世界呪縛

六月 純

7話 王




「見えてきたぞ!あれが俺達の国[臨楽]だ!」
 荒灼が声を上げた。
「あれが・・・。」
 見えてきたのは、壁だ。国を囲うように巨大な壁が立っている。高さはここからでは分からないが、70メートルは超えるだろう。壁の上には人の姿も見える。きっと見張りだろう。
 何に対しての見張りか?それはおそらく人間ではない。
 おそらく魔物だろう。2117年では魔物が世界に溢れているみたいだ。
 同時に俺は気付く。壁の広さが狭いのだ。それでも街3つ分はあるだろうが、この壁の広さから考えても、国と呼べるほどの大きさではなく、県と呼ぶ方が分かるほどの狭さである。
 まるで、1つの県が国から独立したような感じだ。
 だが、彼らはここを国と言う。
 まさか人間は、ここまで人数が減ったのか?
 いや、まだ分からない。とりあえず王様に会って話をしてみなければ何も分からない。










 国に近付くと壁の高さを改めて感じる。
 そういえばここまでの道のり、弱そうなやつではあるが、何体か魔物を見た。この壁はやはりこの国を魔物から守るための壁で間違いなさそうだ。
「入るぞ。」
 車が壁の門まで近づくと門が左右に開く。壁の大きさと比べると、門の大きさはちっぽけなものだ。だがそれでもこの門は5メートルの高さはあるだろう。
 門が開ききり、車が中まで進む。
 そこは国の裏口のようだった。きっと人目を避けて裏の門にでも来たのだろう。または一番近い門がここだった、っていう可能性もあるが。
 どちらにせよここには人はあまりいない。
 この国に人がいないだけかもしれないが・・・。
 建物は廃墟の建物をそのまま利用しているようだった。だが、雑草などの植物は生えていない。きちんと生活できる最低限までは改装できたのだろう。
 ここにも、廃墟の建物があるってことは元々廃墟の街だったところに壁を作って、国の一部として使用している。ってところか?
 実に考察しがいがある。
 しばらく走ると、やはり廃墟の建物を利用し、改造した砦のような物があった。それを見るなり全員降りる準備を始めた。
 俺も降りる準備を。って降りる準備しなくてもいいような軽装だった。俺。
 改めて気付くとよくこんな軽装で見知らぬところに来たと思う。
「お前は降りないで、そのまま王城へ向かってもらう。」
「あ、そうですか。分かりました。」
 つまりこの人達とは別行動で1人で王様に会いに行け、と?
 俺はそのことを視線で隣の荒灼に訴えると・・・
「なんだ?俺と離れて寂しいのか?」
 全く違う。いや、実際には違うとも言えないけど、俺が聞きたいのは付き添いはいないのか?だ。
 すると、左斜め方向に座っていた男が答えた。
「僕が同行する。直接王に報告しなければならないこともあるしね。
 通じた。荒灼には通じなかったが、この男の人にはきちんと俺が思っていることが通じた。
 俺はそれに安堵し、右手の親指を立てる。
「?」
 男は首を傾げた。
 ・・・これは通じないのかよ。









「じゃあな。お前には本当に感謝してる。また会ったら飯でも奢らせてくれ!」
「こちらこそ。色々とありがとうな。」
 俺は荒灼に拳を出す。
 荒灼はその意味が理解出来なかったのか首を傾げる。
「拳を合わせるんだよ。こうやって。」
 俺は荒灼の手を取り、拳をつくらせ、自分の拳と合わせた。
「じゃあな。また会おう。本当にありがとう。」
 荒灼は照れくさそうに頭をかいて言った。
「おう。じゃあ、またな!」
 荒灼は笑顔を見せて砦の中に入っていった。
 結局、俺が仲良くなれたのは荒灼だけで、他の人は名前すら教えて貰えたかったな。
 名前ぐらいは教えて貰いたかったな。命の恩人だしな。あの人達は。
「さあ、車を出すぞ。」
「はーい。」
 また車が動き始める。
 いよいよ王様に会うのだ。失礼の無いように髪を整えて服のシワを伸ばそうとする。そこで初めて気付く。
「俺、服ボロボロじゃん。」
 魔物に襲われたり、引っ掻かれたりで破れている服を俺は見つめた。
 今から王様にこの状態で会いに行ったら首を飛ばされる。
 そう確信した。
 何か、手を打たなければ・・・。










