異世界のバハムート

ロマノフ

第1章 序 死の恐怖

朝だ。寝ぼけ眼で窓を見る。意識さえしない鳥のさえずりと近所のおっさん共の会話が聞こえる。さて、僕はいつも通りの生活を続けている。何気ない生活を。けれどこの物語の始まりにしてはあまり不格好ではないだろうか。僕は今所謂ニートだ。高校を卒業し、就職の為に都会へ出てきたものの、およそ2年。たったの2年で実家、つまりは田舎の小さな集落に戻ってきてしまった。両親には当然申し訳なく思っているが、まぁ次の就職はのんびり決めよう。もう少し怠惰な生活にお世話になろうと思っている。負い目は感じるが、無気力という最大の難敵が僕を生き埋めにしているのだ。
ともかく朝の恒例行事、歯磨きだ。最近は特に、寝起きの口内がサハラ砂漠なのだ。この問題を早急に解決すべく喉を潤し、歯磨きをしながら愛犬チョコに挨拶をするのだ。
朝のルーティーンを済ませた僕はまた、いつも通り自室に篭もりスマホゲーに精を出す。
「しまった。たばこがない。」それに気づくのは5分程度のものだった。面倒だが、買いに行くか。田舎暮らしにはお馴染みであろう難関。デパート、スーパーの類、さらにはコンビニまでもが、遥か遠くにあるのだ。その事にもなれは僕は、はるか10キロ先のコンビニまで車を走らせた。しかしながら観光地でもある地元は、ドライブには最適なのだ。四季折々の風景の匂い、タバコ臭くなった車の窓を開け、世界観の違うこの風を感じ鼻歌を歌いながら山道を駆けた。
「いらっしゃいませー!」地元の同級生だ。名前は舞。医療系の専門学校を訳あって中退し、今はここで働いているそうだ。「おぉー!!楓じゃん!なぁに?またタバコ?」そう。言い忘れていた。僕は、藤宮楓。美しい名前だろう?我ながらそうおもう。「そうだよ。よく分かってらっしゃるな。」「へへっ!だって常連さんだもの。」そう言いながらたばこを手に取り、レジを打とうとする。「あっ、いやちょっとまて。それLightだろ?」
「え?違うの?」「Highlightのメンソールだよ。」「あぁれ?そだったっけ?」「おうよ」。。。
「ありがとうございましたー!まったね!」そう言って手を振るから、僕は恥ずかしげに手を振り返した。久しぶりに他人と話すと脈が上がるのはずっと1人だった証拠だ。すっかり我に返っていた。今まではなにか夢をずっと見ているようで。死んだ魚の目のままではあるが、今、人間にもどったような気がした。
刹那。
「楓ー!あんた、たばこ忘れてー、」
轟音ー
「ちょっ!楓、避けて!」
騒音、衝突音ー


これが走馬灯というものだろうか、すべての景色がスローで動く。あぁ、そうか。トラックがなぜかこっちに来てるな。ここ駐車場なのに、あんなスピードで。
舞、お前って良い奴だよな。そんなに血相を変えて手を伸ばして。忘れてた、俺、お前の事ーーーー

即死だった。なぜ俺が知っているか知らないが、舞も俺も肉が混ざり合い、骨が飛び出し、舞の表情には文字通りこの世のものとは思えない恐怖に歪んだ顔が刻まれた。コンクリートにすり潰されたカエルのようだった。あまりにも非力で、当然の事で、非日常は本来あるべき場所にもどった。そう。もどった。すべてもどる。
ははははは。この期に及んでどういう訳だが、笑えてきた。この一生にはなんの意味はない。一本取られたよ、神様。


コンコン。
コンコンコン。
ゴンゴンゴン!!
猫騙しにも似た感覚が体を渡った。今までそういう類のゲーム、アニメ。たっくさん見てきた。だか、体験して分かる。これは定石だ。必ずと言っていいほど繰り返されてきたフレーズ。さぁいってみよう。
「ここはどこだ。。?」
薄暗い、なんだここは?即座に周囲を確認、だか僕はその状況に驚愕し、、、、落胆した。

「はいってますかー?」
妙に高い声が響いている。

「ちょっと!漏れそうなんですけどーーーー!」

漏れそう。そう。漏れそうなんです。落胆した理由がお分かりか。ここは、トイレだ。便座だ。現在の混乱より、ある程度理解した今の状況がなによりも、、。恥ずかしい。いやもどかしい、いや、、、今の語彙力ではこの惨劇は言葉で伝えられない。

「なっ、」

「なっ、」

「なんでだぁぁぁぁあ!」
こんな声何時ぶりだろう。こんな気持ちいつぶりだろうか。きっとこれは異世界ものの最大の汚点であろう。

瞬間、周りの空気が絶対零度のような冷たさに変わったのを感じた。いや。理解が追いつかなかった。この狭い閉鎖された空間。外から聞こえる甲高い声、甲高い声?

「ちょっと。今の声」

「なに?男?なんでここに?」

「え?、ここ女子トイレだよね?」

そう。思考より先に答えが聞こえてきた。
よりによって女子トイレ。さぁ、状況を整理しよう。僕は交通事故で舞と、死んだ。あの痛み、それは遠い記憶の、ように感じる。そして、異世界に転送された。その証拠はトイレだ。洋式トイレに似ているものの、便座に使われているものは動物のような皮と、極めつけは水魔法で用を流すらしい。魔法陣が壁に貼り付けてある。水色の魔法陣が。魔法陣とは異世界確定だろう。なぜかこの場所に転送された。さらに僕を覚醒させてあのノック音と甲高い声は、女子トイレなのだと、理解出来た。
さぁ、どうする?異世界初の試練!

続く



コメント

  • ノベルバユーザー172121

    死ぬまでの事が自分と被ってて読んでいてなっとくするようなところがあり、楽しかったです。

    1
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