かつての最強ゲーマーコンビはVRMMOでも最強になるようです

ノベルバユーザー203449

第19話 VSクイーン~ぶつかり合う二人の天才~

《2025年8月24日 18:55 エクシードマウンテン第1アリーナ》

「来たわね」
「当然。逃げる理由も無いからな」

 アリーナの入り口の前に立っていたクイーンとの挨拶がそれだった。
 俺が到着したときにはクイーンは準備万端といった様子で仁王立ちの構えで待ち構えており、始まる前から俺にプレッシャーを与えようという意思が感じられる。
 ただし準備が万端なのはこちらも同じ。付け焼き刃込みとは言えども勝算はある。こちらも堂々とクイーンの前に立ってやった。

 そして両者はにらみ合う。今にも決戦が始まりそうな雰囲気を纏いながら。

 そしてそれ以上は何も話すこと無く二人してアリーナの中へと入っていく。

 アリーナのロビーはこの一週間では間違い無く最も人が入っている。というのも厄介なことにこの決闘のことをストリバが記事にしてしまったらしく、このエクシードマウンテンに集う対人勢の殆どが注目しているらしい。そんなわけで観客席も前のストリバ戦とは比にならないくらいの人間が居るとのこと。
 正直この状況だけ見れば場数を踏んでいるクイーンの方が有利な気がする。

 あの全国大会もこぢんまりとした会社のオフィスの少し大きめの部屋に放送機材やら何やらを突っ込んで開催していたものだ。間違っても巨大なイベントホールなどでは無い。だからこそ本当ならガチガチに緊張していてもおかしくは無いのだが、自分でも驚くほどリラックスしていた。

 そんな気分のまま受付を済ませて控え室へ。今回はセッティングも全て済ませてあるので控え室では軽いストレッチだけしてバトルフィールドへ移動。
 クイーンもそんな感じだったようでバトルフィールドに入った頃には既に立って体の調子を確かめるようにストレッチしていた。

「フーン。今日も武器それなのね」
「そっちも前評判通りの拳闘士か」

 クイーンは俺が手に持つガンブレードを、そして俺は反対に何も持たないクイーンの手を見てそれぞれ言い合う。向こうも武器で相手の意表を突くといったことは避けたらしい。当然他の武器を使うという選択肢もあるのだが俺としてはやっとこさVRでのガンブレード操作をマスターしたのに、ここで他の武器を使って1からやり直しになったら洒落にならない。
 それに何よりクイーンというプレイヤーに対して得意戦術を封じ手勝てるとは微塵も感じなかったという想いがある。

 けれども逆に、このガンブレードならクイーンに勝てるという自信があった。

「じゃあ早速始めましょうか。わたしも実は楽しみにしてたし」
「コイツは意外だな」

 互いの準備が出来たので試合前の20カウントが始まる。すぐにリザーブに置かれたカードの確認を始めるが、その間もクイーンは話し続けていた。

「そりゃまあ相手は腐っても日本一になったことがある男でしょ? それに元とは言えLIOのパートナー。流石にあっさり勝てるとは思わないわ」
「なんだよ、もっと低く見られてると思ってた」
「上には見てないわ。けれどあなたの戦略眼はハッキリ言って私よりも上。このABVRでもコマンドのテクニックだけで格上に勝つなんて私には出来ないもの。さすがはかつて天才と呼ばれただけはあるということかしら?」
「そっちの噂も聞いたよ。『電光石火の女王』とか『VRの申し子』とか呼ばれてるんだっけ?」
「畏れ多いけどね。でもこれは良い機会だとは思わない?」

 何が、とは聞かなかった。クイーンの上がった口角を見れば言葉にせずとも分かる。話の流れからも大体予想は付く。
 でもそれ以上に、俺だって心の片隅で同じことを考えていたから。

