無理やり連れて行かれた異世界で私はカースト最下位でした。でも好きな人がいるから頑張れるます!

太もやし

初めての魔法

 洗面所や浴場、共用の場所を案内されたあと、私たちは大きな扉の前で立ち止まった。

「ここから先は第3階級より上の部屋、空の間だから、私たちは入ってはいけないの。イルドに来たばかりだから知らないと思うけど、こんな場所はたくさんあるから、気をつけてね」

 ブリジットちゃんはピーテット夫人の部屋では緊張していたらしく、案内してもらっているうちに、段々と元気になっていた。

「入ったら、どうなるの?」

「罰則が下るわ。学校なら1週間の間、反省室で自習を命じられて、外なら3日間の因子が封印されるの。因子が封印されたら仕事や生活に支障が出ることを見通して、封印されるのよ。階級の差は、絶対なの」

「うん、絶対に気をつける」

 これが身分制度ってやつなのかな。ちょっとイメージしていたのと違うかも。気をつけよう。

 そう考えていると、扉が開いた。

 扉の奥には、気の強そうな女の子たち5人がいた。ブリジットちゃんと同じ服だけど、襟の部分が違っていて、ブリジットちゃんは茶色、彼女たちは緑だった。

「ひっ! リンカちゃん、脇によって頭を下げて!」

 ブリジットちゃんが素早く移動したので、私もそれにならった。

 仲良く話している女の子たちが、私たちの前を通るとき、嫌味な声が聞こえた。

「なんでソルがここにいるの? 私たちを羨んで、様子でも見に来たの?」

 その言葉に同意するように、笑い声が響いた。何かを言って、絡まれるのは嫌だったから黙っていると、イラついた声で注意された。

「ねえ、話しかけているんですけど!」

 ええー、何言っても絶対怒るタイプだよね。話したくないなあ。仕方ないけど、顔を上げて、相手の顔を見て、はっきり言うしかない。

「転校生でソルの私に、入ってはいけない場所を案内してもらっていました。今日は来ちゃったんですけど、次は絶対にしないんで、許してください!」

 そして、深く頭を下げる。正直に言って、正直に謝る。揉め事から逃げるには、これが一番だと思う。

「それで許されると思った? ソルなんだから、もっとわきまえなさいよ!」

「はい、気をつけます」

 話を合わせておこうと、私は心を殺しながら、自分の足のつま先を見た。なんだか嫌な身分制度だなあ。

「きゃあ!」

 ブリジットちゃんが後ろに転がった。リーダー格の子が手を突き出しているから、押されたのだろう。

 しゃがんで、ブリジットちゃんに手を貸す。怪我をしていないか、とても心配だった。

「大丈夫、ブリジットちゃん? 怪我はしてない?」

「う、うん。大丈夫だよ。ありがとう」

 ブリジットちゃんはそう言ったけど、尻餅をついたときに手をひねったのか、右手を気にしていた。

「すごい上手に転んだねえ。もう1回やらせてよ」

 楽しそうな声に、私の怒りメーターが振り切れた。立ち上がって、リーダー格に目線を合わせる。

「私が代わりになりますよ」

 小動物をなじるような、ギラギラした目で私を見たって無駄だ。そんな目は、陸上部の必要以上に厳しくて、後輩をいじめようとする先輩たちで慣れている。

 そんな先輩たちがいたのに、陸上部をやめなかったのは、優しい先輩や守ってくれる先輩がいたからだ。

 私は良い先輩を自分なりに見習って頑張ってきたつもりだ。だから、悪いギラギラと戦える心と力を持っていた。世界が変わったからって、それは変わらない。

 リーダー格が私に手を伸ばしてくる。勢いよく、真っ直ぐに伸ばされた手を、右に避けてリーダー格を横から押す。ブリジットちゃんは頭を下げていた肩を押されたんだから、卑怯な手には卑怯な手を、だ。

 リーダー格は取り巻きにぶつかったから、転ぶことはなかった。これは計算通りだ。怪我はさせないように、だけど驚かせるように、気をつけたのだ。私の目論見通り、リーダー格は急に反撃してきた私に驚いていたけれど、すぐに我に帰ったようだった。

「なによ、あんた! 許さない!」

 リーダー格は体勢を整えると、右手の拳を握って突き出した。

 パンチにしては遠い距離からだけど、なんなのだろう? ……違う、パンチじゃない!

 私は大急ぎで右に避けた。リーダー格の右手から放たれた風の渦に当たればひどい目にあっていただろう。目が良くて、よかった!

「避けるな!」

 取り巻きが一斉に口を開く。いや、避けるでしょ!

