世界呪縛

六月 純

16話 陰陽の叫び





 砂埃が舞う中で1人の人間が片膝をつく。
「そんじゃあ行くぜ!これ使ったら俺は動けなくなると思うから、後はヨロシク頼むぜ!!」
 荒灼が地面に右手を付け、皆に聞こえるように大声で言う。
「任せて!きっと目的を確認して風を止ませる!」
 莉亜が荒灼に答える。その言葉に安心したのか荒灼は、莉亜に振り返り、ニッと歯を出して笑った。
 荒灼が前方を向き直す。
「全力で行くぞ!土の壁サンド・ウォール!!」
 荒灼が魔力を地面に流す。目指すは、目的地。そこへ向かって魔力が流れ出す。
 目には見えない魔力がたしかに進み出す。
 すると魔力を流した場所から地面が盛り上がり、3メートル程の高さ、1.5メートル程の厚さの壁になっていく。それは連なり、目で見えなくなるはるか彼方まで続いていく。
「おらぁ!!」
 そして、壁の中が剥がれ落ち、人が1人入れるほどの道なっていく。
 これで、目的地まで安全なトンネルが出来たということになる。
「さあ、行け。」
 荒灼は絶え絶えの声でそう言い、その場に倒れた。
「ありがとう。荒灼。」
 華澄はそう言い、荒灼の作ったトンネルの中に入っていく。それに続き、莉亜もトンネルへ入る。
「目的の奴は、どこにいるか分かんねぇ・・・気をつけろよ・・・。」
 華澄と莉亜は頷いた。
 トンネルの中に風が壁を打ち付けるヒューという音が聞こえる。
 一体、何がこの風を起こしているのだろう。
 華澄と莉亜は、まだ正体の掴めない敵に対し、最大限の警戒をしていた。










