一人多役──波乱万丈な非日常生活──

渚月ネコ

──日常という名の非日常の始まり──




 日に日に昼も短くなり、富士山が白い衣を着始めた季節──秋。
 その季節の朝はどこか静かで、冷たく澄み渡った空気が、人々の息を白くする。
 道には、厚いコートを着る急ぎ足の者、薄い上着一枚で凍えている者、半袖半ズボンだが、黒いタイツやアンダーシャツを着てランニングをする者、半袖半ズボンで鼻水を垂らし笑う馬鹿者等、行き交っている。
 その道の近くの交差点を曲がり、少し奥に行った所にある豪邸で。
 一人の少女が目を覚ました。

 「っくしゅん」

 目覚めて早々くしゃみをし、その細く華奢な身体を震わせた後、布団の中へより一層潜り込む。
 そこへ無慈悲な朝の番人が牙を向く。

 ジリリリリリリリリ!!!!!

 無機質な響きのそれは、強制的に彼女の意識を呼び覚まし、その耳を壊さんとばかりに鳴り続ける。

 ジリリリリ ゴンッ!…カチ。

 寝たままの体勢の少女のパンチが番人へと当たり、反動で吹き飛んだ番人の大きなボタンが沈む。
 その後鳴り止み、番人は任務を終えた。

 もそもそと布団から出てきた少女は、秋にしては水色と白の半袖半ズボンというとてもラフな格好をしている。
 しかも服は一部乱れており、シャツやら下着やらが見え隠れしていた。
 とても豪邸に住んでいるとは思えない姿。
 続いて、外から見た高級感ある外装に比べ、幾らか位の劣るその部屋は、とても乙女の部屋とは思えなかった。
 どちらかというと、やや男子よりのその部屋は、きっちりと掃除されており、部屋の真ん中に立つヒーターが目立っていた。壁に掛かった電子カレンダーには土曜日と表示されていた。
 
 ふあぁと一発欠伸をした後、少女は冷えた床に降りると覚束無い足取りで歩き出した。
 向かっているのは、部屋を出て廊下の突き当りにある洗面台。
 髪で前が見えないのか、壁を手で伝いながら歩く。
 髪を上に払う事すら思い付かない程寝惚けている様子。
 そんな少女は廊下のT字路で、タイミング悪く、角に向かってよろけてしまった。
 状態を立て直す為に踏ん張ろうと宙の足を地につけようとした瞬間───
 ──角に足の小指を勢い良くぶつけてしまった。
 鈍い音。少女の指に激痛が走る。
 誰でも一度は経験した事のある、意外と痛いこの事故。
 家に怨まれているのかと思うくらい見た目より痛いのだが、少女は一週間に一度は起きる。まさにこの豪邸に怨まれているのだ。
 やっとの思いで痛みを堪え、立ち上がる。
 少女の目尻には光るものがあった。
 

 「っふぅ……」

 溜め息。勿論少女のものだ。彼女はやっと洗面台に着いたのだ。
 今日は厄日と言わんばかりに悪い事が起き、身体の調子はおかしい。そう思いながら少女は顔を洗う。
 水がはねる音。お湯の設定でレバーを引いたのだが、出てきたのは水。壊れてる様子であった。
 毒づきながらそのまま洗う。冷たい水が、寝惚けた頭を醒ます。
 完全に覚醒した頭を左右に振り、残った寝惚けと水を落とす。
 そして、髪をかき上げ、鏡を見る。



 「………………………………………は?」

 彼女の口がポカンと開いた。





 …
 「なんで………なんでなんで!?」

 可愛らしい声で慌てる少女。
 
 「なんで、髪が銀色に!?」
 
 ふわりとその銀髪が揺れる。

 「なんで!髪が伸びてる!?」

 その綺麗な頭を抱える。そして最後に先程とは大きく。

 「なんでぇぇぇ!!!!!少女になってるのぉぉぉ!!!???」

  叫んだ。それは傍から見たらとても滑稽な光景で、だが少女の身に何かしら異変が起きている事は明らか。
 少女はしばらく自分自身を観察していたが、やがて何かを諦めたように溜め息をついた。
 そして少女は異変が起きる前、前日──金曜日の出来事を思い出すのであった。





