放蕩させてくれ、異世界様!

シフォン

0-1 初めてのパーティー

 あれから早5年。異世界転生というフィクションの中だけだと思っていたものを実際に体験してしまった30代の平凡な会社員だった俺は、ウィズという新たな名前と、王族という地位を手に入れ、病気にかかることもなくすくすくと育っていった。
 それこそあまりにルーチンワーク的な毎日が続き過ぎて「これがネット小説だったら炎上商法も同然だぞ……」と危うく呟きかけたほどだ。

 この5年、俺は様々なことを経験してきた。
 それこそ簡単な読み書きに計算、礼儀作法、ダンス、さらには芸術の勉強などなど、腕のいい家庭教師が1人で受け持っている教科だけで考えても10種類は優に超える。
 まぁ、幸いにして全体を通して最大の難関だと考えていた読み書きが、この世界の言語がかなり日本語に似たものだったということもあって、あっさりと乗り越えることが出来た。
 計算については言うまでもない。
 そして、それなりに苦戦すると思っていた実技系もほとんどは前世の経験が活かせたので、さほど苦戦することもなく乗り越えることが出来た。

 ……だが、そうして楽々攻略してこれたように見えるその中でもっとも厳しかったのが何かと言えば、それはダンスだろう。あればっかりは前世から引き継がれた運動センスのなさが足を引っ張る形で、今も落第点スレスレをさまよい続けている。
 音楽に合わせて体を動かすだけでいいと言われても、そもそも足を踏まないだけで精一杯の俺には厳しいものがあるのだ。

 まぁ、そのようにお勉強的なものはあっさりと、そして家庭教師が受け持つ科目の中で唯一の運動であるダンスにだけは手を焼きながら、さほど大きな事件にはぶち当たらずこの5年間を無事に過ごした俺だったが、その中でまったく歯が立たないものにぶち当たったことはある。
 それは3歳になった年の夏の日、父上殿が騎士的なおっさん(俺も十分おっさんと呼べる年だが)を招いたことに始まる2日に1度の剣術指導なんかはその顕著な例だろう。
 まず、木剣の素振りが思ったよりも辛い。
 ネット小説とかマンガでは万とかそういう単位の回数をこなしているキャラクターが1人は居るものだが、そういうキャラクターがいかに規格外かを理解させられたよ。

 いくら貴族の子供向けの短くて軽い木剣と言えど、もはや逆に天賦の才ではないかと感じるほどの運動音痴を患っている俺にとっては強敵に違いなかった。
 上に振り上げて、降ろす。ただそれだけの繰り返しが、日々体を痛めつける。
 おかげで、剣術指導の後は疲れ果てて体が動かず、師匠である騎士のおっさんに担がれて風呂にぶち込まれる(かなり丁寧に、だが)までがワンセットになってしまっている。
 いつかは俺が逆におっさんを動けなくして、無駄に丁寧に風呂にぶち込んでやるのが当面の目標となっている……計画は10年単位の物だが。

 それ以外だと、意外なことではあるが、魔術とかいうファンタジー成分溢れるものが俺のもう1つの苦手科目だった。
 俺がこの世界で魔術の存在を知った切っ掛けは俺が3歳の時。何やら両親の知り合いらしい老人が訪ねてきて「ふむ……まだ目覚めてはおらぬが、まるで大海の如き魔力を秘めておるの」と俺に言ったのが始まりだ。
 当時まだ1歳だった俺は、まだ非現実感が抜けきっておらず、『異世界転生』の5文字が持つご都合主義的なイメージに踊らされて魔術もあっさり使えるようになるものだとばかり思っていた。
 だから3歳の時に再び訪ねてきた老人を見付けるやいなや、しかしあくまでも自然な流れで舌っ足らずに、魔術を教えてくれと目を輝かせながら頼み込んだ。そうして見事弟子入りに成功した、のだが……