 痛イ。
 痛イ。
 痛イ。
 辛イ。
 辛イ。
 辛イ。
 クル、シイ。
 ダ、レ、カ・・・・・・。
 タ、ス、ケ・・・テ。










 暗い闇の中。ただただ闇が広がる。見渡す限りの闇。黒色なのに何も無いように感じ、まるで自分だけこの空間に取り残されたような気分だ。
「誰か!」
 声を出す。声が闇に響く。響くということはこの空間は閉鎖されているものか。いや、ただ広いだけかもしれない。とにかく暗くて分からない。
 なんなんだ、ここは。
 この暗い闇の中で自分の姿だけはハッキリと見える。手が、足が、体が。だが、服は着ていない。少し恥ずかしい気分になるが、誰もいないのですぐにその気持ちは失せた。
 誰もいない。何も無い。ただ暗い。まるで孤独を体験しているようだ。
 これこそが本当の孤独なんだ、と気付く。
 今まで孤独とは、ただ誰もいないだけだと思っていた。それなら自分は耐えられる。人がいないのであれば、寂しくなんかない。むしろ好都合。やりたいことを存分にできるではないか。そう思っていた。
 だが、今感じているのは紛れもない孤独。これこそが本当の孤独なのだ。初めて実感する。
 何も無い空間は自分が本当に1人なのだ、と思わせる。いや、1人だ。
 孤独とは、こんなにも悲しいものであったのだ。辛いものであったのだ。寂しいものであったのだ。
 誰かいてほしい。誰かに会いたい。そんな想いが芽生え始める。
「誰か!誰かいないのか!?」
 誰もいるはずもないのに、叫ぶ。声がその空間中に響く。
「誰か!!!」
 今ほど寂しさを感じたことはない。本当に、ない。
 優花を失ったときは、母さんがいた。母さんを失ったときは、優花がいる、と励まされた。いつだって、俺は誰かに助けられてきたのだ。この時代に来たのだって、そうだ。石川隊の皆と出会うまで、どれだけ心細かったか。
 俺は、孤独に勝ったつもりでいて、孤独に負けていたんだ。そして、負けた、という現実から逃げていたんだ。
 誰か、と叫んでいた声がだんだんと小さくなる。
 もう、誰もいないと分かった。俺は孤独に殺される。これが、孤独死というやつか。
 誰にも知られず、誰にも見られず、誰にも会わず、誰にも殺されず、ただ、死ぬだけ。
 嫌だ。怖い。怖い。
 死にたくない。1人で死にたくない。まだ死にたくない。
「俺は・・・優花を・・・助けないと・・・。母さんとの・・・約束を・・・守らないと。」
(それが、俺にできるのか?)
 自然と自問自答を開始する。
「出来ない。1人じゃ・・・何も出来ない。」
(それじゃあ、どうやったらできると思う?)
 自分の胸に手で触れる。
「分からない。」
(うん。1人じゃあ何も出来ないからな。)
「どうすればいいんだ。」
(・・・・・・。)
「俺は・・・どうすればいいんだ!!」
 胸に置いた手を握り締める。
「どうしたら!!何も失わずに済む!!どうしたら!!何でもこなせる!!どうしたら!!1人じゃなくなる!!」
 何も無い空間に俺の叫びが響き渡る。
(じゃあ、1人じゃなくなればいいじゃないか。)
「!?」
 どういう、ことだ・・・?
(どういうことも何も、自分だけじゃなくなればいいってことだよ。分かるか?)
 俺の・・・心を・・・。
(読んでいる・・・・・・・・か?)
「!?」
(そりゃあ読めるよ。なんでかって?だって、俺は俺なんだから。俺はもう1人のお前。分かるか?お前が陽なら俺は陰・・・。つまり、俺はもう1人のお前さ。・・・人の心には必ず、陰陽が存在する。誰かを好きになったり高評価するのが陽。嫌いになったり、低評価するのが陰。俺達はな、その陰陽が2つの人格となって、存在するんだよ。まあ、基本的に陽の存在であるお前は普通の人間みたいに陰陽を持って暮らしてるんだが、ある特定の条件を満たすことで俺が生まれる。いや、正確には現れる、か。)
 何を・・・言っている?
(つまり、だ。俺はもう1人のお前なんだ。俗に言う二重人格ってやつなんだよ。俺達は。)
 何で・・・俺が・・・?
(んなことは、どうでもいい。それよりもう分かっただろ?)
「何がだ・・・?」
(鈍いな。)
 先ほどから話しかけてくる正体が俺の目の前に現れる。
 なるほど、たしかに俺と全く同じ見た目だ。
 正直、話半分も理解出来ない俺はコイツが何を言っているのか未だに分からずにいた。だが、それはこの言葉で全て晴れた。
(お前は、もう孤独じゃなくなったんだよ。)
「!!」
(お前は本来、賢い男だ。そりゃあ、他の人がお前のその賢さを見たら、その賢さを欲しがるくらいにはな。だが、お前は孤独に負けて、その賢さが出ていない。まあ、人間皆、孤独には弱い。お前が負けるのは当たり前だがな。人間にはさ、依存症ってやつがあるだろ?ゲーム依存症、スマホ依存症、とかさ。人間は生まれた時から1人では生きていけない。誰かを必要とする。で、誰もいなくなると寂しくなる。つまり、さ。人間は皆人間依存症なんだよ。で、人間は1人ではいられない。なら、どうするか?1人じゃなくなればいいじゃないか。だろ?)
「お前は・・・どうやって・・・生まれたんだ・・・?」
(まあ、お前が特別な体なだけだろ。それも、たまたまな。)
「・・・お前が、俺の、孤独を無くしてくれるのか?」
(ああ。無くしてやるよ。その孤独。これからは何があっても俺が常に一緒だ。一生な。だからよ。)
「・・・。」
(その体、ちょっと貸してくれ。このつまんねー空間から早く出ようぜ。)
「・・・。」
 正直、出会ったばかりのこいつの話を、信じようとは素直に思えなかった。だけど、孤独から解放される、という喜び、そしてたった1人の孤独の世界から救い出してくれたこいつを、俺は信じた。
「わかった。」
 こいつは歯を出し、ニヤリと笑うと、(そうこなくっちゃな。)と言い、俺の手を強引に掴む。
 俺はその手の温もりに安堵する。
 ああ、俺はもう、1人じゃないんだ・・・!








