虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武

覇獸 その05



「──今日は泊まっていきな」

「いえ、遠慮しておきま……あの、この手はいったいなんでしょうか?」

 俺を捕まえるのは【獣王】ではない。
 この城で働く文官の皆さま方である。

「『生者』様、あなたの書類処理能力が私たちには必要です」

「…………」

「どうか、今日だけでも……私たちにお力をお貸しいただけないでしょうか?」

「……私にメリットは無いと思いますが?」

 俺としては別に構わないのだが、すでに仕上げたのにまたやるというのは……あまり気が乗らない。

 一度目は俺自身の所業で脅されたが、二度目までタダで働く必要は無いだろう。

「まだ足りなかったのか? ずいぶんと絞れるだけ絞っていったヤツの言葉とは、思えない発言だよな」

「要求は変わりませんよ。だいたい、他国の者にそこまで見せて宜しいのですか? 処理の関係上目を通してしまいましたが、下手を打てば外交に支障が出るような内容もございましたが……」

「はっ? ま、まさか獣王様……ご自身の分まで『生者』様に……」

 テヘペロ♪ と言わんばかりの表情。
 仕草までやっているので、傍から見ればほとんどの人が可愛いと思えるようなポーズなのかもしれない。

 しかし、この場に居るものは例外だ。
 全員が全員、苦虫を噛み潰すような表情を浮かべ、もうこの人嫌だと言わんばかりに遠い目をする。

「…………申し訳ありません、『生者』様。国宝は難しいですが、準国宝指定されている【獣王】様秘蔵の魔道具などであれば、どのような手を使ってでも提供いたしましょう」

「別に構わないぞ。それと、もう一つぐらいやってくれるなら国宝だろうとなんだろうと好きにやるんだけどな」

「お断りします。身の丈に合わない品々で溺れるようなことにはなりたくありません。一度お見せしていただき、触れてみたいものに触れてみる……ぐらいの要求が今回のお仕事と同等でしょうか?」

「ふーん……何か考えがあるみたいだな。けどまあ、うちの旦那の管轄なんだ。俺は認めてやるから、細かいことはアッチと決めることにしな」

 この場に『覇獸』は居らず、別の部屋で仕事を行っているらしい。
 王である【獣王】がこんななので、やることがいろいろとあるんだろうな。

「……なんだ、その目は?」

「いえ、なんでもありません。と、とにかく『覇獸』様の下へ向かえばよいのですね?」

「あっ、ちょっと待て。さっき言ったことを一筆したためてやるから」

「先に言いますが、内容をこちらで確認してから運びますよ」

 チッ、と小さな舌打ちが一つ。
 本当に油断も隙の無い人だよ。


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