かつての最強ゲーマーコンビはVRMMOでも最強になるようです
第12話 本当の始まりを
雨は徐々に強くなっていく。けれど俺は特にそれを気にはとめなかった。
俺の注目はずっと目の前の少女に向いている。7年前の決勝戦の対戦相手の妹を名乗る少女、カナへと。
「ユウスケさんの妹……だって?」
その言葉に驚きを隠せない。こんな偶然あるとは思えなかったから。
けれども純然たる事実として俺の目の前で起きていることは夢や幻では無いのだ。
「私も驚いた。たまにしか来ないABストアであの時お兄ちゃんを倒した2人組と鉢合わせするなんて。もっと必然性に溢れたモノでも良かったのに」
カナは静かに、それでいて強い感情の籠もった声で言う。
「けれどその偶然には感謝している。何せお兄ちゃんを倒した人間の内の1人を今日ここで倒せたんだから。これで私が倒すべきはあの《LIO》だけ」
「じゃあ今から相手してきたらどうだ? アイツはいつでもオールOKらしいからな」
努めて冷静に、冗談めかすようにそう言った。実際莉央は喜んで快諾するだろう。けれどもカナにはその気は無いらしく、こんな風に言い返されてしまった。
「悔しいけど、私の腕はまだあの怪物を殺す域にまで届いていない。それに、たったの4時間のランクマッチで底が見える男と同じ勢いでプロに挑戦なんて出来るわけ無い」
その一言で俺は自然と頭に血が上るのを感じたが、それ以上にそのことを言い返せない自分に腹が立って仕方なかった。実際さっきの勝負で俺が勝っていたのは運と、過去に全国で一位になったという錆び付いた栄光を持っているという点だけ。
そしてそんな男を全力で倒す対象として狙いを定めた挑戦者はあの時戦ったユウスケさんに並ぶほどの実力があった。そりゃあ確かに、こっちの完敗は必然だろう。
けれど胸の奥からこみ上げてくる感情が絶対に納得するなと強く訴えかけてくる。それは勝つことも負けることも無かったこの7年には生まれる余地が無かったモノだ。
「なんでそんなに俺達にこだわるんだよ。あれだけの実力なら、全国も狙えるだろ」
「興味ない。私が興味がある事柄はたった一つだから」
「兄貴の仇討ちか?」
「違う。私はただ、最強があなたたちでは無く、お兄ちゃん自身だと証明したいだけ。私にとってはABはそのためのツールに過ぎない」
ここに来て俺はようやく気付いた。カナは俺達を倒したくても、俺達を見ていた訳じゃ無い。彼女もまた、終わらない7年前にとりつかれている。同時にその7年前を生きる理由にしている。
ただ俺と違うのは、彼女が伝説に挑む者でありながらその伝説を否定する者であるという点と、俺が伝説と向き合うこともしなかったのに、その伝説を遺産として縋り続けている点だ。
「あの日確かにお兄ちゃんは負けた。でもそれはあなたたちよりも弱かったからじゃ無い。勇者というクラスもお兄ちゃんもあなた達に劣って居たわけじゃ無い。ただあの日に勝てなかっただけだから。だからこそABをやめてしまったお兄ちゃんに代わって私があなた達を討つ」
口調こそ静かだが、声の熱は隠しきれない。当事者でも無いのにとも、負け惜しみをとも言うことは無い。けれどこの一言だけは言わざるを得ない。
「負けず嫌いめ……」
「それでも構わない」
何を言われても気にしない。
カナは心の底から、兄の残した戦法の強さを証明することを、更に言えば無敵の兄の戦法を打ち砕いた俺達に勝つことでその伝説をよみがえらせようとしているのだ。
実際にあの日俺達が優勝していなければ、《ユウスケ》、《カオル》コンビは史上初の4連覇。間違い無くABの伝説になっていた。そして恐らく史上最強プレイヤーの名も欲しいままにしていただろう。
あの7年前から、勇者は無敵では無くなり、10を超えるクラスがネット対戦で流行する戦国時代が幕を開けた。そして勇者を使う者も全盛期から減り、最有力のクラスでは無くなった。
そりゃあ確かにあの頃は勇者使いに随分嫌みを言われたが、そのほとんどは半月もすれば落ち着いた。だがこのカナは違う。自分の兄が積み上げた物が間違いでは無いと証明するために今もなお戦っている。俺さえあの日の因縁が今日この日まで続くとは思ってもいなかったのにだ。
「けれどこれであなたには用は無くなった。《LIO》にこう伝えておいて。あなたもいずれ私の手で倒すと」
そう言い残してカナは再び歩き出す。もう話すことは無いということだろう。彼女の言うように俺にはもう用は無いはずだ。けれど俺はもう、負けたつもりで放っておく気にはなれなかった。
「BO3だ」
「何?」
俺の突然の言葉にカナは足を止め、怪訝な表情をした。
言葉の意味は多分分かっている。ただこの提案は彼女には何の益も無い。だからこそこんな風に彼女は見るからに嫌そうな表情を見せているのだ。
それでも俺は口に出す。