 莉亜と華澄は進む。出口を目指して。目的地を目指して。
「・・・これだけ長い壁を作って・・・。荒灼には感謝をしないとね。」
 長い壁、ということはそれほど目的地までは遠かったということだ。あのまま風にうたれて進んでいたら間違いなく先ほど以上に危険だっただろう。
「荒灼が、目的地を間違えてるという可能性はないの?」
 華澄のふとした質問に莉亜は答える。
「分からない。でも、ところどころ壁に小さな覗き穴があるってことは目的地がどこかを確認しながら進めってことでしょ。」
 壁には数十メートル間隔で覗き穴が空いている。
 目的のものが見えたら、壁を壊し、飛び出せ。ということだろう。
 荒灼は[土魔法]の使い方が器用だ。臨楽の中でも実力はおそらく上の方だ。
 華澄はそのことを知らなかったようだ。だが、それも仕方がないことだ。今まで荒灼は戦いでは鎌を使って戦っていて、[土魔法]は使ってこなかったからだ。
 荒灼に後で改めてお礼を言わなければ、と莉亜は思う。
 壁の穴からは現在まで目的のようなものは確認できていないが、それがいつ訪れるかは分からない。それに、目的が覗き穴から見えるかどうかも分からない。結局は目的が見えるまで、壁の果てまで進まなければ行けないのだ。だが、果てはまだまだ遠い。
 華澄と莉亜は1つずつ穴を確認する。だが、黒い風が見えるだけで、目的のようなものは見えない。
「・・・。天利、そっちに異常は?」
 華澄は[脳内会話]を通し、天利に話しかける。
(今のところ、変化はありません。そちらはどうです?華澄さん。)
「・・・まだ目的らしいものは見えない。」
(そうですか。不意打ちをしてくるかもしれませんから、気を付けて下さいね。)
「了解。」
 不意打ちをされるつもりはない。されるより早く反応してみせる。
 華澄はそう自分に言い聞かせる。そして覗き穴を覗く。やはり黒い風が吹いているだけだ。何度も何度も、同じ風景。見ていて飽きてくる。
 目的はまだか?まだか?
 だんだんと集中力が削がれていく。もしかして、目的はここからじゃ、まだ見えてこないんじゃないか。そんな気さえしてくる。であれば、1つくらい覗き穴をとばしてもいいんじゃないか。そんな考えまで浮かんでくる。いや、ダメだ、任務はきちんと果たさなければ。華澄はため息をつく。
「ねえ。華澄。なんか雑談しない?」
 唐突に莉亜が話しかけてきた。
「いいけど・・・どうして?」
「何度も同じ風景を見てて、飽き飽きしてきちゃってね。雑談でもしないと暇だから・・・。」
 なるほど、と華澄は納得する。ちょうど華澄も集中力が削がれてきていた。雑談をすればたしかに外を見ることに集中しながら、何かに飽きることはない。
「華澄はさ、好きな人とかいないの?」
「人に対して好き嫌いはない。人はそれぞれ個性を持っているから、人はそれに合う生き方をしているだけ。それに好きも嫌いもない。」
 予想外の返しに莉亜は苦笑いする。
「ああ・・・。そうじゃなくて、恋愛とかの方の・・・。」
「ああ、なるほど。そっちの方の。」
「そうそう。そっちの方の。」
 華澄は納得したように頷いて、言う。
「分からない。今まで誰かを好きになる、ということが無かったから。任務第一として生きてきたから・・・。」
 華澄はそう言いながら、覗き穴を覗く。ここも風が吹くだけだ。
「そっかー。じゃあさ、この人かっこいいなーとか思うことはない?」
 華澄は次の覗き穴に向かいながら、顎に手を当てる。
「・・・・・・ない。」
「そ、そっかー。」
 ダメだ。恋バナが華澄には通じない。というかうちの隊の女子全員に・・・。と、莉亜は失笑する。
「そういう莉亜はいるの?好きな人とか。」
「私は〜・・・いないかな。」
 莉亜が頭をかく。華澄はため息をついて、言う。
「この話題じゃあ雑談が続かない。」
「だね。」
 この話の間にも数個覗き穴を覗いてみたが、莉亜も華澄も何も見つけることはなかった。
「・・・少し、天利の方の状況を聞いてみる。」
「了解。」
 2人の雑談はこれにて終了してしまう。2人とも話す内容がなく、話すことを諦めたからだ。
「天利、そっちの状況は?」
 華澄は意識を[脳内会話]に集中する。
(か・・・み・・・ん・・・!・・・す・・・ん・・・!)
 酷くノイズがかった声で、華澄にはなかなか聞き取れない。
「天利?どうかしたの?天利?」
 だが、応答らしき言葉は聞こえず、ノイズだけが頭の中に入ってくる。そして、突然[脳内会話]がブツンという音を頭に残して切れた。
「天利!?天利!?」
「華澄・・・?」
 莉亜が心配する表情で華澄に振り返る。
 これは、まずい事態になってるのかもしれない。そう思った華澄は、莉亜に振り返り、言う。
「莉亜。急いで戻ろう。天利との会話が切れた。嫌な予感がする・・・!」
 その予感は、当たっていた。








