英雄の終わりと召喚士の始まり
1-18 並行魔術
目を覚ますと日が昇っていた。
寝過ぎだな……でも十分回復した。ケット・シーのお陰で体が軽い。ウニスケも魔力切れで送還されたか。
固まった体をほぐすように伸びをしながら天幕を出ると、ウォーデンさんとウルが焚き火を囲み話し合っている。
「小娘。火口付近はどうだった?」
「魔物でいっぱいなのー。あと精霊も暴れてたのー!なんか悲しそうだったの―」
「そうか…俺がやってもいいが…まぁ丁度いいな」
「……?あっお兄さんー!無事でよかったのー!もう大丈夫なのー?」
「あぁ。ウルが連れてきてくれたんだよな、ありがとう、助かったよ」
「起きたかテュール。さっさと準備しろ。今日で片づけるぞ」
「片づけるって……もう原因は分かったんですか?いったい何が?」
「八割方な。まぁ行けばわかるだろ。いちいち説明するのも面倒だ」
「面倒って……全員でいくんですか?」
周りで忙しそうに作業する学者達を見ながら尋ねる。
学者といってもここまで来ている以上、少しは腕に覚えもあるだろう。
「この三人でいく。俺とお前だけでもいいが、小娘も自分の目で見た方が後々報告しやすいだろうしな」
頷くウル。まぁここで待てって言われてもこっそり着いてくるだろう。
「わかりました、じゃあ飯だけ食わせてください」
「…呑気な奴だ。まぁいい、半刻後に出発するぞ」
そういって天幕に戻るウォーデンさん。
「怖いけど悪い人じゃないのー。不思議な人なのー」
不思議…まぁ近寄りがたいオーラがあるよな。
怖いってのはたぶん、底が知れないってだけだ。
ウルの言う通り悪い人ではない……いい人でもないけど。
火にかけられた鍋に手を伸ばしながら、そんな事を考えていた。
――
――――
「行くぞ、露払いは任せる」
「そういう依頼でしたもんね…やばそうなら手伝って下さいよ」
「断る。お前の仕事だろう。やばそうにならなければいいだけの話だ」
「そんな簡単に…めちゃくちゃ魔物いるんですから討ち漏らしはお願いしますよ」
「断る。討ち漏らさなければいい」
「……善処します」
やっぱりいい人ではない。
「一匹につき銀貨一枚。俺が仕留める度に報酬から減らしていくからな」
…やっぱり悪い人だった。
返事を待たずに山を登るウォーデンさんを追いかけながら、俺はアゾットとウニスケを召喚し槍を抜いておいた。
この人は本気だ。
苦労だけして借金まみれになるなんて笑えない。
「そういえばそのイタチが最初の召喚獣か。お前らしいな」
俺らしい?イタチっぽいかな、俺。
疑問符を浮かべる俺を無視してウニスケに手を伸ばすウォーデンさん。
ウニスケも嫌がる素振りなく、その手の平に飛び乗る。
「並行回路はまだ無理があったか?」
「…召喚だけなら問題ないと思いますよ。身体強化も一緒で五分五分。アゾットまで纏めるとまた動けなくなるでしょうね」
「並行回路ー?」
ウルが尋ねてくる。
……まぁウルならいいか。どうせ誰にも真似できる事じゃない。
「魔力回路って一本道だよな?」
頷きながら弓に手を掛け矢を放つウル。
スコルか。魔獣化した狼が茂みからこちらを狙っていたが…ウルが放つ弓に射抜かれ絶命した。
「俺、呪われててさ。普通死ぬらしいんだけどな、偶然命だけは助かった。
その代わり魔力回路が八つ裂きにされて枝分かれした細い回路になっちゃって…な!」
別の茂みから更にスコルが飛び出してくるが、居るのは気付いてた。
空中じゃ動けないだろ。進行方向に槍を突き出して串刺しにする。
「昔のように魔力を使う事が出来なくなった。
けどその分、枝分かれした回路ごとに魔術を行使できるんじゃないかってな、ウォーデンさんに言われたんだ」
「それってー…並行魔術ー?」
――並行魔術。
それは魔力を扱う者にとって究極の領域だ。
一つの魔力で二つ以上の現象を同時に起こす。
ほぼ同時に連続した現象を起こす事は卓越した者ならば可能である。
例えばリンゴを二つ投げて、一つは粉々に、もう一つは輪切りに、という事なら出来る。
ウォーデンさんの近接召喚もこの理屈だ。
だが並行魔術はリンゴを投げて、空中で半分を粉々に、もう半分を輪切りにするようなもの。
二つの現象を同時に起こす事は限りなく不可能だとされている――
「結果的にはそうなんだけどな、厳密には違う。
俺の場合は出口が複数あるから並行して魔術を使うというより、並行して魔術回路を使う。
だから並行回路って呼んでる」
これはこれで難易度が高い。
親指と人差し指で別々の文字を書くようなもの。
今のところはうまくいっている。
回路が細い分召喚には時間がかかるが、その分繋がり続けるという偶然の産物もあった。
魔力を送り続ければ、長時間の召喚も出来る。
慣れれば複数召喚も出来るはずだ。
それは召喚士史上、あり得ない現象。呪われた故に手にした俺だけの武器。
「すごいのー…すごいことなのー!」
ウルが目を輝かせ、少し興奮した様子で言う。
まぁ現象だけ見ればすごい事だよな。でも魔術が複数同時に使えるからといって死なない訳ではない。
強さとは直結しないのだ。
アラクネとの戦いで改めて思い知った。まだまだ上手く使いこなせてない。
「そうか。言い忘れたが、火口に着くまで召喚契約できるだけの魔力は残しておけよ」
「契約?ウニスケ!」
前方からオークが二匹突進してきた。時間差で攻撃してくるつもりだ!
手から飛び降り、素早い動きで飛び跳ねながら鋭い爪を一閃…ぼろぼろの槍を持ったオークは引き裂かれる。
あと一匹っ!
少し真新しい剣を持ったオークがさらに前方から迫る。
ウニスケは間に合わない!次に近いのはアゾットだが…若干遠い!まずいっ!
思った瞬間、大剣がオークに向かい宙を舞い、そのまま斬り裂いた。
…あぁっ……
口元を緩ませ、振り返るウォーデンさん。
「銀貨一枚」
畜生……無理に決まってんだろ…大体なんで先頭歩いてんだよ……
「ごめんなさいー…」
落ち込む俺にウルが頭を下げる。
まぁウルが前もって動いてればウニスケと二人で済んだもんな。
「いや、誰も怪我がなかったらそれが一番だ。気にするな」
ぽんぽんと頭を撫でてやりながら気持ちを切り替える。
まぁ報酬がなくなった訳ではない。索敵に優れたウルがいるんだ。
しっかり注意して進めば問題なさそうだ。
「ウォーデン殿。このまま山頂まで進むのですかな?」
「あぁ。一度てっぺんを見ておきたい」
「でしたらもう少し西側に登山道がありましたので、そちらを通る方が近いと思いますぞっ」
「…なるほど。悪くない。そっちから向かうか」
アゾットが先頭を歩くウォーデンさんと仲良くそんな話をしている。
あの二人が笑いあって話してるなんて珍しい。
それにアゾット。何もしてないと思ったらこっそり周りを調べていたのか…さぼっているだけだと思っていた。すまん。
――なんて考えていた時が俺にもありました。
この時に気付くべきだったんだ。
ウルが何ともいえない顔をしていた事を……
――
――――
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