「一戦目は俺とお前の兄貴、ユウスケさんとの試合。これは俺が勝ってる。この時点で1勝0敗。そして二戦目は今日。残念ながら今日はお前の勝ちで1勝1敗だ。つまりまだ決着は着いていない」
「まさかもう1戦やる気? 今日、私の攻撃に反応できなかったのに?」
カナの言うとおりだ。俺は最後の一撃に関してはどういう理屈で攻撃してきたのかを検討もつけられていない。今の状態で再戦なんてしようものなら俺は再び敗北するだろう。
だから――
「別に再戦は今日やらなくたって良いじゃん」
そう言ったのは俺では無い。いつの間にやら俺の傍に立っていた莉央だ。
初めから持ち歩いていたと思われる折りたたみ傘を持った莉央は表情を驚愕の色に染めるカナを横目に話し続ける。
「随分興味深い話をしてたけど、そういうことならおあつらえ向きの舞台があるよ。そう遠くない内にね」
「おあつらえ向きの舞台……?」
カナは、そして俺もイマイチピンとこない。しかし莉央はその様子に満足げに口角を上げる。まるでそれを待ってましたと言わんばかりに。
「第20回アルテマブレイバーズ日本一決定戦。その1次予選は9月下旬の開催。ミッチーを鍛え直すには丁度良い期間だと思わない?」
「つまりあなたはこう言いたいの? その大舞台で決着をつけろと」
「もちろんそこで戦うのはミッチー1人じゃ無い。私もミッチーとタッグを組んで出る。OKが出ればの話だけどね」
そう言って莉央は俺を一瞥した。答えなんて分かりきっているくせに。
「そういうことだ。全国の舞台で全部の決着をつける。負けっぱなしで終われるほど俺は大人しくはなってないからな」
俺は莉央と並んで睨みつけるようにしてカナという挑戦者を見る。何というかここまで体中の値が沸騰しているみたいに熱くなるのは久しぶりだ。
この感覚こそ7年ぶりだ。けれど勝負すると心に決めたからにはこの感覚とはまたしばらく付き合って行かなければならない。
「分かった。その勝負は受ける。どちらにせよ《LIO》もいつかは倒さなければならない壁だから。けれどやるからには私が勝つ」
雨は次第に強さを増してきた。けれど俺はそんなことは気にならない。今はもうABのことしか頭に無かった。
だっていくら7年間勝負の場から離れていたとしても、負けたのは悔しいし、勝てないままじゃ終われない。そして何より、莉央が一緒にやろうと言ってくれたのだ。
結局の所7年前から何も変わっていないのは俺も同じなんだ。けれどそれが却って安心する。元の場所に帰ってこれたような気がして。
そしてここで覚悟は決めた。もう一度戦う覚悟を。
「今度こそ、お前は俺が攻略する!」
そしてこれこそが再起への宣戦布告。本当の物語はここから動き出す。
俺の注目はずっと目の前の少女に向いている。7年前の決勝戦の対戦相手の妹を名乗る少女、カナへと。
「ユウスケさんの妹……だって?」
その言葉に驚きを隠せない。こんな偶然あるとは思えなかったから。
けれども純然たる事実として俺の目の前で起きていることは夢や幻では無いのだ。
「私も驚いた。たまにしか来ないABストアであの時お兄ちゃんを倒した2人組と鉢合わせするなんて。もっと必然性に溢れたモノでも良かったのに」
カナは静かに、それでいて強い感情の籠もった声で言う。
「けれどその偶然には感謝している。何せお兄ちゃんを倒した人間の内の1人を今日ここで倒せたんだから。これで私が倒すべきはあの《LIO》だけ」
「じゃあ今から相手してきたらどうだ? アイツはいつでもオールOKらしいからな」
努めて冷静に、冗談めかすようにそう言った。実際莉央は喜んで快諾するだろう。けれどもカナにはその気は無いらしく、こんな風に言い返されてしまった。
「悔しいけど、私の腕はまだあの怪物を殺す域にまで届いていない。それに、たったの4時間のランクマッチで底が見える男と同じ勢いでプロに挑戦なんて出来るわけ無い」
その一言で俺は自然と頭に血が上るのを感じたが、それ以上にそのことを言い返せない自分に腹が立って仕方なかった。実際さっきの勝負で俺が勝っていたのは運と、過去に全国で一位になったという錆び付いた栄光を持っているという点だけ。
そしてそんな男を全力で倒す対象として狙いを定めた挑戦者はあの時戦ったユウスケさんに並ぶほどの実力があった。そりゃあ確かに、こっちの完敗は必然だろう。
けれど胸の奥からこみ上げてくる感情が絶対に納得するなと強く訴えかけてくる。それは勝つことも負けることも無かったこの7年には生まれる余地が無かったモノだ。
「なんでそんなに俺達にこだわるんだよ。あれだけの実力なら、全国も狙えるだろ」
「興味ない。私が興味がある事柄はたった一つだから」
「兄貴の仇討ちか?」
「違う。私はただ、最強があなたたちでは無く、お兄ちゃん自身だと証明したいだけ。私にとってはABはそのためのツールに過ぎない」
ここに来て俺はようやく気付いた。カナは俺達を倒したくても、俺達を見ていた訳じゃ無い。彼女もまた、終わらない7年前にとりつかれている。同時にその7年前を生きる理由にしている。
