職業通りの世界

ヒロ

第34話 ギルド長との対面


「はぁ~あ、結局面倒な事になりましたね」
「陸人が悪い訳じゃないのにね~」

 現在、向かい合わせになっている質の良い2人掛けのソファーに座り、ギルドの3階に設けられた事務スペースにあるギルド長室にてギルド長を待っている。原因はもちろん、俺が倒したAランク冒険者の事だ。
 どうやらそれなりに名が知れている冒険者だったようで、そんな冒険者が簡単にやられたという事があの時見ていた冒険者たちでなく、この街の住人や他の街の人に知られるとギルドの沽券に関わるとか言っていた。

 確かに、俺が姿を隠していたのに気づいたのは恐らくあの冒険者だけだろう。そういえば、なんでバレたんだ?ま、今は置いとくか。

「何言われるんだろうね…」
「恐らく口止めの事を言うのでは?」

 「口止めね」とお嬢様は少し遠い目をする。多分、屋敷で何度もあった旦那様に対して口止めを願う人が来た時の事を思い出しているのだろう。
 お嬢様は世の中の暗い部分を見過ぎだ。だから、紅葉さんは厳しく俺を育てて護衛として傍に置いたんだろうな。

「大丈夫です。お嬢様がお断りしたいと思えば全力で相手をねじ伏せますし、お受けするのであれば、あんまり自信はありませんが交渉して出来るだけ多くの金貨を貰えるようにします」
「頼もしいけど、断る時は気絶程度にして、受け取る時は無理な交渉は止めてよ?」

 お嬢様は柔軟に考えていて、相手を伺って決めるらしい。てっきり、口止めという行為自体を拒絶すると思っていたが、そういうところは家の血を引いていると言える。

「すまない、少し遅れた」

 そんなやり取りをしていたら、ギルド長らしき男が入ってきた。それに伴い、立ち上がろうとしていたお嬢様を手で制して留める。こういう場合は、少しでも気が良くないアピールをしていた方が良い。どっちに転がるとしても。

 ギルド長は濁った黄金色の髪を捲り上げ、髪と同じ色の目や目元は鋭く、土の色である茶色や黄土色が混じった服を着ている。だが、袖は無く、ズボンも所々が破れている。その破れた所などから図太い腕や足に見え、血管が浮き上がっているほど鍛え抜かれているのが分かる。身長は2mは行ってそうだ。

「実はクエスト帰りなんで状況を知ったのは数秒前なんだ。なんで、出来れば君らからも状況を説明してくれないか?」

 獲物を見極めるような眼光で俺を見つめてくるギルド長に俺は嘘偽り無く、事の始まりから今に至るまでの事を話した。
 聞き終えたギルド長はゆっくりと2人掛けソファーがいっぱいになるほどの躯体にある大きく膨れ上がった胸筋を膨らませて深呼吸をし、もたれかかって目を瞑って考え始めた。

 隣でお嬢様が膨れ上がった胸筋に興味津々になっている中、部屋の外で慌ただしい足音が耳に入る。どうも、この世界に来てから耳が良くなりすぎているように感じる。これも執事という職業の特徴なんだろうか?

「……一つ言わなければならない事は、君たちに彼らの事を詫びる事だ」

 彼らと言うのは最初に絡んで来た3人組の事だろう。予想は当たっていて、ギルド長があの3人組の素性を口にした。
 それによると、あの3人組はBランク冒険者だというのに、態度や言動の悪さからクエストを受ける事が出来ない事が多く、金銭面で困っている事が多いらしく、よく観光客に金貨をせびる事があるらしい。ギルドからも何度も勧告していたらしいんだが、ギリギリのところでやっていたらしく、辞めさせる事が出来なかったらしい。まあ、今回で辞めさせる事が出来るだろうが。

「俺が気になるのは目的だ。確かに、うちの博物館は他の街には無い、多くの種類の魔物の特徴や危険性を分かりやすく展示しているが、何もコソコソと入るほどでは無いと思うが……」
「俺は執事です。隣にいるお嬢様が少しでも望めば全力でお応えするのが使命です」

