放蕩させてくれ、異世界様!

シフォン

0-0 プロローグ

 ……なんじゃこりゃ。
 目を覚ました時、視界一杯に広がっていたのは不自然なほど真っ白な天井だった。
 もちろん俺の記憶の中にある天井ではない。

 はっきり言って訳が分からないが、ひとまず現状を確認しよう。
 俺……田島雄二はブラックでもなんでもない、平凡極まる会社に勤める中流会社員である。
 たしか昨日は……後輩主催の合コンの参加者が1人ドタキャンしたとかで数合わせの為に誘われて、深夜までグダグダと付き合ってから終電に滑り込みセーフで乗り込んで……えーっと、なんだっけ?
 ガラガラの座席を大きく占領する形で倒れこんで、そのまま意識を失って……ダメだ、思い出せない。

 どうやら飲みすぎで記憶を失ってしまったらしい。
 情けない話だ。親父からも親戚連中からも、散々自分が飲める量を把握しとけと言われていたくせにこのザマとは。
 これがバレたら叔父辺りからの説教2人飲みコース一直線だ……どうせ酒の怖さを覚えさせてやるとか言って散々飲まされるだけだろうが。
 ……目覚めて間もないのに気分が悪くなってきた。このことはしばらく忘れていよう。

 さて、それではひとまず俺がとんでもなく情けない状況に陥っているのを理解したところで、今どこに居るのかを推理しよう。
 酔いつぶれて電車の中で眠りこけるなんて初めての経験だし、ここは一体どこなのだろうか。
 少なくとも電車ではないだろう。終点に到着したときに誰かが移動させたか、あるいは酔っぱらったまま家に帰ったかは知らんが、座席に寝転がっていたらこんなに快適なはずがない。
 そして、ここは自宅でもない、
 愛しの我が家は築50年にもなるボロくて古い一軒家だ、天井が木製っぽい色をしていることはあっても、今目の前に広がっている真っ白なそれが自宅の天井な筈がない。ホラー映画にありがちな『存在しないはずの地下室』があったり誰かが突然天井だけペンキを塗ったならば話は違うが。
 ふと、そこまで考えたとき、俺は1つの可能性に気が付いた。
 もしかしなくてもここは病院なのではないだろうか?
 電車で酔いつぶれ、眠りこけてしまった俺はそのまま座席から落ちて前方にバッタリと倒れ、それを心配した親切な乗客が救急車を呼んで俺を病院に搬送させた……これならこの見覚えのない天井にも説明がつく。
 病院なら天井が真っ白でもおかしくないし、記憶がないのにここに居る理由も説明がつく。
 多分これで間違いはないだろう。

 ……あー、ここがなんなのか理解したらなんだか安心してきた。
 なにもかもが未知の場所でたった一人、と言うのは考えているよりも精神的にキツイというのは知っていたが、案外バカにならない。
 今居る場所がどういう場所かを(推測とはいえ)分かっているだけで安心感は随分と違うわけだ。
 そんなことを考えながら寝がえりをしてみると、不意に奇妙なものが見えた。

 ……メイド?

 寝返りをして右側に視線を移してみたところ、その先にはコスプレなのか、それとも今時の病院はそういう需要にも対応しているのかはともかくとして、メイドさんがいた。
 そう、メイドさんだ。
 30代にもなるとどうにも周りの目が気になって入れなくなってしまったが、昔はメイド喫茶にもよく通ったなぁ……あの時は本当に楽しかった。
 現代の病院って進んでるな。などと思いつつ、メイドさんの様子を観察しようとした俺だったが、そこでメイドさんが持っているものが発する強烈な違和感に気付いた。

 ”それ”は棒状の形をしていたため、目にした当初はまったく気にならなかった。
 メイドさんにせよナースにせよ、掃除はするだろうし、掃除機なんて使ったら寝ている他の患者に迷惑がかかるだろうから箒かモップでも使っているんだろうと無意識に思い込んでいたのもある。
 そもそもそんなものを持っているとはどうやっても考えられなかった。それほどまでに、メイドさんが持っていたものは予想外の物だったのだ。

 それは一本の杖だった。それも、今時の伸ばせたりレーザーポインター搭載だったり折りたためたり種類豊富な歩行の補助具としてのステッキではない。
 杖は杖でも、豪華な指揮棒に近い見た目をしたワンドとでも呼ぶべき代物。

 ……おいおい、ファンタジー系メイドとか属性濃すぎないか?それとも今時はこれくらい個性を主張しないと生き残れない弱肉強食の時代が到来してしまっているのか?