ただ俺と違うのは、彼女が伝説に挑む者でありながらその伝説を否定する者であるという点と、俺が伝説と向き合うこともしなかったのに、その伝説を遺産として縋り続けている点だ。
「あの日確かにお兄ちゃんは負けた。でもそれはあなたたちよりも弱かったからじゃ無い。勇者というクラスもお兄ちゃんもあなた達に劣って居たわけじゃ無い。ただあの日に勝てなかっただけだから。だからこそABをやめてしまったお兄ちゃんに代わって私があなた達を討つ」
口調こそ静かだが、声の熱は隠しきれない。当事者でも無いのにとも、負け惜しみをとも言うことは無い。けれどこの一言だけは言わざるを得ない。
「負けず嫌いめ……」
「それでも構わない」
何を言われても気にしない。
カナは心の底から、兄の残した戦法の強さを証明することを、更に言えば無敵の兄の戦法を打ち砕いた俺達に勝つことでその伝説をよみがえらせようとしているのだ。
実際にあの日俺達が優勝していなければ、《ユウスケ》、《カオル》コンビは史上初の4連覇。間違い無くABの伝説になっていた。そして恐らく史上最強プレイヤーの名も欲しいままにしていただろう。
あの7年前から、勇者は無敵では無くなり、10を超えるクラスがネット対戦で流行する戦国時代が幕を開けた。そして勇者を使う者も全盛期から減り、最有力のクラスでは無くなった。
そりゃあ確かにあの頃は勇者使いに随分嫌みを言われたが、そのほとんどは半月もすれば落ち着いた。だがこのカナは違う。自分の兄が積み上げた物が間違いでは無いと証明するために今もなお戦っている。俺さえあの日の因縁が今日この日まで続くとは思ってもいなかったのにだ。
「けれどこれであなたには用は無くなった。《LIO》にこう伝えておいて。あなたもいずれ私の手で倒すと」
そう言い残してカナは再び歩き出す。もう話すことは無いということだろう。彼女の言うように俺にはもう用は無いはずだ。けれど俺はもう、負けたつもりで放っておく気にはなれなかった。
「BO3だ」
「何?」
俺の突然の言葉にカナは足を止め、怪訝な表情をした。
言葉の意味は多分分かっている。ただこの提案は彼女には何の益も無い。だからこそこんな風に彼女は見るからに嫌そうな表情を見せているのだ。
それでも俺は口に出す。
「一戦目は俺とお前の兄貴、ユウスケさんとの試合。これは俺が勝ってる。この時点で1勝0敗。そして二戦目は今日。残念ながら今日はお前の勝ちで1勝1敗だ。つまりまだ決着は着いていない」
「まさかもう1戦やる気? 今日、私の攻撃に反応できなかったのに?」
カナの言うとおりだ。俺は最後の一撃に関してはどういう理屈で攻撃してきたのかを検討もつけられていない。今の状態で再戦なんてしようものなら俺は再び敗北するだろう。
だから――
「別に再戦は今日やらなくたって良いじゃん」
そう言ったのは俺では無い。いつの間にやら俺の傍に立っていた莉央だ。
初めから持ち歩いていたと思われる折りたたみ傘を持った莉央は表情を驚愕の色に染めるカナを横目に話し続ける。
「随分興味深い話をしてたけど、そういうことならおあつらえ向きの舞台があるよ。そう遠くない内にね」
「おあつらえ向きの舞台……?」
カナは、そして俺もイマイチピンとこない。しかし莉央はその様子に満足げに口角を上げる。まるでそれを待ってましたと言わんばかりに。
「第20回アルテマブレイバーズ日本一決定戦。その1次予選は9月下旬の開催。ミッチーを鍛え直すには丁度良い期間だと思わない?」
「つまりあなたはこう言いたいの? その大舞台で決着をつけろと」
「もちろんそこで戦うのはミッチー1人じゃ無い。私もミッチーとタッグを組んで出る。OKが出ればの話だけどね」
そう言って莉央は俺を一瞥した。答えなんて分かりきっているくせに。
「そういうことだ。全国の舞台で全部の決着をつける。負けっぱなしで終われるほど俺は大人しくはなってないからな」
俺は莉央と並んで睨みつけるようにしてカナという挑戦者を見る。何というかここまで体中の値が沸騰しているみたいに熱くなるのは久しぶりだ。
この感覚こそ7年ぶりだ。けれど勝負すると心に決めたからにはこの感覚とはまたしばらく付き合って行かなければならない。
「分かった。その勝負は受ける。どちらにせよ《LIO》もいつかは倒さなければならない壁だから。けれどやるからには私が勝つ」
雨は次第に強さを増してきた。けれど俺はそんなことは気にならない。今はもうABのことしか頭に無かった。
だっていくら7年間勝負の場から離れていたとしても、負けたのは悔しいし、勝てないままじゃ終われない。そして何より、莉央が一緒にやろうと言ってくれたのだ。
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