 …
 「なぁ、本当に戻ってこないのかぁ?」
 
 とある学校の一室。机の上の二つの弁当を囲み、男子二人が駄弁っている。
 昼休み中なのか他の生徒も自由に席に座り、仲良く弁当を食べていた。
 
 「あぁ。期限が過ぎるまでは絶対に表に出ない、この前そう言ったはずだろ」

 先程の茶髪の男子の問いに、向かいの黒髪の男子が答える。
 弁当の中身はもうほとんど食べられており、二人は食事よりも会話を中心にしているようだった。
 そこにあるのは、何気無い風景。何も変哲も無い日常。
 だが、どこにも「特別」はある。
 何か、周りから突出したモノが。

 「あ、あのっ!中学三年生の、あのサッカー日本代表の、#紅月剣正__あかつきけんせい__#さんですよねっ!んーとっ……サイン……下さいっ!」

 そう、ここにも。
 恥ずかしそうに、ポニーテールの、小さな一年生女子が教室へ入り、二人に必死にサイン用紙を差し出す。
 特に差された方、茶髪の男子──紅月剣正は、慣れたように笑顔で対応する。

 「はい、サインね。…………これでいいかな?」
 「はっ…はい!ありがとうございますっ!」

 そんなイレギュラーな光景に教室の皆は目もくれず、まるでもう知ってたかのように、話すやら食べるやら宿題をやるやらしている。
 教室の外の廊下から、「やったよっ、貰ったよっ」「えっほんと?」と複数の女子と思われる声が聞こえた。
 そんな様子を聞き、剣正は溜め息をつく。

 「もうサイン書きまくって疲れたぁ」
 「断ればいいのに」

 淡々と酷な言葉を放つ黒髪の男子。
 その髪はやや長めで、目元が余り見えなくなるくらい隠れている。だが、そこから覗く鋭利な目つきは何とも言えない気迫を発していた。

 「そういう訳にもいかないだろぉ、この業界で生きていくにはこういう事は欠かせないんだってぇ」
 「別に、もう生きていく為のお金は充分過ぎる程あるだろ。確か契約期間もあと少しで切れるし丁度いいんじゃないか?」
 「まったく、これだから君は友達が出来ないんだよぉ」
 「今すぐ夜空の星にしてやろうか」
 「いいや遠慮しとくよぉ。しかし、辞めるのも俺を応援してくれる人に悪いしさぁ……ま、そんなの無くとも続けるんだけどねぇ…」
 
 意味あり気な笑みを見せ、黒髪の男子に言葉を投げ掛ける剣正。

 「……トイレ行ってくる」
 「ちょ、俺も行くから待ってぇ」

 まるで逃げ出すように、黒髪の男子はトイレへ行くのだった。


 ジャーーッ………ゴォーーッ

 トイレの水を流し、手を洗い、手洗い場の横に取り付けられた、乾燥機に手を入れる。
 その動作を終えた後、辺りを注意深く見回し、人が二人以外居ないことを確認し、黒髪の男子は大きく溜め息をついた。

 「おい、何故あそこで怪しいセリフを言う?」
 「んー?」

 キョトンとした顔で剣正は反応する。

 「もう一度言うからしっかり聞け。何故、あそこで、怪しい、セリフを、言う?」
 「つい口走っちゃっただけさぁ」

 黒髪男子がやや苛立ち気味なのに対し、剣正はあっけらかんとした態度で対応する。
 黒髪男子の鋭い視線を浴びながらも笑顔でいられる剣正の胆力は相当なものであった。
 だが、次の瞬間、剣正がフッと表情を落とす。

 「だけど僕は本当に本気だよ。そして別に君をこの業界に戻したい訳でもない。僕はただ、君が「#渚月水葵__なつミズキ__#」でいられるか心配でならないだけだよ」
 
 その言葉に、黒髪男子──ミズキもより一層鋭い視線を浴びせる。

 「俺に心配…?」
 「そう。最近、君の──#葵鮫渚__あおさめナギサ__#のコールが一段と強くなってきている。理由は……」
 「日本サッカーの世界レベルの低下」
 「そう。世界に通用する人材が明らかに少なくなってきているんだ。なぜだか分かるかい?」
 「……俺の、一時引退の報道」
 「その報道後、徐々にサッカーの人気が落ち、今は例を出すと中学校のサッカー部の数が全国で百のみ。この状況を日本サッカー協会が黙って見てるわけないよね?」

