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「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

EX6-6 マーダー




 キリルは、魔王討伐の旅に出るまで、フラムと同じただの町娘だった。
 違いがあるとすれば、勇者の特性として人並み外れた身体能力を持っていたことだが――特に、剣の扱いについて訓練を受けたわけではない。
 ただ王国から与えられた装備が剣だったから、今までそれを使ってきただけだ。

 勇者という属性の特徴は、“万能性”だ。
 やろうと思えば何でもできる。
 “したい”と思えば、頭の中に選択肢が提示される。
 それが一度も使ったことのない武器や魔法だったとしても、である。

 ウェルシーの革を被った人狼型キマイラが、腕を振り上げる。
 それは人が放つ“殴打”というよりは、まるで怪物が爪を振り下ろすような動きだった。
 めちゃくちゃで、理にもかなっていないが、それでも十分な威力であることを、キリルは身を持ってしっている。
 だが――奇襲ですらないその“雑”な一撃が、キリルに命中するはずもない。
 軽く体を傾け避けると、彼女は最小限の動きで、白銀の篭手に包まれた拳をウェルシーのみぞおちに叩き込んだ。
 
「スタン」

 パンチ自体は軽く――軽いと言っても勇者基準・・・・ではあるが、オリジンコアの力を解放したキマイラを屠るほどの威力ではない。

「ぎゃふぅっ!?」
 
 だがウェルシーの体は、ふわりと宙を舞った。
 そして放物線を描きながら、手足をびくびくと痙攣させている。
 拳が命中すると同時に、魔力が神経系統に流し込まれ身体能力を麻痺させたのだ。

「まだ行ける」

 キリルは吹っ飛び離れていくウェルシーに接近すると、空中で並び、腹部に二打目を放つ。

「キャノン」

 またしても軽い殴撃。
 しかし、今度は魔力を威力に全振りしている。

「ゴゲアァッ!」

 “くの字”になって床に叩きつけられるウェルシー――もとい、そのフリすらできなくなったキマイラ。
 その勢いに床は耐えきれず、キマイラの体は貫通し、一階まで吹き飛んだ。
 背中を強打。
 衝撃による擬態の解除を期待したが、形態は維持されている。
 しかし人の姿をしている部分は間借り・・・しているだけだからか、ダメージを受け、ひしゃげて、赤黒い血がにじんでいた。

「ふぅ……余計に気分が悪い」

 確かにキリルはフラムから話を聞いていた。
 ウェルシーだけでなく、リーチや、フォイエ、そしてこの街やこのあとの戦いの中で命を落とした人々のことを。
 だがやはり、実際に見るのと聞くのとでは違う。

「わ、わわ、わかった、たた?」

 ろれつの回っていない少女の声が聞こえて、キリルは後ろを振り向いた。
 そこには捻じれた体を痙攣させた、辛うじて人間に見える“誰か”が立っていた。

「駅ぶりだね。やっぱりあなたが私をここに?」
「そ、そそ、うう」
「早くショコラのところに返してくれないかな」
「でき、でで、き、ない」
「私に復讐するために?」
「……」

 そいつは無言で、答えもしなかった。
 キリルは彼女に近づきながら、再び問いかける。

「私に復讐するために、よそからの旅行者を何十人も殺したの?」
「……わわ、わか、らなななな、いい」
「わからない? やったのは自分なのに?」
「わからら、らら、ない。わた、わたた、し、なに? なに、ため、めめめ。ここ、いる? ででも、おにちゃ、おにちゃ、すき。だから、らら――」

 もはや人型と読んでいいのかわからないほど捻じれた体。
 だが次の一言だけは、はっきりと、向けられた感情込みで伝わってきた。

「しんで」

 温度の無い、あまりに冷たい殺意。
 
「くっ!」

 とっさにキリルは体をのけぞらせた。
 するとその顎を、階下より放たれ、床を貫通した螺旋の弾丸がかすめる。

「そっちがそのつもりならッ!」

 よろめきながらも、キリルは目の前に立つ捻じれた少女に接近し、拳を振るった。
 だが触れようとしたその瞬間、姿が霞のように消える。

「わた。わたし、ここ、ここには、もう、うう、いない」

 そいつは、そんな言葉を残して消えていく。
 キリルは舌打ちをしながらも、前方に飛んで、何度か転がりながら、下から連続して射出される弾丸を回避。
 そして回転の勢いを利用して立ち上がり、両足で全力疾走して階段を目指す。
 跳躍して階段を全て飛び越えると、踊り場で手すりを掴んでぐるりと方向転換、一気に一階まで降りる。

