英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-7 シフ・アース


 「くッ…!この穢れた血が…!」



――――その瞬間、世界が凍る――――



もちろんそんなことはありえない。

だが急激に下がる温度と漂う冷気はその場の現実を錯覚させる。
冷気の源はシフ・アース。
先程までの激情とはまるっきり対照的に無感情な顔で、冷酷な目を騎士に向け佇んでいる。
その瞳が見えた者は誰もが騎士達の惨劇を想像しただろう。

…これがグリトニル評議会 精霊国所属議長シフ・アース。

精霊国のエース、氷の女王か。見誤っていた。これほどの武人とは。
魔力の扱いに長けた者なら、否応なく理解させられる。
なんの所作もなく、ただ感情だけで、周囲に存在するマナが現実世界にまで影響を及ぼすほど呼応する。
加えて騎士との問答。贔屓目に見ても道理を通そうとするその実直さには好感が持てる。

昔の俺ならなりふり構わず手合わせを申し込んでいただろう。

だが……


今の俺に彼女は眩しすぎる――

だからこそこんな所で、俺に関わったせいで、彼女の手を無駄に汚す必要などあってはならない。
気紛れにでもそう思えた。


「…もう行ってもいいだろうか?入国審査なら済んだはずだが、なんなら貴女に確認してもらっても構わない。
生憎だが人を待たせていて、急いでいるんだ」

誰もが指一本動かせぬ中、渦中の中心にいる男だけはなにもなかったかのように言葉を発し、ギルドカードをヒラヒラと見せつける

一瞬の驚愕。
その瞳は微かに動揺の色を滲ませるが、すぐに為政者の顔を取り戻すと張り詰めた空気をほぐすように彼女は微笑む。

「失礼しましたわ。お陰様でこれ以上の失態を晒さずに済みました。
……えぇ…確認致しました。カードはもう結構です。
通って頂いて構いませんよ、テュール様。ようこそ!自治都市グリトニルへ!」

微笑みながら歓迎の意を表す彼女の目は、どこか悲しげな…それでも前へ進もうとする強い意志に溢れていて……まるで昔の自分を見ているようで、直視できない。

礼には礼を返すべきだ。誰彼構わず噛み付くほど子どもでもなければ、
受けた恩を都合のいいように利用するほど腐ったつもりもない。

「場を納めて頂きありがとうございます、精霊国議長シフ・アース様。それでは失礼致します」

簡単に一礼すると、立ち尽くす騎士共には目もくれず、街の入り口へ向かい歩き出す。


はぁ…ようやくグリトニルへ入れるのか…まったく。変態執事のせいで無駄な時間ばかり食わされる。
しかしシフ・アース……あのような人物がいたとは。世界は広いな。

不意に、あのクズ騎士の言葉が思い出される……穢れた血、か……

ふと短剣に目をやると水晶はほんの微か、薄暗い陰を落としている。
…あの野郎っ‼またどっかいきやがったっ……――






side シフ・アース
――

――――テュール・セイズ。
私の暴走した魔圧に怯むことなく平然としていた。
余りにも不遜なバカ騎士に業を煮やしていたのは確かだが、あそこまで冷静さを欠いた事なんて久しくなかった。

…穢れた血…精霊に愛されすぎたこの身にとって単なる侮蔑で済むような軽い言葉ではない。
一族の吟持を、流された血と散っていった戦士の魂を……
存在そのものを貶され、私を取り巻く精霊全てが憤怒に染まっていた。

あの瞬間、精霊達を抑えつけるのに必死だったのだ。

正直彼がいなければ、あのバカ騎士を殺してしまっていたかもしれない。私も修行が足りない…
まったく……恩を返すつもりで出向いた筈がまた借りを作ってしまった。
でも、ようやく行方をつかめた。

精霊国軍と王国軍。戦場では敵対していたとはいえ尊敬に値する人物だった。
彼は覚えていないようだが、命を救われた恩を忘れられる訳がない。

あの虐殺事件を耳にした時はショックだったが、今日会って確信した。
やはり彼が巷で流布されるような人物である訳がない。かといって妄信するのも愚か極まりないのもわかってる。
まずは情報を集めることから。本人から事情を聞けるのなら一番だけど、
軽々しく聞き出せるような内容の訳がない。


「ウル――いますか?」

スッと物音一つ立てる事なく、シフの背後に小柄な少女…もとい幼女が出現する。

「はいはーい!シフちゃんお呼び〜?」

「もう……里じゃないんですから、いい加減シフちゃんはやめなさい」

「え〜だってシフちゃんはシフちゃんだよ〜?」

「はぁ……何回言ってもこの子は……それより、ウル。お願いがあります」

「ん〜……さっきのお兄さん??」

「えぇ、話が早くて助かります。先ほどのテュール・セイズにしばらく付いていてもらえませんか?」

「ん〜〜…!シフちゃんはあのお兄さんの事が好きなの〜??」

「好っ…何を言ってるんですか!好きとかそんな…そういったことではありません!!」

「アハっ!赤くなってる〜!シフちゃん可愛い〜!それじゃウルいってきま〜す!」

「こらウル!人の話は最後まで聞きなさい!…もう!あの子はいつまで経っても…!」


ウルがいれば彼の動向くらいはつかめるだろう。
あの子はあれで見た目によらず優秀だ。

もしも彼が噂通りの人物であったなら、それはそれで仕方ない。
味方もしなければ進んで敵対もしない。それが私なりの恩返し。

だがそうでないのなら…もしも彼が、何か強大な敵と一人で戦っているのであれば、
私に出来るすべてをもって、彼を救ってみせる。


礼には礼を。剣には剣を。命を救われた恩は、命をもって返してみせる。


――

――――――

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