Σ:エンブレム 他人恋愛症候群

一姫結菜

エドワード・ルイス と英雄願望

 勇者召喚の儀式からとうとう10日の月日が経過してしまった。ゼロは魔女と出会ってから、それ以降一度も城に戻ってきていない。少なくとも、私は見ていない。姫様なら、少しは動向を知っているかもしれないけど。聞くのが怖い。なんか妙にゼロと姫様は仲が良い。何かあの夜に会ったのだろうか。少々、私の中ではタブーとなっている。

 向こうの勇者候補は順調に錬の修行が捗っているらしく性格にはかなりの難がありだが、勇者としてのセンスに溢れていると評判らしい。

「………………ゼロ。ついにベリアルが進軍を始めたと言うのに呑気に修行をしているのですか。昨晩には勇者候補二人を歓迎する宴と大悪魔ベリアルとの開戦前の大きな宴を開く案内を魔女に言って渡してもらったと言うのに。あの阿呆」

 思わず本音が口から出てしまう。だが、そのくらいは許して欲しい。ここ最近、ゼロは魔女の家にいた。それを国王陛下などに報告なんかすれば、きっと私もゼロも打ち首は免れないだろう。そのくらい特に王家の人間は本当に魔女を嫌っている。あまり物事に関心を示さない姫様ですら、嫌っていることからも分かるだろう。

 国王陛下からゼロの所在を聞かれても、知らぬ、存ぜぬと答えるしかない。一応、姫様もそのことを知っているので助けてくださるので、大事にはなっていないが、昨日の宴にゼロが来なかった件は致命的で、大勢の偉い人から責められることとなった。私はやるべき職務を全うしているのに。

 そして、今日の未明。ベリアルの動向を探っていた腕利きの冒険者から進軍を始めたとの連絡があった。凡そ、5刻もしないうちに王都に到着するらしい。おかげで、城内はパニック。しかも、私の担当の勇者候補は行方不明となっている。国王陛下に何と申し上げればいいのやら。胃が痛む。

「僕がいないと思って堂々と廊下で、大声で影口を叩くなんて随分と良い性格になったじゃないかよ、騎士様。堕天でもしたのか?」

「うっゎ、ゼロ…………やっと来たのですね」

 後ろからゼロに声をかけられてので思わず、驚いた。

 広く見渡しの良い廊下でこうも私に気づかれずに、接近して来て早々に嫌味を言ってくるあたり、実にゼロらしい。この感じが懐かしく思えてくるあたり、私はどうやら酷い病に犯されているらしい。

「ゼロ。ちょうど良かったです」

「ベリアルの進行が始まったのだろ? 普通にもう聞いた。僕も一応は勇者候補の自覚はあるからな。来ないと思ったんだろ」

「勿論です。だって、ちゃんと来て下さいと手紙まで書いたのに大切な宴には顔を出さなかったじゃないですか」

「そもそも僕の性格を未だに理解していないのか。別に長い付き合いではないから仕方ないけどな。あんまり僕は人と話すのが得意ではないんだよ。特にパーティーみたなのは嫌いなんだよ。僕としても愛想が良い方じゃないからな」

「…………その気持ちは分からなくもないですが、そのせいで私は針のむしろ状態でしたよ。少しは人の立場を考慮してもらうと助かるのですが?」

「一緒にボイコットすれば、良かっただろ? そこら辺のことを考えろよ」

「私はこう見えても誇りあるルイス家の騎士ですからね? ボイコットなんてしたら、私は家を追い出されてしまいますよ」

「別にこれらか王様になるから、ルイス家とか必要ないだろ」

 とんでもない爆弾発言をするな。馬鹿なのかよ。そもそも私が王になんて恐れ多くてなれない。きっとゼロなんかは良い王様になりそうだ。口は悪いけど、有能だし。

「まだそのような戯言を言っているのですか? 笑えないですけど」

「僕はつまらない嘘は言わない。それはもう理解しただろ?」

「例え、ゼロが勇者になったとしてもきっとそれを国王陛下はお認めにならないでしょう。相手が騎士団長のような聖人君主のような人ならば、可能性があります。でも、私のような劣等生には王は務まれません。私は落ちこぼれのダメな騎士ですから。ルイス家のいい恥さらしです」

 つい、柄にもないようなことを言ってしまった。

「知っているか? この服のこと?」

「女装に目覚めたのかと思いました」

「この世界ではそう言う認識なんだな。この衣装は僕のいた世界で、祖先の人たちが着ていた戦装束なんだけどな」

 見た感じ装甲となるものはない。アズマール王国よりも北の国の衣装で、女が普段から着るような和風の着物だ。白いシンプルな布生地で、確かにゼロが着ている分には女ものらしさは感じない。ただ、完全に白装束に見えるのは私だけだろうか。

「確かに。女物らしくは…………」

 後ろから死の予感。身体が反射的に動き、剣を抜刀しながら振り向くとありえない場所から騎士団で使用されているような刃渡り60センチほどの剣が独りでに飛んで来ているのが見えた。勿論、投げた人物など見当たらない。私はなんとなく抜いた剣で、それを見事に弾いた。逆に、弾かなかったら剣は私の心臓を貫いていただろう。