 事は数分前に遡る。
 華澄と莉亜を送り出し、数十分。天利と荒灼、音緒、島崎の4人は、変化が訪れるのを見ていた。
「あれは・・・!」
 壁とは反対側の空を見ると、黒い風の中を一際大きい竜巻のようなものが迫ってくるのが見えた。
 荒灼は、寝転んだ状態で言う。
「まずいぞ・・・!あれは絶対この黒い風を起こしてる張本人・・・目的だろ・・・!」
「荒灼さん!目的地思いっきり間違えてるじゃないですか!!」
「悪いな!直感でこっちだ!って思った方向に壁作ったからよ!俺の勘よく当たるし・・・。」
 動けない荒灼は頭だけ起こし、苦笑いする。
「直感を信じた僕達が馬鹿でしたよ!!」
 天利が言うことは最もだ。
「そんなことより・・・!壁の中に逃げよう!!華澄と莉亜に合流した方が良いって!!」
 島崎が叫ぶ。
「ごもっともです!でも少し待って下さい!音緒、試しにあの竜巻を打ってみて下さい!!」
「りょ・・・了解!」
 そう言い、音緒は弓を構える。3秒ほどして矢が放たれる。
 放たれた矢は竜巻の方向へ進む。が、風が強く、当たらなかった。
「風で狙いがずれますね・・・!」
「ご、ごめんなさい・・・!」
「いえ、次をお願いします!これで無理だったら壁に逃げましょう!!」
 音緒は背中から矢を取り出し、弓に添える。そして、今度は5秒ほど溜めて、矢を放つ。
 先ほどよりも威力と速さの増した矢が竜巻の少し左に向かっていく。だが、風の影響で矢が右にずれていく。そして、竜巻に命中する。一瞬、矢が通った位置に穴が開く。
「おお・・・!」
 荒灼が歓喜の声を小さくあげる。だが、開いた穴はすぐに塞がれた。
「相当やばいですね・・・あれ。」
「竜巻ってあんなもんじゃねーの?」
「いえ、竜巻の穴の治り方が変なんです。いかにも、人為的のような・・・。」
 穴は開いた後、それを周りからジワジワと治していった。もちろん、普通の竜巻であれば回転している方向に、これであれば左から右に穴が治るはずなのだが・・・。
 天利は、一刻も早く華澄達に合流しなければ、と焦る。
「皆さん、急いで逃げましょう。荒灼さんを僕と島崎さんで運びます!音緒さんは竜巻を監視していて下さい!」
「「了解!!」」
 天利と島崎が荒灼に近付く。
「いやー悪いね〜。動けなくて。」
「仕方がありません!早く行きましょう!島崎さん、せーので持ち上げましょう!」
「分かった!」
 2人はそれぞれ荒灼の体と足を持つ。
「「せーの!」」
 そして荒灼を持ち上げ、壁へと走り出す。音緒もそれに続く。
「華澄さん!華澄さん!」
 [脳内会話]で華澄に話しかけるが、返答がない。そして突然[脳内会話]が切れてしまう。
「くそっ!切れた!華澄さん達が遠くに行き過ぎたのか・・・!?」
「そんなことより、急げ!」
 天利達が壁に入る。音緒も入ろうとする。音緒は背後を振り返る。すると・・・
「竜巻が・・・。」
 ・・・竜巻がなにかを上に打ち上げて消えたのだ。
「消えた・・・?」
 音緒はしばらくボーっと突っ立っていた。
「何してるの!?早く!!」
 島崎が叫ぶ。
「竜巻が・・・なくなっちゃったよ・・・!?」
「え!?」
 天利と島崎が足を止めて振り向く。
「本当ですか!?」
「うん・・・。何か変なのを打ち上げて・・・。」
「変なの・・・?打ち上げる・・・?」
 天利が首を傾げる。
 ちょうどその時、上から聞いたこともない音が近付いてくる。
 ヒューーーと音を立てて、まるで天利達を・・・。
「まさか!?」
 天利は叫ぶ。
「皆さん!すぐにここから離れて下さい!!」
「え!?なんで!?」
 音の意味も理解出来ない島崎が聞く。
「上から降ってくるんですよ!!」
 天利が叫んだ時、荒灼の作った壁の天井や壁が勢いよく弾け飛んだ。



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