Re:現代知識チートの領地運営~辺境騎士爵の子供に転生しました~

なつめ猫

決戦への布石(16)




 アリサ先生は、「アルス君。他にも家の手伝いをしてみたら魔力の回復量が増えるかも知れないわよ?」と言った後、アルセス辺境伯軍が布陣している方へと戻っていった。
 俺の魔力の回復度合いを計るために家に来て計測してから、アルセス辺境伯へ報告しに戻るとは彼女も面倒な仕事を引き受けてしまったようだ。

 俺は離れていく彼女の後ろ姿を見ながら両手で抱えていた魔法指南書を見る。
 重さは青銅製ということもあり、5キロくらいあるのだろうか? なかなか重さだ。
 
「それにしても……」

 俺は、途中まで言葉にしたところで溜息をつく。
 先ほど、アリサ先生が言っていた言葉。

 ――この世界の摂理に逆らえるほどの魔力

 それが何の意味を指しているのか、魔法に疎い俺には正直言って思いつかない。
 ただ、世界の摂理という意味は何となく理解は出来る。
恐らくだが、あるがままの状態を乱す行為――、それに付随するものの可能性は非常に高い。

 物理学の観点から言えば、時の流れは一方方向にしか流れない。
 それも、有り体に言えば自然や世界の摂理とも言える。
 もし、俺の魔力が世界の摂理に逆らえるほど強いのなら、本来は一方通行でしか無い時の流れを捻じ曲げて、死に戻りを発生させている可能性だって十分考えられるし説明もつく。

 ただ死に戻りの実証をするためだけに死ぬのは正直したくない。
 そこまで考えて――。

「結局は、振り出しに戻るだけか……」

 俺は、小さく呟く。
 どちらにせよ、俺の魔力が世界の摂理に逆らうほど強いものであっても、実証できなければ意味がない。
 それなら、普通に魔力がある魔法師という形で動いていた方がいいだろう。


 少し考え込んでいた時間が長かったのか両手で抱えていた魔法指南書が重くなってきた。
 明日というか、今日から筋肉痛だな。
 両手とか殆ど力がはいらないし……。

「さて……、戻るか――」

 自分に言い聞かせるようにして俺は自宅へと戻った。
 執務室の本棚に、魔法指南書を戻して居間でゴロゴロとしていると、「アルスくーん」と、言う声が聞こえてきた。
 声色からしてフィーナだろう。
 たしかフィーナは、アルセス辺境伯の仕事を手伝う約束をしていたはずだから、投石器の移動などを考えると俺のところに来ている時間的余裕は無いはずなんだが――。

「アルスは、居間で寝ているから――、また明日、来て頂戴ね」
「ええ!? おばさん、どうしてアルス君が、居間で寝ているって知っているのですか?」
「――お、おば!? お姉さんね! お姉さんだからね!」
「いたっ!? 頬をひっぱらにゃいでえー」

 どうやら、フィーナと母親が話をしているようだ。
 それにしても俺が居間でゴロゴロしているということを知っているとは、俺の母親ながらすごいものだな。
 とりあえず、フィーナと母親が何やら揉めているようだから、ここは俺が出て仲裁したほうがいいだろう。

 俺は台所から外に通じる扉を開けながら二人に声をかける。

「お母さん、フィーナと何を揉めて……」
「何のこと?」
「いや、何でも――」

 どうやら、母親がフィーナの頬を抓っていると思っていたが、彼女との間に距離があったから俺の勘違いのようだな。

「アルス君! アルス君のお母さんが、アルス君は寝ているって嘘ついたの! いつも、私がアルス君に会いに来ると寝ているって言うのよ?」
「――そ、そうなのか?」

 俺は首を傾げる。
 これは新しいパターンだ。
 正直、どうやって対応していいのか分からない。
 ただ、フィーナの澄んだ青い瞳を見ていると嘘をついているようには……。

「ヒッ!?」
 
 何やらフィーナが慌てて俺にしがみ付いてきた。
 よく分からないが心なしか体が震えているようにすら見える。

「フィーナ、大丈夫か?」
「――う、うん……、私怖くて――」
「なるほど……」

 さすがに鈍感な俺もティンときた。
 つまり魔王というか、アルセス辺境伯の手伝いをしていて、貴族に粗相があったらと考えると怖くて仕方がないのだろう。
 
「大丈夫だ、何かあったら僕に言えよ? フィーナのことは僕が守るから! もし君に害を与えるような人がいたら――」
「……いたら?」
「僕の敵ってことだから!」

 まぁアルセス辺境伯なら、元から敵対認定だし今更だろう。
 
「――う、うん……」

 俺の言葉にフィーナは頬を染めて頷いてくる。
 代わりに後ろで何かが崩れる音が聞こえてきた。
 振り返ると「アルスが……、私の息子が――、許せないわ!」と、母親が地面に崩れるように伏せてブツブツと呟いている。
 どうやら、家事はかなり疲れる仕事のようだ。
 今日は肩揉みでもして労わるとしよう。

「――あ、あの! 妹のレイリアを助けてくれてありがとう……、先生の話だと一ヶ月くらいで病気が治るって――」

 フィーナが、俺の服袖を掴んで瞳を潤ませながら話かけてきた。
 なるほど、どうやらフィーナは妹の病が改善したという報告をしにきたようだ。

「そうか、それなら良かった。僕もアルセス辺境伯にお願いした甲斐があったというものだ」
「……うん、本当にありがとう。それでね、妹がアルス君にお礼を言いたいって――」
「レイリアが?」
「うん……」

 ふむ……。
 別に、お礼くらいどうでもいいんだが。
 まぁ、それで本人が納得できるならいいのかも知れないな。

「分かった。案内してくれるか?」

 彼女は、俺の言葉に頷くと俺の手を握って「うん、ついてきてね」と話かけてきた。
 ちなみに母親はと言うと、「息子に、彼女が出来てしまった……」と、何やら言っていたが、声が小さくてよく聞こえなかった。





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