異世界のバハムート

ロマノフ

第7章 ドラゴンスレイヤー

平野には暖かな風が靡いている。その暖かな風は輪郭をそっと撫でるように優しく吹き抜けた。
山から降りてくるこの風は、この先の平野を抜け、街や村に温暖な気候をもたらしている。
この世界にきて、1週間も経過していないのに、やけにこの体はこの異世界に馴染んでいた。
輝いている。この異世界の印象はそれだけだった。ほんとに今まで死んでいたかのような。約束された明日と不自由な自由の中麻痺していたのかもしれない。社会の傀儡となり、死ぬまで生き続けている。環境、いや世界こそ違えば、人は輝ける。努力するのも人の才能という皮肉があるが、それは一理ある気もする。


ノミの話を知っているだろうか、いつか上司が言っていた。ノミは生物的にかなりな距離を飛ぶことができる。1、2mだったかな。忘れた。そのノミがコップの中で育った場合、当然コップの高さ以上に飛ぶことは出来ない。2匹のノミを用意して、コップに囚われた方と自由な方。どう変化が起きるかというと。コップに囚われたノミは。コップを外してもコップの、高さしか飛べないという。事実かどうかは知らないが、それがほんとだとしたら、僕は寒気を感じた。成長を環境のせいにする気はないが、個体が持っている可能性を無きものにする、自分たちと重ねると、僕らの日々はどれほど無駄にしてきていたか分かった。

カエデ「なぁ。シズク?そろそろおんぶ疲れたんだが。降りてくれないか?」

シズク「うーん。お腹減ったよォ。力がでないよぉ。」

カエデ「どこのアンパンマンだよ。」

シーナ「ていうか、アルエ!なんでここに来たわけ?」

アルエ「ああ、そうだな。まだ話していなかった。実は緊急でこの地に赴くよう命令がでたのだ。なんでもこの地下空間に強大な魔力反応が検知されたと。」

シズク「それって。さっきのカエデの魔法なんじゃないの?」

アルエ「いや、もはやこの魔力は人間のものでは無い。」

アルエ「それより、シズクといったか?あとで、。そ、その。抱きつかせてもらってもいいか?スベスベモフモフの予感がしたのでな。」

カエデ「おいおい、アルエ、でいいのか?あんた相当な変わり者とみたが。」

アルエ「ああ、隠し事はしない。それも我が流儀だ。」

カエデ「えらくかっこいいこと言ってるが、場合によっちゃあ、教育委員会が黙っちゃいねえぞ?シズクも知らない人においそれとついて行くわけが、、」

シズク「いいよ。」

カエデ「いいのかよ!」

カエデ「っていうか!さっき立ち去れっていって理由を隠してただろ!」

アルエ「それはまた、それ、だ。」

カエデ「なんともいい加減な流儀だな。」

アルエ「それはさておき、シーナ、隠し事は私だけじゃないみたいだな。」

シーナ「な、なんのことよ。」

アルエ「お前ほどの魔術師が、この魔力反応を見逃すとは思えんな。この魔力量はただならない、神災レベルだ。じきに、王宮から調査団がくるだろう。それを、ルーキー冒険者を連れてなにようかね?」

シーナ「そう?私は特に気にしなかったけど。」

カエデ「嘘が下手なんだな。お前。」

シズク「シーナ姉ちゃん?」
健気な目で見つめるシズクをみて、シーナは顔を顰め、ため息と共に、こう続けた。

シーナ「実は私、昔ここに住んでたの。ここには私の友人が、眠っているわ。」


シーナはこの平野の先にある割と大きな村の出だった。魔術を得意とする一族の末裔で、村の生計や貿易は魔術師の魔法によって行われ、ほぼ独立している。シーナはその村の貴族の娘だった。その家系は代々村きっての魔術師の名門。要は魔術において1目置かれる存在だった。
シーナは幼少期から魔法の鍛錬に明け暮れ、事故で失った両親の代わりに祖母の元で暮らしていた。