 投げ掛けに渚月ミズキ──葵鮫ナギサは無言で答える。

 「一時、全国だけでなく、世界までも魅了したその類希なるサッカー技術、そして幼くして外国のプロサッカー選手とも並ぶどころか突出しているその異質さ。そんな君が当時のサッカー人気を押し上げたのは理解しているだろう?」
 「している。だが、人間は飽きる動物だ。俺が出たところで……」
 「変わるね。人間は飽きる動物だけど、飽きる事よりも憧れ、夢の方が強い。要は『特別』が必要なんだよ。君という『特別』がね」

 ナギサの言葉を遮って言う。
 そして、追い打ちをとばかりに剣正は言い放つ。

 「今、協会が血なまこで君を捜してる。僕は協会に協力する気は無いが、一応忠告しておくよ…………早めに顔を出したした方がいいぞ。後々、君に被害が及ぶ前に」
 
 剣正の忠告に怯むかと思われたナギサ、いやミズキは、現役時代、代名詞とも言われた、口端を吊り上げ、悪魔的な顔で。

 「御忠告ありがとう剣正君。勿論俺は協会に出頭する気は毛頭ないし、これからもこの『日常』を謳歌するつもりだ」

 微笑む。

 「期限が来るまで誰にも見つかりはしないさ…お前がバラさない限りはなァ?」
 「………あぁ。そうする事にするよ」

 一瞬出た狂気的な笑みは直ぐに消え去り、いつもの素っ気ない態度に戻ったミズキはトイレから出る。
 それに続いて笑顔の戻った剣正も、トイレを出ていったのであった。

 …
 一方。教室では───

 「あれれ?剣正クンは?」
 「トイレだよ」
 
 サッカーボールを指先で器用に回し問い掛ける美男子。
 そこへクラスの男子が素っ気なく対応する。
 
 「どこのトイレだい?」

 爽やかな顔で問う美男子。
 クラスの男子共は鬱憤の溜まった目で見ている。その理由は美男子の後ろ───
 ──少女が数人、紙袋を両手に抱いて立っているのだ。
 その可愛く作られた紙袋は、中身は分からないが、美男子の為の、という事は分かった。
 その上で嫉妬の目線でクラスの男子は美男子を見ているのだ。
 
 「ねーねー、何でそんなあの二人につるむのよ?」
 「そうよ!光輝!放課後ゲーセン行かない?」
 「あーずるいー!私もぉー」
 「あはは、待ってくれよ。今日はモデルの仕事があるんだ」
 
