Σ:エンブレム 他人恋愛症候群

一姫結菜

市谷 零と始める魔術学

「魔術とは外から来るもの。外部にあるマナを体内に取り込み、体内に張り巡らされた魔術回路を通して、初めて使える魔力となるの。魔法は魔力を使い物理法則に干渉する魔法式を組み立てることによってのみ成立するもの。これが基礎中の基礎」

 魔女は僕に言った。
 これが魔術の全てななんだと。本当にその一言だけ。

 しかし、それからと言うもの、当たれば物質が原子レベルにまで分解するような半ばチートな魔法。
 イミテンション・レイをひたすら避けるだけのクソったれた生活がスタートした。
 3日間もの間、何もない無機質な空間に放置され、ランダムな時間に現れてはイミテンション・レイをぶっ放してくる。
 飛んでくる死の魔術による危機に怯え、さらには食事すらまともに食べさせてもらっていない。ちゃんとした食事をした記憶が遠い。文字通り、命の危機に面している。恐らく、人生初めての緊急事態だろう。
 まったく、僕は少年漫画のバトルパートや修行が一番嫌いだと言うのに、まさか僕が人生においてそんな展開に巻き込まれるなんて微塵も想定していなかった。
 しかも、修行のレベルが馬鹿みたいに高い。少年漫画であれば、単行本40巻くらいでかなりの強敵手前に行う感じだ。それを単行本1巻の主人公が行うからもはや、無理ゲーの領域に達しており、心が今にも折れそう。元の世界に帰りたい。そもそも色々あって勇者になる当初の目的すら、今は曖昧になってきている現在。
 僕の戦う理由はない。
 どうして、お僕がこんな目に会っているのか。
 責任者は誰だよ。
 きっと3日前の選択肢を間違えた僕だろう。戻れるなら戻りたい。勝算度外視すれば絶対、錬の修行の方が楽だっただろう。なんせ、教えるのはちょろい騎士だ。僕ならどうとでも訓練からは逃走可能だけど、その後の運命は保証は得られないからな。やらなくて後悔するよりはポジティブに考えればいいのかもしれない。




――3日前
 僕とレイ。それから騎士の三人は魔女の正体を見破り、魔女の家を訪れた。
 だが、連れてこられたのは家と呼ぶには少し常識とかけ離れていた。
 天井も四方を区切る壁もない途方もなく広い空間に、使用目的が皆目見当のつかない巨大ロボット級の馬鹿みたいに大きい機械や、意味もなく積み上げられた黄金の山。その他、剣や弓などの武器。それからえぐれた場所や直径10メートルはくだらない巨大なクレータがいくつも開いている。上を見上げれば、造られたように青一面の空には雲のように浮かぶ大きな島がいくつも存在する。
 一言で言うなら、異なる世界だ。良く部屋にはその人の個性が出ると言う。魔女のケースで言えば、カオスしかない。心の闇が垣間見える。

「どうだい。ここのところ千年近く来客のいなかった前人未到の領域。魔女の自宅に来た感想はどう?」

「これは自宅と言えないだろ家の定義を何だと思っているんだ。ここは空き地と言うにはあまりにも広すぎるし、適当な言葉としては世界だ。断じて、家なんて立派なもんじゃない。そもそも来客用のソファーの一つもないことは置いて置くとしても、家具の一つもないのはもはや空き地だよ」

「実に面白いことを言う。来客が久方ぶりすぎて忘れていた」

 パチンと指を鳴らすと空からテーブルとソファーが降ってきて、ちょうど僕たち3人の前に無事着地した。テーブルとソファーは年代物の一流の職人が作った王族が使うような豪華な品だ。しかも、上空から落ちて来たのにひびひとつない。この空間の物理法則はどうなっているんだ。魔法って、何でもありかよ。

「どうぞ。座ってくれ。紅茶は飲めるか?」

「ええ」

「僕も嫌いではない」

 僕とレイは言われた通りにソファーに腰を掛ける。想像通りふわふわで、トランポリンのような弾力だ。数時間同じ姿勢で座っても尻が痛くなることは無いだろう。
 魔女も正面に座り、手を叩くと黒いスーツを着た二息歩行で歩く人型の筋肉ムキムキな牛がトレイの上にティーポットとティーカップを4つ載せて持って来た。
 牛なので阿呆面。だが、少しゆるキャラ感もある。牛の面にスーツを着ているとことがなんともアンバランスだ。

