世界呪縛

六月 純

11話 齧り付く





 よくこんな事は起きないだろうか?
 何か考えたり、イメージしたりしていると周りの風景や声が気に止まらなくなる。
 この事は何かに熱中している時にも起こる。否、主な原因こそが何かに熱中しているからなのだ。
 ゲームでも本でも話でも、夢中になれば周りが見えなくなる。
 実際、「うっかりして」というのは大抵何か考えるのに熱中していたか、もしくは何も考えないでボーっとしていることに熱中していたかのどちらかなのだ。
 うっかりして飛び出した。
 うっかりして話を聞いていなかった
 うっかりして窓から落ちた
 など、日常では決してありえないことではないことだ。
 日常でこうなるのならば、戦争などの争いではどうだろう。
 一瞬のうっかりが命を落とす危険に繋がるのだ。
 つまり、何を言いたいのか。
 それはー










 黒い影が木をつたって獲物に近付く。
 音を殺し、森の闇に潜みながら。
 獲物まであと少し。
 獲物はどこかを目指し、歩いている。
 獲物達は襲い来る死に気付いていない。
 襲うのなら今だ。
 黒い影は木を思い切り蹴り、獲物の背後目掛けて飛び出す。
 影が森の地面にうっすらとうつる。
 そして、影は高速で獲物の背後に飛び込む。
 獲物の悲鳴など聞く必要もない。
 爪を駆り立て獲物の首を削ぐ。
 鮮やかな赤色が飛び散る。
 音もなく獲物を殺した。
 そしてその獲物の体を抱え、首を持ち、森の闇に逃げ込む。
「ん?あれ?一造はどこだ?」
「どっかで迷子になってるんじゃないのか?」
「いや、でもさっき後ろにー」
 遅い!!
 次なる獲物を見定め闇から飛び出す。音速に等しい我が身はとても獲物共の目では捉えきれないだろう。
 我が爪で獲物の首を削ぐ。
 音は出さない。出させない。
 そしてすぐに森の中に戻る。
「にしてもよ、さっきから気味が悪いな〜。?おい、高津?どこいった?」
 残り一匹の獲物がようやく気付いたようだ。
 あれも殺すか・・・。
「おい、高津と一造はどうした?」
「! 佐藤さん。それが突然いなくなったんですよ。不思議ですよね〜。」
 佐藤という男は一瞬こちらを睨む。
「・・・おい。武器を構えろ。」
「え?」
 佐藤が剣を構える。
「・・・おそらく魔物の仕業だ。暗殺特化した魔物がいるぞ。」
「え!?じゃ、じゃあ高津と一造は・・・。」
「いいから構えろ!」
 もう1人の男も慌てて武器を構える。武器は刀のようだ。
「いいか、このまま少しずつ撤退するぞ。石川隊に合流する。」
「はい。」
 あーあ。武器を出されたら殺すのがめんどくさくなる。手間がかかる。怪我をするかもしれない。
 あいつらどこかに向かうみたいだな。仲間のところかな?
 じゃあ、あいつらをわざと他の獲のに所にまで行かせてまとめて殺すか。それが手っ取り早い!うん。これしかないな!
 佐藤達は武器を構え、互いに背中をカバーしながら石川隊のところへゆっくりと向かう。
 さあ、獲物の元へ案内してくれ。










「先輔!後ろぉ!!」
 莉亜の声が森に響く。
 風を感じた。反射的に俺は後ろを向くと、そこには黒い魔物が爪を振り上げていた。
 死ぬ!
 爪が振り下ろされる。おそらく首を狙われた。回避しようがない。速すぎる!
「オラァ!」
 悟が魔物に強烈な蹴りを入れた。魔物が吹っ飛ぶ。
 ゴクリと俺は唾を飲む。そして痛みを感じる。
 手で首に触れる。
 触れた手を見ると少し血が付いていた。
 俺は魔物の方を見る。
 吹っ飛んだ魔物は地面に着地し、爪を構えて立っている。
 悟が俺の前に立ち、首だけ振り返る。
「大丈夫か!先輔!って、大丈夫じゃねえよな!?」
 悟は首から血の出る俺に気付き、驚く。
「いや、血が出てるだけだ。大丈夫。助けてくれてありがとう。」
 悟は納得して前を向き直す。
「気にすんな!それより武器を構えてくれ。一緒にあいつを倒すぞ。」
「ああ!」
 俺は先日習得した[武器召喚魔法]を使う。
 すると、俺の両手からそれぞれ金と銀の短剣が生み出される。
 この[武器召喚魔法]は自分で登録した武器を2つまでなら自由に召喚できるという魔法だ。
 俺は、俺の武器、右手に持つ銀の短剣[銀狼]。左手に持つ金の短剣[金狼]を構える。
 魔物はキョロキョロと辺りを見回し、分が悪いと判断したのか木の上まで飛び、離れていった。
 俺達は武器を降ろす。そして、武器を仕舞おうとすると、華澄が口を開いた。
「待って。武器を仕舞わないで。」
「? どうかしたのか?」
「あの魔物はおそらく暗殺特化の魔物。だから、いつでも反撃できるよう武器は持っていた方がいい。」
 たしかにそうだ。あの魔物がまた襲ってきたら返り討ちに出来るかもしれない。
 俺達は仕舞おうとした武器を手に持ち直す。
「みんなも、武器を持っていて。」
 華澄に言われ、石川隊と佐藤隊の残った人達が武器を持つ。
 華澄がチラリと天利の方を見る。
 天利も武器を構えている。少し怯えているように見える。
「みんな。とりあえず佐藤さんが戻ってくるまで警戒態勢。互いにカバー出来るよう近付いて。」
「了解!」
 言われた通りに俺達は近付く。
 互いの武器の間合いすれすれまでの距離にまで近付き、周りを警戒する。
 佐藤さんと数人の佐藤隊の人は偵察に行くと言い残し、2つある広場のもう片方へ向かった。
 だが、帰って来る前に、既に殺されている可能性がある。
 先ほどの魔物は暗殺特化らしく、おそらく佐藤隊の偵察に行った人達は誰かしら被害にあっていると思う。
「先ほどの魔物、思い出しました。」
 天利が手をポンと叩く。
「思い出した?」
 俺は思わず口を開いた。
「あ、いえ。その、実は僕、忘れっぽい性格で敵の魔物の情報を覚えているんですけど、思い出すまでに時間がかかってしまうんです。」
 それは覚えているというのだろうか。
「それより、先ほどの魔物についてです。あいつの個体名は[クロノ・アサシン]。レベル2の魔物です。ここらへんの森林地帯に生息していて、訪れた人間を暗殺し、死体を喰べる魔物です。爪が長く、その爪で首を削ぐそうです。」
「首を・・・。」
「怖え〜・・・!」
「・・・。天利、情報から推測して[クロノ・アサシン]は突然襲って来る、でいい?」
「そうですね。そうなります。暗殺なのであれば、急襲してくる可能性が高いです。急襲は森の中だと比較的やりやすいですが、急襲の成功率を高める為に木の上から襲って来る可能性が高いです。先ほども上から襲って来てましたし。なので、何人かは上を警戒した方が良いです。」
「分かった。天利、先輔、莉亜。上を警戒して。私も警戒する。」
「「「了解。」」」
「佐藤隊の皆さんは引き続き、前方の警戒をお願いします。」
「分かった。任せてくれ。」
 佐藤隊の隊員も協力してくれるようだ。
「魔物は複数いる可能性があります!気を付けて下さい!」
 空気が固まった。その場にいる全員は我が身を守る為に、仲間を守る為に最大限の警戒をする。
 俺は上を警戒しながら、思考する。