「キリルちゃん、雪合戦って知ってるー?」

 キリルの着地を狙って、キマイラが複数の螺旋弾を放った。
 だが方向がでたらめだ。
 その弾丸は壁や床を接触し、削り――そこから、跳ね返る・・・・
 跳弾によるランダム性の高い攻撃は、先を読んで回避するのが困難だ。
 キリルは着地直後でまだ定まらない体勢のまま拳を構え、体のひねりを加えた渾身の右ストレートを繰り出す。

「ブランダーバス!」

 そこから放たれるのは、大小様々な、白い球体――魔力塊。
 いわば剣で放つ“ブラスター”の散弾版といったところか。
 その数はあまりに多く、ばらまくというより、弾丸の壁を前方に展開するようなイメージであった。
 キマイラの放つ螺旋弾の威力は高く、ブランダーバスの一発では止められないが、無数の弾丸に衝突することで勢いは削がれ、キリルにまで届かない。
 なおかつ、魔力塊は一気にばらまかれたかと思えば、一気に減速してその場に留まり、キリルを守っている。

「ひどいなー、キリルちゃんってば。私のことそんなに嫌いかなー?」
 
 だが、キマイラはキリルに接近することを諦めなかった。
 魔力塊に接触することを気にする様子もなく、その中を、堂々と歩きながら突っ切ってくる。

「でもねー、キリルちゃん。私たちがこうなったのは、キリルちゃんのせいなんだよー?」

 もちろん、浮かぶ光球にふれるたびにバチッとはじけ、ウェルシーの体は焼けただれていく。
 キマイラ本体にはダメージが無いので構わないということだろうか。
 あるいは――そうして崩れていく被害者・・・の姿を、キリルに見せつけようとしているのか。

「はぁ……」

 キリルはこれみよがしにため息をついた。

「見てるのか、聞いてるのか知らないけど、私のことが嫌いだって気持ちはわかる。この世にはオリジンもいなければディーザもいない。憎しみを向ける相手がいなくなって、もう残ってるのは私ぐらいだから。私はさらさら責任を背負うつもりはないけど、その感情までは否定しないよ」
「そうだよー、どうして生きてるの? 私たちは死んじゃったのに。キリルちゃんのせいで。キリルちゃんがオリジンの封印を解いたからー」
「でもね」

 嫌がらせとしか思えないキマイラの言葉は無視して、キリルは話を続ける。

「無関係の人たちやショコラまで巻き込んで、悪趣味な人形遊びをやってるお前は――私の敵だ。それ以下でも、それ以上でもない!」

 戦いは嫌い。
 血を見るのは嫌だし、誰かを殴ったり、傷つけたりはしたくない。
 でも、必要ならば出し惜しみはしない。
 放っておけば、もっと嫌な思いをするのは自分なのだから。

 肘を曲げ、顔の前に開いた手を構える。
 指先まで魔力を注ぐイメージで、満ちた指から一本ずつ折り曲げて、拳を作る。
 白銀の篭手は飽和した魔力でバチバチと雷光を放ち、やがてそれは手だけでなく、腕全体へと広がっていった。
 そして軽く足を広げ、腰を落とし、拳を振りかぶる。
 続けて脚部への魔力充填。
 放たれる熱で絨毯が焼け、床が溶ける。

 歩み寄るキマイラ。
 ウェルシーの顔は半分以上が崩れ落ち、内側からむき出しの肉と、元々の“鳥型モンスターの頭部”が露呈している。
 それでも笑顔は崩さず、キリルの名前を繰り返しながら近づいてくる。

 もはやそれは、キリルにとって的でしかなかった。
 元より、この世界は“再現されたもの”でしかないのだ。
 過去ではない。
 なぜなら本来いるはずフラムの姿がどこにも見えないから。
 であれば、容赦の必要など無いだろう。
 