 現実は転生した人間だというだけで簡単に魔術をマスターさせてくれるほど、甘くなかった。
 俺は魔術を使うために必要な魔力こそ潤沢ではあるのだが、逆に魔力が潤沢すぎるせいでコントロールが効かず、簡単な魔術にすら手を焼く始末だった。
 生まれ持った才能まりょくゆえに上達しないというのは、前世では常に才能不足に泣かされた身としては嬉かったものの、その反面、力不足と違って初めての体験なので対応策がまったく思いつかなかった。
 だから、2年の月日をかけて俺が使えるようになった魔術はたった2つしかなく、しかもその2つとも、ほとんどコントロールなしでただ注ぐ魔力の量を多くし過ぎないように気を付けさえすればいい、簡単な魔術だ。
 こんなんじゃ魔術師とは言えない、そう思って努力は続けているものの……その成果は見られないままに俺は今日、とうとう5歳の誕生日を迎えてしまった。

 ……これは先月知ったことだが、この世界の常識では、ある一定より高い身分を持つ者の子は5歳になると同時に社交界デビューを迎えるのが慣例らしい。
 5歳までは暗殺への警戒だとか、悪霊を送られるのを恐れて───実にファンタジーな理由だが、この世界だと案外笑えない───信用できる人間以外には一切会わせず、ある程度体が丈夫になってきて、護身術だとかそういう類のものが最低限身に付いてようやく公式の場に出すとのことだ。
 だから、5歳の誕生日に行われるパーティーは5歳まで無事に育ったお祝いと、貴族たちへのお披露目を兼ねており、それはそれは豪華なパーティーが開かれる。

 しかし、パーティーと言っても、前世での誕生日会やなにやらと違ってその前準備が非常に面倒くさい。

 例を挙げればキリがないが、それこそ普段より数倍は過酷なダンスレッスン、ほとんどが礼儀作法の時間に置き換わった座学、および服の採寸といざという時の対応などなど、気分としては学生時代の定期試験前に近い。
 この世界は貴族制度が残っているから、パーティーへの参加ってのも貴族(俺は王族だが)のお仕事の1つなんだろうが……正直に感想を言わせてもらうなら、この世界の貴族階級たちは全員が胃潰瘍を患っているんじゃないだろうか?と言ったところだ。
 このストレスは筆舌に尽くしがたい部分がある。

 ただまぁ、幸いにして俺自身は齢5つで胃潰瘍を患うなんてことはなく、俺は1月近い準備期間をなんとか乗り切り、ようやく本番にたどり着いた。
 現在は、先ほど行われた父上による開会宣言のようなものに同席する役目を終え、衣装からやたらと重くて肩を痛めそうな装飾を外し、いよいよパーティーへの本格参戦をしようとしているところだ。

 ───この扉を開けば、ついにパーティー会場か。

 重い装飾を外したおかげで物理的な意味では肩は軽いのだが、気持ちの面は上に1tの重りでも乗せているんじゃないかと錯覚するほど、重くて仕方がなかった。

 もしも、俺が本当に中身まで子どもだったとすれば、パーティーというものへの期待感やら、出会う同年代の少年少女との出会いに目を輝かせたりでもするんだろう。
 だが、生憎と異世界転生なんてしたせいで俺の精神年齢は30代後半だ。パーティーってだけで素直に喜べるほど、きれいな心はしていない。
 そもそも俺は子供と喋るのが得意な方ではない。だから前世では小学校時代、友人なんてものは片手で数えても5本余るほどしかいなかった。だからどうにも……誕生日会というものにいい思い出がない。
 たとえば小学生の頃、夏休み明けに自分だけクラスの人気者の誕生日会に呼ばれてなかったことを知ったとき。しかも自分の誕生日に、家族以外の誰かから送られてきた唯一のバースデーカードが先生からのだったと理解したとき……今思い返しても絶望的だ……おっと。