「ここが、王城か。なんか豪華っていうか古代って感じがあるな。」
 車で送ってもらって着いた王城は廃墟でもビルでもない金色の城だった。
 ある意味古びた印象を受ける。
「さあ、入るよ。」
「あの。」
「どうしたんだい?」
「俺、こんな服なんですけど。着替えたほうが良いですよね?」
 男は黙ってこちらを向いて腕を組んだ。
 5秒ほど間が空いて
「・・・王は寛大だ。多分許してくれるさ。」
「多分!?俺嫌ですよ!服装がダメだからって殺されるのは!!」
「そうは言っても僕は替えの服など持っていないし。」
「じゃあ持って来て下さいよ!」
「ごめん。王に、帰ったらすぐに報告するよう言われているんだ。それに王は忙しいんだ。早めに行かねば心配になられるかも。」
「その王様に殺されるのだけは絶対に嫌なんですけど。」
 男は溜め息を吐いた。
「わかった。じゃあ僕のマントを貸すから。」
 そう言って男は自分が着ていたマントを俺に貸してくれた。
 まあ、これなら破れた服も見えないか。
「・・・どうも。」
「じゃあ行くよ?」
「はい。」
 どうか傲慢で怖い王様じゃないように。
 俺達は王城に入っていった。









「次の者。」
 黒い制服を着た男が前に出て、片膝をついた。
「王よ。壁の防衛費についての件ですが、西の壁にレベル2の魔物が複数やってきて壁の一部を破壊されてしまいました。魔物は倒したのですが、壁の修復をしようにも今月配給された防衛費だけでは足りず・・・。」
「そうか。それより怪我人はいるか?」
「いえ、遠距離魔法を一斉に発射して魔物を退治したので怪我人はいません。」
「よし。何よりだ。よくやった。どれくらい金が必要だ?」
「80万は必要かと。」
「よし分かった。出してやる。その代わり、来月の防衛費を少し引かせてもらうぞ。これからは怪我人も出さない上で今まで以上に壁の防衛に励むがいい。」
「ありがとうございます!」
「うむ。」
 男は王の間から出て行った。
「次の者。」
 中年の女性が王の前に出て、両膝をついた。
「王様。我が家の娘が熱を出してしまったのですが、それが一週間経っても全く治らないのです。医者に見せても、ただの風邪と言われてしまい・・・。」
「そうか。ならば、俺の専属の医者を行かせよう。奴は医者のトップだからな。町医者でも分からないことが分かるかも知れん。」
「ありがとうございます・・・!」
「娘にお大事に、と伝えておけ。」
「はい!たしかに・・・!」
「うむ。」



 な、なんだと・・・。たしかに偉そうにしているけど。民一人一人の意見をしっかりと聞き、それに合った答えを出しているだと・・・!?
 そ、想定外だ。まさか偉そうだけど根はメチャクチャ優しい王様だなんて。



 王の間に並ぶ人は続く。
「そうか。結婚式か!ならば俺も行かなければならないな!だがあいにくと俺はその日土地の測量がある。すまない・・・。せめて祝いの手紙を書いてやらねばな!」
「そ、そんなありがたきことを・・・!勿体ない・・・!」
「いや、国の王として当たり前だ。民は皆、俺の家族同然だからな。」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます・・・!」




 完璧だ。完璧すぎる。なんて寛大な王なんだ。




「次の者。」
「ハッ!」
 俺たちの番がやってきた。
「北の廃墟都市にて調査を行って参りました。防衛隊4隊隊長の福沢 照史ふくざわ あきとです!」
「おお!よく帰ってきた。して、その隣のはもしや。」
「はい。今回の調査中、石川隊が発見した少年です。」
「名乗るがいい。少年。」
「は、はい!黒野 先輔です!」
「そうか。先輔。早速で悪いが、その身に付けているマントはどうした?」
「? はい。福沢さんにお貸ししていただきました!」
「ほう?それは本当か。福沢。」
 福沢さんがビクッと震えた。
「は、はい。彼の服装はボロボロで・・・そのままの状態で王の前に出ると無礼かと思いましたので王に無礼のないようにとマントを貸し与えました。」
「そうか。先輔、そのマントは防衛隊のものだ。それ以外の者が使用する事はあってはならない。今すぐ外せ。」
「は、はい!申し訳ありません!!」
 俺はマントを取り、福沢さんにマントを返す。
「すみません。福沢さん。」
「いや、僕の方こそすまない。王に無礼のないようにしたつもりがそれが裏目に出てしまったね。すまない。話しづらくなっただろう?」
「い、いえ。そんなことは・・・。」
 いや、たしかに今の状況はあまり良くない。王の怒りに少しだが触れてしまったのだ。
「先輔。貴様は廃墟都市にいたそうだが、そこで何をしていた?」
 王に一気に警戒されたのを感じる。心臓の鼓動が速くなる。やばい。落ち着け。落ち着くんだ俺。
「・・・・・・。」
 言葉が、言葉が、思い付かない・・・!
「どうした先輔。早く答えぬか。後ろが詰まる。」
「あ・・・。」
 背後の人達の顔が険しくなっていくのを感じる。
 ダメだ!何を言っていいのか、分からない!
「黒野君。どうした?黒野君!」
 福沢さんが必死に小声で俺に問いかけてくる。
「・・・・・・。」
「もういい!後が詰まる!」
「あ・・・。」
「下がれ!」
「は、はい。」
 俺は、なんて失態を犯してしまったんだ・・・。
 俺は福沢さんに肩を抱えられ、王の間を出た。











