12話 首を削ぐ

　森の木々の葉がガサガサとざわめく。
　先ほどまでの静かな森とは真逆の様子だ。
「嫌な感じだな・・・。」
　明らかに異質な森の様子。
　風は全く吹いてこない。つまり、自然現象ではないのだろう。人為的なものだ。
　俺達は上を向き警戒していたが、次第に前を向いていた隊員も上を向き出す。
「な、なんだ・・・？」
「森が・・・。」
　全員、上を向いた時だ。
「何か動いた・・・。」
　黒い影が木々の枝の間からうっすらと見えた。
「全員戦闘態勢ー」
　華澄がそう言おうとした瞬間、黒い影が木の上から飛び出して来た。
　音速に等しいその速さはおそらく誰にも姿を捉えることは出来なかっただろう。
　次の瞬間、佐藤隊の一人の首が飛んだ。
「ーに入って！！」
「なっー！」
　全員が呆気にとられ、呆然と立ち尽くす。
　目の前には死体が転がっている。
　だが、殺した本人はその場にはいない。
　これは先ほどのクロノ・アサシンの比ではない。
　これをやった魔物は先ほどの数倍は速い。
　そして、今度は直上からまた黒い影が飛んで来た。
「まずー」
　またも佐藤隊の一人の首が飛ぶ。
「ーい！」
「！？」
　速すぎる。目ですら認識出来ない。
　俺は首を守るように銀狼を首の位置の高さに構える。
　そして金狼を脇腹の横の位置に構え、すぐに腕を振れるようにする。
「どこだ・・・どこにいる・・・！？」
　荒灼が必死に木の上を探すが、見つからない。
「あ・・・ああ・・・。」
　音緒は目の前にある死体を見て腰を抜かし、座り込んでいる。
「マジかよ・・・。マジかよ・・・。」
「・・・・・・。」
　悟と莉亜は、放心状態だ。
　・・・ダメだ。もうみんな戦意を喪失しかけている。むしろこの状況では当たり前だ。平気でいられる方が・・・。
　・・・俺は、何故平気でいられるんだ？
　何故・・・。何故か・・・。
　瞬間、黒い影が木の上から飛び出して来るのが分かった。おそらく次の標的は俺だろう。
　その姿は、まるで、人間ヒトの様な姿だった。その姿は恐怖そのものを表すものだ。
　・・・あぁ、そういうことか。
　俺は理解する。
　俺は、大切なもの・・・・・を既に失った。だから、慣れてしまったんだ。失うことに。
　自然と体が動く、俺は銀狼を構えたまま、[魔力放出]を発動する。
　たちまち、俺の体から風が発生する。そして風は俺の両手の武器、金狼、銀狼にも発生する。
　俺の武器[金狼]、[銀狼]は短剣だが、魔力を短剣の中に自分の体と同じ様に込めることができる。俺はそれを利用し、金狼と銀狼に[魔力放出]の効果を付与させた。これに斬られれば、必殺の一撃になるだろう。
　俺は銀狼を襲ってくる魔物に向かって突き出す。
　魔物は反射的に爪で身を守る。だが、それも無駄だ。爪が破壊され、魔物の右脇腹に銀狼がかする。致命傷は避けたようだ。
　魔物は地面に着地し、すぐに俺から距離を取る。10メートルほど離れたところにまで離れ、かすった脇腹を左手で触れる。
　俺は[魔力放出]を切り、魔物のいる方向に向く。
　あの魔物、おそらくかなり強い。
　音速を超える速さで襲いかかってきた魔物をカウンターしたのに、それをかすった程度で反射してみせるとは。
「なんて反射神経してんだよ。」
　その言葉に反応するかのように魔物はこちらを睨む。
「！」
　先ほど破壊した爪がもう修復している。脇腹に血は付いているが、魔物はもう平気な雰囲気を出している。もう治っているのか。
　魔物は、時間をかければ体を再生することができるらしいが、ここまで再生は早いのか。
　そう思ったが、その考えはどうやら違ったらしい。
莉亜が声を上げる。
「き、傷の再生が速すぎるでしょ・・・！」
　・・・。つまり、あの魔物が他の魔物よりも強いということか。
　俺は次なる一撃に備え、金狼と銀狼を構える。
　だが、魔物は一向に攻撃してこない。カウンターに警戒しているのだろうか。
「皆さん！上に魔物が集まってます！警戒して下さい！」
　上を見ると、クロノ・アサシンが集まってきているのが見えた。
「仲間を呼んでいたのか。」
　前を向き直ると、魔物がいなくなっていた。
「まさか！」
　俺は慌てて後ろに跳躍する。
　魔物がちょうど爪を横に振るった。
　俺が地面に着地すると、魔物は連続攻撃をしてくる。俺はその攻撃を金狼と銀狼で全て受け流す・・・だが、受け流したつもりが、左腕と右肩を切られた。
　俺は傷を負った影響で後ろへふらつく。
　魔物は爪で突いてくる。
　俺はその爪をどうにかかわし、魔物に蹴りを入れる。
