血脈
第四話
モール内のレストランで、(主に梓紗が)食事をした。
いつも今日のように行く場所をどこにするかで迷ってしまう。休みのかぶった日は何の用事もなく四人で集まるが、大したことは何もしない。これが、彼らの休みの過ごし方だ。
「次、どこ行く?」
玲二は、自分の顔と同じくらいのサイズの巨大パフェを頬張る梓紗を横目に尋ねる。
「飯も食ったしなー」
すると、雫玖が子どもの様な無邪気さで手を挙げる。
「はいはい! 私ブレスレット見たい」
「ん、私も」
「あー、店あったっけ? ここ」
「一階にあります」
「じゃ、そこ行くか」
店を出て、目的地のアクセサリーショップに足を向けようとすると、
「わりぃ、先行っててくれ。俺、便所行ってくるわ」
「わかった」
言うと、和海は三人とは反対の方向に歩いていった。
エスカレータを下り店に着くと、雫玖は店の中を小走りでブレスレットを探し始める。
「梓紗は見ないのか?」
「兄さんが来たら、一緒に」
「もしかして、一緒の買うつもりか?」
「……変?」
「いや、変ってわけじゃないけど……」
「ならいい」
――義理でも兄妹だな……。
内心苦笑いで思っていると、雫玖が駆け寄ってくる。
「玲二、これどう? 着けてみて」
「俺がか?」
「いいから、お揃いの買おうよ」
「……おう」
雫玖は素直でいい子だと、心底思う。その素直さに心を惹かれ、甘えていることも自覚している。それが、自分のためにならないことも。そして――彼女のためにならないことも、知っていた。
知っていたのだ……
――背中をなぞるような張り詰めた空気を感じた玲二は嫌な汗が噴き出るのを自覚した。
ふと顔を上げると視界がいやにスローモーションに見えた。
「雫玖、それ今度でいいか?」
嬉しそうにブレスレットを見せてくる雫玖を、玲二は冷たい態度で返した。
「え?」
「いいから、ここを離れよう」
冷たい態度とは反対に、冷静さを欠いた玲二の言動に二人は疑念を覚えざるを得なかった。
「顔、真っ青だよ?」
「とりあえずここを出るぞ。梓紗も着いてこ――」
――言おうとした途端だった。
モール内の灯りが停電したかのように消灯、出入り口も上から下りてくるシャッターで塞がれた。
「くそっ!」
「え、なに?」
「……」
雫玖と梓紗だけではない、周りにいた全ての客の表情が硬直する。薄暗がりの中、緊張だけがその場を満たして沈黙の時が流れる――
「今のうちだ。とりあえず上の階に――」
「――待って、兄さんは?」
梓紗が強く腕を引っ張った。
「あいつも警棒くらいは持ってる。大丈夫だ」
「え、戦闘になるの?」
「もしもの話だ。今はそうならないように身を隠すしかない。お願いだから、言う通りに」
こんな焦燥感に駆られた玲二の顔を二人は見たことがない。あまりにも唐突で、異常な事態に二人は不安を隠すことが出来なかった。
そんな不安を振り切るように、雫玖は玲二に着いて行った。梓紗は放心状態で雫玖にしがみついている。ただ立ちすくむ客の中を進み、非常階段を上る。二階へ上ると階段そばにあった洋服店の店内に三人は身を隠した。すでに店員は状況確認と客への呼びかけに行っており、店内には誰もいない。
電気も点いていない店内に入って二〇分は経過しただろうか、客の数が少なくなると、やけに重い足音が聞こえた。まだ音からは遠く小さいが、この状況で焦りのない足取りはどう考えてもおかしい。
玲二は二人の手を引っ張り試着室へと身を隠させる。
「いいって言うまで出てきたらダメだ。音を立てずにここにいろ」
玲二がそう言って、扉を閉めようとすると、
「待って! 玲二もここにいてよ……」
「大丈夫、この店からは出ないから」
「……」
雫玖と梓紗の顔を確かめて玲二は扉を閉めた。雫玖はともかく、梓紗はかなり不安感を抱いており硬直していた。
