ステータスゼロ世界の、転生少年の生への執着―世界のトリガーを引く者は―

なぁ~やん♡

『―零の魔導書―』

 利久――レイラストが浮遊感覚を覚える前に、彼の体はすでに地面についてしまっていた。
 無限に歪んだ穴から飛び出たときには、気持ち悪くなるのではないか、顔面を強打するのではないかと不安だったが、そんな事は無かった。

 とは言え、自分はエラーの存在だ。
 いつどうなるかなど、分かったものではない。それは危険だと幾度も彼を止めた女神のアリアが常に口にしていた言葉でもあった。

 レイラストは思わず考えてしまうネガティブな感情を無視して起き上がる。そして口にしたのは。

「……ステータス」

名前:レイラスト(初期説明。家族が最初からいない者に苗字はありません)
性別:男(初期説明。性別の変更は特別なスキルでないと不可能です)
状態:健康(初期説明。感情の変化は計算されません。身体的状態です)
職業:なし(初期説明。その職業の職業プレートがないと認定されません)
属性:なし(初期説明。努力で属性を認定されればアナウンスが入ります)
スキル:なし(初期説明。努力でスキルを認定されればアナウンスが入ります)
特殊スキル:なし(初期説明。どんなスキルがあるかは解明されていません。なの
         で簡単な努力では手に入りません)
加護:なし(初期説明。個々のシステムに努力が認められたら認定されます)
神スキル:なし(初期説明。世界からではなく神からのスキルです)
HP: 0/0
MP: 0/0
体力: 0/0
腕力: 0
敏捷: 0
知力: 0
魔力: 0
器用: 0
耐魔: 0
耐術: 0
耐呪: 0

 ステータスについてレイラストはアリアから説明を受けている。
 十八歳が持つべきステータスは、まずHPからでも最低で10は必要だ。持っていなかったら、ひょんとしたことで死んでしまう。
 MPも10はあってほしい。そうでないと攻撃に反撃する術が限りなく少なく制限される。魔術が使えないのは、身体強化すら使えないも同然なのだから。

 それ以外は言うまでもなく、レイラストが最弱なのは一目瞭然だった。
 まあ、それは予想していた、とレイラストは苦笑いで立ち上がり、ステータス画面を閉じる。閉じ方は念じるのみだ。

 立ち上がって辺りを見回すと、そこは木で作られた小さな家だった。一人すら暮らすのが限界なくらいの、そんな小さな部屋。
 それにも苦笑いして部屋を見渡していくと、扉には、

 『外には結界が設置されていますが、一か月後に効力を無くします。それまでに攻撃に対抗する手段を見つけてください』

 と書いてあるメモが張り付けてあった。
 何と無責任な、と思う前に自身がエラーであることを思い出したレイラストはばりばりと髪の毛をかく。
 そのメモを引きはがし、丸いテーブルに置いた。

 部屋の中は右にベッド、真ん中にテーブル、左に本棚があり、もう少し詳しく言うと、テーブルの前にキッチンらしきものがある。
 勿論扉がある方向ではなく、壁のある方向に設置されている。そしてそのキッチン(らしきもの)はかろうじて部屋の中に納まっているという形だった。
 全体をぐるりと見て分析した後、歩く隙間しかないくらいの部屋だな、とレイラストは第二印象を思い浮かべる。
 所詮は神の世界もこれほどしか世界に影響ができなかったのだろう。

 しかしそんなのには興味がなかった。レイラストは本棚の中に一冊のみ置かれた古びた本に、視線を奪われていたのだ。
 それはどこからともなく神秘な雰囲気を漂わせていた。
 吸い寄せられるかのように本棚に歩み寄り、レイラストはその本を手に取る。

「零の魔導書……?」

 その本をぺらりとめくると、そう書かれていた。
 さらに一ページめくると、

 『異世界に来た初心者、そしてエラーの貴方がするべきことを全て記しておきました。貴方は面白いので、私達に殺されないように頑張ってくれるんじゃないかなあ、と思って置いといたんです。
  せっかく助けてあげたんですから、私の期待を裏切らないでくださいね?』

 ―――これは、世界のシステムの一人が送った魔導書だ。
 何故か、レイラストはそう確信できた。

 もう一ページめくってみる。古びた羊皮紙を破らないように慎重に。そこには二ページ丸々使って名前の説明がされていた。
 どうやらステータスの説明を詳しくしてくれるらしい。
 あるに越したことは無い。しかし、世界のシステムの一人が味方してこれを送ってくれた、その確証はない。

 それに、たったひとつの個体が彼に味方しても、大して意味はない。
 膨大な世界の概念が全て彼を敵だと認識しているのだ、世界の大半に認められない限りレイラストの死亡フラグは変わらない。
 そこまで考えたレイラストは深いため息をついて、魔導書を閉じた。

「……ってことは努力の仕方も書いてあるんだろうな、こいつは……。にしても、静かすぎて逆に怖いな……」

 ぽつりぽつりと独り言を零すのは、段々と暮れてきた夜が小さな窓から見えて、やっと冷静になった自分の心の恐怖心を抑えるためだった。
 周りが静かなのが分かる。
 自分しかいないのが分かる。
 頼れるのも、もちろん自分だけ。
 怖い。知らない世界に放り出されたのは、怖い。夜は、怖い。自分一人だけで森の中にいるという事実だけでも、震えてくる。

「……っ」

 歯を噛み締めた。
 この世界に来るとアリアの制止の声を無視してまで宣言して来たのだ。今ここで弱くなるわけにはいかなかった。
 絶対に生き延びてやる。
 そう声高らかに言った自分の信念を思い出して。
 絶対に守ってやる。
 そう言ってこぶしを握り締めた自分の心の強さを思い出して―――。

「喧嘩売ってやろうじゃねぇか……―――世界ッッッ!!」

 転生した生に執着する少年の強い声が、月の輝き始めた夜の空に響いた。

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