「容赦なく、粉微塵に、あの不愉快な複製を吹き飛ばす――」

 ここ最近のストレス解消も込みで、キリルは地面を蹴る。

「レールガン!」

 ドゴォッ! と脚部の魔力が爆発的に解放され、その一瞬で屋敷を半壊させた。
 キリルの加速は音速をゆうに越え、衝撃波だけで壁を削り取る。
 キマイラとの距離は元から近い。
 つまり速度は減衰することなく、そのスピード全てを、相手の胸部に叩き込んだ拳の威力に乗せることが可能である。
 まず接触時の衝撃で、キマイラが纏っていたウェルシーの“ガワ”が弾けて消えた。
 そして――その直後に、拳に蓄えられた魔力が爆ぜる。
 辺り一帯が光に包まれ、キリル自身の視界すらホワイトアウトした。
 さらにその光は屋敷のみならず、外にまで溢れ出し、爆風を伴って巻き込まれた一切合切を粉砕し、溶解し、爆散させる。
 無論、巻き込まれたキマイラの跡形など、残るはずもなかった。

「ふぅ……さすがにやりすぎたかな」

 フォロースルーで前傾姿勢になっていたキリルは、体を起こそうとしてふらりとよろめく。
 すでにブレイブは発動済みだ。
 彼女の全てのステータスは2万を越え、5年前のキマイラたちを凌駕するほどになっている――とはいえ、使用後に昏睡状態になってしまうという欠点はそのまま。
 あれだけド派手に魔力を放っては、タイムリミットも近づくというものである。
 さらに、軽く後悔するキリルの目の前に、見覚えのある黒い球体が転がってくる。
 
「……げ」

 キマイラは滅せても、オリジンコアは滅せず。
 こんな偽物の世界でも、それはしっかり再現してあるようだ。

「もう見たくもないんだけどな」

 キリルは反射的にそれを蹴飛ばした。
 黒い球体はコロコロと、瓦礫の隙間に消える。

「にしても……さっきのやつを倒しても出られるわけじゃない、か。王都を再現してあるみたいだけど、どこが出口になってるのかな」

 ちょうど建物も無くなったので、王都全体が見回せる。
 出口らしき場所を探してぐるりと一周していると――

「グギャアァァァアアッ!」
「ギエェェェエエエエッ!」

 汚い叫び声が聞こえてきた。
 飛竜型キマイラが近づいてきている――それも二体。
 先ほどの攻撃に引き寄せられてきたのだろう。

「やだなあ、本当に。私はショコラに会いたかっただけなのに」

 愚痴りながらも、戦闘態勢を取るキリル。
 脱出口は、未だ見つからず。



◇◇◇



「はぁ……はぁ……はぁ……」

 ショコラは額や背中に冷や汗を浮かべながら、肩で呼吸する。
 震える両手には、キリルから渡されたお守り――白銀の剣が握られていた。

「は……あぁ……うああ……ああぁぁああああ……っ!」

 刃は血に塗れている。
 ショコラ自身の腕や顔にも――返り血・・・が飛んでいた。

「おとうさ……あ、おかあさん……私……わたしぃっ……!」

 そうするしかなかった。
 襲いかかってきた二人を止めるには、その剣で二人を斬り殺すしかなかったのだ。

「こんなはずじゃ……なかった……こんなこと、したかったはずじゃ……!」

 カラン――と、手から剣が滑り落ちる。
 少し遅れてショコラ自身の脚からも力が抜け、壁伝いに座り込む。

 剣の切れ味は相当なもので、父は首から脇腹にかけて斜めに分断されており、ショコラの目の前に二つに分解された死体が転がっている。
 そうしようと狙ったわけではない。
 ただ、父が目の前に迫ってきたから、とっさに剣を振り下ろした――その結果である。
 