「何でもありなのかよ、魔法って」

「何でもなんて言葉が広義的過ぎるわ。別に魔法は万能の力ではないわ。世界法則に基づいて、魔術を私達は行使しているわ」

「空からソファーを降らしたり、牛を執事に出来れば、凡人が思いつくようなことは大概出来そうだと思っても悪くないと思うのも無理はないと思うんだが?」

「確かにこの家を素人が見るとそう思うのも無理はないわね。どうぞ、毒なんて物騒なものは入っていないわ」

 牛の執事が各々のティーカップに紅茶を注いだ。紅茶の香ばしい匂いが座っていても漂ってくる。少なくとも見た目と、匂いは僕の知っているものと同一だ。

「姫様。私が毒見を」

「不要よ。殺す気があるなら、もうとっくに殺されているわ。仮に毒が入っていてそれを毒見で判明したとて、別に魔法を知らない私達を殺す手段なんていくらでもあると思うわ。相手は永遠の魔女だと心得ているのかしら?」

「…………分かりました」

 騎士も大人しく後ろに下がる。一応は、僕の従者と言うことになっているけど僕の心配は皆無だ。職務怠慢である。王様に言ってあとでクビにしてやる。

「賢いわ、姫様。別にこちらは殺す気は初めからない。それは貴方たち二人にも言えることだ。勿論、貴方たちが私を殺そうとするなら話は違う。お望みなら、戦争でも構わないが?」

「しませんよ。魔女に喧嘩を売るなど正気の沙汰ではありませんわ」

 こうやって見るとお姫様モードがちゃんと発動している。きっと僕がいても、見知らぬ第三者がいれば、かってにオンになるのだろう。やはり、一時的にテンパっていただけだったか。僕の推理通りに時間が解決してくれた。

「まずは語彙の訂正から始めるか。世界中の大半の人が勘違いをしているが、魔法なんてものを使える人はほんの一握りしか存在しない。魔法は魔術の最終到達地点。文字通り、魔力を用いて世界の物理法則を変革するのが魔法。魔力を用いて術式を組み立てて、物理法則に干渉するのが魔術。言葉尻は似ているが、実際はまったく異なる。理解したか?」

「微妙に理解したい」

 僕として、別に魔法と魔術の差なんて興味ない。必要なのは、一つ。相手が何を狙って僕を呼んだのか。相手の目的が分からない以上、僕としても話を進められない。

「魔術の話をする前に、ひとつだけ聞きたい。答えてくれる?」

「それは内容次第さ。そんな無謀な約束は出来ない。流石に当たり前だろ」

「それもそうだ。私とて、あまり人と話す経験があった訳でないから緊張しているのかもしれん。確かにその通りだな。では、単刀直入に問う。勧誘だ。私と契約して弟子となり、魔術師にならないか?」

 やはりか。なんとなくは予想していた。招待わざわざ向こうからしてくるのだから狙いは必ずある。それはきっと何らかの形での服従であることも検討が付いていた。
 そのヒントを僕に残したのが、そもそも魔女本人だ。わざわざ懇切丁寧に、魔女と国の歴史なる本を僕に読ませた。きっとそこに書いてあったことに由来しているのだろう。

「永遠の魔女よ。それで君にはどんなメリットがあるんだい? 別にボランティアが趣味でも、教師に憧れている訳でもないんだろ?」

「簡単なことだよ。魔術師なら誰もが後継者を探すものだよ。そうでなければ、人生をかけて築き上げた魔術刻印が無駄になってしまう。人が魔女と言う存在を信じられない気持ちがあるのは理解しているつもりだよ」


「無駄は省略しよう。僕が手にする聖剣が欲しいのか?」

「聖剣には特別な魔法回路が施されている。魔術の動作をかなりサポートしてくれる。並みの魔術師であっても、イニシャル持ちと渡り合えるくらいにはなるわ。でもね。私はとうの昔にそんな領域は既に越えている。聖剣ごとき造ろうと思えば、普通に造れる。あまり甘く見てくれるな」

「なら、何が目的なんだ?」

 自信満々な態度から魔女が嘘をついているようには見えない。
 聖剣には魔術を扱いやすくする補助的な回路があるらしい。逆に聖剣を調べて、それくらいしか目に見える分かり易いメリットがないから、それが狙いかと思った。

「正直に話したところで今の疑心暗鬼な関係性では信じてもらえない。だからこその提案だ。魔術を一つだ
け習得させる。それを通して私を信用に値する人物かどうかを判断して弟子になるかを決めてもらいたい。勇者候補にはデメリットはないだろ?」

