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矢崎未峻

vs赤毛の熊①

 熊は走るのが速いから走っても逃げられない。
 そんな話を聞いた事があるが、目の前にいるコイツは速すぎる。
 振り返ったら急ブレーキを掛けている赤毛の熊。
 半ば勢いが残ったまま攻撃態勢に入っている。
 このまま止まっていては、やられる。
 だから、熊の股下を野球やサッカーのスライディングの要領で潜り抜けた。
 直後、背後から聞こえる轟音と飛んでくるコンクリの破片。
 一撃でもまともに食らえば死ぬ事が分かる。

「くそ、反則だろ!」

 だが、そんな悪い事だらけの中ひとつだけいい事がある。
 コイツの狙いは、俺だけだ。だから

「俺が時間を稼ぐから逃げろ!!」

 みんなを逃がせる。
 立ち上がり様に指示を出して、熊の背中をよじ登る。
 狙いは奴の目!
 背中から剣を引き抜いて右目を切り裂く。浅いが、何とか成功。
 そのまま走って登り続け、後頭部に蹴りを入れてからジャンプ。
 後ろに身体を向けながら、ホルスターから魔導銃を抜き、左目を狙って発砲。
 右目を切り裂かれたことによる痛みで動いたため、狙いが少しズレたが瞼辺りを傷つける事に成功。

「これで、両目が暫く使えないだろ!?」

 とはいえ、逃げるに逃げられない。
 くそ、どうする?
 着地まであと1秒ほど。それまでに何か考えないと!

「グルゥア"!!」

「っ!?ぐっ!」

 あの野郎、反撃して来やがった!
 ギリギリ剣で防いだのと、空中だったお陰で衝撃は少なく、距離を取ることも出来た。
 ただし、構えた剣を支えるために添えた左腕はもう使えないが。
 転がって受け身を取りながら何とか着地。ケガの確認。

「折れたな。銃が使えない。いや、我慢すればまだイケるか?」

 撃てて1発、無理して2発ってとこか。
 この状態でやれるか?

「無理だな」

 けど、時間はそれなりに稼いだ。
 逃げるだけの時間はあった筈だ。

「グガァ!?」

 光の矢が、奴の左目に突き刺さった。
 あれは、ライトアロー?まさか。
 辺りを見渡せば、直ぐに見つけられた。

「ばかやろう!逃げろって言っただろ!?」

「バカはお前だ、バカ。オレたちは何をすれば良い?」

「俺を置いて逃げろ」

「却下。それ以外の指示をくれ」

「・・・逃げろよ。俺たちじゃ勝てないから、逃げてくれ。奴の狙いは俺だ。どこまでも追ってくる」

「なら尚更、その指示は承諾できねぇな」

「鼻を潰しましょう。それであの熊は、暫く追ってこれない筈です」

 おいおい、うそだろ?全員残ってるじゃねぇか。
 全員バカだろ。何で誰も逃げねぇんだよ。

「黒鉄君、帰ったら怒るからね」

 泣きそうな顔をした白亜が、左腕の治療を始めながら死刑宣告をしてきた。
 はは、熊と戯れるのとどっちが幸せかな?

「考えるまでもないか。もう良いよ、もう動くから。温存して、加耶の所まで戻ってろ」

 遠距離での回復魔法は効率が悪い。確かそう言ってたな。早めに改善しないとな。
 熊がこちらの位置を捉えるのと同時に、こちらも奴を見据える。
 左腕は動く。さっきより周りも見える。鼓動が早くない。落ち着いてる。
 逃げろとか言っておきながら、目の前に仲間が居るとホッとしてる。
 我ながら現金な奴だ。

「よし、それじゃあ。行くか」

 今度は、みんなで。

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