異世界でもプロレスラーになれますか?

大牟田 ひろむ

第10話 ルミナス川のほとりにて


「なぁ、一体どうしたんだ?空気が重いんだが…」

 調査の為、勇者領と魔王領の境にある川を目指し歩いている。ハイルさん、俺、シルフィの3人だ。
 
「シルフィまでついてくることなかったんだぞ?そもそも俺が誘ったのは竜平だけなんだし」
「私も一緒で何か問題ありますか?」

 シルフィのただならぬ圧力に逆らえず、ハイルさんは苦笑いを浮かべる。ごめんなさいハイルさん。俺のせいなんです。

「ま、まぁ仲間は多いに越したことはないよな、この先何があるか分かったもんじゃねぇし。幸いシルフィは魔法使いだ。後方支援は有難い」

 俺たちが向かっているのはルミナス川。この川は大陸を完全に分断し、勇者領と魔王領を分けるかのように流れている。
 俺は昨日、女神から聞かされた。この一件には勇者が絡んでいること、その勇者がマッスルロックゴーレムを放ったこと、そして何かを企んでいること。
 この調査で何か分かればいいのだが……


 街を出て2時間ほど経つと大きな川が見えてきた。ルミナス川である。このルミナス川に沿って魔王領側には森林が生い茂っており、魔獣なども生息しているそうだ。
 しかし、今回の調査で来たこの場所には森林どころか草一本生えていない。

「おかしいぞ……なぜ森が無えんだ。前来たときゃ森の中で魔獣狩りをしまくった挙句、森林までぶん殴りすぎて木々が禿げてたっていうのに」
「ハイルさんが暴れすぎて無くなったんじゃないんですか?」

 冗談のつもりで言った俺だが正直なところこの人ならやりかねないとも思ってしまう。実際話を聞いた感じじゃ見るも無残な荒れようだったらしい。

「いやいやぁ、いくら俺でもここまでまっさらにゃしねぇよ。だいたいそれならここら一帯はもっと派手にボコボコになってるはずだ」

 どんだけ強いんだこの人、あんまり怒らせないようにしよう。

「とりあえず何か探してみましょう。調査に来たんだし、何かわかるかもしれないし」
「そうしよう。それじゃ二手に分かれよっか」

 川に沿って西側をハイルさん、東側を俺とシルフィで調べる事になった。
 
 東側を調べ始めて数分が経った頃……

「な、なぁシルフィ。そろそろ機嫌直してくれよ。何度も言うようだけど、ちゃんとノックはしたし、返事が無かったから開けたってだけでやましい気持ちがあったわけじゃないんだって」

 俺に着替えているところを見られたシルフィは未だこの有様である。不機嫌なままでいられたら調査にも身が入らないし、何より気まずい。これは早く仲直りしなければ。

「そ、そうだシルフィ!この間のマッスルロックゴーレムの中にあったこの綺麗な石。何かはまだ分からないんだがやるよ!もしかしたら高値で売れるかもしれないぞ?」

 するとようやくシルフィがこっちを向く。冷めたような目で……

「物で釣る気?信じらんない」
「……ごめんなさい」

 何も言えなくなりました。どうしよう。

「はぁぁぁ、まぁいいわ。気づかなかったこっちも悪いわけだし。このままだと私まで気まずいからね。じゃあ1つ!街に帰ったら何か甘いものを私に奢ること!いい?」
「……分かりました」

 やっぱり女の子は甘いものが好きなんだな。それは地球となんら変わらんらしい。キラキラした瞳で笑うシルフィ。可愛いな。




「何も無かったわね」

 しばらく調査をしているとついに森が現れた。どうやら森が消えているのはこのあたりまでのようだ。ここまで来てみたがとくにおかしなものは見つからず、引き返す事になった。

「ハイルさんの方はどうだろう。一度合流しようか」

 そう言って戻ろうとしかけた時だった。

 ズシン!ズシン!
 なんだろうこの身に覚えのある地鳴り。ついこの間これと同じような地鳴りを経験したような気が……

「ゴガァァァァァァァ!!!」

 振り向くとそこには俺がこの間倒したマッスルロックゴーレムの姿があった。サイズ的には最初に倒した15メートルほどもある巨大なゴーレムである。

「またでたぁぁぁ!」
 
 2日前と同じ事が起き、シルフィは俺の背後に回る。
 腰抜かしてたからな。トラウマになってるんだろう。

「竜平!この間みたいにちゃちゃっと倒しちゃってよ!」
「まぁ待て。今どんな技であいつを倒そうか真剣に考えてるんだ!それまで、足止めを頼む!」

 せっかく現れたゴーレムだ。他にも試したい技が腐るほどある。ここは慎重に……

「そんなのいいからこの間の技でやっちゃってー!」

 背後から腕を組まれ、チョークスリーパーの如く首を絞められる。ちょ、それじゃ戦うもなにもないんだよ。

「わ、分かったから、手、離して……」

 パニックになっているシルフィには俺の声は聞こえていない。そんなことも関係無しにゴーレムはこちらへ向かってくる。まずい。

「ちょ、シルフィ、手、離して……ゴーレム、来てるから……」
 慌ててシルフィの腕を叩くとようやく我に返ったシルフィだがーーー遅かった。ゴーレムの拳がすぐそこまで来ている。俺だけなら食らっても大丈夫だが背後にはシルフィが。このままでは巻き添えだ。

 絶望的な状況の中……

「オラァァァァァ!!」

 ズドォォォォン!!

 たった今、目前に迫っていたゴーレムの拳が突如視界から消える。
 何が起こったのか分からなかったが、それをみて俺は全てを理解する。ハイルさんがゴーレムを殴り飛ばしたーーー正確には拳打による衝撃波を飛ばしたように見えた。
 しかし、なんて威力だろう。この人がいれば勇者なんて楽勝じゃないだろうか。

「どうやら無事みてぇだな、竜平、シルフィ」

 ニヤリと笑いながらハイルさんは親指を突き立てた。
 この人が来てくれなかったらシルフィは死んでいたかもしれない。

「ハイルさん!ど、どうしてこっちに……」
「ちょいと面倒な事になってな。わり、巻き込んじまったが手は出さねぇでくれ。こいつは俺の問題なんだ」

 そう言ってハイルさんは西側ーーーハイルさんが来た方へ向き直る。その先に1人の人影があった。

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