 そこだけ違う世界があるのか、美男子から目を背けるクラスの皆。無関心を貫いているようであった。
 
 「おぉ?なんか教室が賑わってるねぇ」
 「うるせぇのは好まんな」

 そこへやって来たのは剣正とミズキ。
 光輝が笑顔になる。

 「やぁ、剣正クン。今日は伝えたいことがあって来たんだけど……」
 「もう昼休みも終わるし手短にねぇ」

 こちらも笑顔で対応する剣正。
 後ろでミズキが、ぶすっとしている。

 「今日はモデルの仕事で部活が無理だ。それだけだよ」
 「わかったよぉ、顧問に伝えておくよぉ」
 「おう、頼んだよ」
  
 光輝──#宮永光輝__みやながコウキ__#はモデルだ。
 読モで話題になってからトップへと一年で成り上がり、その上サッカーも天才と言われている。
 容姿端麗で成績優秀、運動万能で、おまけにトップモデル。そんな三点セットとおまけ付きが付く宮永光輝は、完全にいわゆる『リア充』となっていた。
 だが、そこに釘を指したのがこの二人。
 紅月剣正と渚月ミズキだ。
 紅月剣正は、宮永光輝を越えるトッププレイヤーになっていて、天才といわれていた光輝はそれさえも越える技術に圧倒された。
 一度タイマンで勝負したのだが、まるで『葵鮫ナギサ』のような技術を使いこなし、全く勝負にならなかった。
 その時は素直に称賛した光輝だが、許せない点が一つあった。それが今、剣正の後ろでしかめっ面をしている渚月ミズキである。
 部活でも目立たないし、天才と言うわけでもない。最初の印象では、ちょっと上手いくらいの才能だと光輝は思っていた。
 だが、何故か紅月剣正は渚月ミズキと仲良くする。
 それが光輝にとって一番許せないのだ。
 自分より弱く目立たない野郎と何を付き合っているのだと。本当は仲良くなる人など人それぞれなのだが、光輝は性格上、自分より劣る者は対等に扱わない。
 自尊心の高い光輝はまったくの無意識にこれらの事を感じ、そして『無視』という行動をまた無意識に起こしている。

 「先に席、座ってるわ」
 
 またいつものように『自分を無視する光輝』を無視し、気怠そうに座るミズキ。
 光輝はもう我慢ならなかった。

 「……ミズキ」
 「……………」
 「……………おい!」
 「……………」
 「何故無視するんだ!」
 「……………お前が無視したんだろ」
 「そんなつもりは無い!それより、何故最近部活に全く来ないんだ?」
 
 そう。ミズキは部活に全く来ていなかった。
 理由は勿論『葵鮫ナギサ』としての仕事がまだ山積みだからだ。表にはでないが、裏だろうと仕事は普通にある。
 それよりも、気が乗らないというのが一番の理由であったのだが。
 
 「まぁ、ミズキにも家庭の事情があるんだよぉ。最近は特に忙しくてねぇ」
 
 ミズキを庇う剣正に光輝は歯噛みをする。

 「そうやって甘やかすからミズキが部活をサボるんだ!このままじゃ留年するぞ!」
 「まぁまぁ、余裕が出来たらミズキも部活に出るよぉ」
 
 話の原因の本人の目の前で言い合う二人。
 席に座るその本人──ミズキは何知らぬ顔で外を眺める。席は一番窓に近く、そこから見る景色は絶景であった。
 
 「あー……街がきれーだなー……」

 独り言。黒い目には綺麗な空が映っていた。
 
 

 昼休みも終わり、煩かった光輝が教室を出た。
 そしてホームルームが始まり、何事も無く終わる。
 そしてまた嵐の到来。

 「剣正さん!貴方の結果はどうでしたの?」
 「はは、まぁまぁといった所かなぁ」

 ホームルームの最後に返されたテスト。
 今回は期末という事もあり、難易度は高く設定されている。
 現在はそのテストせいで教室内は大荒れである。
 その中で、自分のテストを吟味する剣正。
 そこへ話しかけたのが、#高花陽菜__たかはなヒナ__#。日本の学校には珍しいロシアと日本のハーフで、サイドテールの金髪である。まさに少女が大人へと変わる一瞬を抜き取ったかのような美しさが表れた姿であった。
 容姿の事もあり、クラスでは人気者となっている。
 少し高飛車な気質ではあるが、思いやりがあり、だからクラスの皆に慕われている。
 そんなふうに剣正は思っていた。
 だが何故、人気者のヒナが自分にテストの結果を聞きに来るのか。
 それは先日の事。席が隣だった二人は談笑してる間に、テストの合計で勝負する事になったのだ。
 ただの勝負ではつまらない。誰かさんからの助言もあり負けた方が、何か一つ、何でもおごる事も追加された。
 幸い、二人の学力は同等程度だったので、ハンデも無く両者納得し、勝負決行になったのである。
 おまけにその誰かさんはちゃっかり勝負でのお零れを貰おうとしている。意地汚かった。

 「ふふん、今回はすこぶる調子が良いのですよ!必ずや貴方に何か一つ、奢ってもらうのです!」
 「奇遇だなぁ、僕も今回は結果が良かったんだ。おごるのは君かもしれないよ?」
 「そう言って後悔するのです!さぁ、同時に開示しましょう!」
 「お、結果知りてぇな」
 