 ダメだ、この思考は危ない。

 俺は自分の現実逃避を兼ねた思案で嫌な思い出を思い出して憂鬱になりつつ、これ以上はヤバいと結論付けてそれを急いで記憶の彼方に追いやった。
 前世の記憶ってものはほとんどの場合で役に立つものだが、こんな具合に時折邪魔になることもあるのだ。前世を覚えているってだけで調子に乗らないためのいい戒めだ。
 まぁ、それはともかくとして、俺はそんな理由から誕生日会というものにいい思い出がないわけだが、今現在、表情だけは感情とは真逆の、いかにもパーティーが楽しみな子供、といった具合にするよう努力していた。
 たとえ誕生日会というものが憂鬱なものだったとしても、参加するからには楽しんでいるフリをしなければゲストと両親に悪い。

 ……それに、ここまで散々に言ってきてはいても、このパーティーに魅力がないわけではないのだ。
 王家の権力を使って国中から呼んだという腕利きのシェフたちが作った料理や、様々な権力者からの心躍るであろう贈り物の数々。
 その2つ以外にも何やら両親が色々用意しているようだし、客観的にも主観的にも、このパーティーは非常に魅力的であると言えるだろう。
 だから問題は、名目上他の同年代の参加者たちと交流をしなくてはいけない、という一点のみ。
 これでもビジネスライクな関係とその場限りの付き合いは得意なんだけどなぁ……
 俺は心中でそうぼやくも、どうせいずれはその問題と相対しなくてはいけないよな、と思って諦めた。

 そして、ある程度心が整理できたところで、子供の筋力で開けるのは少々厳しそうに見える重厚な扉の前に立った、まるでマンガのように立派なひげを蓄えた男性が俺に声を掛けてきた。

「ウィズ様、準備はよろしいでしょうか?」

 心の準備ができるのを待っていてくれたらしい。
 俺は男性に心の中で礼を述べながら、首を縦に振って彼の問いかけに返答する。
 その返答を確認した男性は実に丁寧な動作で扉を開き、俺がそこを通り過ぎると同時に再び閉じた。
 ……これでもう、簡単には撤退できない。

 そう思いつつ前を見ると、そこは扉を出てすぐのところに広がっていた子供たちの集まる一角で、すでに俺は視線の集中砲火を浴び始めていた。
 赤い髪をした体つきのいい少年、黒髪で少々地味(と、言ったら失礼だろうが)な印象を受ける少女、年齢層から考えると背伸びした感じのある赤いドレスが妙に似合っている金髪の美少女などなど、非常に個性豊かな面々が向けてくる視線は千差万別で、ここ数年で剣術の指導がてら他人からの視線には少々鋭くなった自覚のある俺にもどういう類の物なのかがよく分からない。
 もしかしたら極度の王族嫌いで悪意に染まった視線もあるかもしれないし、むしろ敬愛の意思がこもった視線もあるかもしれない。

 一体どんな視線が俺に向けられているのかについては理解できなかったが、こちらも負けじと周囲を見渡し……ふと、こんなことを思った。

 ───俺はロリコンではないが、これほどレベルの高い美少女が揃うと食指がそそられるな。主に光源氏計画的な意味で。

 明らかに幼児のものとして相応しくない思考を脳内に広げながら、本日とうとう5歳になり、ついに社交界デビュー(まだ一定より年上の相手は参加していないのだが)を迎えた俺───ウィズことワイゼル=グラスディアは、目の前でその幼い見た目からは想像できないほどの優雅さで交流を深める少年少女たちを見つめ、あまりじろじろ見過ぎてもよく思われなさそうだと思って視線を外した。

 観察もいいが、相手に悪い印象を与えないようにひっそりと行わないといけないな。
 そんなことを意識しつつ、他の参加者たちの視線が離れたタイミングで参加者たちの隙間を縫うように動き、数少ない確実な楽しみであった料理を楽しむべく、バイキング形式で並べられた豪華な料理の中からローストビーフに近い見た目のものとよく分からない野菜を手に取った皿に盛り付け、あまり目立たない位置にある小さなテーブルで食べ始めた。

 一応、このパーティーの主役と言ってもいい位置づけにある俺だが、周りの認識はどうあれ、今回の最重要ミッションをこのパーティーの食事とその他もろもろを楽しむことだと認識している。
 前世の祖父母の言葉を借りるなら、美味い飯を楽しめなかったらそれは人生の損失、らしいからな。
 前世ではまったく気にしていなかったその言葉を言い訳にするように、俺は確保したローストビーフをたっぷり味わって食べ終え、次に食べるモノを物色し始める。

