英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-3 召喚師


―――――――


 "自治都市グリトニル"
大陸の中央に位置し、どの国にも属す事のないその都市は大陸でも屈指の交易都市である。
グリトニルで手に入らない物はない、とまで言われるその大都市は別名 "調停の街 中立都市"
とも呼ばれ、東の王国・西の帝国・北の魔国・南の精霊国と四つの国の中間に位置する。

いずれの国も大陸の統一を夢に、日々侵略と策謀を繰り広げているが、この自治都市だけは唯一不可侵であると四ヶ国の条約を締結している。
グリトニルを武力制圧してしまえば周囲三ヶ国を一度に敵にすることになるのだ。

何度もこの領土の奪い合いを繰り返し、かつては疲弊しきったこの土地だったが
過去の悲劇を繰り返す愚を行ってはならないと不可侵の条約を結び、約百年。
 今では冒険者ギルドを筆頭に、各国の自治議長がこの都市をまとめ中立を貫き、
四ヶ国から各々の特産品や武器、多種多様な種族で溢れるこの都市は、各国の首都、王都に引けを取らない大都市として賑わっている。

だが、光が強くなれば影も濃くなるように、武力制圧出来ないからといって大国が手を緩める訳もなく、
権謀術数が渦巻き邪な考えを持つ輩も大勢存在している。

とはいえそれも裏の話。表で生きる善良な市民や商人、冒険者などとはあまり関わりのない話である。



「やっと街道にでたぞ…ウニスケ!グリトニルももうすぐだ!」

うにぃ…と人の肩で項垂れるウニスケを尻目に歓喜の声をあげる。

「アゾットを信じるか悩んだが、嘘はついてなかったようだな」

心外な…!とでも言いたいのか短剣の水晶が明滅するが無視だ。構ってもいい事など一つもない。


――(…これ……が…放置プレ…イ…!)――――

ゾクリ…と背筋が粟立つ。これでも命のやり取りは何度も行ってきた。
その経験、野生の勘とでもいうべきものが短剣から発する不穏な気配を一瞬で感じとる。
人間、身の危険を感じた時の行動は大まかに二つ。

――迅速に行動を起こすか――

――危険の確認に留まるか――

この場合適切なのは前者だ……‼︎ ならば行動とはなにか…
脅威からの逃亡…? いや距離が近い……逃げ切れない…
ならば脅威の排除…つまり………


「おおおオォォオォルァァァァっっっ!!!!」

俺は素早く、かつ全身全霊を込めて短剣を引き抜き、
出来る限り遠くへ、俺の持てる全ての力を使って……短剣を投げ捨てた。

――――はぁはぁはぁっ――――

全てを出し尽くした……なんて美しいフォームだっただろう……まさに生涯に一度、最高の投球だった。
近くに脅威の存在は感じない…助かった……俺は勝利したのだ!



しばらく後…


「主殿ーーー!!」

聞こえるはずのない声が聞こえる。

「主殿ーーーーーーーっ!!!」

幻聴だと信じたい…だが現実は非情だ。


今も現在進行形で、もの凄い勢いで近付いてくる黒い影…魔物ではない…あの黒いシルエットは執事服。アゾット(悪魔)だ。

アゾット(悪魔)がアゾット(短剣)を駆使し、
進行方向にいる魔物を一刀両断しながら近付いてくる。

ワケが解らない…今なにが起きていて、なにがどうなっているのか。

投げ捨てた筈のアゾットをアゾットが持ってアゾットを振り回しながらアゾットが近づいてくる。
アゾットとはそもそもなんだったか……

これが俗に言うゲシュタルト崩壊か。

と、それどころではない。
俺は目の前まで来たアゾット(悪魔)に対し警戒心を隠す事なく、無刀の構えを取る。
どんな技にも対応できるようにだ。
アゾット(悪魔)が一歩踏み込み……

「落としましたぞ!主殿!」

なんの憂いもなくにこやかにそう微笑みながら短剣を差し出すアゾット。

おとした…?アレを落としたと言い張るのか?
あの完璧なフォームを見てなかったのか?何故そんなにこやかに言い切れるんだ…?
というかこいつ……何故ツヤツヤしている……

愕然とした。そして気付いた。

――恐ろしい――

俺はいま恐怖を感じている。

これが呪い…持ち主に破滅を齎らす呪われた魔剣…

そうか…昔、誰かが言ってたのはこの事だったのか…

――魔剣からは逃げられない――

「落としましたぞ!主殿!」



――――――――――


なんて一幕もあったのだが……忘れよう。


俺は遠い目を浮かべながら、何故あんな森の中を彷徨っていたのか思い出す。

そもそも予定であれば7日前には帰り着き、依頼を終えた報酬で旨い飯でも食いながら
しばらくのんびりしようと考えていたのに。
グリトニルへ護衛する商隊馬車が魔物の群れに襲われ
御者や護衛の冒険者、乗客もみんな散り散りになり森の中を7日間も彷徨っていたのだ。

「大体あんな規模の群れはおかしいぞ。なんで街の方角から魔物の群れが流れてくる? 普通逆だろ? それにただの護衛で銀貨15枚なんて報酬がよすぎると思ったんだ。
絶対怪しい商品か恨みを買ってる商隊に決まってる。なぁウニスケ?」

うにぃ…。と弱々しい鳴き声ながらも律儀に返事を返してくれる。

「ごめんごめん、この7日間ずっと顕現してたもんな、疲れたよな。もう街は目の前だし一旦送還するよ、ありがとうな」

首飾りに嵌められた魔水晶を指で撫でるとウニスケが光に包まれ一瞬のうちに粒子となって消える。

召喚された召喚獣は注がれた魔力の量によって顕現できる時間が変わる。
顕現しているだけで魔力が消費されるとも言える。
勿論顕現してる内に使える魔力は注がれた魔力量に比例する為、場合によっては一発の魔法で送還されてしまう場合もある。

その上で一度送還した召喚獣はインターバルを置かねば再召喚は不可能となる。
インターバルは召喚獣により異なるが、概ねこの部分が召喚師のデメリットになっている。

なんせ召喚獣を送還してしまってはインターバルの間は何もできないのだ。
強力な召喚獣という力を行使出来るおかげで、攻撃できるほどの魔法は使用できず、
ソロの冒険者が就くクラスではないのだ。普通なら。

そんな事情もあって召喚師の数は非常に少ない。
短時間しか戦えない召喚師より継戦能力のある魔法使いの方が戦いやすいに決まってる。
だからといって召喚師が弱い訳ではないのだが……


少数派であるのは事実であり、変わった人物も多い事から『キワモノ』などと陰で呼ばれているのを知っている。
今となっては俺も立派なキワモノの一員…そのトップ集団を走る羽目になってしまった……
実力の話ではない。召喚師としてだけなら序列はまだまだ最下位を争うだろう…

なんせ召喚師ランクはDランク。
Sから順にA.B.C.D.Eと序列があり下から二番目。
ようやく召喚獣との契約を行えるようになり、駆け出しと認識されるレベルだ。
まぁだからといって弱いとは限らない。
戦いとは能力の強弱ではなく最後に立っていた者が勝者なのだから。

閑話休題――

なぜ俺がキワモノ集団のトップ扱いされるのか…
だって俺はただの召喚師ではない…

変態執事に憑りつかれた悪魔憑き召喚師だからだ。


…自分で言って悲しくなる……

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