 果たしてこれは、魔物共の作戦・・なのか?














「があっ!」
「野口!」
 野口の右腕から血が滝のように流れる。あの魔物、クロノ・アサシンによるものだ。
 野口がその場に倒れる。
「ああああうううう・・・!」
 痛みで野口が声を上げる。
 現在、佐藤と野口は複数のクロノ・アサシンに囲まれている。
 先ほどより突然急襲が始まり、2人はボロボロになっている。体には擦り傷や切り傷が目立つ。
「くっ!あと少しで合流できるのに・・・!」
「佐藤さん・・・!もう俺は刀もロクに持てない!俺を置いて逃げて下さい!!」
「うるさい!立て!!2人で石川隊まで行くぞ!」
 瞬間、クロノ・アサシンが飛んでくる。黒い影が飛んでくるのに気付いた佐藤は剣を黒い影が飛んでくる方向に向ける。
 勢いを抑えられず、クロノ・アサシンは剣に顔から突っ込む。
「ギエエエエエエエッッッッッッッ!!!!!」
 剣に突っ込んだクロノ・アサシンは叫び声を上げ、ぐったりとなる。
 だが、さらにもう一体クロノ・アサシンが突っ込んでくる。
「なっ」
 そして佐藤の首をその長い爪で勢いよく削いだ。
 佐藤の首が体から離れ、ボトッと地面に落ちる。
 佐藤の体の切れ目から血が噴き出し、佐藤の体は膝をついて倒れた。
「佐藤さぁぁぁぁんんん!!!!」
 野口は目の前で死に行く佐藤の首を見て叫ぶ。
 そしてその暗い森に1人だけになったことに気付く。
 痛みと恐怖で体が震える。
「嫌だ・・・。嫌だぁ・・・死にたくない!嫌だあぁぁ!!!!」
 野口は腕を抑えながら石川隊のいる方向へと走り出す。
 死の恐怖、仲間のいない不安、右腕の痛み。
 それらが野口の心を押し潰す。
「嫌だあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 それを見たクロノ・アサシン達は一斉に野口目掛けて飛び出す。
 一瞬にして野口の体がバラバラに引き裂かれていく。
「いやだあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
 首、手、腕、足、胴体、体が微塵切りにされていく。
 血が飛び散る。ビシャビシャという音が立ち、木や草、花に血がかかる。
 ポタポタという音が森林に響く。
 しばらくして沈黙が訪れる。
 そこには変わり果てたもの肉塊が転がっている。
 クロノ・アサシン達がその場から離れる。
 ・・・そして1つの足音がその場に近付いて来る。
 近付いて来た足音の主はしゃがみこみ、野口だった肉塊を見つめる。
「・・・あーあ、嫌だ嫌だって叫んで死ぬなんて可哀想なやつだぜ。子供ガキかってんだ!」
 そう言って笑う。
「なあお前、お前らどこかを目指して走ってたっぽいけど、どこに走ってたのかな?」
 答えるはずもない肉塊に問う。だが、どういうわけか答えるはずのない肉塊は問いに答えた。
「な  か  ま  い  い  か  わ  た  い  た  す  け  け  」
「・・・そうか。やっぱ仲間がいやがるのか。美味しい情報をありがとよ。坊ちゃん!」
 そう言ってその長い爪を野口の頭を刺した。
「確認は出来たぜ。俺の読み通りだ。」
 そう言って頭を口に近付ける。
「さあ、美味しくいただきに行こうじゃないか。美味しい美味しいデザートさん。」
 そう言い、刺した頭に齧り付いた。
 



コメント

  • 将来のハーレム王

    主人公がいきなり友達に妹の写真見せて頭おかしなww

    0
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