　だが、魔物に蹴りが効くはずもなく、魔物のもう片方の腕が繰り出される。
　俺はすぐに銀狼でそれを受け止める。
　俺達は、出す手がなくなり、互いに離れ、距離を取る。
「すごい・・・。」
「あいつ、あんな強かったのか・・・！」
　そりゃそうだ。接近戦なら人間には負けない自信がある。なんせ俺は体術は得意だからな。毎日習い事でやっていて、魔法より体術の練習を極めていたからな。最近やめてしまったが。
　だが、魔物には体術は基本効かない。だから必然的に苦戦することになってしまう。
　俺は[魔力放出]を発動し、簡単に奇襲を出来ないようにする。
　さあ、どう動いてくる？
　魔物は、戦闘態勢を解いた。
「！？」
　負けを認めたのか？だとしたら、おかしい。何故、上にクロノ・アサシンが集っているんだ？
　戦闘態勢を解いた魔物は、右手を上げた。
「？」
　そして、右手を下へと振り下げた。
「まさか・・・！」
　俺は頭上を見上げる。
　上にいたクロノ・アサシンが雨のように一斉に降ってきた。
　クロノ・アサシンは佐藤隊の人と石川隊の人目掛けてその爪を振るう。
　咄嗟に、島崎が本を開き、手をかざす。すると、黄色い光が輝いた。
　ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ！！！！！！！
　島崎の放った魔法は光り輝くドームを作る魔法で、そのドームが２つの隊を降ってくるクロノ・アサシンから守る。
「た、助かった！？」
「いえ！あまりもちません！ですので、今のうちに遠距離魔法を準備して下さい！ドームが消えたら一斉に上へ撃って魔物を一掃します！！」
「りょ、了解！」
　全員己が持つ遠距離魔法の準備に入る。だが、悟は何故か動かない。
「お、俺、遠距離魔法使えないんですけど・・・！」
「え！？ じゃ、じゃあなるべく内側にいて！！」
「りょ、了解です！」
　あいつ、遠距離魔法使えなかったのか・・・。
　それより、だ。俺はドームから外れているのに、被害を全く受けていない。
　俺は先ほどから戦っている魔物の方へ向く。
「・・・。」
　おそらくこいつはクロノ・アサシンのリーダー格なのだろう。
　先ほどこの魔物が手を振り下ろした瞬間、クロノ・アサシンが降ってきた。
「この一体を統べる魔物の王、ってところか？」
「そうだぜェ。さっきからテメェはめんどくさいな。さっさと死んで俺に喰われればいいのによォ！」
「！？！？！？」
　俺は突然起きた出来事に茫然とする。
「今、喋った・・・？」
「おうよ、喋るぜ！それに人間みたいに感情だって痛みだってあるぜェ！！」
　・・・まじかよ。俺は後ろへ後ずさりする。
「なんだ？ビビっちまったか？まぁ、多少実力はあっても所詮はおこちゃま。おこちゃまには刺激的だったかな？」
「あ、ああ。すごく刺激的な体験をした。」
　本当に。
「そりゃあ良かったぜ！じゃあその刺激的な体験を永遠に忘れないようにキレーに殺してやるぜ。」
「それはお断りだなぁ。それより」
「あん？」
「お前、ここの王様ならアレやめてくれない？」
　俺はそう言って光のドームに降っていくクロノ・アサシン達を指差す。
「それはダメだなぁ！お前を狙わなかっただけでも感謝してほしいぜ！」
　まあ、そのは感謝するが、それでも仲間に攻撃をするのはやめてほしいのは本心だ。
「じゃあこうしようぜ。お前を殺させてくれたらアレをやめてやるよ！」
「いや、やめておくよ。信用できないし。」
「ひでぇなぁ。俺は約束ちゃんと守るぜェ？」
「どうだか。出会って間もないし、まだ無理かな。」
「仕方ねぇなぁ。じゃあやっぱりお前のことをキレーに殺してやるよ。」
「俺もお前を殺してすぐに仲間を助けに行く。だからさっさと決着つけよう。」
「へっ。言いやがるじゃねぇか。気に入ったぜ。その挑戦、受けて立ってやるよ。」
　そう言って、魔物は手のひらを返し指をクイクイと曲げて挑発してくる。
「そういえば、お前。」
「あン？」
「名前はあるのか？」
「名前、か。」
　突然魔物は懐かしそうな顔をする。
　俺は早く決着を付けたいので魔物を急かす。
「どうなんだ？」
「グローだ。」
「グロー、か。」
「俺が名乗ったんだから、テメェも名乗れよ。」
「それもそうだな。俺は、黒野 先輔だ。」
「へっ。サスケか。普通の名前だな。」
　俺は金狼と銀狼を構え、[魔力放出]を切る。
「さあ、殺し合おう。」
　そして笑顔を作った。
「お前はキレーに殺してやるよ。サスケェ！！」
　グローは、爪を広げながら走ってきた。