「魔女の話をそう簡単に鵜呑みにするほどの愚者とお思いですか?」

 レイが話に割って入ってくる。やはり魔女に対しては、国の政治にも歴史にも無関心なレイですらも毛嫌いしているらしい。興味はあるが、生理的には受けつけられないらしい。

「レイは黙っていてくれ。これはあくまで、僕の問題だ」

「ゼロ。貴方まだこの世界について何も知らない。魔女の恐ろしさを知らないからそのようなことが言える
のです」

「そんなの関係ないさ。別に僕は魔女と契約するつもりはない。目の前の彼女と会話をしているんだ。そも
そも根本的に魔女なんて括りで人を判断するのは早計だよ。それはしてはいけないことだ」

「魔女はこの国を一度滅ぼしているのですよ。ゼロはまだ国に来て日が浅いから知らないと思いますが、狂乱の宴のことをまだご存じないのでしょう?」

「知っているよ。1200年前に起きたイニシャル持ちの大魔女を筆頭とした当時最大派閥の魔女教団による魔女国家建国を目的とした運動で、民の多くを大規模魔術によって一瞬で殺し、アルマーズ王家を滅ぼし、一時的には国を支配した。魔女による革命。だが、事実上はただの大虐殺だ」

「それを知るなら、尚更のこと私を信用してもおかしくはないと思うけど? その先の歴史を知らないとは言わせないわ」

「知っているわ。たまたま難を逃れたアルマーズ王家の血を引く分家に急に魔女の暴挙を止めるために、力を貸すと申し出た一人の魔女がいた。当時、魔女教団の副司教であったイニシャルLを冠する永遠の魔女」

「そう、私よ。おかげで、国を占拠した魔女は壊滅。私が復旧に尽力した為、国も早く立ち直ったわ。今だって、魔術を嫌うくせに魔法道具は誰もが使っている状況だわ。それもすべて、私の功績よ」

「だとよ。反論はレイ?」

 すっかり会話の中心は魔女とレイに移行している。本で読んだので予備知識はあるもののやはり本場の二人が話しているのに水を差す理由はない。

「その解釈には真実じゃないわ。それ以降、魔女と王族には平等な協力関係が確かに存在するわ。ただし、それはあくまで表面上のこと。実際とは違う。この永遠の魔女は他の魔女を圧倒する力を見せた。文献では神と裁きとまで評されるほどのね。他のイニシャル持ちすらも圧倒して、最強と謳われていた司教すら圧殺したわ。それ以来、アルマーズ王家は貴方に完全に服従状態になって言える」

「それは解釈の違いね。たまに私はお願いをするだけ」

「永遠の魔女のお願いを無視するなんて可能だと思いますか? 無視すれば、大虐殺が起こると思えば、ご機嫌を伺わないなんてことが可能だと思いますか?」

「完全なる被害妄想。それこそ事実無根ね」

「証拠はあるわ。街の治安を守っているゴーレム。街の中で罪を犯した犯罪者をオートで攻撃する仕組みになっているわ。それも、錬の相当な使い手ではないと倒すことが出来ないくらいに硬い。それに素早く、攻撃の威力も強い最強レベル。それがもし、反乱を起こしたら私達は勝てないわ。つまり、街を人質に取られているものですわ」

 街にいたゴーレムと言われれば、土で造られていた鈍間そうな10メートルくらいの巨人だ。顔もなく一応は人型と言えた感じだ。安物感が半端ない。しかも、範囲は街と言っても大通りくらい。それが街を襲うかもなんていわれてもパッとしない。

「根拠になっていないよ。確かに、犯罪の範囲を指定しているのは私。そうね、気まぐれで街中にいる人間を殺せと命じればそれが現実になるわ。でも、1000年以上していないでしょ?」

 恐ろしい発言だが、魔女だからと一言ですべてが片付くのが怖い。まぁ、実力的には頼る相手として相応しいな。

「でも、それも否定されて頂くよ。別に本気出せば、ゴーレムのなんて使わなくとも国の一つ塵一つ残さずに消滅されるくらい雑作もない。私の力の全力をこの場で示しても構わないが? その場合、国は灰も残らず消滅する」

「なら………………」

 国が現時点で、存続していることが一番の魔女に敵意がないことの証明だろう。これ以上はレイも何も言えない。僕として、結論は出た。

「レイ。お前の負けだよ。僕としては提案に乗って魔術の習得を通して、信頼に足るかを見極めることにする。僕としても、良い提案だと思う」

「契約成立だ」

 魔女は手を出してきた。握手を求めてきているようにも見えるが、他の何かであった場合が怖いので、手を出さないでいると、

「ただの握手だ。握手は古来より存在する平和の証だ。安心しろ」

 僕は大人しく従う。別に断る理由はない。魔女の手を握る。か弱い女の子の手だ。とても何千年も生きているようには思えない。

「それでは君たち二人はここで帰るか、しばらく遊んでいてくれ。別に欲しいものがあれば、持ち帰ってもらっても構わないが、王族に騎士が欲しい物なんて豪華なものはないと思うが。それじゃ早速、修行を始め…………勇者候補。お名前は?」

