英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-22 ウロボロス


「お兄さんっ!!」


聞こえるよりも先に反応したのはウォーデンさん。入り口から飛んできた何かを叩き落すと臨戦態勢に入る。
一瞬遅れで俺も叫び声へ振り返ると、丸くなったウルが飛んできた。いや、弾き飛ばされてきた。
抱き止める事は出来たが勢いは殺せず、そのまま壁際まで押し込められると壁にめり込む。

「いって……ウルっ!大丈夫か!」

「けほっ……いきなり襲われたの―…!」

「襲われた…?」

顔を上げるとウォーデンさんが怪しい黒づくめの人物と睨み合っていた。
黒の外套を頭まで被り顔はわからないが、記憶に見た姿と一致する。
足元に刺さるナイフは赤い液体が滴り煙を吐き出す。
血ではない。毒、それも有機物を簡単に溶かす猛毒だ。

「大したご挨拶だな。お前はなんだ?なにをしている?」

黒づくめの人物は何も語らない、だが争いは避けられないだろう。
なんせ何も答える事無く、腰に差した金の柄を抜き放ちウォーデンへと剣を向けているのだ。
穏便に済む筈がなかった。

「いきなり物騒だな……お前、ウロボロスか?」

ウロボロス?ウォーデンさんの知り合い、ってほど呑気な関係じゃないみたいだ。
黒づくめは構え、ニヤリと笑った気がした。

あの剣はなんだ…?この感じどこかで。


…魔剣?呪いの、魔剣。


指先がちりちりする。何も考えられず上手く息が出来ているかもわからない。
視線が釘付けになり動けない。あれは危険すぎる。見るだけで分かる。
触れてはいけない。関わってはいけない。なにより俺には関係がない。
わかっているのに。感情が抑えられない。

どうしても存在を許せない。



――敵は誰だ


――あいつはなんだ


――目的は



――もう全部どうでもいい


ただあれを壊したい――





抱き留められるような形になったウルは果たして運が良かったのだろうか。
テュールに一度ぶつかることで衝撃はかなり緩和された。それでも人が岩にめり込むほどの衝撃だ。
もしテュールがいなければ、相当なダメージを受けていただろう。
そういう意味では確かに運が良いといえる。

それでもウルはそこにいた事を後悔していた。


指一本動かせない。背後から感じる脈動。
濃密で凝縮された怒気。曇りのない殺意。
あぁ、嵐の前の静けさとはよく言ったものだ。

体が固まる。筋肉が硬直し血液が動きを止めてしまったかのように動けない。

自然と浮かぶ涙。血の気の引いた顔は幽鬼を連想させる程青褪めている。

理解の及ばない未知。
それは恐怖という原始的な本能を呼び覚ました。

関わってはいけない、駄目だ、殺される、ダメだ、逃げなきゃ、殺される、だめだ、動かなきゃ、駄目だ、目に止まってはいけない、殺される、駄目だ、隠れなきゃ、だめだ、気付かれてはいけない、殺される、だめだ、逃げなきゃ、だめだ、気づかれてはいけない……

繰り返す思考。ウルの中の一秒が何万時間にも引き伸ばされたように錯覚し、出口のない迷路を彷徨い続ける。

恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い

頭の中を埋め尽くす感情。

溢れる怒気に触れ、ウルは意識を失う。





弾け飛ぶように一匹の獣が姿を消した。
同時に反応する黒づくめとウォーデン。

見えないほどの速さで迫るテュールをしっかりと追い、黒づくめはその軌道に切っ先を合わせる。
それでもテュールはお構い無しに肉薄した。


そのまま串刺しになり絶命。ありきたりな結末。
だか黒づくめには誤算があった。

テュールの敵は、顔もわからない怪しい黒づくめの人物ではなく、その手の魔剣。

本人からしてみればなんの危機でもなく、獲物を差し出されたようなもの。
無表情だったテュールの口元が狂ったように吊り上がる。

遠すぎる位置から剣を振りかぶるテュールに、黒づくめはようやく目的の違いに気付いたが、もう遅い。
振りかぶった短剣は激しい金属音を響かせ、その手から弾き飛ばした。

くっ…!苦悶の声を漏らしながら、痺れる手を無視して距離を取る黒づくめ。
その後ろにはウォーデンが既に回り込んでいる。

「ふむ。声は男、まずその姿から暴かせてもらおうか」

素手で男のフードを鷲掴みにし、そのまま地面へ叩きつける。
だが体を捻り、黒い外套を引き裂かれながら横に飛び跳ね窮地を脱する。
そのまま追撃を警戒するが、襲われる様子はない。
何故ならテュールは弾き飛ばした剣を追いかけていた。


剣が舞っている。嘲笑うかのように。弄ぶかのように。
先ほどの交錯でもお互いの魔剣は傷一つ入っていない。
それでも何度でも、くたばるまで斬り続けてやる。

勢いをつけるため軽くしゃがみ、剣の元へ飛び出そうとしたテュールはそのまま地面に這い蹲り頭を抑え付けられた。

「落ち着け。気持ちは分からんでもないが、あれに恨みはないだろう。それより今はあの男だ」

「ウォーデンさん!俺はっ!!」

「復讐は巡り巡ってお前を殺す。全てを敵に回す覚悟はあるか?お前は今、俺に殺されたぞ」

魔剣が地面に突き刺さると同時、ウォーデンの大剣が首元に添えられた。

「……すいません。血が上ってました」

「分かればいい。流されるな。何物にも流されず、意思の赴くままにだ」

(…意思の赴くままなら俺は……)

鎮火した火がまだ燻るように、名残惜し気に剣を見詰めるテュール。
その様子を尻目にため息をこぼすウォーデンは大剣を肩に担ぎ、男へと向き直った。

「どんな英雄も誇りを失くせば唯の大量殺人者だ。力を失くしても誇りだけは失くすな。来るぞっ!」

引き裂かれた外套を脱ぎ捨てると、両手にナイフを持ち直した男が一足飛びに間合いへ飛び込んでくる。
大剣を左袈裟に一振り。屈んで躱されるが、それもウォーデンには織り込み済みだ。そのままの勢いで地面に突き刺すと剣を軸に強烈な回し蹴りをお見舞いし、壁へと吹き飛ばす。
瓦礫が崩れ噴煙に包まれる中、ようやくテュールが臨戦態勢を整えることが出来た。

「ちっ…大した奴だ…テュール。いい加減目は冷めただろうな」

足から血を流しているウォーデン。蹴られる間際に軽く切り裂かれたようだ。

「もう大丈夫です、手間かけてすいません」

「しおらしくするな、縁起でもない。追加で銀貨5枚引いておくからな」

「…金の亡者め……」

「ククッ!金に目が眩んだ奴がよく言う」

瓦礫の中を動く影。噴煙が晴れるとそこには、あどけない顔の男が無表情で立っている。
少年のような幼い顔の割に、左頬にある蛇の刺青がより一層不気味さを際立たせていた。


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