 ――――過去と現在、戦術とテクニック。どちらの天才が上かの格付けを今ここでつける。

 かくして俺達はカウントが0になったのと同時に突き動かされるように前に出ていた。

「《ハイスラッシュ》!」
「《王龍拳》!」

 オーラを纏い威力の上昇した刃と龍を象ったオーラを纏う拳が激突するのに一秒もかからない。互いが互いのMAXスピードで突っ込んでいるのだ。しかも両方とも素早さに特化したクラス。その一撃目はきっと外から見れば危うく見失うほど速かったことだろう。
 それ以前に一週間前までの俺なら反応は追いつかなかったはず。けれど今の俺なら一手目も受けられるし、その次の手も出せる。

「ここだ!」

 超至近距離での射撃。剣としても使えるガンブレードでこのような攻撃手段は本来ならナンセンス。しかしながら今まさにバックステップで距離を取っていたクイーンには必ず届く。

「へえ?」

 しかし女王は動じない。俺の射撃に対してあらかじめ用意していたかのように発動していたコマンドカードで迎え撃って来る。繰り出したのは無数の小型の気弾を手から放つ《爆裂波》。拳闘士の持つ数少ない遠距離攻撃だ。

 俺はそれを薙ぎ払いつつ距離を取る。だがクイーンとの距離を離して遠距離戦を繰り広げることは絶対に意識しない。何故ならクイーンというプレイヤーなら距離を取った瞬間に生まれる僅かな隙を致命傷と考えているはずだから。

「《ソニックスラッシュ》!」
「《ビーストブースト》!」

 俺が使用したのは一瞬だけ素早さを上昇させる高速剣。クイーンが使ったのは30秒間自分の攻撃力と素早さを1.3倍上昇させる効果のコマンドカード。間違い無く単純なスペックだけでソニックスラッシュに追いすがるつもりだ。

 そしてクイーンは回避不可能な速さで振るわれた筈のガンブレードの刃を片手で掴んでみせた。
 俺はすぐさまガンブレードから手を離して《エアリアルターン》を使う。ソニックスラッシュの補正が乗っている間に背後へ回り込み、体重を乗せて拳を振るう。流石の電光石火といえどもこの一撃は回避できなかったらしくもろに受ける。だが、次に彼女が振り返ったとき、その手には当然の様に俺のガンブレードが握られていた。

「やってくれるよこの野郎……!」

 今度は俺が相手の攻撃を食らう番だった。しかもこちらの武器で。ただ自ら手放した以上ここまでは想定内。更にいえば武器を持ってしまうとクイーンも自分のコマンドカードの殆どを使えなくなるので確実にチャンスは生まれる。あとはこの博打めいた行為の成果を出すのみ。

 クイーンの手からガンブレードを取り返すために持ち手を掴む。するとクイーンも更に握りしめる手を強くして抵抗みせた。しかも時たま足を蹴ってくるおまけ付きだ。

「我慢比べってことかこの野郎……!」
「たまにはこう言うのも面白く無いかしら?」

 足で互いを牽制しつつ、ガンブレードが相手の方を向く度に引き金を引き合う。互いに肩をぶつけ合っているような位置関係なので銃弾はほとんど当たらないので基本的に時間稼ぎ以外の意味は無い。けれどそれこそが俺の狙い。30秒間クイーンを動かせなければ御の字だ。

「そう狙い通りやらせないわよ」

 先に手を離したのはクイーンだ。おそらくあのままビーストブーストの効果が切れるのを嫌ったからだ。その証拠に手を離した次の瞬間には背後に回って拳を構えている。コマンドカードを使用している様子は無い。
 チャンスはここだ。

「《パラライズショット》!」

 脇の下に潜らせるようにガンブレードを構えて後方へ麻痺効果付きの弾丸を放つ。完全に不意を突くことのできた一撃だった。
 クイーンの胸元を捉えた銃弾は彼女の体を吹き飛ばして動きを止める。欲を言えば殴る瞬間にカードを使っていたならばその一枚を無駄にさせることも出来たがそう上手くはいかなかった。けれどもこれだけの隙ができれば充分。
 ここで一気に畳みかけるため前へと踏み出す。
 しかし追撃には移れない。