 一方で、遅れて襲って来た母に対してショコラは、胸を突き刺した。
 だが母は痛がる素振りを見せずに、なおも腕を伸ばし、血で赤く汚れた歯をむき出しにして娘を喰らおうとした。
 すぐさま剣を引き抜こうとしたショコラだが、肋骨に刃が引っかかりうまくいかない。
 そこで彼女はがむしゃらに腕に力を込め、骨ごと肉を断ち、脇の下あたりから刃を脱出させた。
 その拍子に母の右腕が落ちたものの、なおも彼女は活動を継続。
 ショコラは錯乱状態のまま剣を振り回し、頭部の上から半分を斬り落とし――ようやく、動きを止めた。
 とはいえ、父とは異なり完全に死んだわけではないようで、輪切りにされた頭蓋から脳漿を垂れながしながらも、母はビクビクと体を痙攣させている。

「あ……ああっ、あしゅ、ししゅ……っしょ、ああ、ひうっ……」

 時折、口から血と唾液とともに吐き出される声に、わずかな“まともな”母の面影を感じ、ショコラは現実逃避するように両耳を塞いだ。

「違う……ちがう……ちがう……たすけて、先輩……たすけて、たすけて……」

 そして青ざめた顔を左右に振る。
 しかし目の前の光景は変わらず。
 むしろ地下室に異臭が充満することで、“殺した”という実感は増す一方だ。

 たとえ、いくら二人が死者だったとしても――両親を手に掛けたという事実は変わらないのだから。

 そのまま地下室で身動きが取れなくなったショコラ。
 無論、どれだけ呼んでもキリルが助けに来ることはない。
 もちろんショコラは、キリルが店を出た自分を追いかけていたことを知らないわけで――だからこれは『仕方のないこと』なのだ。
 助けに来ないからといって、誰かを責めたりはしない。
 全ては自分が選んだこと。
 自業自得。
 もっと早くキリルに全てを伝えていれば。
 『あと一週間だけでも家族を続けたい』などとわがままを通さなければ。
 父は死ななかったし、自分が二人を殺すこともなかっただろうに。

 悔いて、責めて、嘆いて、嘆いて――そんな資格は無いと自分を責めて、また悔いて。
 そのループが延々と続いた。

 なぜ父が死んでいたのか。
 どうして死ぬ必要があったのか。
 そもそも、いつ死んで、いつ蘇ったのか。
 ひょっとすると、昨日の父の様子がおかしかったのは、すでに死者だったからではないのか――後悔の合間合間に、無意味な推察を挟む。
 だがすぐに自責の念に上書きされて、考えはまとまらない。

「ううううぅぅぅううう……!」

 時折ショコラの喉から漏れるうめき声は、自分を殺したくなる衝動から目をそらすためのものだった。
 そのまま、どれぐらいの時間をそうして過ごしていたのだろう――彼女がふと顔をあげて、目を開くと、

「ごご、め、んん。なさ、ささ。い」

 捻じれた顔が、こちらを覗き込んでいた。

「ひっ……!」

 もはや叫び声すら出ない。
 肺が引きつり、体がこわばり、ショコラは壁にすがりつく。
 だがなおもそいつは、どこか悲しげに語りかけてきた。

「おお、な、じ。おにちゃ、お、なな、じじ。なのに、ににに。かなし。どど、して。ど、して……でも、もも、わわ、た、わた、し。おにちゃ、だから。ごえん、なさささ、い」

 声を聞いていると、相手が悪意を持っているわけではないことは伝わってきた。
 それでも恐ろしいものは恐ろしいので、ショコラの恐怖が和らぐわけではないのだが。

「もう、何なの……? あなたがやったの? お父さんを、こんな……っ!」
「……」

 化物は何も答えない。
 すると、プルルルル――と、地下室に端末の着信音が鳴った。
 化物とショコラは、部屋の隅に無造作に落ちている端末を見る。

「お父さんの端末……っ!」

 ショコラは這いずるようにそれに近づき、手にとった。
 画面には発信者の名前が表示されている。

「先生って……」
「おにちゃ」
「え?」
「おにちゃ、かか。ら。で、でで、て」
「先生は、あなたのお兄さんなの?」

 震える体で、辛うじて頭を下げるような仕草を見せる化物。
 二人が兄妹だからと言って、何がわかるわけでもないが――ひとまずショコラは端末を耳に当て、『先生』と初めて言葉を交わすことにした。