すぐそばに来ていた足音に焦りながら玲二は掛けてある服の影に姿勢を低くして隠れる。
「おい、もうこの階に人はいねぇんじゃねぇの?」
「いなくても、探すのが俺たちの役目だ」
二人の男が店内を探索しに近づいてくる。二人とも手には拳銃を持っている。
「金、取ってくか?」
一人の男がレジスターを指差し言った。
「そんなことをしに来たわけじゃないだろう?」
二人男の無駄話に聞き耳を立てながら玲二は警棒を腰から取り出す。徐々に迫りくる足音と比例して心を静め、気配を消し去る。
「あ、おいおい見ろよ。試着室あるぜ? 中に誰か入ってっかも」
一瞬、心臓が跳ねあがり一気に血の気が引き、倒れそうになる。
「いや、いい。隠れているならそれでいいんだ。わざわざ仕事を増やすことはない。人質なら下で十分間に合っているはずだ」
「そんなつまんねぇこと言うなよ。女だったら楽しいだろ?」
「だから、そんなことをしに来たわけじゃないだろう」
一人の男は呆れ気味に言い、もう一人を連れてどこかへ行ってしまった。
「もう出ていいぞ」
玲二は警棒を仕舞いながら試着室の扉を開ける。
「誰かいたの?」
「ああ、下の人質がどうとか言っていた。もうこの階に人はいないとか言ってたから……多分その人たちも」
「人質ッ……!?」
「多分だが、テロに巻き込まれたんだと思う……」
「に、兄さん、は……?」
梓紗は怖々尋ねる。
「あいつがそう簡単に捕まるわけない。エレメントにも連絡したし、すぐに終わるはずだ」
「でも、人質がいるんじゃ……」
「俺が行く」
「いやよ! 行っちゃいや……」
そう言いながら、雫玖は玲二の袖を必死に掴んでくる。
「俺だってエレメントだ。放置はしておけない」
「だったら、私だって行く!」
「ダメだ。雫玖は梓紗を――」
「――私、大丈夫。大丈夫だから……一緒に行く」
「……」
「玲二……」
「隠れて見てるだけだぞ……」
迫られる玲二は溜め息交じりにそう言った。
いつも今日のように行く場所をどこにするかで迷ってしまう。休みのかぶった日は何の用事もなく四人で集まるが、大したことは何もしない。これが、彼らの休みの過ごし方だ。
「次、どこ行く?」
玲二は、自分の顔と同じくらいのサイズの巨大パフェを頬張る梓紗を横目に尋ねる。
「飯も食ったしなー」
すると、雫玖が子どもの様な無邪気さで手を挙げる。
「はいはい! 私ブレスレット見たい」
「ん、私も」
「あー、店あったっけ? ここ」
「一階にあります」
「じゃ、そこ行くか」
店を出て、目的地のアクセサリーショップに足を向けようとすると、
「わりぃ、先行っててくれ。俺、便所行ってくるわ」
「わかった」
言うと、和海は三人とは反対の方向に歩いていった。
エスカレータを下り店に着くと、雫玖は店の中を小走りでブレスレットを探し始める。
「梓紗は見ないのか?」
「兄さんが来たら、一緒に」
「もしかして、一緒の買うつもりか?」
「……変?」
「いや、変ってわけじゃないけど……」
「ならいい」
――義理でも兄妹だな……。
内心苦笑いで思っていると、雫玖が駆け寄ってくる。
「玲二、これどう? 着けてみて」
「俺がか?」
「いいから、お揃いの買おうよ」
「……おう」
雫玖は素直でいい子だと、心底思う。その素直さに心を惹かれ、甘えていることも自覚している。それが、自分のためにならないことも。そして――彼女のためにならないことも、知っていた。
知っていたのだ……
――背中をなぞるような張り詰めた空気を感じた玲二は嫌な汗が噴き出るのを自覚した。
ふと顔を上げると視界がいやにスローモーションに見えた。
「雫玖、それ今度でいいか?」
嬉しそうにブレスレットを見せてくる雫玖を、玲二は冷たい態度で返した。
「え?」
「いいから、ここを離れよう」
冷たい態度とは反対に、冷静さを欠いた玲二の言動に二人は疑念を覚えざるを得なかった。