 なぜならば、一匹の獅子がクイーンと俺の間に姿を見せたからだ。

「《幻獣レグルス》!? こっちの攻撃の前に発動してたのかよ……!」

 マスターコマンドの一つで召喚系。22秒と長めの召喚持続時間と他の召喚獣よりも高めに設定された体力が特徴の《幻獣レグルス》。星の加護を受けた獅子は猛々しく吠えると俺を喰らうために駆ける。
 ここでコイツを出してきたということはあのタイミングで俺が何らかの妨害をすることは読んでいたということ。プロの肩書きは伊達じゃ無いということだ。それでも――

「マスターくらいはこっちも引いてる。とっておきだ喰らえ!」

 ガンブレードを突き刺すと同時にリザーブにあるマスターコマンドを使用。引き金を引いてその力を爆発させる。

「弾けろ! 《ボルケーノ・クライシス》!!」

 大地から空へとまるで龍のように登る13の炎の槍。元々大量のエネミーに対して面制圧攻撃を行うためのコマンドであるが故にその火力こそ低いが、召喚獣と動きの止まった相手を削るには充分過ぎる火力だ。実際トップクラスの居座り能力を誇るレグルスのHPがみるみる内に減っていく。

 やがて炎は消え、残ったのはHPが6割近くまで減ったクイーンと満身創痍のレグルス。更にすぐさまレグルスにトドメの一撃を加えて1対1へと状況を戻す。

「やってくれるじゃない」
「お互い様だろ」

 ここまでやっても正直様子見。互いに序盤からマスター一枚消費とかなり飛ばしてはいるものの互いに一切底は見せていない。
 けれども客観的に見て不利なのは俺の方だ。先程から少しばかり俺の行動を読んでいるような節がある。でなければ貴重なマスターコマンドをこんな序盤に、しかも俺がパラライズショットを撃っていなければ最大限の効果が得られなかったようなところで使ったりはしない。

「さすがに小手先の勝負じゃ勝てないわね」
「よく言うよ人の得意分野をきっちり攻略しておいて」
「あら、私の予定ではこの時点で勝ってるつもりだったんだけど?」
「キツいジョークだ」

 とはいえクイーンの目は笑ってない。俺をこの時点で潰すつもりだったのは本気。読み合いでも優位に立てると思っていたのも嘘では無い。剣と拳を交える内にだんだん分かってきた。コイツは本心しか口にしないし、行動にも表さない。死ぬほど真っ直ぐな奴だ。

「同時使用《一発闘魂》、《閃空砲》、《王龍拳》。《コンビネーションアサルト》発動――」
「今度は火力勝負かよ……!」

 今からクイーンが撃とうとしているのは超火力の《CA》。ハッキリ言って喰らえば俺が死ぬ。間が悪いことにその一撃を耐えられる防御系コマンドも《セブンリー・バースト》を発動するだけのコマンドも揃っていない。
 それでも一か八かの勝負をするだけのコマンドは手の中にある。

「《チャージアップ》!」

 次に放つ攻撃コマンドの威力を多大に増加させるある種の切り札。《CA》には及ばなくとも、抵抗するだけの火力は得られる。
 そしてその火力をもってクイーンの攻撃を俺が採用してる射撃系最強コマンドで迎え撃つ。

「《覇闘爆閃王龍拳》!!」
「《バーストレールガン》、シュート!」

 クイーンの拳から放たれたのは視認できるほどの強大な気によって作り出された全てを破壊する龍。その一撃の威力はギガマグナムとも比較にならないくらいに強大で力強い。控えめに言っても喰らえば死ぬ。
 対する俺が使った《バーストレールガン》も威力はあるが《覇闘爆閃王龍拳》には遠く及ばない。《チャージアップ》を併用しても正面から打ち合えば負けるのは絶対に俺の方。だからこそ正面からは勝負しない。ただ直撃を避けることだけを考える。