「私に何の恨みがあって殺そうとしたのですか、ゼロ」

「別に死んでないじゃん」

「ですが、運よく弾けただけです」

 身体が自然に動かなければ、死ぬところだった。

「馬鹿だな。僕がお前を殺そうとしたのは、これで2度目だけどな」

「今、殺すって言いましたよね?」

「嘘ついても仕方がないしね。隠す理由もない。全力ではないにしろ、僕は本気で殺す気だった。でも、死ななかった。実際、あんな攻撃で生きている奴なんて普通にいないと思うけどな。後ろから親しい関係の人間と話しているときに刀が飛んできたのを撃墜するなんて運が良いとしたら、宝くじが当たるレベルだけどな。僕にも分けて欲しいくらいだよ」


「何が言いたいのですか?」
「一つだけ訂正しておこう。エドワード・ルイス、お前は確かに不器用で頭が固い。だが、決して落第騎士ではない。良いとこのお坊ちゃまだから皆に手加減されてきたのだろ。それが最たる原因だ。お前は死の匂いを感じ取るときに絶対的な力を発揮する。それはきっとこの国でも一番の才能だ。死に臆病。最高に生に意地汚くて格好が良い能力だな」

 そんな馬鹿な。自分がダメなのは私が一番知っている。

「そんな馬鹿な。なんて、思っているんだろ? 単純だな。ほら、いい機会を手に入れてやったから感謝しろよ」

 ゼロは羊皮紙を渡してきた。これは国王陛下からの最上級命令書。その証拠に王家に伝わる王韻がちゃんとある。どんな人物であろうとも、これに書かれていることに異を唱えることは出来ず、従うしかない。

「私を殺す気ですか?」

「読んでみろよ。死刑宣告ではないぞ。絶対、君みたいなお坊ちゃまには手に入らない出世のチャンス。そんでもって、自分を信じることのできる最後のチャンスだ。分かり易いだろ? 生きて帰れば、国家の危機を救った英雄の一人。そんでもって死ねば、終わり」

「でしょうね。さっきまで城内待機を命じられたのですが。いつの間に国王陛下からそのようなご命令を取
り付けたのですか?」

「お前と会う前にね。頼んだら、お前の家族はかなり反対していたけどな。ああ言うのが親バカって言うんだよ。王様はすぐに許可を出してくれたけどな」

「そうですか。出来れば、前線配備なんて冒険者ではないのですし、許可さえでなければと本当に思います」

 誰が悲しくて命の危険性の強い最前線に行かなければならないのだろうか。ゼロが来てから、私のただでさえ低い立場が凄い勢いで下降している。ついに、冒険者と同等にまでなっている。このままでは傭兵まで落ちることになるかもしれない。

「私が騎士だと言うことをお忘れですか?」

「騎士を名乗るなら、国を守る為に先陣きって戦うくらいの甲斐性を見せてみろよ。僕も聖剣のレプリカなんかじゃなく、本物携えて駆けつけてやるからよ」

「おいおい、随分と余裕こいてくれているのな?」

 ゼロと同じ着物を着た男性が近づいて来た。
 昨日の宴でも顔を合わせている、ゼロの敵。そして、姫様の敵でもある。だが、すっかりどこかに消えてしまったゼロよりも、真面目に修練に励んでいたこの男の方が騎士たちの人気も、貴族たちの人気も良い。

 評価は逆転されたと言っても過言ではない。それもこれも、ゼロの愛想が悪いことに帰結するのだが。

「…………もう一人の勇者候補ですね」

「その覚え方はないぜ。俺の名は名護健吾。俺は未来の王様だぜ?」

「安心しろ、剣道部。そんな日は絶対に訪れない。なにせ、お前はここで僕に負けてリタイアだ」

 ゼロはそう言って、聖剣の剣先を名護健吾に向けた。要は、相手を挑発しているのだ。
 既に目の前の勇者候補、名護健吾は私をはるかに超越している。初日にゼロが言っていたことを酷く痛感する。

 きっとお前でも勝てない。確かに、その通り、今の私では話にならない。騎士団長クラスの実力はあると思う。それくらい強さを感じる。

「ゼロ、名護健吾は予想を遥かに上回る成長を見せています。錬の量も英雄クラス並みにあります。ゼロがどの程度、魔術を習得したのか分かりませんが、勝ち目はないです」

「賢い、そこのお付きの騎士さんよ。どうやら、俺には生まれつき錬の量が騎士たちと比べてもかなり多いらしくてな。まさに、勇者にふさわしい才能さ」

 錬の緊張感が10メートルほど離れているのに痛いように伝わってくる。

「僕からしたら、どちらもどんぐりの背比べみたいなものさ。世の中馬鹿ばかりだよ。とっとと、騎士さまは前線へ行って手柄を立てて来い。英雄になって国の王になれ。二度は言わせるなよ」

「ですが…………」

 いや、これ以上に私は言葉を紡ぐのを辞めた。

「私は本当に愚かでした。信じます、ゼロ」

 そもそもゼロが無謀に仕掛けるとは思えない。短い付き合いでも分かるように戦略を張り巡らせるのが趣味な男だ。そして、恐ろしいほど人の心を読む。

 きっと勝算があるのだと思い、私は走ってその場を後にした。

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