不潔な雰囲気を感じさせない。

「君は……、シューバッハ騎士爵様の……」
「はい。息子です」

　俺の言葉にジャイカルドの父親は、眉間に皺を寄せると「皮袋を用意して欲しいというのは父親からの話かな？」と語りかけてくる。
　正直、父親からの話ではないが……、アルセス辺境伯へ伝えれば要求はほぼ通る。
　
　まだ承認を受けてはいないが先に手配をしておくことを優先しておくべきだろう。

「そうなります。お父さんからの話です」

　ジャイカルドの父親が、大きな溜息をついて俺を見てくると口を開く。

「アドリアンの息子でも、それは無理ってもんだ」
「どうしてですか？」
「坊主、俺達が何も知らないとでも思っているのか？」
「それは、どういう意味ですか？」
「川を越えた先に、大勢の兵士がいるだろう？　皮袋は、そのために使うものじゃないのか？」
「……親父どういうことだ？」
　
　ジャイカルドが父親の話に首を傾げたあと、俺に視線を向けてくる。
　そして、ジャイカルドの父親は。

「どうもこうもない。俺達、村人に内緒で大勢の兵士を川向こうにシューバッハ騎士爵は向かい入れているんだよ。どうして何も俺達に言ってくれないんだ？」
「それは――」

　そんなことを言えるわけがない。
　アルセス辺境伯の2000人にも及ぶ兵士が来ている本当の理由。
　魔王が、村の近くに存在している。
　それを知ったら、村人がパニックを起こす可能性が非常に高い。
　そんなことになれば軍事行動が失敗する可能性だってあるし、魔王を倒せなくなるかも知れない。
　
「なあ、坊主。俺達は、シューバッハ騎士爵を信じて村に住んでいるんだよ。例え受け入れがたい事実で合ったとしても、本当のことなら……、俺達はそれを受け入れる。だがよ、嘘だけは――、何も説明されないことだけは勘弁してくれ」
「……」

　俺は、ジャイカルドの父親の言葉を聞きながら、何度も繰り返した時の中で、フィーナの妹であるレイリアを助けるために村人が助けてくれたことを思い出す。
　その時に感じたのは、村人を助けるために力を貸してくれる。
　そんな村人――、住んでいる人たちの気持ちで。

　そんな人たちに俺は――。
　否、俺達は自分たちの考えや思い込みを優先して軍事行動をしていた。
　村を本当の意味で生活の場として支えてくれているのは、村人たちであったのに……。
　そんな村人の思いを無視して行動をしていた。
　それは、この世界の常識を持つ領主という立場からなら問題はないのだろう。
　何故なら、領主というのは領地と民を守るのが仕事なのだから。
　多少の秘密くらいは問題ないのだろう。

　――だけど……、俺は日本人の日本人としての知識と経験を持って転生してきた人間だ。
　だから……。

「アルス？」
「坊主？」

　二人が心配そうな表情で俺を見てくる。
　本当に、彼らが望むことを伝えていいのか？
　それは間違っていないのか？

　自問自答を繰り返すが答えは出ない、答えは出ないが――。
ひとつだけ言えることがある。
　　
　――それは、この村の主役は彼ら村人であると言うことだ。

「――これから伝えることは、非常に重要なことです」
「坊主……」

　俺は、領内に魔王が封じられていること。
　そして皮袋に関しては、兵士が使うことを説明していく。
　話が進むにつれてジャイカルドと、彼の父親の表情が強張っていくが、話が終わったあとに大きな溜息をつくと「そうか……」と、俺の頭の上に大きな手をのせてきた。

「――それで、俺達は皮袋だけを用意すればいいのか？」
「はい、あと出来れば作戦結構前には、村から一旦、離れていてください」
「それは村を捨てるってことか？」
「いえ――。一旦、避難して頂くということです。アルセス辺境伯の首都アルセイドで受け入れてもらえるように僕から説明しておきますので……」
「坊主、本当に大丈夫なのか？」
「何がですか？」
「無理に聞き出そうとした俺が悪いんだが、坊主がアルセス辺境伯様の指示に楯突いて大丈夫なのか？　ということだ」
「問題ありません」

　俺は頭を左右に振ってジャイカルドの父親の言葉を否定する。

「そもそも、ここの領地の主役は、ここの住まう僕の両親と村人の皆なのですから」
「そうか……。よし！　今度から俺のことはジレンと呼べ」
「ジレン？」
「ああ、坊主がアドリアン様の跡を継ぐなら、この村も安泰ってもんだ！」
　
　ジレンは俺の背中を少し強めに叩いてくる。

「それじゃ明日までには2000人分の皮袋を用意しておいてやる。村人総出でな！」
「ありがとうございます」

　俺は頭を下げる。
　そんな俺にジレンが「自分の村を守るために行動するんだ。頭を下げる必要なんて無い」と、声をかけてきた。