狂愛エレジー
episode 1
「……ここ、かな」
深い深い森の奥。もうタクシーも通れないという道からは、タクシーの運転手さんに地図をもらってひとりで歩いてきた。
そこらには雪がちらついていて、吐く息も白い。手も冷え切っていた。
歩くこと数時間。もう日も落ちかけてきた頃、私の目の前にひとつの洋館が姿を現した。
それは、とてつもなく大きな洋館。
表札には、明朝体で「森寺」と書かれている。
「インターホン……」
インターホンを探し周りを見回す。周りには、何も無い。ただ、大きな扉が私の前にある。
「…誰かいませんか!」
大きな声で叫ぶと、扉はひとりでにギィィ、と開いた。
驚いたが、ずっと立ちっぱなしもあれなので、屋敷の中に入る。
屋敷の中は暖炉で火がちりちりと音を立てて燃えていて、少し暖かい。その暖炉の前に、ひとりの青年が立っていることに気づいた。
「よくおいでくださいました、セナ様」
「…あ、はい。メイドとして働くことになりました、北条セナと言います。よろしくお願いします」
青年は、頷いて微笑んだ。綺麗な青年だった。その双眸は透き通るような琥珀色。そして、サラサラの紺碧の髪。黙っていれば近づきにくいほど、綺麗な容姿をしている。
「今、坊っちゃまが準備をなさっています。しばし、こちらにお掛けしてお待ちください」
「…ありがとうございます」
ソファへ促され、素直に座る。青年は「紅茶をお持ちしますね」とどこかへ去っていった。
それにしても、大きな屋敷。天井にはシャンデリアが釣り下がっていて、客間の所々には、芸術的な彫刻が施された石像が飾られている。
「……なんだか、家を思い出す」
私が生まれ育った家は、元々は大富豪と言われるほど、お金に余裕のある家だった。
だが、私が15の頃、父の会社が倒産して、母は病気でこの世を去った。それからは父がもう一度会社を経営しようと奮闘していたが、それも叶わぬ夢となり、父はノイローゼで自殺。残ったのは多額の借金だけとなった。
それを返済するため、私は借金のカタとしてこの洋館に売り出されたと言うわけだ。
「…嫌だわ」
何がって、私を残して自殺したお父さんも嫌だし、借金のカタで私を売り飛ばしたヤクザも嫌。とりあえず、何もかもが嫌だった。
「何が嫌なの?」
私が呟いた独り言は誰にも聞かれていないものだと思っていたのに、意外なことに誰かに聞かれていたようだ。
私の後ろで興味津々といった様子で尋ねる…少年だろうか。きっと、中学生くらい。まだ幼い顔立ちが見え隠れしている。
「ごめんなさい、何でもないですよ」
笑顔を取り繕うと、少年は「ふーん」とつまらなさそうに返事をした。それからまた表情を変え、今度はらんらんと瞳を輝かせている。よくこうも表情が変わるものだ。
「じゃあさ、名前教えてよ。僕も教えるからさ」
「セナです。北条セナ。よろしくねお願いします」
極めて簡潔に言うと、彼は「セナね、覚えた!」とあどけない笑顔を見せた。
「僕の名前は森寺ハルト。ピンクの髪が印象的でしょ?」
彼は自身の髪を掴んでみせた。確かに、ベビーピンクのそのきめ細かな髪は誰に見られても印象に残るだろう。
そして彼の端正だが幼く、あどけない顔立ち。女装をしたら、きっと違和感もない。私にそんな趣味はないが。
「そうですね。綺麗な髪をしていますね」
「でしょ?よく言われるんだ」
ふふんと彼があざとく笑う。すると、上の方から「ハルト」と一段と低い声が聞こえた。
低いけど、それでいてどこか透き通るような声。顔を上げると、螺旋階段の手すりに体重を預けて立っている、一人の青年がいた。
「お客様に迷惑をかけてはいけないだろう。部屋へ戻って勉強をしなさい」
「えー、ユウ兄はいつもそればっかり。僕だって少し彼女とお話するくらいいいじゃない」
「彼女は俺の客人だ」
彼はゆったりとした歩みで階段を降りてくると、私の目の前まで歩み寄った。
「よく来たね。……セナちゃん」
「…はい、よろしくお願いします」
私の顔を見て、嬉しそうに笑う彼。この笑顔を、私はどこかで見たことがある。
でもどこ?