「顔、真っ青だよ?」
「とりあえずここを出るぞ。梓紗も着いてこ――」
――言おうとした途端だった。
モール内の灯りが停電したかのように消灯、出入り口も上から下りてくるシャッターで塞がれた。
「くそっ!」
「え、なに?」
「……」
雫玖と梓紗だけではない、周りにいた全ての客の表情が硬直する。薄暗がりの中、緊張だけがその場を満たして沈黙の時が流れる――
「今のうちだ。とりあえず上の階に――」
「――待って、兄さんは?」
梓紗が強く腕を引っ張った。
「あいつも警棒くらいは持ってる。大丈夫だ」
「え、戦闘になるの?」
「もしもの話だ。今はそうならないように身を隠すしかない。お願いだから、言う通りに」
こんな焦燥感に駆られた玲二の顔を二人は見たことがない。あまりにも唐突で、異常な事態に二人は不安を隠すことが出来なかった。
そんな不安を振り切るように、雫玖は玲二に着いて行った。梓紗は放心状態で雫玖にしがみついている。ただ立ちすくむ客の中を進み、非常階段を上る。二階へ上ると階段そばにあった洋服店の店内に三人は身を隠した。すでに店員は状況確認と客への呼びかけに行っており、店内には誰もいない。
電気も点いていない店内に入って二〇分は経過しただろうか、客の数が少なくなると、やけに重い足音が聞こえた。まだ音からは遠く小さいが、この状況で焦りのない足取りはどう考えてもおかしい。
玲二は二人の手を引っ張り試着室へと身を隠させる。
「いいって言うまで出てきたらダメだ。音を立てずにここにいろ」
玲二がそう言って、扉を閉めようとすると、
「待って! 玲二もここにいてよ……」
「大丈夫、この店からは出ないから」
「……」
雫玖と梓紗の顔を確かめて玲二は扉を閉めた。雫玖はともかく、梓紗はかなり不安感を抱いており硬直していた。
すぐそばに来ていた足音に焦りながら玲二は掛けてある服の影に姿勢を低くして隠れる。
「おい、もうこの階に人はいねぇんじゃねぇの?」
「いなくても、探すのが俺たちの役目だ」
二人の男が店内を探索しに近づいてくる。二人とも手には拳銃を持っている。
「金、取ってくか?」
一人の男がレジスターを指差し言った。
「そんなことをしに来たわけじゃないだろう?」
二人男の無駄話に聞き耳を立てながら玲二は警棒を腰から取り出す。徐々に迫りくる足音と比例して心を静め、気配を消し去る。
「あ、おいおい見ろよ。試着室あるぜ? 中に誰か入ってっかも」
一瞬、心臓が跳ねあがり一気に血の気が引き、倒れそうになる。
「いや、いい。隠れているならそれでいいんだ。わざわざ仕事を増やすことはない。人質なら下で十分間に合っているはずだ」
「そんなつまんねぇこと言うなよ。女だったら楽しいだろ?」
「だから、そんなことをしに来たわけじゃないだろう」
一人の男は呆れ気味に言い、もう一人を連れてどこかへ行ってしまった。
「もう出ていいぞ」
玲二は警棒を仕舞いながら試着室の扉を開ける。
「誰かいたの?」
「ああ、下の人質がどうとか言っていた。もうこの階に人はいないとか言ってたから……多分その人たちも」
「人質ッ……!?」
「多分だが、テロに巻き込まれたんだと思う……」
「に、兄さん、は……?」
梓紗は怖々尋ねる。
「あいつがそう簡単に捕まるわけない。エレメントにも連絡したし、すぐに終わるはずだ」
「でも、人質がいるんじゃ……」
「俺が行く」
「いやよ! 行っちゃいや……」
そう言いながら、雫玖は玲二の袖を必死に掴んでくる。
「俺だってエレメントだ。放置はしておけない」
「だったら、私だって行く!」
「ダメだ。雫玖は梓紗を――」
「――私、大丈夫。大丈夫だから……一緒に行く」
「……」
「玲二……」
「隠れて見てるだけだぞ……」
迫られる玲二は溜め息交じりにそう言った。
コメント