 話に割り込んできたのは他でもなくミズキ。
 この勝負に助言をした張本人である。
 
 「ふふん、貴方は眼中に無いのですよ!剣正さんとの本気の勝負!負けるわけにはいかないのです!」
 「…………」

 凄む彼女に無視するミズキ。ミズキも結果しか眼中に無いようであった。

 「では、開示といこうか」
 「そうですね……では……」

 一瞬の緊張かま走る。

 「「………せーのっ!………………………」」
 「…………」

 微妙な反応。結果は──────
 ───同点。
 全員が微妙な反応になるのも仕方ないのだった。
 何分の何の確率でなるのか確かめたいところだが、勝負の設定に引き分けの場合など決めていない。
 
 「同点………」
 「ですわね………」

 故に勝負の罰ゲームは無効となり、一番冷める結果となってしまった。
 ミズキもこのつまらない結果にぶすっと顔をしかめる。
 
 「いやぁ、こんな偶然あるんだねぇ」
 「まったくです…おかげで勝負が丸潰れですよ…」
 
 軽く落ち込んだ二人に閃いたミズキが。

 「………最終手段。じゃんけん」
 「「却下」」
 
 提示した案は直ぐに却下された。


 …
 #成瀬友樹__なるせトモキ__#は自分の点数に落ち込んでいた。
 その前回より格段に落ちた点数はトモキの心を深く抉り、未だ立ち直れない程である。
 大きな溜め息を一発してからテストを鞄に仕舞う。何回も手こずる過程でトモキが聞いた声は、

 「よし!全て四十点超えた!テスト簡単だったな!」
 「キャースゴい光輝くぅん!学年一位確定ね!」

 人生を最大に謳歌する者の歓喜の声であった。
 憎々しげに光輝たちを隠れて睨むが、睨んだところでこの状況が変わるわけでもない。もし変わったとしてもそれは睨む自分を見つけた光輝たちに晒し者にされる未来のみ。
 
 「………クソッタレが」

 思わず出た陰口に慌てながら順位表を見に行く。
 その行く過程でも光輝たちは煩かった。邪魔にならないよう通路の端を歩くトモキのイライラが溜まり続ける。
 そして表の目の前。
 まずは自分の順位を確認。思った通りの酷い順位で落胆する。
 そして一応一位を確認する。
 どうせ『宮永光輝』と載っているのだろうと思い、目線を上げると──
 ───『宮永光輝』が、載っていない。一番上に。
 
 「えっ………」

 驚く気持ちを抑え『宮永光輝』を探す。
 目線を、上から順に下へ。
 五秒かかると思っていたその作業は、意外にも一秒もかからず終わった。
 五番目にあったのだ。
 一番上に載ると思っていた名前が五番目に。
 点数は───235点。
 いったい誰が、全て四十点以上の点数を取る光輝より多く点数を取ったのか。
 困惑気味のトモキは『宮永光輝』から上の四人の名前を見る。
 まずは四番目。順位は──二位。点数は──242点。
 ますます困惑するトモキ。上から四番目が二位という事は、三人、同じ点数になっているのか。そんな偶然が有り得るのか。
 色々な推測をたてながら名前を見る。
 ───高花ヒナ。学校では知らない者はいないといわれる美少女である。
 三番目。──紅月剣正。これも学校では有名な人物だ。
 そして、二番目。植松健太郎。知らない人物だが、どこにでもいそうな名前だなとトモキは思った。
 最後、一番目───一位。点数は───248点。
 
 「……………………は?」

 一瞬頭が思考停止状態となるトモキ。
 直ぐに思考を取り戻したトモキは名前を見る。

 ────『非表示』

 「……………………は?」

 今回は思考停止とならなくて、代わりに呆然となる。
 よく見れば周りも少し動揺しているようだ。
 ヒソヒソと友達らしき者と話す者。
 自分と同じく呆然とする者。
 先生に聞こうとする者。
 その中で特に目に入ったのは、やはり五位の宮永光輝。
 トモキはその姿を凝視する。
 光輝の顔は歪み、ひしひしとその悔しさ、嫉妬の気持ちが伝わってきた。
 まるで、誰かを『非表示』に照らし合わせる様な。
 トモキは光輝の醜い嫉妬を見て驚くのだった。