「僕だけでいいのかい?」

「他は有名人だから知っている。儀式でゼロと名乗っているが本名ではないだろ?」

 魔女は聞いて来た。これから魔術を習う師なんだし、別に隠している訳でもないので良いかと本名を名乗ろうとすると、

「ゼロ、本名を言わなかったのは幸いです。魔女は古来から真名を縛ばり隷属させる最強魔術が存在します。なので、魔女同士は魔法名なる偽名を使っているのです。ですから、ゼロで通してください」

「用心深いね。でも、そのくらいの対応が魔女には適切かも。今から私はゼロと呼ぶことにするよ」

「そうしてくれ。もうそう呼ばれるのも慣れたよ」



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 それから現在に至る。信用に足るか否かで討論なんかしていないで、具体的な方法をまずは聞くべきだっただろうに。凄く悩んで色々と比較して高価なものを買ったのに、説明書を読まないで直ぐに壊したような気分だ。

「さて、次行く。避けないと死ぬよ。イミテイション・レイ」

 黄色い粒子の波動攻撃。半径50センチの円状の死が迫ってくる。速度も音速とまではいかないものの、発動してから避けるのは不可能に近い。だから、魔方陣から一直線で飛んでくるので予測して避けなければ、即死。

「ふざけんな。普通にこんなんで魔術が習得できる訳ないだろ。脳筋が酷すぎる」

「馬鹿なの? 脳筋なんて言っているのは、頭を使っていないから出るセリフ。魔術師は頭を使ってなんぼの商売。それが理解できないうちはまだまだ未熟だ。見込みがない」

「こんな腹と背中がくっついてしまいそうな状況で僕に何しろと言うのだ。食事くらい寄こせよ。僕のような普通の人間は死んでしまう」

「もう一度、私が言った言葉を一言一句思い出せ」

「ここ3日間。ずっとその言葉の意味を考えていたんだが、僕には見当がつかない」

「仕方ない。追加ヒント。この空間は通常の空間のおよそ5000倍のマナ濃度に設定している」

「つまり、どういうことなの?」

「最初に言った」

「マナはマナチャクラを通して、初めて使える魔力になるだっけか?」

「ならば、マナがどうしてそのまま使えないのか。その理由を考えなかった? まだまだ未熟。考えが足りない。脳みそが動いてない」

「…………人の身体に合わないとかか? ほら、方式が違うとかさ。システマチックな理由かと…………そんなの知るかよ。0にいくら掛けても0。結果は変わらない。知識としてないものは出せない」

 魔法なんて少し前までは基本的には想像上の産物だし、これまでの人生でそれほど深く考えてこなかった。そもそも、魔法について考えている連中なんて作家か中二病のどっちかだろうに。ゲームとかでは常識なんて思われているかもしれないが、あいにくと僕の専門はギャルゲーであり、MPが必要な世界とは無縁だ。RPGなんてポケモンしかやったことがない。

「落第点。マナと言うのは人にとっても猛毒。この空間は今や入れば死ぬ死の領域と言い換えても過言ではない。騎士が入ったら、それこそ身体が爆散する」

「僕は死んでいないのだが?」

「その理由は何だと思う?」

「…………知らんわ。質問を質問で返すな。オウムか」

「それじゃ次の質問。なんで私が食事を持ってこない?」

 馬鹿なのであろうか。魔法…………ではなく魔術に関係あるとは思えない。

「嫌がらせ」

「私はこんな容姿だけど何千年も生きている。無駄なことはしないわ。必ず意味がある前提で考えて」

「魔女は食事をしないとかか?」

「それは少し意味が違う。魔女だって人間。少なくとも呼吸はする。身体を調べれば、同じ臓器が入っている。でも、可愛い弟子候補が飲まず食わずで一所懸命に修行しているのに、呑気に私が食事するわけにもいかないから何一つ私も口にしていない。同じ条件。それでもこの通り、ぴんぴんしている」

「…………」

 魔女の言うことが本当だと仮定をするなら、そこに何かしらのからくり。つまり、魔術に関係があるのかもしれない。

「何で人は食事をすると思うの?」

「それは人が生きるために栄養が必要だからだろ?」

「ヒントは終了。あとは自分で考えて。魔術師は頭を使ってなんぼよ。思考を停止してはいけないわ」

 そう言って、魔女は空間からいなくなった。
 また一人の時間が始まる。空腹でマジで餓死しそう二日目が過ぎてから、腹も鳴る体力を惜しんだのか鳴らない。口の中も砂を食べたかのように乾燥している。

