英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-14 旅路



あぁー風が気持ちいい…



箱馬車の屋根の上で疾走する風を感じ、佇む……俺。
遊んでいる訳ではない。魔物が現れないか、哨戒中だ。
とはいってもなにも現れることなく、日がな屋根の上に座り込んでいるだけだ。
することがないからといって何もしないでいるのも心苦しい。

ふと馬車の中を覗き込むと、暇を持て余した幼女がゴロゴロと寝返りを打ち続けている…楽しいか?
想像以上にのどかな時間を過ごしつつ、ここまでの道のりを振り返る。

イーダフェルト行きの馬車を探そうと宿を出たところ、うっすら目に隈を拵えた疲れた顔の幼女が待ち構えていた。ウルだ。

曰く、精霊国の異常を見過ごすことは出来ないと、シフ・アースから調査を命じられている。
村までの馬車はこちらで用意するので、共に同行してもらいたいとの事。
まぁ俺としても目的が合致する上、便乗させてもらえるならば何も異論はない。

好意に甘えることにしたが、移動手段から食料まで用意してもらった上に色々と情報まで貰えた。
ここまでしてもらったのに何も返さないのは些か義理を欠くと、せめて警戒を務めているが、まったくその価値もないようだ。

グリトニルを出てもう三日経つ。
初めの頃は魔物が現れることもあったが、それもスライムやゴブリンのみ。
御者さんの剣一振りで葬られている。
しかもイーダフェルトに近づくほど野盗や魔物の出現はなくなっていった。

これもウル及びシフ・アースから貰った情報と合致する。

彼女らの調べによると、ニョルズ山の周辺で断続した小地震が起きており、周辺では魔物の減少が見られ、
火山活動の前兆による魔物の逃亡が原因かと考えられていた。
だがどうもニョルズ山においては魔物の異常な増加が見られるとの事。

確かに火山活動だとすれば、魔物がわざわざそちらに向かうというのもおかしな話だ。
念のためイーダフェルト村の住民は近くの村に避難している者もいるが、完全な避難は完了していない。
まぁ異常はみられても実害がない状態なのだ。
魔物の増加は村でも懸念され警備を増やしているが村への侵攻もないとの事。

報告に上がっていた情報をまとめると、この程度らしいが知っていて損はない。

加えて、精霊が騒がしくしているとウォーデンさんや精霊族の者は言うが、俺には一向にその感覚が掴めない…騒がしくしているとはなんなのだろうか?

元々地元では神の住まう山、精霊の棲家、と言われ一部では信仰の対象でもあったそうだから精霊が多く住む山なのだろうとは想像できるが…

まぁ現状で考え込んでもいても仕方ない。それを調べに行くのだ。
それに原因の究明は別の者の仕事で、俺の仕事は魔物退治、あわよくば召喚獣との契約だ。
俺に出来るのは戦いに備えておくだけだろう。

首飾りが弱々しく光ると、目の前に召喚陣が現れ光と共に一匹の獣が現れる。

「うにぃ~っ!」

ウニスケだ。
顕現されると元気よく俺の胸元へ飛び込んでくる。よしよし、お前は本当にかわいいなぁ。
ウニスケを撫でていると、馬車の中からウルが首だけを出して覗き込んできた。

