魔法使いになる方法
〜心を折る3〜
ーーー幾日か稽古をしていた。
    それは偶然ではなく必然に訪れる。
「武市ーー!!!」
    いつもの稽古場で二人が模擬刀を打ち合っていたその時、荒々しい男の叫び声が聞こえてきた。
「彩那、小屋に隠れろ!」
    以蔵に言われるがまま、彩那は小屋に入り身を隠した。
    木の影に隠れた以蔵は一人の男を取り囲むようにしている男達の姿を見た。
「武市、貴様郷士の身分でありながら儂ら上士に歯向かうとは!」
「お主が免許皆伝を貰うなど、麻田先生を買収したのであろう!」
    整った顔立ちのその武市と呼ばれる男は何やら因縁をつけられていた。
(武市……確か最近道場を開いたという男か。僻んでいるのは上士…郷士でありながらそこまで登り詰めた男ーー。ここは……!!)
    上士であろう男の剣が武市に向かったその刹那、以蔵は飛び出していった。手ぬぐいで顔を隠し。
スパーン!!
スパーン!!
    上士達の剣を叩き落とすと武市に一礼して軽い身のこなしでサッとその場を後にした。
    武市は驚愕した。剣を向けていた上士達は麻田先生の道場でも上の者達だったが故に。
(今の…あの者は何者であったのか?)
    疑問は湧き上がれどもうその姿は見えない。とりあえずその場から去ることしか出来ない武市であった。
ーーーー遠回りをして彩那が待つ小屋へ向かった。
「以蔵くん、大丈夫だったの?!」
    模擬刀とはいえ以蔵の放った音は凄まじいものだった。彩那が聞いたのは以蔵が打ったであろう相手の安否。それがわかっていた以蔵は苦笑いをしながら
「大丈夫じゃ。手元を打ったが剣しか打っておらん。」
「だからだよ!追いかけてきたり、後から仕返しに来たりしないのかなって…」
    相手が無事であるなら有り得る心配ではあった。
「上士だと言っておったから、顔を隠した足軽の身元などわかりはせんじゃろ」
    自分の事も心配してくれているのだとわかって、少し赤らめた顔を背けた。
ーーーーその夜のこと
    以蔵は考えふけっていた。調べたところ武市は素晴らしい男であった。郷士という身分にありながら免許皆伝を貰い受け道場を開いており門下生もかなりの数になる。美しい嫁もいて以蔵が欲しいモノを全て手に入れた…そんな男である。(その男について行けば自分が侍となれる日が来るのではないのか…)そう考えるとソワソワしてしまっていた。
「昼間の助けた人の事考えてる?」
「なっ!なぜわかったのじゃ??」
「そりゃあ…それだけソワソワしてたらわかるよ。」
    ふふふっと彩那は以蔵の顔を見やりながら微笑む。少し恥ずかしそうな彼を見るとなぜか寂しくなった。
(何処か遠くまで行ってしまうのかなぁ)
    岡田以蔵と言えば「人斬り」で有名なのだが、脳筋の彩那には誰なのかわかっていない。今後、彼がどうなってゆくのかなど知るよしもなかった。ただ何故か(傍に居たい、居なければこの人は何処かへ行ってしまう)そう思えてならなかったのだ。
「明日の稽古は休みでもええかの?」
「助けた人の所へいくの?」
    脳筋なのに察しだけは鋭いのは女の勘ていうやつだろう。だって彩那さん脳筋だもの。
「どうしてわかったのじゃ?」
「ん〜、顔に書いてある!!」
    自分の顔を手拭いで擦りつけるが書いてあるわけが無い。
「擦っても落ちないよ?」
    可愛い人だなぁとくすくす笑うと、顔を真っ赤にした以蔵が俯いた。擦ったから赤いのか、彩那の笑う顔に紅くなったのか…本人達すらわかっていないのだろう。
「いいよ。行っておいでよ。そのかわり…ちゃんとここに戻ってきてね?」
    何故そんな事を言ったのかわからない。でも、彩那は不安だった。ひたすらーー。
「ああ。必ず戻ってくるわい。ここは儂の家じゃからの。」
    当たり前の事を言われて腑に落ちない以蔵だったが、彩那が帰りを待っていてくれると思うと少し心が弾んだ。
    言い知れぬ高揚感を抱いた以蔵と、言い知れぬ不安を抱く彩那の意識は夜の深い闇に呑まれていった。

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コメント
ノベルバユーザー602527
心を折るという章なので好き嫌いの分かれるところですがやっぱり私は好きです。
逆転劇前なのが気になります。