英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-28 信仰魔術



ロプトの背中から陰鬱なオーラが漂っている。

テュールは小屋の中へ踏み込む事が出来ず佇んでいた。
何処か既視感を覚える背中に恐らく過去の自分を重ねているのだろう。

あぁ……捕まったんだな、ロプト。初めてお前に同情したよ……

ペンを走らせる音だけが延々と小屋の中に響いている。

「真面目にやっていたようだなロプト。少し休憩するか」

ウォーデンさんが指を鳴らすと同時、錆び付いた機械のようにゆっくりとロプトが振り返る。
その顔は悲壮に満ちていた……

「テュールちゃん……テュールちゃんっ!!!」

物凄い勢いで飛び掛かるロプトを俺は視界に捉えていたが、余りに突然の事態に反応が遅れる。避けきれない…

「逃げるな。言っただろう?少し休憩だ」

子猫でも捕まえるかのように首を掴まれ宙にぶら下がるロプト。
蛇に睨まれた蛙のように、項垂れたまま抵抗する素振りも見せない。

「ウォーデンさん……?なにがあったんです…?」

「ん?祭壇に魔術をかける為の呪符を用意してもらってるだけだ。手伝うと言ったのはこいつだからな」

全く悪びれることなく言うなウォーデンさん。
確かに手伝うと言っていた気はするけど……机の上に目を向けると山積みにされた紙の束がこれでもかと積み上げられていた。

何千枚あるんだこれ……


――

――


小屋の中、コーヒーカップを片手にテーブルを囲んだ三人が談笑している。

言葉というのは不思議なもので、これだけだと和やかな雰囲気を想像するかもしれないが、実際は程遠い。
現実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ…ちょっと違うか?

ガチャンっ!とカップを大袈裟にテーブルに置く事で不満を表している奴がいる。
せっかく俺が淹れた(淹れさせられた)のに雑に扱いやがって。

「聞いてるかい!?テュールちゃんっ!!この男は鬼だっ!鬼畜だよ!悪魔だ!もうブラック企業も真っ青だよ!むしろ真っ白になっちゃうよ!!
呪符を書いてくれって言うからさ!勿論呪術は僕の得意分野だ!任せてくれって言ったんだ!そしたらなんて言われたと思う!?ここに連れてこられたんだ!!座らされたと思ったらさ!『五万枚あれば足りるだろ、頼んだぞ』だって!なに五万枚って!みたことないよ!そんな数!こんな村簡単に吹き飛んじゃうよ!?ねぇ!なんとかしてよこの男っ!」

俺に突っかかるな…それにしても五万…何千枚所じゃなかったんだな…

「手伝ってくれると言ったのはお前じゃないか」

「程度があるだろう!これは手伝いのレベルじゃない!!それに魔術まで使って縛らなくてもいいじゃないか!!見てみなよ!この髪の毛!焦げてるだろう!?結界まで張る必要あるかい!?」

「お前が逃げ出すからルーンまで使う羽目になったんだろう。大人しく手伝えば痛い目にも合わないで済んだ」

「せめてウォーデンも一緒にやってくれてもいいじゃないか!!」

「それは駄目だな」

キィーーッ!とロプトがウォーデンさんに噛み付いている。
……本当だ、後ろ髪焦げてるな。というかもう少し落ち着け。なに言ってるかわからん。

ウォーデンさんがルーン魔術まで使うとは…俺も一回だけやられたなぁ……一週間くらい缶詰めにされたっけ……なにさせられたっけなぁ。記憶があやふやだなぁ……

確かに机の周りをよく見ると魔力の籠められた印が刻まれている。正面の壁にもなんか紙が…誓約書?