「…………腹が減ったな」

 こんなに死にそうなのに魔女は平気そうだったのは事実だ。やせ我慢説もあるけど。すべて語っていたことが真実だと仮定しないと話は始まらない。嘘をつくメリットは魔女にもないはずだ。

「何故、腹が減るのか。死の領域のマナ濃度に関する問題。魔法の定義。考えることはたくさんあるよな」

 ……僕はまず、何から考えるべきか。まずは腹だよな。死にそうだし。でも、不思議なことに腹が減ってはいるが身体はまだ動く。いや、いつも通り動く。胃の中は空っぽなのに。身体にはエネルギーを供給しないと動かない、それがエネルギーが供給されていないのにも拘らずだ。
 つまり、そのことから考えると僕は自然と何かをエネルギ―に変えて、何かを供給していることになる。それが恐らく、マナ。そして、人間にとってマナは猛毒。魔術回路を通して、使えるようにしているらしいが、僕には使い方が微塵も分からない。そもそも、それが僕に備わっているかも疑問が残る。

「ヒントが欲しそうな顔」

「急に現れるなよ、魔女。暇なのか?」

「魔女に暇と問えば、皆が暇と答えるわ。何せ、何千年も生きているの。娯楽なんて既に極めたわ。それで話し相手が欲しいでしょ?」

「不要だと言いたいが、そうだな。聞かぬは一生の恥だ。まず、第一。どうしてか知らないが僕はマナを魔力に変換している」

「ゼロには魔術回路が備わっているからね。普通の人間は魔術回路を持たないからマナを直接、身体に吸い込んでしまうと人は死ぬ」

「マナを吸収し、魔術回路を通して魔力へと変換する。魔力は魔術を行使するだけでなくて、身体に何らかの栄養を与えることが可能。それによって、現在、胃の中身は空っぽでも食事は不要」

「それで?」

「意識的にマナを食らえば、この空腹感をどうにかすることが可能か」

 やり方は不明。ただ、いつも通りにやるしかない。
 まずは何を今、したいのかやりたいことを明確にイメージする。それに対する相手の行動を脳内で演算してシュミレートしてはじきだし、それに対する対応を考える。あとはイメージ通りに身体を動かすだけ。
 バスケに例えれば、点を取りたいとする。でも、敵は5人。全力で阻止してくる。取れる選択はパスかドリブル。ドリブル突破を狙うとし、相手がどう動くのかを一人一人考えて、予想。あとはそれ通りに身体を動かすだけ。
 自身を高精度なパソコンとして捉えている。このやり方で僕はずっとやって来た。常に僕が戦うのは自分の想像力。相手となんか戦っていない。常に僕は自分と対峙してきた。
 とりあえずの目標は空腹感をどうにかする。
 その為には外気から魔力を吸い上げる。こればっかりはイメージしかない。兎に角、精密に想像する。次に魔術回路を通じてろ過。これも見えないけど、全身をかける血をイメージする。最後に身体を魔力で満たす。魔女も若干、魔力を行使する際に光が一瞬だけ見えた。故に、魔力を行使する時には光が出ると予想できる。

「合格点よ」

 身体が暖かくなり、空腹感が消え、力が漲ってくる。いや、漲りすぎて逆に身体が破裂しそうになっている。

「でも、魔術回路をいきなり開きすぎ。マナを変換しきれなくなるか、もしくは魔力が溜まりすぎて四肢が破裂する。どちらにしても惨い死を迎えることになるのは確実」

「早く言えよ。魔女め」

「いきなり始めたのはゼロ。私に非はない」

 魔力を制御しなくては死ぬ。だが、この空間はマナ濃度が高すぎる。開いた途端、勢いよくマナが身体に流れ込んでくる。とてもじゃないが、やっと使えた程度の僕に制御なんて出来るはずがない。いや、

「閉じればいいんだ」

 さっきと逆をやればいい。閉じるイメージ。閉じるイメージ。閉じるイメージ。

「だめだ、コントロールできない」

 焦ってイメージがどんどんおざなりになって行く。これでは出来るものも出来ない。

「当たり前。魔術回路を閉じるなんて、本来は誰にも出来ない。私に感謝しなさい。一度目だから、救ってあげる」

 魔女が指をパチンと鳴らすと、急に酸素が無くなり、息が出来なくなった。

「な、なにを………………」

 酸素が急に奪われ、リアルで頭が回らなくなった。魔力は十分身体の中をめぐっているはずなのに、酸素が無くなった瞬間。膨張気味だった魔力すべてが身体から勢い良く抜け出した。おかげで、空腹感もまた復活。まぁ、圧倒的な酸素不足でそれどころでないのが幸いだった。

