二重人格の主

藤色

1



 俺はとてもとても嬉しかった。

 主が俺を初めて長谷部とお呼びになられたこと。

 俺を捨てないでいてくださったこと。


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(しかし……何故だ?何故、俺をあんなに嫌っていた主が、一緒に一カ月を過ごそうなどと…。それに何故、長谷部と呼んでくださったのだ?)

「あの、主…。失礼を承知で言わせていただきますが、何故〝長谷部〟と呼んでくださるのでしょうか?」
「えっ、聞いていなかったのですか?私は貴方が〝なんでもするから今までのことは全て許してください〟とおっしゃられましたので、私は〝それでは一カ月間ずっと一緒に過ごしてくださいね〟と言いましたよね?つまりはそういうことです。」

(全て許して、とは言っていないが、全て許してくださるのならいいのか…?)

 「それより、です!今までのお咎めを帳消しにしましたから、敬語で話さなくても良いのですよ?」
「しかし、貴方様は俺の主ですし、それに主こそ敬語で話されなくても良いと思うのですが。」
「まぁ……確かにそれもそうですね。ですが、私は敬語で話す方が慣れていますし、他の刀剣男士でも敬語でない方はたくさんいらっしゃいますよ?」
「ですが、相手が主なのですから、やはり敬語でないというのも……。」

「仕方ありませんね。じゃあ…、布団を用意しましょうか。それで、今日はもう寝ましょう!」

 主は少々不満そうにしつつも納得されたようで、上機嫌で寝る準備を始める。

「あ、長谷部さんも私と一緒に寝るのですよ?……私の部屋で♡」

(ん??主は今何と……?)

「あ、主?それはどういう……?」
「〝どういう〟って、そのままの意味ですよ。私、言いましたよね、一カ月間ずっと一緒に過ごすって!もちろん、それは寝る間もです。」
「え……ええっ!!!」

 どうして主は急にそんなことを言い出したのかは分からない。
 ただ分かるのは、俺を見る目がいつもの冷めた視線ではなく、少し頰を染めた可愛らしい主の姿だけだった。


「私の布団はこの押入れの中にありますが、長谷部さんのがありませんね……。」
「それでは俺の部屋から取って参ります。」
「あ、待ってください!私もついて行きます!」

 主はふすまを開けるのをやめ、俺の元へ駆け寄る。

(さっきまでの主なら、絶対について来なかったはずなのに……。)

 俺は少し疑問に思いながら、主に了承を伝える。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あれ、長谷部……と、主?どうしたの、こんな時間に。」
「清光さん!…ふふ、実は今日から二人で寝ることになったので、お布団をもらいに来たんです!ね、長谷部さん♡」

 主が今話しているのは、俺と同室の加州清光だ。

「あ、主!そのような言い方をされては、誤解を招いてしまいます……!」
「誤解……?」

 主が小首を傾げる。
(とても可愛らしいのだが……。今はそういう場合ではなくてだな……!)

「あー…。なるほどねぇ……。長谷部、今度話聞かせてよね。」
「わ、わかった。行きますよ、主。」

(若干誤解された感が否めないのだが、その誤解はまた今度解いておこう……。)

「え、ちょっ、長谷部さん!?誤解って一体どういう……。」

 俺は素早く布団を取り出した後、主の腕を掴んで、急いで部屋から出た。


「あの、長谷部さん、腕、痛いです…!」
「す、すみません主!」

(いつの間に強く握りすぎていたんだ……?主、申し訳ない。)

「あの、ところで……、誤解って何を誤解されるのですか?」
「あぁ、それですか。俺と主はですね…恋仲だと思われたのですよ…。」

 俺は主の方を見ないようにしながら言う。
 多分俺は今、すごく顔が赤くなっていると思うから。

「こいなか……?あ…!!」

 あるじは途端に顔を真っ赤に染める。

(主って意外と初心うぶなのか…。)
  俺は話をそらすことにした。


「ところであるじ、どうして俺についてきたんですか?」
「あ!忘れてました。お布団運びを手伝おうと思って来たんです。あの…私もお布団持ちたいです!」

 あるじは無邪気に微笑む。
(主は本当に人が変わったように優しくなったな……。)

「そうですか。でも布団って意外と重いですからね…。これなんかどうですか?」

 俺はあるじに枕を手渡す。

「えーっ、枕ですかー…。こんなの軽すぎます!それじゃあついてきた意味ないじゃないですか。」
「じゃあ布団持ちます?重いですよ?」

 俺はあるじに布団を手渡し、枕を受け取る。

「確かに……。お、重いですね……。」
あるじはただでさえ細いんだから、当たり前ですよ。さ、俺に貸してください。」
「はーい…。」


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