英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-16 VS アラクネ



女性型の頭部には矢が刺さっていた。そして胴体部分の頭にも。
二射とも上手くいったようだが、即死でなければ意味がない。
虫型の魔物は特に生命力が強い。

矢が刺さったとほぼ同時に踏み込んだ。


0.5秒。距離にして残り50メートル。
地面を踏み千切るかの如く、力を、魔力を集中させる。


1秒。距離にして残り40メートル。
魔力回路に容量一杯の魔力を注ぎ込み足への比重を高める。


1.5秒。距離にして残り20メートル。
あと一歩。剣を振りかぶると同時、声が聞こえた。


「…お兄さんーっ!浅い―!!」


2秒。距離にして残り2メートル。
ぐっ…‼ねじ切れるような内臓の痛みを無視し、剣を振り下ろす間際、
胴体にある目が真っ赤に染まっているのが見えた。


振り下ろした剣は見事に、というべきか女性型の部分と蜘蛛型の部分を切り裂いた。

くそっ…!まだ2魔力回路の負荷に慣れてない…
真っ二つにしてやるつもりが痛みで剣閃が斜めにずれてしまった……

勢いをそのままに斬り飛ばした女性型を追いかけ、更に切り上げる。
悲鳴を上げる間もなく上半身が二つに分かれた。


「ウル…っ!予定通りに!!」

「すぐ戻るからねー!やられたら許さないのー!!」

遠ざかっていく足音に投げかける。

「まかせろっ!」



…とは言ったものの非常にまずい。
虎の子の魔力回路を開放して体はボロボロだ。指一本動かすだけで体中に激痛が走る。

でもとりあえず……最悪の事態は免れたか。
口から血を流しながら、ただの大蜘蛛となった魔物と対峙する。

八つある目の内、右目の一つには矢が刺さり背中からも緑色の血を流している。
アラクネが優れているのは胴体部分の機動力、
そして上半身の女性部分が鳴き声を上げ、毒により支配した獲物を操る所。

なんとか女性部分は先に仕留めれたので大規模な魔物は操れないだろう。
だが油断はできない。魔物の赤い目は憤怒の証だ。

キシャァッ!と口を広げ、地団駄を踏むように暴れる大蜘蛛。
一度距離を取り、剣を収めると背中の槍を引き抜き、切っ先を向け威嚇する。

そうだ…そのまま様子を見てろ……!!
ウニスケが来たらなんとかなる。
魔力回路で繋がっているので大体の位置はわかる。あと20秒もあればここまで来れるだろう。
遠回りさせたのが仇になったな…

それまでどうやって耐えるか…さっきのような身体強化はもう出来ない……全身の筋肉が軋み、悲鳴を上げている…

…くそっ!

考える暇を与えてくれるわけもなく、こちらが攻めてこないと見るや毒を吐き出す大蜘蛛。

転がりながら避けるがその隙に近寄り、俺の頭を突き刺すように魔力の籠った前足を振り下ろす。
槍を振り払い防ぐが――足は8本あるんだよなぁ。

すぐに二本目の脚が襲い掛かってくる。
肩を裂かれながら槍を地面に突き刺すと、その勢いで後ろに飛び跳ね何とか回避する。

ちっ!槍が…
もう一度剣を抜くと大蜘蛛の後ろからウニスケが迫っているのが見えた。

ここで…決める!

抜いた剣を地面に刺すと、短剣を引き抜き魔力を込めながら宙へ投げる。

「アゾット!来い!」

短剣の水晶が精霊光を発し、人の形が光の中へ浮かぶ。
確認している暇はない。すぐに剣を抜き大蜘蛛へ迫りながら横薙ぎに斬りかかる。
だが魔力の込められた脚は硬質化して剣を防ぎ鍔迫り合いに持ち込むと、もう一本の前足で俺を薙ぎ払う。
しかし、ようやく顕現されたアゾットが短剣で防いでくれる。

「見事な身体強化でした、主殿。ですが、まだまだ全盛期のものとは比べものになりませんなぁ」

「あ…たりまえだっ……!…こんなほっそい…魔力回路で……昔みたいに出来て、たまるか…っ!!」

鍔迫り合いを制すと、体勢の流された大蜘蛛に逆らうように体を入れ替え赤く光る眼を切り裂く。

「そこは魔力でも硬質化できないだろ…!ウニスケっ!!」

左の目を二つ切り裂かれ、叫び声をあげる大蜘蛛の後ろからウニスケが飛び掛かる…!
傷口も表皮はないので、硬質化できない…切り裂け…!
だが大蜘蛛の尻から糸が噴き出されウニスケが絡め取られた。

「うににぃ…っ!」

糸により絡め取ったウニスケを持ち上げ牙を剥き出しにする大蜘蛛。

…っ!こいつっ!喰らう気かっ!!



「アゾットォォッッ!!」

叫ぶと同時、アゾットの全身が精霊光に包まれ、俺の胸元から左腕へと集まる。
光が集まり、形成されるのはほんの一瞬。

悪魔に食われた左腕を、短剣に呪われたこの体を。
悪魔に憑依させることで一時的に取り戻す。

代償は、命の期限…っ!



顕現されたのは短剣を握る左腕と、八つ裂きにされた筈の一本の魔力回路。

太くなった魔力の通り道は淀みなく魔力を流し、全身を循環する。



右手の剣を振るう。

魔力を通した剣は切れ味を増し、八本の脚を分断する…だが、数打ち品の剣では耐え切れず砕け散る。
脚を落とされた蜘蛛は重力に従い胴体から落下、噛み付いた筈の獲物を取りこぼす。


左手の短剣を突き刺す。

顔の中心を真っ直ぐに貫くと、さしたる抵抗もなく胴体部分まで届き、更に一歩踏み出す。
踏み出した先には地面に刺さった槍。


槍を引き抜き飛び上がる。

背中の傷口へ槍を突き刺し、大地に縫い付ける。
突き刺した胴体からは貫いた短剣が顔を出し、握り直すと再度一閃。

大蜘蛛は真っ二つに切り裂かれ、丁度ウニスケを縛る糸だけを風圧で斬りほどく。

乱雑に短剣を振るい血糊を飛ばすと、夕日に照らされキラキラと光を放つ。

まるで太陽が勝利を祝福するかのように――





テュールはまた精霊光に包まれると、短剣が地に落ちる。

顕現されたアゾットが落下するウニスケを捕まえ跪いた。

「ウニスケ、よく目に焼き付けなさい。この方が私たちの主であり、目指すべき強さです」

立ち尽くすテュールを見つめる小さな目には、尊敬と憧れと、感謝と後悔が滲んでいるのをアゾットだけが知っている。

「私たちに物理的な死はありません。それでも私たちの主はその命を削り守ろうとする。
奪った私がおかしな話ですが、悔しいではありませんか…っ!
守るべき我々がっ…!その命を削らせ守られているっ!
共に、強くなりましょうね。」

立ったまま意識を失った主を前に、一匹の悪魔と一匹の召喚獣が決意を胸に跪いている。









――遥か上空


「…まだまだ弱い……
昔のお前なら一振りで終わっていただろう?
もっと強くなれ!あの頃よりもな。
ガルーダ、拠点へ戻るぞ。バカ弟子の治療をしてやらねばならん」



飛び去る怪鳥に気づく事なく、アゾットと駆け付けたウルの手に介抱され、
ようやく拠点へと辿り着いた。


――

――――

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