 多少、頭がかなり良く回る一般人である僕とて、軍人でも鍛えるのが趣味でもなんでもない。無酸素状態での活動時間なんて、基本的には1分も持たない。試したことないけど、たぶんちょうど、今が1分くらいでもう死ぬわ。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「起きた馬鹿弟子?」

 宙に浮かんでいるような。そんな浮遊感を味わっているのは勘違いではなかろうか。酸欠がまだ尾を引いているのではないか。そんなことを思った。勿論、目を開けるまで。

「萌え展開を期待して、膝枕しろとまではいわないが、せめて人間扱いはしてくれ。この扱いは流石に心が海よりも広い僕としても抗議したいんだけど?」

 浮遊感がしたと思ったが、それは勘違いだった。浮遊しているのだ。現実で。
 僕はあの魔女の家の空間にいた。しかも、そこらに浮かんでいた島とともに僕はぷかぷかと宇宙空間にいるみたいに漂っていた。これも魔術に一種なのだろう。

「気絶した病人を看護の仕方を魔女は知らないのかよ」

「馬鹿みたいにぷかぷか浮かんでいる人に言われてもギャグにしか見えないな」

「ぶっ殺すぞ」

「やって見てどうぞ?」

「イミテンション・レイ………………あれ?」

 叫んだだけだ。そんな寝て覚めたら、覚醒して魔術が使えるようになるなんてご都合展開を僕は信じていない。言って見ただけだ…………嘘だ。白状するなら、さっき魔術回路を使えたし、大丈夫だと思った。

「間抜け。魔術回路について何も理解していないのが分かる発言。0点よ」

「理解していないから当然の発言なんだけどな。そこを僕が何も理解していないことを理解しろよ」

「考えなさい。魔術師は頭を使う仕事」

 はい。でたよ。シンキングタイム。馬鹿の一つ覚えみたいに考えろ考えろって言っても僕はギリシャ人の数学者ではないのだし、何もない石だらけの場所から数式を考えるような芸当なんて出来るはずがないだろう。そんな変わった趣味ないし。

「考えろと言われても。魔術回路はオン、オフすることが出来ない」

「そうだよ。さっきの暴走最中にどうにかしようとしても無理だった。違う?」

 確かに言われた通りかもな。やり方が分からないなりにも魔術回路を止めようとしたけど、これと言って何も変化しなかった。

「仕方がないな。もう一度よく見ていて。イミテンション・レイ」

 「魔女はそう言ってポッキーを一本上げるよ」のノリで触れれば、即死の呪文を撃ってくる。だが、それより今は魔法の発動までの動作に注目していた。僕も無能ではない。3日も見続ければ、目を瞑ってだって音で避けれる。いつもよりもふわふわしているし、攻撃も当たらないと思ったし。魔女からは常にだが、殺気を感じないし、僕を殺すメリットもない。故に、殺してこないだろう。
 魔女の魔法発動までの動作は見えただけで3つ。
発動前に魔力が集まめる。光るのがその証拠。その次に、魔方陣が手元に描かれる。そして、魔方陣から魔法が発動。この3つの過程により魔術は発動する。

「魔術回路の役割は理解した?」

「…………微妙」

「言ってみて? 考え事をするときは、誰でも良いから相談しながら少しずつ頭を整理していくのが最も効率が良い。さっき理解したはず」

 言われてみればそうだ。それに関しては納得するしかない。気分的には教師と問題の話をしながら説いている気分。ノーヒントといいつつも、それで得られるものは少なからずあった。

「魔術回路って言うのは常に一定のマナを魔力に変換している。でも、これは微量だから魔術も発動できない。だから、魔術の発動時に必要な量の魔力を魔術回路を通してマナから得る。水道の蛇口みたいなもんか?」

「80点。満点には少し足りない」

「だが、その次が分からない。魔力をどうすれば、魔方陣が作れるんだ?」

「見て分からなかった?」

「分かったら先に進んでいるよ。聞いていない」

 もう、情報がない。推論を組み立てるのにも元となる情報があって初めて始まる。
 完全に考える情報不足で詰んでいた僕を見かねて、魔女がヒントを。

「それもそうだね。そもそも魔方陣なんて単語は何処から来たの?」

「見た目が俺の知るものに似ていたんだよ。違うのか?」

「全然、違う。と、言ってもこればっかりは分からないね。魔術刻印と言う言葉に聞き覚えは?」

「さっぱり。呪いをかけるのに必要そうなイメージを語呂から感じたわ」

「魔術に関するイメージの差は世界があるからどうしても違うから仕方ない。解説してあげる」

 やっと魔女が僕を解放した。浮いているのも悪くはないが、誰かの手によって支配されているとなるとそれも違ってきて、何とも言えぬ恐怖がある。

「いてっ」

 ある程度の高さ。だいたい10メートルくらいの高さから何の補助もなく急に落とされた。魔術とやらは落とす前の動作なんかがほとんど見えないどころではなく、ほんと気が付いていたら落ちていたような感覚なので着地も体勢が整わないままになんとか両足で着地。衝撃を逃がすために、そのまま流れに任せて足を曲げて座る。運よく怪我はないが、衝撃で足は痺れている。