「ん~精霊光~?……召喚獣~?」

「ごめんウル、驚かせちゃったか。俺の相棒のウニスケだ。召喚士なんだ俺。まだ駆け出しだけどな。
ほらウニスケ!自己紹介だ」

首をつかみウルの方へ持ち上げてやると、だらんと体を伸ばした状態のまま鼻だけをひくつかせるウニスケ。

「うにぃ~?」

「召喚獣~?」

手を離れ、ウルの元へと恐る恐る歩み寄るウニスケ。ひとしきり匂いを嗅ぎ、敵ではないと分かったのか、座り込んだウルの足元へ飛びこんだ。

「うにっ!うにぃにあす。」

「……?」

しゅたっ!と膝にのり腕を上げ鳴き声を上げるウニスケ。首を傾げるウル。
……なんかこいつら似てるかもな……

「今のうにぃにあすはよろしくって意味だ。たぶんな」

「うにぃにあす~?」

「うにっ!」

満足したのか、ウニスケはウルの膝の上で体を丸めるとそのまま動かなくなった。

「ウルよりちっこい~!この子欲しい~っ!」

「やらんぞ?」

「……うにぃにあす~…?」

「ダメなものはダメ!」

早速うにぃにあすを使いこなすとは…たぶん今のは『どうしても~?』だ。
この二人やっぱり似てるな。

「それより精霊光って?ウニスケが出た時の光のこと?」

ウニスケを撫でるのに夢中なウルを現実へと引き戻す。
若干ムッとされた…気持ちはわかるぞ…もふりたいよな、もふり続けたいよな。

「精霊が現れる時に起きる光~ウニスケも精霊~」

ふむ…あながち間違いではない…かな。ウニスケは俺自身の精霊とも呼べる。
つまり精霊族なら召喚を察知できるという事か。
念のため精霊光を出さずに召喚する方法を知るべきだ…ウォーデンさんに聞いてみるか。

「そうか。そんな風に呼ばれてるのは知らなかった。ありがとな、ウル!」

「ううん~。でもなんで今召喚したの~?」

ウニスケを撫でる手はそのままに周囲に警戒を払いながら疑問をぶつけてくる。
それもそのはずだ、召喚士なら戦いが起こってから召喚する…普通ならだが。

「あぁ、ごめん、今のところ異常はないよ、警戒しなくていい。
ちょっと俺は特殊でさ、召喚に時間がかかるんだ。その分他の召喚士より長く顕現させ続けれる。
もうそろそろイーダフェルトだろ?念のために喚起してたんだ」

これくらいは知られても構わない。一緒に戦う事もあるだろう。
それに多少は戦闘スタイルをすり合わせておかないと、いざというときに困る。

「俺はまぁ…世間でいうキワモノなんだ、近接召喚士だ。ウルは弓使い?」

「一応そうだよ〜!あと精霊術も~!」

精霊術!精霊族は各々が特異な力を宿していると言われているが、その総称だ。
さすがに詳しく聞くのはマナー違反だ。

「そうか。じゃあうまいこと前衛・後衛に分かれたな。そろそろ魔物と遭遇してもおかしくないだろ、
いざって時はよろしくな!」

「大丈夫〜!お兄さんはウルが守るの〜!シフちゃんとも約束したの〜!」

「ははっ!頼りにしてるよ!」

そんなやり取りを屋根の上で行なっていると御者から声をかけられる。

「テュール様、ウル様。もうじきイーダフェルトに到着します。私はこのまま村長の所へ伺いますので、宿には先に向かっていて下さい」

俺は立ち上がると何軒かの建物が見えてきた。
ようやくイーダフェルトに到着か。

追いかけっこを始めたウルとウニスケを尻目に、今回の依頼について想いを馳せる。

第一に依頼の完遂。第二に召喚獣との契約。
何が起きているか知らないが、とりあえずウォーデンさんと合流することだな。

(あの人、自由人だからなぁ……素直に宿にいるといいけど……)

散々振り回され続けてきたテュールとしては、もう山に向かった、と聞かされても特に驚きもしない。

この後の展開を想像するだけでため息をこぼすテュール。
そんなテュールの肩にとんっ…と走る衝撃。
ウニスケが定位置に着いたようだ。
顎を撫でながら、前方に聳える山を眺める。


遠近感がおかしいのか、明らかに大きすぎる体躯の鳥…?あれはガルーダか…それに恐らくそれを追いかける小型翼竜ワイバーン。
…山腹の木のハゲた部分からは何か蠢いているのが微かに見える。
あれは恐らくフォレストワーム。
別名森の支配者だ…よくもまぁこんな大物が集まったな…


魔物の異常発生。
遠目に見える範囲でこれなのだ。もっと多種多様な魔物で溢れているんだろう。
ここからは気を抜く暇はなさそうだ…

「お兄さん〜!お願いがあるの〜!」

気の抜けた声が俺を呼ぶ…せっかく気を引き締めた所だったのに。
振り返ると声音とは正反対に真剣な表情のウルが立っていた。

「この仕事が終わったらシフちゃんと会って欲しいの〜!特に公式な面会って訳じゃないの〜」

何か俺に用があるのだろうか…?まぁ特に断る事でもないか。

「あぁ。それくらいなら大丈夫だよ。俺も色々お世話になった礼をしないとって思ってたんだ」

満足いく答えだったのか嬉しそうに頷くウル。


さぁ、とりあえずウォーデンさんを探しに行きますかっ。



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