 磁場によって加速した銃弾が龍に目掛けて一直線で飛んでいく。ただし狙い目は龍の顎の辺り。押し返すのでは無く、命中の衝撃を利用して上に跳ね上げる。
 その目論見はなんとか上手くいった。元々反動で後ろに傾いていた俺の体は大きすぎる衝撃波によって背中から地面に叩きつけられる。だがおかげで石ころにぶつかったサッカーボールのように僅かに跳ねた龍は俺の体すれすれの所を通ってアリーナの壁へと突き刺さる。
 これは余談だがアリーナの壁も観客席も破壊不能オブジェクトなので建物が崩壊する危険は無い。それでも二つの遠距離攻撃の衝突がアリーナを大きく揺らしたのは間違い無いが。

「今のは良いプレイだったわ。でも――こっちもこっちで整った」
「やっぱり今の《CA》はカード回しが目的か」

 カード回しというのはABにおいて昔から存在するテクニックで《CA》という必殺技が大量のカードを一度に何枚もコマンドを消費するのを利用してリザーブの中身をごっそり入れ替えてしまおうというものだ。しかも《CA》自体が強力な技なのでコマンドを大量消費する以外は無駄は無い。今回のように自分の方が使用カード数が少ないのなら終盤じり貧になって負ける危険性は低い。
 そういう意味でも状況はクイーンの方に有利だ。

「ええ、そうよ。そして覚悟をを決めるべきよ」
「何のだよ?」
「当然、敗北への覚悟」

 言うやいなやクイーンは突然目を閉じた。まるで瞑想するかのような所作に攻撃するかの判断がつけきれない。
 そしてクイーンが次に目を開いたとき、俺は確信した。ここで攻撃しなかったのは致命的なミスだったと。

「さて、そろそろメインと行こうかしら」

 クイーンの雰囲気が変わった。これまでとは全く違う、獲物を狙う野生動物のような雰囲気。睨まれているだけで自分が萎縮してしまいそうになる殺気と言い換えても何ら問題ない濃密な戦意。それらを放つクイーンは、いつ動くかも分からなくて。
 俺は睨まれた草食獣のように無意識に一歩下がってしまっていた。今のクイーンにとって距離など存在しない概念にほど近いということも分からずに。

 結果、信じがたいことに次の瞬間にはもう、肉薄していたクイーンの拳が俺の体を捉えようとしていた。俺はほぼ本能だけでガンブレードを使って受け止めるが、その衝撃までは殺しきれない。腕がしびれそうになるくらいの痛みが襲う。

 ここに来てやっと俺は《クイーン》というプレイヤーの異名を思い出した。『電光石火』、今クイーンがやってみせた動きがまさにその文字通り、目では追えない程の速さでの攻撃。多分スーパースローで見てやっと動きが見えるくらいか。
 厄介なことに変化はそれだけに留まらない。

「カードゲームはここまでよ。これからは気を抜けば命を落とす殺し合い。ふふっ、心躍るでしょ?」

 野獣のような眼光で、もはや別人といっても過言では無いほどの殺気を宿したクイーンはそう言ってみせる。
 その宣言は暗にこんなことを意味していたのだと後になって俺は気付く。

『お前にもうコマンドを使わせる隙なんて与えない』

 そんなゲームそのものを否定したような次元が違うとも言えるその宣言に、俺はさほど考えることも無く、ただ見栄だけでこう返していた。けれども同時に体の奥底から湧いてきた紛れもない本音でもあった。

「悪いな、追いかけっこに付き合ってやれるほど俺はお前ほど遅くない!!」

 残り時間3分51秒。本当の戦いがここからということはもはや疑う必要も無かった。

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