英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-17 終わりと始まり



――――

――




「おいっ!!魔国軍はどこだ?!侵攻はどうなってる!?」


「…テュール……」


「答えろっランス!!ナーストレンドの民が何故っ!?」

あぁ……これは……


「…やっぱり来たんだな。それがお前の英雄たる才能なんだろうな」


「何を言ってる!?何をしてるんだっ?!これじゃまるで「儀式だよ、わかってるだろう」っ…!ランス…っ!血迷ったか!」

……あの時の……

剣を構えたテュール。その目には困惑と戸惑いの色が容易に見えている。


「生憎だが、俺は正常だよ。
グリフ王国軍 第二師団テュール・セイズ団長殿。
俺はこうなることを望んでた反面、どこかではお前に来て欲しくなかったのかもしれないな」

「なにを言ってる!?お前たちはなにをしたかわかっているのか!?」


――ナーストレンドの街 ノルン教会地下堂
この街に今、ここにいる王国軍以外に人は存在しない。
グリフ王国随一の美しい街と知られるナーストレンドが、今では凄惨な街並みを晒している。


腐臭が漂い、粗雑に並ぶ死体。
血が舞い散り、黒い煙は時間の経過により鎮火した名残だ。


「生け贄なんだ。仕方ない」

「生け贄…?仕方ないだとっ…!?」

「あぁ。そしてお前が来たことで、儀式は終わる」

「どういうことだ!?なにを目的に…っ!?」

足元に浮かび上がる暗い光と魔法陣。


…逆五芒星ッ!?動きがっ…!



「なぁテュール。昔からお前は、いつでも俺の一歩先をいった」

「ラン…スッ…」

「羨ましかったんだ。俺の手の届かない所にお前はいつもたどり着ける」

一歩ずつ近付いてくるランスに、テュールは抵抗を忘れ見入っている。

「初めはな、誇らしかったよ。俺の幼馴染なんだぜって。次は俺の番だってな」

懐から取り出された短剣から目を逸らす事のできないテュール。
本能が反応しているのだろう。あれは良くないものだと。

「でもな、いつだって最後に選ばれるのはお前なんだ。王霊戦争の時も、ノーアトゥーン奪還の時も」

ようやく目の前に辿り着いたランス。微かに潤むその目には確かに、どす黒い情念が刻まれている。

「ヘイムダル攻防戦。お前が英雄になった戦いだ。
あの時思い知ったよ、世界が違うってな。震えたよ…それだけ恐ろしかった。
そう考えたのは俺だけじゃない」

短剣を構え突き出す。身動きの取れないテュールはなす術なく凶刃に晒された。

「ぐぅっ…」

「お前が王国に刃を向けることがあれば、手に負えなくなる。その前になんとかしろ、だとよ」

破顔した笑みを浮かべ嬉しそうに語るランス。


「ようやくお前の先を行ける。その短剣知っているか?」

胸に突き刺された短剣からは禍々しいオーラが迸る。


「銘はアゾット。終わりと始まりを告げると言われた呪われた魔剣だ。
お前はここで呪いに食われて終わる。そして俺の栄光が始まる」


「なんで…ランス……そこまで……」

血を吐きながら、急速に吸われる魔力を少しでも抑えるように短剣の鞘を握りしめる。


「すまないな。任務なんだ。悪く思わないでくれ。
…あぁ、第二師団は俺がもらうから安心しろ」



…あぁ……これで終わりか……




…終わり…?



……そうか。もう終わりで、また始まるんだな――






――――

――


――なぁ――


――おい!――


「おい!いい加減に起きろバカ弟子。契約違反にするぞ」



浮上する感覚と共に目を開くと、知らない天幕の内側が目に入る。

…っ!そうだっ!

バッと起き上がると体が軋むが、関係ない!

「ウニスケっ!アラクネはっ!?」

起き上がった目前に現れたのは……猫?

「おはようございますにゃ。テュールちゃん」

「お、おはよう……ございます…にゃ?」


猫だ……まんま猫。人サイズの猫が二本足で立っている。


「やっと起きたな、バカが。アラクネはお前が始末した。
小娘と執事が倒れたお前を連れて拠点へ来た。俺が処置してやった。
以上。現状確認は終わりだ」


――そうだ。アゾットを憑依させて切り裂いた。そのまま倒れたのか。

「修行不足だ。大体依頼を始める前にダウンして俺の手を煩わせてどうするバカ弟子がっ」

イテッ!小突かれた頭をさすりながら辺りを見回すとウニスケが足元で丸くなって寝ているのが見えた。
壁に立てかけられた短剣も水晶を光らせ存在をアピールする。
ウニスケもアゾットも無事か。

「お前召喚獣は死なないと知っているだろう?何故守った?」

「なんでって…だからって喜んで犠牲になんてできないでしょ。体が反応したというか…」

「…まぁいい。好きにしろ。被害を出さずにアラクネを仕留めたのはよくやった。ちょっとは楽になったぞ」

「ウォーデンさん、この山はなんなんだ?フォレストワームとかアラクネとか…異常すぎる」

「それを調べにきてんだよ。今小娘を偵察に出してる、直に戻るだろう。問題なければ明日には火口に入る。それまでケット・シー出しといてやるから治療に専念しろ」

そういって出ていくウォーデンさん。小娘ってウルか?あいつも無事でよかった。

気を抜いたのも束の間。視界が回転する。

「テュールちゃん。わかったら横になるにゃ。治療を再開するにゃ」

「治療…?ケット・シーってお前の事か?ウォーデンさんの召喚獣?」

「そうにゃ。うちが治療のスペシャリスト、ケット・シーにゃ。
テュールちゃんはまーた無理したにゃ。魔力回路が更に傷ついてるにゃ」

そういって俺の胸に手を添え魔力を流すケット・シー。
なんか温かいゼリーに包まれているみたいで気持ちいい…起きたばかりの筈がまた眠たくなってきた。

「しばらくこのまま休むにゃ。明日にはまた魔物と戦う事になるにゃ」

…そうだな、ウォーデンさんは人に合わせることはしないから、今日よりもっと悲惨だろうな…
やっぱり依頼はちゃんと選ばなきゃだめだ。二度と金に目が眩むような間違いはしない…


あぁ、また始まるんだな…
…裏切られ、力を奪われ、誰一人いなくなっても。俺は結局戦いに生きるしかなかった……
それしか知らないから。そう生きてきたから。

なのに、いつまでも繰り返す終わりと始まりに辟易としながら、
心地よい魔力に身を委ね俺は意識を手放した。




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