 
 …
 そして、教室。
 次のテストで決着をつけると決めた二人は、自分の席へ戻った。
 唯一聞かれる事の無かったテストを、席に座ってじっくりと見るミズキ。時には問題用紙も取り出して、比べて見ている。
 そんなミズキを見ている剣正は、また近くでひと騒ぎがある事に気付いた。

 「オイてめぇ!このテストはどういう事だ!」
 「えっ?ちゃんと丸つけをしたつもりですが……」
 「あぁ?俺がなんで赤点とらなきゃいけねぇんだよ!」
 「ひぃっ!すいません!」
 
 眼鏡を掛けた気弱そうな男性教師の胸ぐらを掴む大柄な男子生徒。
 どこかの某人気アニメを彷彿させるそのガキ大将のような姿は、制服は気崩し、髪を汚く金色に染め上げている。
 そんなガタイの良い男子生徒が教師を威圧する光景は明らかに異常。そして普通は許されない行為。
 だがクラスの皆は止めようともしない。目をそらすだけ。他人任せである。
 だが、そうするのも仕方の無いのだ。
 #南条大紀__なんじょうダイキ__#。不良程ではないが、クラスの中でずば抜けてグレている。
 現在教師にキレている理由は明らか、赤点をとったからである。
 高校の制度と似ているこの学校は、赤点をとると補習する事になっている。高校の生活に慣れるためと校長が決めたのだが、このような勉強という概念が無さそうな生徒には地獄だったのだ。
 
 「今すぐ点数上げろや!マジで殴んぞ?」
 「ひぃっ、それだけは……」
 
 この現状を何知らぬ顔でテストを見るミズキ。助ける気は無いようだ。
 そしてヒナは───まだ落ち込んでいた。
 そんな知り合いたちの姿を見て、もう自分が玉砕覚悟で止めに行こうかと決めた剣正はまた、クラスで浮いている存在が二人を止めに入ってきたのを見た。
 何度も見て、関わらない方が良いと思ったその姿は、

 「やめないかthat boy☆?teacherが怯えてるじゃないか☆」

 なんとも芳ばしいポーズをとり、キラッキラッと光っていた。
 #五月女輝星__さおとめライト__#。それが今、二人の間に入った者の名前だ。女子からは人気なのだが、男子からは若干引かれている存在。
 表現が大袈裟で、彼がネガティブになったところを見た人はいないらしい。
 生まれながらの金髪、そしてイギリスの父から受け継いだ長身、美貌などが相まって様になっている、そう剣正は思った。
 
 「あぁ?俺に文句言ってンじゃねぇよ!」
 「ノンノン☆もっと優しく言わないと☆」
 「オイ殴んぞてめぇ」
 「暴力はいけないよ☆?」

 大紀のそれはとても迫力があるのだが、それをものともせず言い返すライト。その胆力は凄まじい。
 そして我慢出来なくなった大紀がライトに手を出した。

 「黙れやてめぇ!」
 
 罵声と共に繰り出された拳は、余裕気なライトの顔へと伸び────直撃。
 剣正が、はぁ?と素っ頓狂な声をあげる間に二メートル以上飛ばされたライト。
 見るからに痛そうである。

 「ダメじゃないか☆Forceは人を傷つけるだよん☆?」
 
 剣正は自分の勘違いを改める。どうやらライトは打たれ強いらしい。殴られた箇所を見ても軽く赤くなっているだけだ。タフである。
 殴られてもピンピンしている彼に流石の大紀も引いた様子。
 
 「Don't  worry!俺は大丈夫さ☆だから君☆その位にしておきな☆」
  「………………」

 流石の問題児も引いたようでった。
 これで一件落着、皆それぞれの帰路へと帰るのだった。
 

 その後、駅へ行き、電車に乗った後、いつもの駅で降りた。
 そして自分の家へと帰り、自分で夕食を食べ、風呂へ入り、日課を済ませ、寝た。
 そう、いつも通りの日常。全く変わりのない生活。
 なのに。
 なのにその次の日、今日。身体に異変が起きている。
 少女はあまりにも非現実的な状況に目眩がするのだった。
 

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