そんなこと、覚えているはずがない。
「え?どういうこと?」
話についていけないらしいハルトくんは、整った眉をひそめてユウ兄、と呼ばれた彼を睨む。
「よろしくお願いしますって何!何がよろしくなの!」
「落ち着きなさい、ハルト。彼女は今日からこの屋敷で働くんだよ」
「…ええ?」
彼の言葉に、ハルトくんは目を白黒させた。
深い深い森の奥。もうタクシーも通れないという道からは、タクシーの運転手さんに地図をもらってひとりで歩いてきた。
そこらには雪がちらついていて、吐く息も白い。手も冷え切っていた。
歩くこと数時間。もう日も落ちかけてきた頃、私の目の前にひとつの洋館が姿を現した。
それは、とてつもなく大きな洋館。
表札には、明朝体で「森寺」と書かれている。
「インターホン……」
インターホンを探し周りを見回す。周りには、何も無い。ただ、大きな扉が私の前にある。
「…誰かいませんか!」
大きな声で叫ぶと、扉はひとりでにギィィ、と開いた。
驚いたが、ずっと立ちっぱなしもあれなので、屋敷の中に入る。
屋敷の中は暖炉で火がちりちりと音を立てて燃えていて、少し暖かい。その暖炉の前に、ひとりの青年が立っていることに気づいた。
「よくおいでくださいました、セナ様」
「…あ、はい。メイドとして働くことになりました、北条セナと言います。よろしくお願いします」
青年は、頷いて微笑んだ。綺麗な青年だった。その双眸は透き通るような琥珀色。そして、サラサラの紺碧の髪。黙っていれば近づきにくいほど、綺麗な容姿をしている。
「今、坊っちゃまが準備をなさっています。しばし、こちらにお掛けしてお待ちください」
「…ありがとうございます」
ソファへ促され、素直に座る。青年は「紅茶をお持ちしますね」とどこかへ去っていった。
それにしても、大きな屋敷。天井にはシャンデリアが釣り下がっていて、客間の所々には、芸術的な彫刻が施された石像が飾られている。
「……なんだか、家を思い出す」
私が生まれ育った家は、元々は大富豪と言われるほど、お金に余裕のある家だった。
だが、私が15の頃、父の会社が倒産して、母は病気でこの世を去った。それからは父がもう一度会社を経営しようと奮闘していたが、それも叶わぬ夢となり、父はノイローゼで自殺。残ったのは多額の借金だけとなった。
それを返済するため、私は借金のカタとしてこの洋館に売り出されたと言うわけだ。
「…嫌だわ」
何がって、私を残して自殺したお父さんも嫌だし、借金のカタで私を売り飛ばしたヤクザも嫌。とりあえず、何もかもが嫌だった。
「何が嫌なの?」
私が呟いた独り言は誰にも聞かれていないものだと思っていたのに、意外なことに誰かに聞かれていたようだ。
私の後ろで興味津々といった様子で尋ねる…少年だろうか。きっと、中学生くらい。まだ幼い顔立ちが見え隠れしている。
「ごめんなさい、何でもないですよ」
笑顔を取り繕うと、少年は「ふーん」とつまらなさそうに返事をした。それからまた表情を変え、今度はらんらんと瞳を輝かせている。よくこうも表情が変わるものだ。
「じゃあさ、名前教えてよ。僕も教えるからさ」
「セナです。北条セナ。よろしくねお願いします」
極めて簡潔に言うと、彼は「セナね、覚えた!」とあどけない笑顔を見せた。
「僕の名前は森寺ハルト。ピンクの髪が印象的でしょ?」
彼は自身の髪を掴んでみせた。確かに、ベビーピンクのそのきめ細かな髪は誰に見られても印象に残るだろう。
そして彼の端正だが幼く、あどけない顔立ち。女装をしたら、きっと違和感もない。私にそんな趣味はないが。
「そうですね。綺麗な髪をしていますね」
「でしょ?よく言われるんだ」
ふふんと彼があざとく笑う。すると、上の方から「ハルト」と一段と低い声が聞こえた。
低いけど、それでいてどこか透き通るような声。顔を上げると、螺旋階段の手すりに体重を預けて立っている、一人の青年がいた。
「お客様に迷惑をかけてはいけないだろう。部屋へ戻って勉強をしなさい」
「えー、ユウ兄はいつもそればっかり。僕だって少し彼女とお話するくらいいいじゃない」
「彼女は俺の客人だ」
彼はゆったりとした歩みで階段を降りてくると、私の目の前まで歩み寄った。
「よく来たね。……セナちゃん」
「…はい、よろしくお願いします」
私の顔を見て、嬉しそうに笑う彼。この笑顔を、私はどこかで見たことがある。
でもどこ?
そんなこと、覚えているはずがない。
「え?どういうこと?」
話についていけないらしいハルトくんは、整った眉をひそめてユウ兄、と呼ばれた彼を睨む。
「よろしくお願いしますって何!何がよろしくなの!」
「落ち着きなさい、ハルト。彼女は今日からこの屋敷で働くんだよ」
「…ええ?」
彼の言葉に、ハルトくんは目を白黒させた。
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