「魔法を使うなんて、卑怯じゃない!?」

 私の取り乱した声は無視され、ブーイングが続く。

「やめてください、彼女はソルなんですよ! ヴァンの方々が、魔法を使わなくてもいいじゃないですか!」

「ソルだからこそ、ヴァンに逆らっちゃいけないのよ!」

 ブリジットちゃんがなだめてくれようとするけど、火に油だった。

 そうしている間にも、風の渦は私を襲おうとしてくる。当たるのは絶対に嫌だけど、何かして渦を消さないと、地味に使っている体力がもたない。

 リーダー格がしていたように、拳を握って集中する。魔法の使い方を知らなくたって、いつか使えるようにならないといけないんだから、きっとなんとかなる! 頑張れ、私!

 イメージするのは、握り拳ぐらいの大きさをした風の球体。渦の入口にぶつかって、相殺する感じの強いやつ!

 そうして強く思っていると、拳の先に少しずつ風が集まってくる。ときどき解けそうになる風を、強く思うことで留まらせ、球体を大きくしていく。もっと、もっと、もっと!

「そろそろ当たりなさいよ! ソルの癖に!」

 そして少し目を離し、何度目かの渦を避けている間に、予想よりちょっと大きな球体ができた。解き放とうと思った瞬間に、風が解けそうになる。私の力じゃあ、それは難しいんだろう。だったら、違う方法を考えよう……

 リーダー格は、パンチみたいな感じで魔法を出していたし、パンチみたいな感じなら、できるかも?

 後ろから迫ってくる渦に向き直って立ち止まり、腰を大きくひねって、勢いをつけて拳を突き出す。スポーツで大事な反動というやつだ。

「うまくいってください!」

 思わず、叫んでしまった。だって、うまくいかなかったら、きっと私の腕はズタボロになる。痛いのは、絶対に嫌だ。

 球体が渦にぶつかる。それでも前に進もうとする渦を、球体が喰い尽くしていく。

「私の魔法が取られていく!?」

 リーダー格の恐怖に満ちた声が聞こえるけど、私は球体を抑えるので手一杯だった。渦を喰らって、人間ほどに大きくなった球体は、散り散りになりたそうにしている。だけど手を離せば、尻尾を掴まれて暴れる蛇みたいになることは感覚でわかっていた。

「うぐううう!」

 食いしばった歯の隙間から、唸り声が漏れる。

 精神力も体力も持って行かれそうになる魔法を、あんな簡単に使うなんて、やっぱり上の階級の子はすごいな。違う、そうじゃない、集中しろ!

 意識が別の方に持って行かれそうになるのを、必死に抑える。誰も怪我をさせたくない、だってみんな痛いのは嫌いだと思うから。

「あなたたち、何をしているの!」

 ピーテット夫人の声が辺りに響く。よかった、きっと助けてもらえる。

「昼食に来ないから見に来れば……まあ!」

 リーダー格の子は、もう魔法を使うのをやめていた。涙で曇る視界で見た、ピーテット夫人は口に手を当てて驚いていた。

「ピーテット夫人、助けてください」

 ああ、声にも情けなさが滲んでいた。恥ずかしいけれど、そういうことを考えている場合じゃなかった。

「早く外へ! 私では対処しきれません!」

 ピーテット夫人の焦った声は、私たち全員を焦らせた。

 そしてブリジットちゃんとピーテット夫人に押されるように、寮から出ると、ピーテット夫人が先に連絡していた先生たちが集まっていた。

「どこで開放する!? すごい力だ!」

「運動場へ行きましょう! まだ走れますか!?」

 油汗がダラダラと流れる。必死に頷いて、誘導される方向へ走る。このギリギリ感は、ゴールが近いのに体力が尽きそうになった長距離のときに感じる焦りと似ていた。

 誘導された先は、広くて大きなグラウンドだった。

「放て!」

 その声と同時に、拳を解いた。

 球体は高いところから転がり落ちた毛糸玉のように、ほぐれていく。風は暴れる蛇のように様々なところに己を叩きつけながら、散っていった。

 グラウンドが抉れるほどの力を今まで抑えられたなんて、自分でも自分がわからなかった。すごいとか、こわいとか、何か思うべきなんだろうけど、何もわからなかった。

「リンカちゃん、危ない!」

 ブリジットちゃんの声で我に返る。何が危ないのか、と上を向くと風の尾が私にぶつかりそうになっていた。

 どこに避ける? 気力も体力も尽きかけの私は動けず、ただ振り下ろされる風の尾を見つめるだけだった。

「リンカ!」

 嫌味なぐらいにかっこいい声が聞こえる。でも風の尾から目を離せない。

 私目掛けて、風の尾が振り下ろされる。

 あ、これは死んだ。なぜか冷静になった心で思い、目を閉じた。

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