最も美しい楽器とは……

ノベルバユーザー173744

進路を決めて……

「父さん、母さん」

 雅臣は両親の前に正座した。

「俺……声優になりたい。アイドルとかじゃなくて、外国語の映画の吹き替えとか……素晴らしい作品を、演技をする俳優を観てもらえるように、声で伝えられるような人間になりたい」
「……難しいぞ?聞いたが」

 父、悠河ゆうがの言葉に、雅臣は、

「姉さんに送ってもらったお金で、学校に通って、オーディションを受けようと思うんだ。本当は、父さんや母さんにここまで育てて貰って……恩を返したいけ……あたぁぁ!」

お茶を持ってきた母が、お盆で雅臣の頭を叩いたのである。

「何言ってるの!恩って、親が子供を、息子を可愛がって何がおかしいの。それにね〜?お母さん思ったの〜」

 正座をした膝の上にお盆を置き、両手を握りうっとりとする。

「上の日向ひなたとすぅちゃんは作家で、この間、ホラァ、お母さんの大好きなガウェインくんにハグとサイン貰ったじゃない。それに、お母さん美人も大好きだから、ヴィヴィちゃんや、あの映画の二人ともメールしてるのよ〜。臣くんも声優さんになったら、お母さん、絶対臣くんにチケットとってもらって、サインもらいに行きたいの!」
「……あの〜母さん?今の声優の世界、本当に厳しくて、そう簡単になれるものじゃないと思うんだけど……」
「うふふふ……」

 ジャジャーン!

と、封筒を差し出す。

「な、何、これ?」
「ん〜?お母さんが大好きな声優さんの事務所が、生徒を募集している学校の入学願書〜!取り寄せたの〜!」
「か、母さんの……好きな……」

 青ざめる。

 母、灯里あかりの好きな声優事務所と言うのは、もう、声優界の大御所揃い、もしくは、新人でも絶対視聴率を稼ぎ出す、超有名な声優を排出する事務所である。
 毎年ふるいに落とされ、泣きを見て、他の学校に入る人間も多い。
 普通の大学よりも、入学も授業も卒業も数十倍も厳しいと言う噂の……。

「母さん……じょ、冗談だよね?」
「あらぁ、本気よ。大丈夫よ。臣くんは日向には理数系負けるけど、貴方、文系は学園でもトップクラスだし、それに、おほほ!日向は、あれでいて文学者、作家になったでしょう?臣くんは目もいいから」
「目もいいってどう言うこと?」
「えっ?お母さん、実はね〜?」

 頰に手を当ててため息をつく。

「あの、『アーサー王物語』の、ランスロット役の声優さんの声が、やっぱりおっさんくさくって、納得いかないのよ〜」

 悠河と雅臣はがっくりする。

 灯里は上の日向がいた頃から、隠れオタク……現在のマニアである。
 若作りをして、会場に行き、コスプレをしたり、小さい時は日向を騙して連れて行ったこともある。
 日向は切れ長の端正な顔だが、小さい頃は本当に可愛かった……と雅臣は思い出す。

「そう言えば、昔、ひなにい、『不思議の国のアリス』のアリスのコスプレをしてた!」
「おほほ……だって、お母さん、帽子屋をしたかったのよ。そうしたら日向が、『ママ、すぅちゃんとお揃いにしてくれるなら着る』って。もう、あの頃からすぅちゃんだったのよね」
「灯里……で、ランスロット役の声優さんの件は……」

 話を引き戻そうとした悠河に、にっこりと、

「あのね?前にね?『アーサー王物語』の台本を買っていたのよ。で、ランスロットの音を消して、そこを前に臣くんにアテレコして貰ったのよ〜。あぁ〜もう素敵だったわぁ。ちゃんと映像撮ってますからね。一生物だもの。それにね?だってね?あの時のランスロット役のウェイン様って、今の臣くんとそんなに歳離れていないのよ。だって、ヴィヴィちゃんと一つ違いで、ほら、今は日向と同じ年よ?なのに当てた声優って、声がおっさんくさいのよ!ネットでも不評なの。だからね?お母さん、日向に習ったネット技術駆使して、ランスロットの声を消してね?臣くんに何回か喋って貰ったでしょう?それを、そこの事務所に送っちゃったの〜!履歴書も一緒に。『私の次男です。この映画の頃のガウェイン・ルーサー・ウェイン様は、まだ二十歳でもなかったと思います。でも、声を当てている声優さんは少し合わない感じがして、代わりに息子に当ててもらいました。独特の甘い声をしていて、自慢の息子です』って」
「……で、どうなったの……母さん」
「ん?おほほ……実は、お母さんのネット友達に、この事務所の人がいて、ぜひ会ってみたいって、うふっ。実はね?ウェイン様の新作のアテレコが予定されているんですって」
「はぁ?母さん!新人も新人が、いや、まだ勉強してない人間が、主役級の声なんて無理だから!」
「良いのよ。端役でも。それに、使えるものは藁でも、息子でも使うのが私よ!」

雅臣は硬直し、

「……せっかく隠していたのに……臣、すまない。お母さんは、周囲を巻き込み突っ走って行くタイプだ。自分の納得できるまで止まらない……臣、お前で遊んでいるんじゃなく、あれでも、親バカ……可愛い息子を周囲に自慢したいらしい。日向は淡々として、お前のように表情を変えたりしない子だったから……」
「ひなにい……そう育ったんじゃ……」
「いや、あれは、普段からあぁいう感じだった。最近になって表情が出てきたな。この間、風早と那岐を連れてきてくれて……」

悠河は自分に似た長男が表情を緩ませ、子供達を抱き上げていたことを思い出す。
 しかも、風早は賢い子なのか、悠河に、

「じいじ、読んで?」

と絵本を差し出す。
 しかもそれは『パディントン・ベア』の英語版である。
 唖然とすると、日向が、

「あぁ、それは、ウェインが、送ってくれたんだ。風早はベアが好きなんだ」

と言ったのだった。
 まぁ、一流企業の外国企業との交渉を主に行う悠河は英語は得意で、じいじとして面目躍如、風早は、

「じいじ、しゅごーい!」

と目をキラキラさせていた。
 悠河に封筒を渡され、中身を見た雅臣は、

「こ、これはやばい!二週間後じゃないか!試験日!必須試験は、文系だけど……うわ、特技って……あ、あれしかないか……」

と頭を抱えたのだった。

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