「……もしもし」
『その声は……そうか、生き残ったのか。それは運が良かったな』

 聞こえてきたのは、思っていたよりも落ち着いた、大人の男性の声だった。
 低く、感情の読み取りにくいその声は、冷たい――というよりは、無気力にも聞こえる。

「私のこと、知ってるの?」
『ああ、知っているさ。キリル・スウィーチカに近づいてくれたんだろう? そのまま殺してもらうつもりだったが、計画は失敗してしまったらしいな』
「お父さんをけしかけたのは、やっぱりそのつもりで……」
『それもある。だが一方で、私は真実を教えただけでもある』
「真実なんかじゃない。先輩は操られてたって言ってた! そのことを、あんたは知ってたんじゃないの!? 知ってた上で、わざと隠したんだ!」
『信じたのか、キリル・スウィーチカの言葉を』
「え……?」
『自分の母を死に追いやった人間の言葉を、少し絆されたぐらいで信じたわけか。単純なんだな君は』
「じゃあ、違うっていうの? 先輩が嘘をついてたって!」
『いいや、彼女が操られていたのは事実だ。エターナ・リンバウとジーン・インテージから確認は取れている』
「っ……ふざけないでっ! それで私を弄んでるつもりなわけ!?」

 涙混じりに、声を荒らげるショコラ。
 化物はそんな彼女の様子を、少し離れた場所でじっと見つめている。

『確かに――言われてみればそうだな。なぜ私は今のような言葉を発してしまったのだろう』
「は?」
『ひょっとすると、私は苛立っていたのだろうか。なるほど、そうかもしれないな。キリル・スウィーチカと懇意にしている君という存在が、気に食わなかったのかもしれない』
「何、わけのわかんないこと言って……」
『そうか、そういうことか。いや、私らしくないと思っていたんだ。なぜ食事に毒など入れさせたのか。同じ被害者である君の父や君自身を殺す必要など無いはずなのに、そのようなことを君の母にさせたのか。なるほど、“苛立ち”――そう考えると説明がつく』
「毒……? 今、私にも毒って……」
『ああ、君の父親が先に死んだのはたまたま――というより、年齢による体力差だな。自覚は無いだろうが、すでに君の体も父親と同じ毒に蝕まれている』
「そんな、どこでっ!?」
『母親の作った食事だよ。入れさせたんだ、私が。そう指示を出して』

 ショコラの体から血の気が引いていく。
 心当たりがあるわけではない。
 だが先生の言う通り、いくらでも毒を仕込む時間があったことは間違いない。
 
『君は……そうだな、今日一日保てばいいほうだろう』

 余命宣告は、あっさりと行われた。
 いささか現実感の無い言葉だったが――ショコラのすぐ横には、その実例が転がっている。

「……何なの。何が目的なのぉっ!」
『人は私を冷静沈着で打算的な男だと言うが、今回に関しては違う。行きあたりばったりだよ』
「行きあたりばったりで、一体どれだけの人間を殺すつもり!?」
『最初は、私と同じ五年前の被害者を救うつもりだった』
「だったって……何で、そんなに適当に……殺すとか、死ぬとか……!」
『本当はどうでもいいのかもしれないな、他人の命も、キリル・スウィーチカへの復讐も。真に復讐するべきオリジンもディーザとやらも、この世にはもう存在しないのだから。守るべきものもいない。私の命は無価値なんだろう』
「だったらとっとと死ねばいいでしょうがぁッ! 一人でっ! 誰も巻き込まずにぃッ!」
『ごもっともだ』

 ショコラの、声が枯れるほどの怒声を聞いても、“先生”の感情はびくともしない。

『しかしな、困ったことに、私には見つけられないのだが――私の中のどこかには、キリル・スウィーチカを殺したいと思う感情があるらしい。多少なりとも、他人を巻き込んでも構わないと考える程度には。しかしそれは――』
「もう、いい。わかった。要するにあんたは、私を人質にしようとしてるんでしょ? 先輩を殺すために私を使いたいんだ」
『それはどうだろうか。私は最初、君が父親に殺されるだろうと予想していた。仮に生き残ったとしても、君は毒で今日中には死ぬ。解毒剤も無いから、人質としては有効ではない。ああ、でもそうだな……君がキリル・スウィーチカに絆されただけでなく、逆もあるわけか。だったら、人質ではなく、目の前で死んでもらうのが有効かもしれない。どうだ、ショコラ・チコルラトル。彼女は君が死んだら、多少なりとも悲しんでくれると思うか?』

