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5-3 約束の湖にて

 ここがどこかは分かっていた。空を飛ぶお城で異世界だということ。しかし何故ここに居るのか、何を目的にしていたのか、全く思い出せない。何か分かることがないか城の外を歩いてみることにした。もう体は完全に元通りなので日常生活を普通にこなすくらいはできる。

(ここは、どこだ?)

 考えてみる。ここは城を出た所にある庭……それだけは分かったがここで何があったのか、何をしたのかが思い出せない。頭を抱え込んでいるとふと声が聞こえてくる。

「……享介君?」

 振り返ると、そこには穂乃香という人がいた。何か……とても大切な存在だった気がするが思い出せない。

「どうしたの?こんなところで……」

 その人は優しく労わってくれる。なぜこんなに優しくしてくれるのだろうか。

「何か、印象に残るものを見つけられれば……何か思い出せるかなって……思ったから」

 とりあえず出てくる声を紡ぎ出し言葉に変える。しかし、その言葉に穂乃香という少女は悲しい顔をする。

「そっか……。本当に……本当に何も……欠片も……覚えて……ないんだね」

 何か癇に障る事を言ってしまったのだろうか、穂乃香はそう思った享介の手を無理やり引っ張り、森の奥へと連れていく。




 穂乃香が連れてきた場所は森を進んだ所にある湖だった。前に来た時は夜だったが、今は昼間だ。しかしそれでもこの湖は美しい。日が湖に差し掛かり、虹色に煌めいている。

「覚えてない?海に行く前、ここで二人で話したこと」

 つい、何日か前の事だ。しかし享介は何も思い出せていないので首を傾げる。

「あの時、何の話をしてたっけ?……そうそう、ハルカちゃんって本当にお姫様だったんだって……宅野さんのことも話したりしたし……本当に何気ない言葉を交わしたよね……」
「ごめん。穂乃香さん……」

 それでも穂乃香は続ける。

「そのあと、海にも行ったし……無人島に遭難したりもした……ここに来る前には一緒に動物園とか水族館や遊園地にもいったんだよ……」
「……」
「そしてこの世界に来てすぐ、フレア城の人達に捕まっちゃって……」

 穂乃香は享介の服を軽く握る。

「でも、享介君が助けてくれたんだよ」

 続けざまに穂乃香は怒鳴るように告げる。

「なんで……なんで覚えてないの……!!私は……私は、思い出した……子供の頃、貴方と会っていたことも……のにっ!!なんで享介君の方がっ!!忘れ……ちゃうのっ……」

 穂乃香は申し訳なさそうな顔をしている享介に思いっきり抱きついた。

「無事に……また一緒にこの景色を見ようって約束したのにっ!!なんで覚えてないの!!なんで覚えてないのよ!!」

 叫びとともに不思議な力が湧いてくる。このまま全てを力に任せれば楽になれる気がした。二人には分からなかったがこの時、穂乃香の体から淡く、光り輝くオーラが出ていた。それは陽の光のように優しく力強い、全てを包み込むような温かさだった。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 しかし、その光はある行動により止まった。それは友恵による手刀だった。突然の事で気づくまもなく穂乃香が倒れる。それを友恵が抱き抱えた。

「どういうつもり?ねぇ、なんで辞めさせたの?」

 言ったのはヒナだった。そのままヒナは言葉を続ける。

「今の光は間違いなく魔法。しかも人類史上稀に見ない治癒のエネルギーだった。このまま上手く行けば享介だって記憶が戻ったかもしれないのに……」

 少しピリついた表情で友恵に話しかける。

「まさか、自分の恋心のために享介はこのままの方がいいって思ったの?」

 ヒナが問い詰める。しかし友恵は否定しない。

「少し……違います。確かに……このままいけば享介の記憶は治ったかもしれない……私にとっても享介は、穂乃香と同じくらい感謝しています」

 でも、と付け加えて友恵は続ける。

「穂乃香が魔法を使えば……享介と同じように記憶を失ってしまうかもしれない」
「……っ!?」

 それもそうだ。実際享介は魔法を思考して記憶を無くしている。

「恐らく、さっきの魔法は真実を知った穂乃香の思いが爆発した結果ってとこかしら」

 どこからともなくハルカが現れる。

「団長……それって」
「享介は記憶だけがやられちゃったけど、穂乃香の場合ではそうとは限らない。もしかしたらもっと大変なことになるかもしれない」

 ヒナと友恵に暗い雰囲気ができる。

「でも……もしかしたら……上手く穂乃香の魔法を使えば享介の記憶を戻せるかもしれない。とりあえず、その方法を見つけるまで穂乃香には魔法を使わないように言っておかないとね」

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