 そんな疑問が沸き上がるほどに、それは誰がどう見ても魔法の杖的な見た目をしていた。
 というか仕事しろよメイドさんなのかナースなのか知らないけどそこの。気絶して運び込まれた患者の目が覚めたんだから反応の1つくらいしても良いでしょうよ。
 あるいは入院してる患者がそういう趣味とかなのかもしれないが、だったらさっさと自分のベッドに戻って休んでもらいたいものだ。
 俺がなんとなく冷ややかな目をメイドさんに向けていると、メイドさんも俺の視線に気付いたのかこちらを向き、視線がぶつかる。
 そして、その視線のぶつかり合いののち、メイドさんがハッとしたような仕草をしたのち、どこかへと走り去ってしまう。
 それはまるで長らく目が覚めなかった誰かが目を覚ましたかのような反応で……

 まさかとは思うが、実は1日だと思ったら1年寝てましたー、ってオチじゃないことを期待しよう。
 いくら昏睡していたとはいえ、1年も休んだらどうなるか分かったもんじゃないからな。まだ1日なら言い訳すればどうにでもなるし、最悪の場合有給を……いや待て、よく考えれば合コンは金曜日だったから大丈夫か?
 妙なことに気を回しつつも、俺は先ほどのメイドさん(きっと実態はナースだろう)が医者を連れて戻ってくるのを待つ。
 ひとまずこれからの予定を決めるにしても、今日が何日かを確認してからでないとどうにもならない。
 合コンのあと電車で眠りこけてから何日、何週間、何か月、あるいは何年経ったのか?
 それと、今の今までここが病院ってだけの推測で満足していたが、そもそもここはどこの病院なのか?
 全ての謎は、医者によって明かされる……と、言うと探偵もののサスペンスの最終回っぽいような気もするが、要約してしまえば今の俺は何も分からないのだ。
 だから今、何よりも大事なのは……

「は、入りますぅ!」

 ……いや早いな!?
 俺が特に深い意味もないことを考えていたところ、ついさっき行ったばかりに思われたメイドさんが戻ってきた。
 体感では2分も掛かっていないんじゃないかってくらいに早いんだが。一体どんな高速移動術を……いや、どうせ近くに居たのだろう。
 そんなことを考えつつ、俺は近寄ってきた医者の顔を見ようとして、気付いた。

「あぁ……良かった……!」

 メイドさんと一緒に部屋に入ってきたのは、医者なんてものではなかった。
 その人物は若干傾いた状態で頭にティアラを乗せ、優しげな笑みを浮かべた……第一印象だけで判断させてもらうならば、誰が見ても明らかな『王妃様』だったのだ。
 しかも、その推定王妃様は最近メタボ気味で80キロはあったと記憶している俺の体をを易々と持ち上げ、何故か抱きしめている。
 ……これは明らかにおかしい。まだ酒が抜けきっていないのだろうか。

「お、おいヘレネ!いくらウィズが目を覚ましたからってそんな無茶は……」
「……何か言ったかしら?」
「いえまったく!」

 現実逃避気味に全てをアルコールのせいにしてなんとかしようとした俺の耳に、走ってきたのか息が上がっている男性の声が聞こえてきた。
 どうやらこの2人はウィズと言う名前の何者かが目を覚ましたから、ここに急いでやってきたのだろう。
 そして、そのウィズなる人物はこの状況と、先程まで気絶していたということから考えると、間違いなく俺のことだ。
 自分が気付かないうちに別の人間になっている。衝撃的な話だが……しかし、俺はこの状況を完璧に説明できる1つの言葉を知っている。

 ウィズという人間になっていたことも。

 まったく知らない場所に居たことも。

 メイドさんが妙な杖を持っていたことも。

 最初にそれが頭をよぎらなかったわけではない。しかしありえないと思い込んで否定していた。
 だが、ここまで証拠が揃ってしまっては否定のしようもない。
 ……そう、これは誰の目で見ても明らかな……異世界転生だ。

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