幼少期シーナ「大きくなったら、立派な魔術師になってお婆ちゃんに美味しいもの食べさせてあげるわ!」

シーナ祖母「ええ。約束よ?」

お婆ちゃんはそう言ってシーナの頭を撫で、木漏れ日のような儚い笑顔で笑った。

シーナは17歳の時に魔術師の通る登竜門、王宮での魔法訓練兵団に入団するために、試練を受けた。シーナには簡単に思えるほど、他愛の無いほどの試練だった。成績はトップクラス、全国から集められる魔法の訓練生の中でもずば抜けた才能だった。しかし、入団は認められなかった。
この世界にも偏見や差別はある。シーナの村は大昔、魔女と言われる魔術師の出身の地で、世界を征服できる程の、恐れられた存在だった。その文献は長くにわたり伝わって、世界の災厄として、語り継がれている。
たったそれだけの理由でシーナの夢は潰えたのだ。

シーナは村へ帰り、おずおずと祖母に話をした。
お婆ちゃんはがっくりしたようで、数日落ち込んだ様子だった。シーナは、屈辱と悔しさのあまり村をでた。
が、行き先は無く行く宛もない旅の中で行き倒れた所を、助けたのが、シーナ曰く、友人だったのだ。

その友人とは悠久の時を生きる、精霊アンタレスと言われる神に近しい存在である、妖精だったのだ。

彼女との日々はシーナにとってどれだけ楽しかったかは知る由もない。アンタレスとシーナは、毎日笑って暮らしていた、共に本を読み、星を眺め、語り合い、祖母の事も、夢の事も、これから先のことも忘れるくらいに。


シーナ「アンタレス、どうして私を助けたの?」
星の降る夜、丘の上でシーナは聞いた。

アンタレス「私に似てたからよ」

シーナ「どこが?」

アンタレスは少し間を開けて、俯きながらこう答えた。

アンタレス「しーらない」

シーナ「なにそれ。」

2人は顔を見合わせて笑った。草原に寝転びくすぐりあってそのまま眠りについた。

その朝、シーナは目を覚ました。が、あたりは騒然としていた。風が苛立ちを抑えきれず吹き荒び、雲は雷雨を纏い赤く波打ち、空は音を立て事の不穏さを引き立てた。

辺りを見回すシーナ、すると上空には、神のような、悪魔のような、美しいような、汚らわしいような、アンタレスが鈍い光を放ちながら、その先に見える王宮騎士団の軍勢を、容易く屠って、睨みつけていた。

シーナ「アンタレス!」

シーナは思わず叫んだ。

アンタレスはゆっくりとこちらを向き、そっと微笑んだ。轟音の中、彼女は微笑み、そして、嵐の中に消え去った。

王宮騎士団はほぼ壊滅、甚大な被害を受けた王宮騎士団は陣形を立て直すと、すぐさま退散した。

アンタレスはどこへ行ったのだろう。シーナは旅しながら探していた。そして、アンタレスの魔力を感じるこの洞窟へ、たどり着くことが出来たが、アンタレスを守るようにオークが巣を作っていた。アンタレスの魔力は眠っているように脈打ち、その鼓動は日に日に大きくなっている。

全て投げ捨てた、信じたものはすぐに過ぎ去った。後悔なんてものより、これから先のことを考えた。前に進むにつれて、きっと過去なんて忘れることができる。そう信じて、旅をしてきた。


シーナ「だから、私は貴方達の力を見込んで、」

カエデ「そうだったのか。」

シーナは俯いていた。利用されていたと思われても仕方がない。でもこの世界じゃ、誰も助けてくれない。ましてや魔女の一族で、得体もしれない精霊を助けるなんて。

シズク「私たちをまだ信用してくれてなかったの?」

シーナ「え?」

シーナはあっけに取られた顔で、優しく微笑むシズクを見た。

シズク「この世界が、どうとか知らないけど、私は、気にしないの。だから、私達を信じて?」

カエデ「あぁ、お生憎、魔女とか、近所の誰々さんちの息子が不良なのよーっていうおばさん達の会話くらい、どうでもいい。あんたが困っているなら、助けるよ。それとはなんの関係もない。」

シーナ「ふふっ、何よそれ。わけわかんない。」

シーナは心から笑えた。
涙を抑えきれなかった。あの日の怒号、絶え間なく続けた鍛錬、ココ最近、笑えなくなっていた。

そして、彼らは洞窟の地下深くまで進むことを決意した。

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