魔法使いになる方法
第2章〜心を折る〜
    以蔵は憎んでいた。全てを。
ーー足軽という身分を
ーーこの藩の階級制度を
ーー階級制度を強いる藩主を
ーー足軽であった親を
ーーもがいても足軽である自分を
「なんでじゃ…」
    朝日が隙間だらけの長屋に射し込むと、なかなか見事な寝相で眠っていた彩那もむにゃむにゃいいつつ目を薄め意識の覚醒を図る。
(…んぁ、朝ですなぁ…)
    ふわぁっと欠伸をしながなら身体を起こした彩那は驚いて後ずさった。
    そこには土下座姿の以蔵が!!
「ど、どうしたんですか?!」
「彩那…いや、彩那様!!ワシに剣術を教えてくれまいか」
「いやいや、様って…え?どうしたんですか?」
「ワシの剣は自己流でしかない。もっと強うなるためにはもっと学ばねばならん」
「あー、なるほど。とりあえず、様付けで呼ばないで…恥ずかしいから」
「では、彩那!教えてくれるのか?!」
「うん、いいよ〜。(あれ?魔法使いへの道が閉ざされていってる??)」
    もの凄く喜んでいる以蔵の隣りで乾いた笑みをこぼしているが、素直に喜ぶ以蔵を微笑ましく思う。
    二人の姿は昨日の林の中にあった。向き合い竹で作ったの急拵えの模擬刀を持っている。
「いつでもいい、かかってきて」
    彩那の言葉にジリジリと間合いを詰め寄る。
(隙がー無いっ。どうやって…)
    迷った隙に手元の竹刀が弾かれる。
「以蔵くん、迷ったでしょ?」
「何でわかるんじゃ?」
「視線が泳いだ。」
    彩那は強かった。大会に出れば必ず勝ち残る、おバカさんだけど。
    魔法使いになりたいと本気で思っているが、そう思う根拠は彩那にはあった。見えている…人から出ている気を。オーラとも呼べる人が放つ紋様が見えていたのだ。
    ただ、以蔵が放つ気の色が見た事がないくらい黒かった。黒いと言うより血の様な錆色。剣を手にすると見える禍々しい赤黒い錆色が彩那には少し怖かった。
「次!!」
スパーーン!!
    何度もそれを繰り返し以蔵の額から汗が吹き出てくる。
ー何度も何度も
    この日彩那の手から竹刀が離れる事はなかった。
「彩那は強いんじゃな」
    小屋の井戸で汗を流しながら少し落ち込んだように呟いた。
「以蔵くんも強いよ?」
「どこがじゃ。全然歯が立たんのに」
    苦笑いをする以蔵に少し困ったが、強いと思ったのも確かなのだ。(心が全く折れないじゃない…)一度折れればいいと彩那は思っていたから。折れてくっつけばさらに強くなる。人間の心は骨と同じだと思っていた。人間を作る要素なんてみんな同じ、くらいに考える彩那。あながち間違いではない。
「…その〜、以蔵くんはもう無理って挫けたりしないの?」
「無理だと…限界だと思っては強くなれんじゃろ?…剣でどこまでも強くなるんじゃ、無理など思う暇はないよ」
    それも一理ある。だからこそ恥を偲んでまで彩那に剣を教わろうとしたのだから。
「そっかぁ。」
(どうやったら心折れてくれるかなぁ…)
    人それぞれだとわかっている。心が折れると立ち直れない人もいる。彼の剣技を良くするためには一度折れてほしい。理由を問われても答えられないが彩那には確信に近いものを感じていた。
ーーその夜
「彩那は挫けたりした事ないのか?」
    突然の問いに彩那は驚きはしたが聞いてくれた事を嬉しく思って微笑んだ。
「何回でもあるよ〜。剣道はね、お兄ちゃんに憧れて始めたんだけどね…それでもお兄ちゃんにも負けたくなくて。周りの子達より少し強くなってお兄ちゃんに挑んだらコテンパンにやられちゃったの。その時いっぱい泣いちゃってね。」
「彩那の兄上殿は強かったのか?」
「ううん?全然。試合してもすぐ負けちゃうくらいに弱かったの。」
ーーそれでも憧れた。負けても立ち上がる兄がとてもカッコよく思えたから。
「そんな人に負けるのか〜って悔しくて」
    ふふふっと柔らかく笑う彩那が眩しかった。自分にはない強さやしなやかさを持つ彩那に焦がれた。
    それは嫉妬と呼ぶ感情と恋心と呼ぶ感情と複雑に入り交じった不思議な気持ちだった。
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