「さっきはどうしたんだい?」
 王城を出たところで俺は福沢さんにどうしたのかを聞かれた。
「・・・すみません。ちょっと緊張・・・というか王様の威圧に耐えれなくて・・・。」
「そういうことか。」
 福沢さんは納得してくれたようだ。
「ちょっと座ろうか。」
 そう言って福沢さんは王城の外柱に腰を下ろす。俺も後から腰を下ろした。
「分かるよ。その気持ち。僕も、最初に王の前に出向いた時、緊張で口が動かなかったんだ。最初に言うべき言葉をずっと心の中で唱えてたんだけど、いざ本人の前に行った時、唱えてた言葉をど忘れしちゃってね。」
「福沢さんにもそんなことあったんですね。」
「もう随分前の話だよ。と、言ってもその時は先代の王だったんだけどね。」
「あの王様は、最近王様になったんですか?」
 俺は福沢さんの方を向いて尋ねた。
「うん。つい最近。前の王はちょっと性格きつかったから。みんな苦手としてたんだ。」
「・・・・・・。」
 俺は黙って聞いていた。
「・・・前の王はね、偉そうにしていているだけで何もできない人で、その時の国はちょっと荒事が多かったんだよ。土地の所有権の問題とか。ケンカしてどっちが悪いとか。物を壊したり壊されたり。この国の人々は王に従わないで好き勝手に遊んでたのさ。」
 土地の所有権の問題は遊びには入らないが、とにかく不安定な状態だったのだろう。
「ある時、王は自分の趣味で行なっていた魔法の大会で放たれた魔法に当たって亡くなられたんだ。実はそれは王を殺す計画を立てて殺された計画的な王の殺害だったみたいでね。もちろん計画した人はみんな処刑されたよ。」
 本当に不安定な情勢だったんだな。
「それで、その王の息子の王子が今の王になったんだ。」
 そして福沢さんは目を輝かせながら語り出した。
「王は凄いんだよ。各地で起こっていた問題をわざわざ自分がその場に赴いて解決させたんだ。それに、壁の防衛強化、人々の持つ土地の確立、悩みの解決、事件解決。なんでもこなしてくれたんだ。僕も、王に助けてもらったんだよ。」
「福沢さんが・・・。」
「うん。僕の家はちょっと複雑な事情があってね。仕事をなかなか貰えなかったんだ。だから、お金も全然無くて、生活できなくなって、王に相談しに行ったんだ。そしたら、今の仕事を、教えてくれたんだ。」
「!」
「決して簡単なものではない。って念押しされたんだけど、僕は仕事を貰えるだけでありがたくて、仕事を頑張ってこなすことをずっと訴えたら、ついに許可してくれて。訓練から始めることも出来たんだ。僕が自分で稼げるようになるまで、最低限のお金を家族に出す、って言ってくれて。そのお陰で僕は安心して訓練できた。そして今は防衛隊4隊の隊長にもなれた。だから、この仕事で活躍することは僕なりの王への恩返しなんだ。」
「恩返し・・・?」
「うん。王がいなければ僕達は今頃生活できなくなっていて飢え死にしてたかもしれない。」
「・・・・・・」
「僕は、王を尊敬してるんだ。」
 急に福沢さんの存在が眩しく感じた。
 この人は、自分が尊敬し、この人の為ならなんでもできる、というような大切な人を見つけていたんだな。
 俺にはそれがまだない。守りたい人、大切な人はいるが心から尊敬できる人がいない。母も父も俺は尊敬していたわけではなく、ただ師匠としか見ていなかった。
「・・・・・・」
「ありがとうね。話を聞いてくれて。」
「い、いえ!こちらこそ!慰めてもらっちゃって・・・!」
「・・・」
 福沢さんは照れくさそうに髪をかく。そして、言った。
「じゃあ、もう一回王の所に行ってみようか。」
「・・・・・・」
「大丈夫!僕もフォローしてあげるから。」
「・・・ありがとうございます。もう一度、王と話せるように頑張ります・・・!」
「うん!じゃあ、頑張ろ?」
「はい!」
 俺にも、尊敬できる人を見つけられるだろうか?




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