 テーブルに並べられた料理は先ほど食べたローストビーフ、パスタ、ピザ、フランスパン、何が入っているのかはよく分からないが非常に食欲をそそる煮込み、チーズ盛り合わせなどどれもこれも食欲をそそるものばかりだ。
 きっとどれを食べても後悔はさせてくれないに違いないが、残念なことに今の5歳児ボディでは食べられる分量がどうしても限られてしまう。だから絶対に悔いることのない選択をしないといけない。
 先程のローストビーフはなんとなく前世から食べてみたかったので迷わず選べたが、料理はどれもかつてないほどに美味しそうなものばかりで、俺を迷わせる。
 早く取らないと1つ残さず全部がなくなってしまいそうだが、それでも決められない。

 いっそ、こうなったら食べたいものを全部少量ずつ取る作戦を……
 迷った末、このままでは悩んだだけでパーティーが終わりかねないと思った俺が、最後の手段に出るべきか悩み始めたその時。

 ガシャン!

 今までまったく意識を向けていなかった方向から、何かが割れたような音が聞こえてきた。
 誰かが皿でも割ったのだろうか?
 異世界でもドジな奴ってのは居るもんだなぁ、と感じつつ、驚かされた拍子あることを思い出した。
 料理を載せたテーブルはもう1つあるはずなのだ。

「…………すみません!」

 もしかしたらもう1つのテーブルの方にはこれだと思えるものがあるかもしれないな、と思った俺がそれを探し始めた矢先、先程のドジっ娘の物だと思われる謝罪の声が聞こえ、なんだなんだと野次馬が集まりだした。
 小学校とかでもよくあるやつだ。誰かがケンカすると野次馬が集まってきて、先生が来るまでヤジを飛ばしたりしてヒートアップさせてくる。
 貴族とは言っても、結局やることは同じらしい。

 俺はそんな少年少女を少しばかり冷ややかな目で見つめようとして……そこで、偶然にも野次馬に重なって見えなかった向こう側のテーブルが見えた。
 一瞬だけ見えたそれの上には何やらケーキのようなものが載せてあったことから考えても、きっとスイーツ用のテーブルなのだろう。
 あえてここでスイーツ、というのも悪くないな……
 ひとまず、向こう側のテーブルには何が載っているのかを確認するために移動する。
 その間にも野次馬たちはざわめいたり何かを喋ってたり、なんの騒ぎなんだと気になって参加するものが来たりと忙しく動いていたが、気にしない。
 食事というものはほとんどの場合において優先されるのだ。

 俺は万が一にも騒ぎに巻き込まれないよう、細心の注意を払いながら移動する。
 野次馬たちの流れで無理矢理巻き込まれてはたまったものではない。
 そう思いながら、テーブルまであと数歩の距離に近づく。


 しかし、その時。

「嘘だろ……」

 ついさっきまでは俺の目の前にあったはずの料理が、その下に敷いてあったテーブルクロスに追従する形で、ひとつ残らず視界から消え失せた。
 そして、数瞬前までたくさんのスイーツが盛り付けられていた筈の皿が床に落ち、それが同時に割れる大きな音が辺りに響き渡る。

 俺はその音に驚愕して若干パニックになりかけるも、その原因となったのが誰なのかをを突き止めるべく、皿が落ちていった方向に誰が居るのかをを確認するため、邪魔な人垣を作り出している野次馬たちを親の威光を使うことで、前世で有名な海割りの神話のように退かせる。
 ようやく野次馬たちがいなくなり、見やすくなったテーブルの向こうには……

「あうぅ……」
「あぁもう!なんでいつもこうなるんですの!?」

 まるでこの世の終わりのような顔をして泣く黒髪の少女と、その横でキレ気味に叫ぶ、クリームまみれの金髪少女が居た。

 ……いや、キレたいのも泣きたいのも俺の方なんですけど。

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