 ショコラは端末を握る手に力を入れ、歯を強く食いしばりながら、潤んだ瞳から涙を流す。
 なぜそうも、大切なことをさらっと言ってしまうのか。
 解毒剤が無い、と――だったらショコラが死ぬのは、もう決まったことではないか。

「は……あはは……そんなの、悲しむに決まってるじゃん。先輩は、かわいいかわいい後輩のことが大好きでたまらないんだから。世界の終わりみたいに、わんわん泣くに決まってるでしょうがっ!」
『そうか、それはよかった』

 ショコラの八つ当たりも皮肉も、先生には届かない。

「う……うぅ……うわあぁぁぁあああああっ!」
 
 ありったけの感情をぶつけた言葉を簡単に流されると、ショコラは端末を手から落とし、泣いているのか、怒っているのか、自分でもわからない叫び声を室内に響かせた。
 その様子を見守っていた化物はショコラに近づくと、落ちた端末を拾い上げ、耳らしき場所に当てる。

「おに、ちゃ」
『彼女を連れて戻ってくるんだ』
「わ、わか、た」

 化物が涙を流すショコラの肩に触れると、二人は一瞬でその場から消える。
 地下室には、両親の亡骸だけが残された。
 


◇◇◇



 フラムはエターナに連絡を取ったあと、ミルキットをお姫様抱っこして、急いで王城方面へと向かっていた。
 エターナやジーンが普段いる研究所もその近くにある。

「ご主人様……」

 エターナとの通話を切った直後、フラムはミルキットに『後で説明するから』とだけ言って駆け出した。
 その表情だけで、事態が深刻であることが伺える。
 ミルキットはエターナとの会話内容を聞いていないので、なぜフラムがこんなにも焦っているのかはわからない。
 だが聞いたところでミルキットに何かができるわけではないだろう。
 今の彼女にできることは、フラムが移動しながら通話できるように、耳に端末を当てておくことぐらいだ。

「はい、クロスウェル・マトリシスです。資料は研究所に持ってきて――え、ウェルシーさんの関係者としてすでに名前があがってる?」

 地上の人々は、空を飛び移動するフラムを見上げて歓声をあげている。
 
『本人はもちろん、研究所の人間にも証言を取っている。だが誰もが口を揃えて『彼に不審な点は無い』と言っていた。もちろんシア・マニーデュムもな』

 端末の向こうでアンリエットが答えた。
 彼女の手元には資料は無かったが、それぐらいの情報なら頭に入っていた。
 クロスウェルはそれだけ、軍に所属する人間の間でも有名人ということである。
 フラムも、エターナたちの同僚として、名前ぐらいは聞いたことがあった。
 もっとも彼女の同僚は一人や二人ではない上に、人となりまで知っているわけではないので、自身の知識だけでは容疑者として個人を特定することはできなかった。

「でもウェルシーさんと関係あるんですよね?」
『直接ではないが、リーチ・マンキャシーに雇われていた冒険者だったようだな』
「がっつり関係してるじゃないですか……やっぱりおかしいですよ、研究所の人たち!」
『すでに何らかの魔法がかけられているということか。だが、エターナ・リンバウやジーン・インテージに気取られずに、そのような魔法をかけることが可能なのか?』
「不可能でしょうね。ただ一つの方法を除けば」
『それは――』

 アンリエットがそう尋ねようとした瞬間、彼女のいる宿舎の部屋の窓がバンバン! と叩かれた。
 ミルキットを抱えたフラムが、重力を無視して外に立っている。
 端末をテーブルに置いたアンリエットは窓を開き、二人を室内に招き入れた。

「さすがに心臓に悪いぞ」
「すいません、端末越しより直接話した方が早いと思って」

 フラムの腕の上にいるミルキットはぺこりと頭を下げた。
 そして三人はソファに腰掛け――降ろされたミルキットは微妙に寂しそうな顔をしていたが――クロスウェルについての情報交換を再開する。
 と、ちょうどその時、部屋の扉がノックされ、兵士がクロスウェルに関する資料を運んできた。