 多少強引にギルド長に言う。これも嘘偽りは無い事だ。隣で「私のせい!?」と驚いているお嬢様は放って、ギルド長の目を見る。こういうのは堂々としていた方が認めやすい。

「そうか、君は執事なのか。それなら仕方ないだろうが、下手に実力がある分、君は執事から外れた事までやれてしまうだろうから、主人である君が手綱をしっかりと握っておきなさい」
「あ、はい。気をつけておきます」

 ギルド長はそれだけ言うと、立ち上がった。そして、部屋にある書類が山積みになっている机に向かい、一つの書類と羽根ペンを持ってきた。

「ここからは俺の勝手な提案なのだが……」

 いよいよ来たか、口止めが。隣のお嬢様も少し表情を固くする。
 そんな少し緊迫した雰囲気の中、ギルド長は書類と羽根ペンを置いて言った。

「冒険者にならないか?」
「「は?」」

 俺とお嬢様は口を揃えた。なんたって、予想していた事とは違う事を言われたのだ。呆気に取られるのも普通だと思う。

「なんだ?そんなに驚く事か?」
「…自分が倒した冒険者の事に関して、口止めをしてくると思っていたので」

 それを聞いたギルド長は大きく口を開けて、天井を向いて笑った。

「そんな事する訳が無いだろう。冒険者は全ての行為において自己責任を伴う。そこにギルドの秩序があるだけだ。別にギルドの面子なんて考える必要もない」

 どうやら、沽券がどうのこうのという事は全て受付や事務員の人が思っていただけらしい。ギルド長は、ギルドとしてはあくまで冒険者を守る気もギルドの名前を守るつもりも無いらしい。

「で、どうなんだ?この《トレナス》で冒険者になるつもりは無いか?」

 何気に初めて知ったこの街の名前。しかも、ギルド長直々に勧誘するのは、中々レアな事だろう。だが……

「お断りします♪私たち、勇者で任務中なので」

 いつもなら俺が言うのに、今回はお嬢様が立ち上がってギルド長を見据えて言った。俺は勇者では無いが、冒険者になるつもりは俺も無い。

「という事なので、博物館に行っても良いですか?」
「……ふっ、勇者って言うのは本当だったんだな」

 ギルド長はズボンの尻ポケットからヨレヨレのチケット2枚を呆れているような感じで渡した。




「意外と良い人だったね~」
「顔とかは厳ついと思いましたけどね」

 1階にある博物館と言うよりは展示コーナーで、色んな魔物の剥製を見ながら、お嬢様と一緒に歩く。本来なら俺は一歩下がらないといけないのだが、お嬢様に「私に1人で見る悲しみを味あわせるの?」と悲しげに見つめられて、断る事が出来なかった。
 確かに、カップルらしき人たちがイチャついている。女の人が怖がるのを男の人が宥めるという、お決まりの感じで。

「……私はこういったものに怖がらなくて悪かったねっ」

 お嬢様はカップルを見ていた俺に気づいて、拗ねたように早足で歩こうとするので、お嬢様の手首を掴む。

「自分は怖がる女性より、心が強い人の方が好みですし、それ以上速く歩かれると、展示を楽しむ事も横に並んで歩く事も出来なくなりますよ」

 お嬢様は顔を赤くしてしまい、今度は立ち止まってしまった。ここは少し強気でいっても何も言われないだろうから……

「さあ、楽しみましょう」
「う、うんっ」

 俺はお嬢様の手を掴んでゆっくりと歩き始めた。隣で少し俯き気味のお嬢様もいる。向こうではきっと出来なかったデートのような事をしているという自覚も無く、俺はお嬢様の手を引いた………。


===オマケ(ホワイトデー)=========================

「はぁ、何を返したら良いんだろうか?」

 俺は過去最大級の悩みを抱えていた。それはお嬢様の欲しいものを聞き出して買えば良いだけの誕生日よりも難しい、ホワイトデーの返しだ。

 ホワイトデーはチョコだけで無く、花やアクセサリーも贈る人も居るらしい。
 お嬢様は菓子類、花、アクセサリーのうち、どれを贈れば喜んでくれるのだろうか?