「急に魔法を解除するな。怪我するだろうが」

「これは失礼した。だが、怪我もなかったし良かったではないか。安心して。骨くらい折れたところで、魔術ですぐに直せる」

「直せれば、良い訳じゃない。この性悪魔女め。人間なんだ。痛みはあるんだよ」

「失礼ね。私って、あんまり人と会わないし、稀に会ったとしても、大半が同業者の魔術師なの。だから、間違えたっておかしくはない。故意だと攻める方が心が狭いわ」

 別に仮に魔術が使えたとしても、その行動は人間としてどうなんだという常識の部分に関してがすっぽりと抜けている。文化遺産くらすの年長者に言っても無駄な部類の説教だろう。

「…………今はそういうことにしておくよ。それで話の続きは?」

「私を見て」

 そう言って、魔女は何の躊躇いもなしに着ていたローブを脱いだ。そもそもローブを一瞬で脱ぐなんてどんな業だよと言いたいのは此処では我慢しよう。うん。

「な、な、何で唐突に裸になってんだよ。ふ、服を着ろ」

 紳士的な僕はすぐさま後ろを向いた。別に女子に慣れていない訳では断じてない。

「あら? 顔に反してうぶなのね? 同じ女性同士じゃない」

「修行始める前に、メイクは落として今は普通に男だって…………そんなのどうでも良いから。全裸はまずい。服を着てくれ」

「ピュアなのね。仕方ないから下着くらいは身に着けておくわ」

 女子には絶大な人気を誇る僕であろうとも女子の生態系に詳しい訳じゃない。言ってしまえば、クラスメイトのチャラ男とかの方が詳しいだろう。何せ、彼女いない歴=僕の人生なのだから。強いて、僕の周りの威勢を上げるなら口うるさい姉だけだ。
 だが、女子は下着を普段穿かないものなのか?
 僕はそんなことを考えながら後ろを向いている。

「もういいよ」

「…………全然まだじゃないか」

「下着姿は着ているわ。良いからこっち向きなさい。別に見られて恥ずかしい身体はしていない。それに散々、魔女扱いしておいてその反応はおかしい」

「魔女扱いと女扱いはまた話が違う」

 自身満々に言う魔女。確かにローブを外した姿は妖艶で美しかった。ぶっちゃけ、ちょいと年上が好きな僕のストライクゾーンを見事にドストレートで撃ち抜くような容姿ではあった。あの鬼畜な修行がなければの話だが。

 美女が僕の顔を掴み強引に、自分の方に向ける。すると視線は、自然と下がり、豊満な胸の方へと。
 ローブでは身体のシルエットが大幅に隠されていて、全く気が付かなかったがかなりの着やせするタイプだった模様。
 白い清楚なブラに包まれる胸はさながらメロンのようにでかく美しい。見たくなくとも本能が勝手に、見てしまう。理性ではどうにもならない。