「ナイスタイミングですね」
「本来はこれを研究所まで持っていく予定だったんだ。それで、クロスウェルについてだが――先ほど話した通り、リーチ・マンキャシーに雇われていた。主な仕事は、馬車の護衛や貴重な素材の収集だったようだな」
「リーチさん、こんな人まで雇ってたんだ……」
「なのに薬草の収集はご主人様とセーラさんに頼まれましたね」
「すでに有名人だったからな。堂々と、教会に禁じられている薬草を取らせるわけにはいかなかったんだろう」

 Sランク冒険者を雇う――それは商人としての地位を示す意味もある。
 秘密裏に手を組み、表にできない仕事を任せるのもいいが、公表することにそれ以上のメリットがあるのだ。
 それに、リーチはサティルスのように、裏でこそこそと動く冒険者を雇うのは好まないタイプだ。
 フラムやセーラの時は、妻であるフォイエが病に伏せっていたということで、特例だったと考えられる。

「他にクロスウェルについて気になる情報はありませんか?」
「話すより目を通してもらった方が早いだろう」

 フラムは手渡された資料に目を通す。
 ミルキットも邪魔しないように覗き込んだ。
 
「幼い頃、両親に捨てられ孤児院へ。十代に冒険者になり、魔法の才能が開花。数年のうちにSランクに上り詰めた。報酬のうちの大半は、孤児院に寄付していた」
「そこまで悪い人、には聞こませんね」
「うん……でもその後、教会運営の孤児院が増えたことでクロスウェルの育った孤児院は閉鎖。彼は孤児院に居た“キナ”という少女をツテを使ってリーチさんの屋敷で雇わせた……」
「キナって……あのキナさんですか!?」

 当然、二人とも覚えている。
 操られたキリルによってオリジンの封印が解かれ、王都が火に包まれた五年前のあの日――リーチの屋敷で捻じれながら死んだ、あの少女のことを。

「クロスウェルって人、キナさんとお知り合いだったんですか……」
「キナという少女のことを知っているのか?」

 アンリエットの問いかけに、フラムは静かに頷く。

「そっか、あの馬車に乗ってたの、キナさんだったんだ」
「何だって?」
「見覚えがあるはずだよ。目の前で死んだんだから……」
「じゃあご主人様、クロスウェルはネクロマンシーの技術を使ってキナさんを蘇らせたってことですか!?」
「ううん、それだけじゃああはならないと思う。最初はシアさんの能力を使ってキナさんを生き返らせようとしたんじゃないかな。でもうまくいかなくて……出来上がったのは、あんな化物だった」

 もはやキナと呼べるかもわからない、体の捻じれた怪物。
 しかし完全に失敗したわけではなく――彼女は、微かではあるがキナの意識や記憶らしきものを保持していた。

「だったら、やっぱりそうだ。クロスウェルって男はすでにシアさんの能力を……仮に違ったとしても、それに近い力を自由に操っている……」
「さっきからどういうことだ? シア・マニーデュムの“夢想”は人々の“噂”があって初めてなりたつ魔法のはずだろう」

 シアのもつ夢想の属性は、まずシア自身が“存在しない事象”、あるいは“存在”を実在すると信じ込むことで発動する。
 その後、周囲の人間が夢想によって具現化した存在を信じることにより、信じた人間一人一人から微小な魔力を吸収し、さらにその存在を大きなものとしていく。
 つまり、第一に『シア自身が信じること』、そして次に『周囲の人間が生じた存在の実在を信じること』の二段階が必要となる。
 そういったハードルの高さがあるため、研究所による管理が行き届いてさえいれば、絶対にシアの能力は発動しないはずだった。
 
「アンリエットさん、研究所に向かいましょう。私がどれだけ話したって想像の範疇を越えません。行って暴くしか無いんです!」
「その前に多少の説明は聞きたいが――わかった、そうしよう」