『すぐ終わらせるよ!なんでも言って!』

うわぁ…俺も同じ目に合ったから少しはこの魔術理解出来る……
ゲッシュ(誓約)の魔術をA(アンスル)言霊のルーンで縛ったんだ……確かに山を下る時にこんな事いってた気がする。迂闊な事は言えないな…恐ろしい……

「ウォーデンさん、こんなに大量の呪符どうする気ですか?」

「あぁ、簡単に言えば山を生き返らせる。その為の呪符だ」

急にしおらしくなるロプト。あぁ、じゃあ仕方ないな、お前が悪い。

「生き返らせるってそんな事出来るんですか?」

「何百年かかるか知らんがな、ここの奴ら次第だ。少し魔術の講義をしてやるか。お前も見ただろう、噴火から抜ける時のロプトの魔術。あれが何かわかるか?」

「あの紫の奴ですか?…呪い?」

「そうだ。呪いとはなにか知っているか?」

「信仰魔術…」

「そうだ、よく知ってるじゃないか。いや、こいつに聞いたのか」

当のロプトは借りてきた猫のように大人しくなっている。

「信仰魔術は厄介でな、誰でも出来るが、本来は誰にも扱えない。
祈りが形を成し、結果に繋がり、事象を残す。簡単に言えば祈るだけなんだがな。

例えばあの魔剣、二つの呪いがかかっているって話だったが厳密には一つ。恐らく『滅びろ』だ。
あの話が本当なら相当恨んでたんだろうな。
製作者がそう祈りを込めたんだ。余りにも強い祈りと卓越した技術が合わさり、
魔剣として形を成し、元となる滅びろという祈りを叶えた。そうして持ち主を滅ぼす。
滅ぼし続けた祈りは形を変え膨らんでいった。分かるか?事象と結果が逆なんだ。

殺そうと思う・剣で斬る・死ぬ。過程・事象・結果、そしてまた新たな過程へと繋がる。これが通常の因果だ。
殺そうと思う・死ぬ・剣で斬ったから。過程・結果・事象。これが信仰魔術。
事象が辻褄を合わせに来るんだよ。そうして引き摺られた事象はまた結果に繋がり膨らんでいく。
終わる事のない連鎖の力が信仰魔術だ。終わらせるには忘却させるか、打ち消されるかだ。わかるか?」

「…願いが形になって暴れ出す?」

「…まぁそれでいい。伝説なんかもそうだな。例えばフェニックス。不死鳥と呼ばれているが、元はただの火の鳥だ。
人々の死なないという思いが力を持ち、フェニックスという名を持って火の鳥に宿った。
フェニックスを殺すには、死なないという祈りを打ち消す死に続けるという呪いをかけるか、
フェニックスが死なないという概念を誰もが忘れて、祈りの力を失えば死ぬ、ここまでいいか?」

「なんとなく理解できたと思います…はい」

「だが祈るだけで済むならもう世界はとっくに崩壊してる。純粋な祈りと強力な魔力、それに耐える媒介が上手く合わさって初めて信仰魔術は成り立つ。それが善の方向に動けば祈り、悪の方向に動けば呪い、そう呼ばれる。

話は戻るが、あの魔剣は相当に危険な代物だ。遥か昔から呪いを蓄え、結果が二つに膨らむほど事象を引き摺り続けた。ロプトは正しい処置をした。
火山とは魔術の意味合いにおいて生の象徴に繋がる。滅ぼすという概念を打ち消せるんだ。それもこの大地が生まれた頃からの存在。それだけ強い生の象徴になる。それと打ち消し合う程だからよっぽどだな。

そこで、だ。新たに神殿という祈りの媒介を通して、魔力を蓄える。蓄える為の媒介が呪符だ。蓄えられた魔力は祭壇を通して山へと還る。祈り、結果、事象。全てに媒介を用意してやれば信仰魔術として成り立つ確率も上がる。
祈りが強ければ二百年もあれば蘇るんじゃないか?上手くいけばだがな。それくらいの祈りもないようなら火山が死んでようがどうでもいいだろ」

「分かったような気がします…はい。説明は出来そうにないけど」

「それは理解の及んでいない証拠だ。まぁ今のお前にそこまでの理解は求めていない。それよりも大事なのは呪いだ。お前は呪いや魔剣に敏感過ぎる」



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