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5-1 記憶のない少年と思い出した少女

 目が覚めた。瞼を開けてみると見知らぬ女の子が濡れたタオルを取り替えてくれていた。そのおかげで気分は凄くいい。とりあえず少し前までよりは、だ。

「……あ、享介君。起きた?」

 見知らぬ女の子が話しかけてくる。他に、部屋に人がいる訳では無いので多分、自分に話しかけているのだろう。

「……えぇっと」

 とりあえず布団を退かしてシーツの上に座る。 

「記憶……戻らない?」

 少女はそう聞いてくる。しかし何もわからない。とりあえず首を横に振っておくことにした。

「そう……」

 その女の子は悲しげな顔をしながら目を背ける。この子は俺にとってなんなんだろうか。気になったが声が出ない。出せない訳では無いが、緊張と言うやつだろうか、上手く言葉にできない。

「私ね、穂乃香っていうの。火神穂乃香。火神が苗字で穂乃香が名前なの!」

 それでも元気を取り繕うと必死に話しかけてくる。よく分からないが、この子を傷つけるようなことはしたくないなと思ったので必死に言葉を紡いでみる。

「穂……乃香……さん。」

 声に出してみるとその女の子の顔がぱあっと明るくなる。まるで赤ちゃんが初めて喋った時の親みたいだ。

「そうだよ!何か思い出せない?」

 何か引っかかる気もするが、浮かんでこない。

「うっ……」

 考えれば考えるほど頭が痛い。血が溢れ出るようなそんな感覚だ。

「あ、大丈夫?ごめん。今は安静にしなきゃだよね」

 その女の子は再び自分を横にしようとしてくる。懐かしいようないい香りがする。

「ゆっくり休んで。元気な姿が一番好きだから……」

 それだけ言い残し、女の子……穂乃香は立ち上がり、部屋を後にする。

「……穂乃香……ちゃん……?」

 ふとそんな言葉を口に出す。それにどういう意味があるのかなどさっぱりだったがついそう言ってしまっていた。それに彼女がいなくなってからとてつもなく寂しい気分になった。それについて深く考えようと思ったが、頭が痛くなるので辞めておき、大人しく寝ることにした。




 穂乃香が部屋を出るとそこにはハルカがいた。

「穂乃香。ちゃんと休まないと駄目ってアオイにも言われてるんだから」

 ため息混じりにそう言う。

「ごめん。ハルカちゃん……でも、どうしても様子が気になって……」

 そんな気がしたからハルカは享介の部屋へ立ち寄ったわけだ。見ると穂乃香は今にも倒れそうなくらいに眠そうだ。

「ほら、肩貸すから部屋に戻って寝なさい!」
「うん。ありがと」

 ハルカは穂乃香の肩を持ち、部屋の方へ連れていく。

「享介の様子は?」

 穂乃香に聞いてみる。

「多分、私のことも……前の世界のこともみんな忘れちゃってると思う。で、でもね、もう日常生活に支障をきたさない程度には体も回復していってるし……記憶は……思い出はまた、一緒に作れば……いいから」

 穂乃香が無理に元気を取り繕っているのは目に見えてわかる。

「無理しないで。今の穂乃香を元の享介が見たら何しでかすか分からないわ」

 ハルカがちょっと微笑むと穂乃香も釣られる。

「あのね、ハルカちゃん。享介君……一目惚れじゃなかった」
「えっ!?」

 突然の告白にハルカはたじろぐ。

「小さい頃に出会ってて……いろいろあって……その時から、ずっと」
「そっか」

 にひひとハルカが怪しい笑みを浮かべる。

「ちょ、ハルカちゃん!?」
「いやぁ、なんかねぇー青春してるねって」
「ち、違うって……私は、その、享介君の事は多分……」

 どんどんと言葉が口ごもっていく。これは確信犯だっ!

「それじゃ、なんとしても享介には記憶を戻してもらわないとね!」
「う、うん……そうだね」

 もう反論しても無駄だと悟った穂乃香は大人しく頷く。

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