英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-27 恐怖心


「はぁはぁ…びっくりした……」

「長らく留守にしてしまい申し訳ありませんでした。ウニスケ殿も少しぶりです。シルフィ殿もタマ殿も改めまして、私テュール様の身の回りのお世話をしております、アゾットと申します。以後よろしくお願い致します」

「よ、よろしくお願いします、アゾットさん」

シルフィが俺の後ろに、その後ろにはタマが隠れている…怖かったよな、気配なかったもんな。

「気配を殺すなって何回言えばわかるんだお前は……なにかあったのか?」

「いやはや、大変申し訳ありません。少し個人的な事情がございまして……今回は本当に何も企んではおりませんよ?」

今回は、ときた。色々と突っ込みたい所だけど、こいつはそういう奴だ。無理やり聞き出した所でそれが本当かどうか確かめる事なんて出来ない。本当に俺の周りには面倒な奴が多い……

「はぁ…わかったよ……」

「ふふっ、その大らかさ、さすが主殿にございます。それよりも一度引いた方がよろしいのではありませんか?並行回路、この数日で腕を上げたようですが、割と無理をなされているように見受けられます」

「…よくわかったな。正直連戦はまだ厳しい」

「勿論でございます。主殿とは根源で繋がっておりますので」

俺とこいつは魂の奥の部分で繋がっている。表面上の様子では隠し立て出来る訳がない。まぁだからこそアゾットに本当に悪意がないのも分かっていて自由にさせているんだけど。

「でももう少しで最奥の筈だ、せめて様子は見ておきたい。アゾットお前も戦えるか?」

「それが主殿の命とあれば嫌やはありません。ご存分に」

「よし、それならもう少し進もうか。タマ、シルフィまたお願いな?」

頷き、先行するタマとまた小さくなったシルフィが後を追う。
一行はそのまま鉱山の暗闇へと姿を見えなくしていった。


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――――




「ウル様、お体は大丈夫ですか?」

「もう大丈夫だよー、ごめんねー。皆に全部任せちゃってー」

イーダフェルトの宿、精霊国部隊が取った一室でウルは横になっている。
次の日には目を覚まし、体には擦り傷程度でなんの不調もなかったのだが、心は別。
恐怖という感情は簡単に拭い去ることが出来ず、その心に確実に巣食い、ふとした拍子に現れ本人を蝕む。

思い出すだけで体は震え、硬直する。
ウルは未だにテュールと顔を合わせる事が出来ず、ずっと宿に籠ったままだ。お陰で山の調査はすべて隊員に任せている。

「いえ、ウル様はまず体調を優先させてください。ウォーデン氏がお見えですが如何致しましょうか?」

「ん…?おじさんがー?……入ってもらっていいのー。貴女達は出てて欲しいのー」

「わかりました、案内致します」

そういって踵を返す部下を見ながら想いに耽る。
一体何の用だろう?わざわざ宿まで来るほどの理由が思いつかない。

もしかして…なにかさせられるのー…!

カチャッとドアが開き、件の人物が現れる。
不穏な考えを思いついたこともあって体が思わず飛び跳ねた。

「なんだ?あのバカではないぞ?なにを怯えている」

近くの椅子に腰を下ろしながらそんな事を言うウォーデン。
なにもかも見透かされているようだが正しくはない。

…確かにお兄さんは怖いけど、おじさんも充分恐ろしいのー……

「すまなかったな。あいつは単純なんだ、許してやってくれ」

「…っ!…許すもなにもないのー。ウルが弱かっただけなのー」

そういって目を伏せる少女の目は暗い。
責めているのだろう。自分の弱さを。戦いに敗れたわけでもなく、折られた心の弱さを。

「折れたか、小娘。そのままならお前はもう戦えない。巻き込んだ責任があるからな、このまま野垂れ死にさせるのもどうかと思ってな」

本当に様子を見に来ただけだった事に気付き、また何か連れ回されるかとの心配は杞憂で済んだことに、ほんの僅かウルは安堵した。

「…そんな事ないのー。少し休めば元通りになるのー」

「偽りだ。元通りに見せているだけでなにも変わっていない」

…静寂が続く。外の喧騒が流れるばかりで会話は繋がらない。
不意にウォーデンが立ち上がる。
何でもない。ただ立ち上がっただけだ。

それなのにウルは身を固め震えだした。

ウルも一般的には強者の部類に入る。それでもウォーデンとの力の差が計り知れない程ある事は誰よりも本人が知っていた。

だからこそ、絶対的強者のほんの些細な行動に怯えてしまったのだ。

「重症だな。お前は気配を察する事だけは中々大したものだったぞ。それが今のお前には逆効果になっている」

なにも言えないウルはただ身を屈め体を丸くするしか出来ない。

「別に戦うだけが全てではないだろう。潔く身を引け。命あっての物種だ」

そう言い残し立ち去るウォーデン。厳しいようだが、彼は正しく優しい。

それでも戦いに身を置く者が簡単に引けるものではない。
そこに身を置き続ける者には並大抵の理由で済まない事情があるはずなのだから。

「…それでもウルは引けないのですー…」

ウォーデンは立ち止まらない。それでも意識はウルにあった。

「そうか、なら好きにすればいい。まずは女王の元へ戻るんだな。ここの仕事は代わってやる」

「…わかったのー。お礼は言わないのー」

「当たり前だ。俺も謝りはしない」

そういって本当にウォーデンは部屋を出て行った。

その後すぐに、精霊国の部隊はイーダフェルトを後にする。
箱馬車の上には幼女が弓を握りしめて座り込んでいた、と門番から聞いたウォーデンはほんの僅か微笑んだように見えた。


ーーーー


イーダフェルト広場。


「ウォーデンさん!ウルは大丈夫なのか!」

「鉱山はどうした?人の心配している場合かお前は」

「今日はもう魔力切れで終わりましたよ。一応最奥までは魔物片付けました!それより部隊が撤退したって…!」

「そうか。精霊国部隊はグリトニルへ戻った。小娘も自分の足で歩いていたし問題ないだろう、あいつらも暇ではないんだ、誰かさんと違ってな」

「俺も暇なわけじゃないですよ!そっかぁ…世話になったから挨拶くらいはしときたかったんだけどな。
まぁ生きてりゃまた会えるか」

ウォーデンの表情が少し陰るがテュールは気付かない。

「それで、採石場はどうだ?」

「巣食ってた奴は退治しましたよ。あとは新しく入り込んでないか、ですね。」

「そうか。しばらく経てば山の魔物も落ち着くだろう、調査隊に駐在させよう。明日職人と調査隊を連れて採石場へ行く」

「じゃあ俺も明日はそっちに?」

「いや、お前の仕事は終わりにしよう。着いてこい」

そういってウォーデンさんは村の外れへと進む。
しばらく歩いたが、もう村の外れといってもほとんど森の中だ。

一軒だけ現れた小さな小屋の中に案内されるとロプトが机に向き合ってなにか作業していた。
気のせいかロプトの背中から陰鬱なオーラが漂っている…



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