 調理室にて、大量のチョコを並べて見てみるも、いまいち分からない。
 この、お嬢様をイメージしたドレス姿の女性を彫ったチョコは引かれるかもしれないし、ゴディバのチョコをなんとか本物に近づけたチョコも、本物の方が良いと言うかもしれないし、お嬢様の好きなサンリオのキャラクターに形どったチョコも、好きなキャラクターは食べたくないと言うかもしれない。

 現在、13日の夜7時。明日の朝には贈りたいし、今日の9時からお嬢様に勉強を教えないといけないからなるべく早く作らないと…。

「あ、陸人くんがここに居るなんて珍しーーあ、明日の準備に来てたの?」
「ええ、既に楓さんの分も紅葉さんの分も完成しているので、明日お渡ししますね」

 今日の夕飯を作りに来た楓さんに軽く返しながら、思考と目線は完全にチョコに定まっている。

「すごい~、芸術作品がある~」
「それは気の迷いで作った龍を模したチョコです。お嬢様が以前、龍がカッコイイと言っていたので作ってみたんですが、女性に贈るものではないとボツになりました」

 「私、こんなの作れないよ~」と謙遜する楓さんに、味では完全に負けているという事を言いながら、一瞬楓さんに意見を求めようと思ったが、これは自分で考える事に意味があるのではと思い、思い留まる。

「楓さん、女性はホワイトデーに何を贈られると喜びますか?」

 聞かないと思っていたのに、俺はポツリと言ってしまっていた。ハッとなって楓さんの方を見ると、まるで弟を可愛がるような表情で微笑んでいる。ガッツリ聞かれていたみたいだ。

「う~ん、私は真心を込めたチョコなら私もだけど、朱音ちゃんもかなり喜ぶよ?」
「真心ですか……」

 真心というのはよく聞く。よく聞くのだが、いまいちピンと来ていていない自分もいる。
 ……この屋敷に来る前までの俺には、そういった記憶は無い。ここに来てからも、ホワイトデーやら誕生日は何回も迎えた。だが、旦那様も奥様も海外へ行ってしまった今年は、何を用意したら良いのか、何を考えたら良いのか分からない。

 …なら、俺はお嬢様に仕える忠誠心を込めよう。それを伝えやすいチョコの形は……







「ふぁ~あ、おはよう」
「おはようございます。そして、こちらお返しです」

 俺は跪いてチョコを差し出した。お嬢様は実感の無いような状態で受け取った。それは花束に見せかけたチョコ。花は薔薇で、赤の食紅を使って赤いチョコにして、花弁1枚ずつ丁寧に作り上げたチョコだ。

「……これはチョコだよね?」
「はい。お嬢様、今日はホワイトデーですよ」

 俺が微笑んだのと同時に、お嬢様は顔を赤くした………。




「こちら、バレンタインデーの時に貰ったお返しです」
「………」

 俺は京都の八つ橋のチョコバージョンを紅葉さんに手渡した。紅葉さんは険しい表情を全く変えずに、チョコを一つ取り出して食べた。

「美味しいです。料理の腕も鈍ってなくて安心しました」
「お口に合われて良かったです」

 「では、お嬢様の用意を手伝いましょう」と言って紅葉さんは先に歩いて行ってしまった。だが、紅葉さんが美味しいと言ってくれたのは、かなり久しぶりだったな。

『これはどうですか?』
『うん、よく出来てますね。この調子で頑張りましょうか』
『はいっ!』

 ふと、頭に思い浮かんだのは幼い頃に料理の指導してもらったときの事だった………。




「楓さん、こちら昨日言っていたお返しです」
「あ~、ありがとう~」

 楓さんに贈ったのは、楓さんが好きなきなこが合うようにした生チョコだ。

「美味しい~。けど、あともう一味かな?」
「…楓さんには敵いませんね」

 楓さんはチョコで茶色く染まった舌をペロッと出して、もう一味を足す為に調味料を取りに行った。いつかは楓さんを超えたいな………。


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