「どう?」

「その身体は男から見れば、目に毒だ」

「さっき胸を直視していた男の言うことじゃない」

「…………顔が近い。そろそろ放してくれないか?」

「それもそうね」

 やっと解放された。正直、女耐性が0に近い僕にとって魔女は刺激が強すぎる。

「…………なんで、僕がリアルの女の裸をここ数日で二人も見ないといけないんだよ。エロゲの主人公になった覚えはない」

 つい、気まずくなって顔を隠すように前髪をいじり始める。困ったときの小さい頃からの癖だ。

「ゼロ。こっちを見なさい。別に私だって露出狂の趣味はない」

「……そうだったな。それで何で服を脱いだんだ? もしかして、服を着ていると魔術が使えないとか…………そんな訳ないもんな」

 実際に、服を着ていて魔女が魔術を使う姿を何度もこの目で僕は目撃している。

「魔術はゼロが言った通り、魔術回路を通して、変換した魔力を使う」

「知っている。そのあとが問題なんだろ?」

「なんで急にネタ晴らしをしようと私が思った?」

「このままだと永遠に回答に辿り着けないと思ったからだろ。時間の無駄だって」

「そう。そもそも今のゼロが何をしようとも魔術は使えない。だって、ゼロは魔術刻印を持っていない。見て」

 見てと言われても困るがそんな呑気なことを言っていても仕方あるまい。あれは下着ではなく、水着。水着なんだ。そう、自分に言い聞かせて、改めて魔女と向き合う。

「それが魔術刻印なのか?」

 魔女の素肌を見てぞっとした。
 魔女の素肌には青く光るタトゥーみたいなものが全身にくまなく彫られている。上は眉毛辺りまで、下は手足の指の爪までびっしりと。白い清楚な上下の下着のことなど頭からすっかり抜けるレベルのおぞましい光景だ。まるで、何かの呪いを受けているようなそんな感じだ。

「人を辞めたのか?」

「その質問は失礼。何か含むところがあるのなら、言って」

「全身になんてもんを彫っているんだよ」

「ゼロ。少し勘違いをしている。これは魔術刻印。刻むものだけど、別に色素を入れて永遠に消えない訳じゃない」

「それにしても不気味と言うか悍しい。見ていると吐き気がする」

「女の子に言う言葉じゃない」

「女扱いして欲しいなら。それなりの態度をとれ。何と言うか素直な感想だよ」

「正しい。特に私の場合は特殊。随分と長い間ずっと生きているから色々あるんだよ」

 僕の本能が告げてくる。あれは触れるな危険と。僕のような素人が口出してはいけない領域の話のような気がする。

「あんまり面白そうな話じゃなさそうだな。本題とは違うんだろ?」

「そうね。私の魔術刻印の話はまたいつか話してあげる。それよりも今は魔術を使いたいのでしょ。違う?」

「その通りだ。もう時間ないんだよな。確か、あと数日でベリアルが進行を始めてしまうんだっけ? てか、そんな設定あったよな。懐かしいな。僕、勇者候補なんだよな。奴隷じゃないんだよな」

 謎の修行に聖剣の調査。異世界に召喚されたと言うのに、夢のない生活だな。ちっとも僕の趣味に没頭できていない。最早、勇者になる目的なんてないに等しい。

「マナを魔術回路で魔力に変換して、魔術刻印に流すことによって、魔術が使える。だから、ほら?」

 左腕の魔術刻印の一部がほんの一瞬だけ光った気がする。
 だが、1メートルくらいがいきなり爆発した。

「ほらね? 未熟だから見えないかな」

「一々、人を馬鹿にしないと気が済まないのか。それで僕はどうすればいいんだ?」

「次のステップ。いや、最後のステップになるかな。魔術刻印を体に刻むこと」

「と言われてもな。やり方が分からない」

「魔術師はね。完璧な魔術刻印を作る為に日々、研究を行っているの」

「専用の刻印を今から作らねばらなないのか?」

「そんなの100年は必要。授業してあげる」

 校長先生のあいさつ同様に薄い内容をかなり長々と話していたが、要約するとこうだ。
 魔術刻印と言っても色々と書き方があるらしい。
 マナ濃度や量。書き方や線の太さなど色と要素がある。
 例えば、簡単な爆発の魔術。爆発と言っても色々とある。爆発の威力。爆発の回数。爆発の速さ。爆発にかかる魔力の量。爆発の密度。爆発した時の色。と、様々な条件がある。それを研究して、自分のスタイルを作るらしい。当然、同じ回路でも人によって違うらしい。だから、これからはまた恐ろしく地味な作業に入る。

「魔術刻印は指に集めた魔力で素肌に描くだけ。間違えたら、消せばいい。消し方もとっても簡単。その部分に大量の魔力を流し込んで破壊するだけ。きちんと発動するまで一連の作業の繰り返し」

「魔術を一つ覚える。いや、使えるようになるにはどれくらいの時間がかかるんだ?」

「個人差はあるけどかなり簡単な魔術だろうと2日くらいはかかる。でも、運がとても良くて、最低限発動させるだけなら一時間もかからない。でも、そんなの宝くじが当たるような物。なかば、奇跡ね」

「マジかよ」

「寝ないでやれば、イミテンション・レイくらいなら期限までに完成させられる。魔術刻印を造る際に、初見な魔術より身近な魔術の方が上手く行く。私は無駄なことはしない。これは対人戦においても強力な切り札になる」

「…………はい」

 文句を一つだけ言わせてもらってもいいだろうか。いや、良いだろう。
 別に僕として考えていたのはあんな触れただけで原子レベルまで分解するような使い道の狭い魔法とか望んでいない。むしろ、身体強化や物を浮かす。短距離での移動のような地味だけど様々な場面が欲しかった。ルートを間違えた。

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