 アンリエットは立ち上がり、ハンガーにかかったコートを羽織り、壁にかけられた剣を手にする。
 フラムは再びミルキットを抱えると、

「先に行ってます!」
「ああ、すぐに追いかける」

 窓から飛び出し、すぐそばにある研究所を目指す。
 ミルキットはフラムの首に腕を回し、ぎゅっと抱きついていた。

「さっきのエターナさんとの通話だけど――」

 走りながら、フラムは口を開いた。

「シアと接触した人間の名前を聞いたら、エターナさんはすぐにクロスウェルの名前を出してくれた。でもね、『絶対に彼は犯人じゃない』って言うし、リーチさんとのつながりも教えてくれなかったの」
「どうして……エターナさんだったら、多少なりとも疑うはずです!」

 フラムは研究所の入り口をくぐり、受付で一旦止まる。
 入館証は持っていない。
 
「そう、だからね、たぶん何かしらの魔法をかけられてるんだろうと思って。誰もこの状況に気づいてないってことは、たぶんジーンや、シアさん自身も」
「そんなことありえるんですか? だってエターナさんですよ!?」
「ありえないと思いたいけど――もし本当に、クロスウェルがシアさんの能力を使いこなしているんだとしたら」

 アンリエットが言っていたように、シアの力は条件が満たされて初めて発動するもの。
 それを任意に操る方法など想像もつかないが――まあ、それも見て確かめればわかることだ。

「エターナさん、入りますね」

 端末で会話した時に、エターナの現在位置は聞いている。
 フラムはミルキットを下ろすと、返事も聞かずに室内に踏み込んだ。

「フラム。いきなり通話を切ったかと思えば、急に部屋に入ってきたりして……」

 椅子に座ったまま、くるりとフラムの方に振り返るエターナ。
 フラムは彼女に気持ち大きめの歩幅で近づくと、顔を寄せて問いかけた。
 
「エターナさん、単刀直入に聞きます」
「その前にわたしの話を聞いて欲しい」
「クロスウェルに怪しい点はありませんか?」
「だから……はぁ。彼が犯人というのはありえないから」
「理由を教えて下さい」
「理由と言われても、ありえないものはありえない」
「クロスウェルはリーチさんに雇われていたそうですね」
「それはそうだけど……」
「私が遭遇した怪物は、どうやら彼と仲の良かった、“キナ”というリーチさんの屋敷で働いていた給仕の女の子だったようです」
「気の所為かもしれない」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「どうもこうもない。わたしはそう確信しているという話。彼を疑うぐらいなら、他の人間を調べた方がいい」

 フラムは頭を抱え、「はぁ」と大きくため息をついた。
 エターナはその仕草を見て怪訝そうな顔をしている。

「フラム、さっきの通話もそうだったけど様子がおかしい。何か気になることがあるなら言って欲しい」

 フラムの苛立ちは、エターナはもちろんミルキットから見ても明らかだった。
 だが一方で、エターナの言動に違和感があることに、ミルキットは気づいている。
 そしてフラムの苛立ちが、エターナに向けられているわけでもないことも。

「今の世界でそうそうまずいことなんて起きない――というより起こせない・・・・・と思ってたけど、そうでもないんだね」

 そう言ってフラムは、エターナに向けて手をかざす。

消し飛べリヴァーサルッ!」

 手のひらから放たれる膨大な量の魔力。
 それは保険・・でもある。
 万が一、エターナに仕掛けられた“それ”が、フラムが想定している以上の強度・・を持っていた場合の――

「フラム、一体何をっ!?」
「ご主人様!?」

 エターナとミルキットの驚愕は当然のことだ。
 しかし、二人が反応する頃には、すでに事は終わっていた。

「これでよしっ、と」

 フラムは軽く手を叩きながら、一人達成感に浸る。

「答えてフラム。今のは何を消して――」
「エターナさん、もう一度聞きます」
「まずはわたしの質問に答えて」
「その答えを探るために必要なんです。ですから聞かせてください。クロスウェルは怪しいと思いますか?」
「何度同じ質問をされてもわたしの答えは変わらない。クロスウェルを疑うだけ――」
「どうしてそう思ったんですか?」
「……」
「今のエターナさんは、あの男の怪しい点が思い浮かぶはずです」
「どうして……」
「おかしいですよね。理由も無しに、無条件に信じるなんて」

 エターナは理解し、戦慄した。
 自分の思考に生じた異常と、その異常を認識できていなかった自分自身に。

「……フラム。これは、クロスウェルがやったこと?」
「おそらくは。たぶん研究所にいる人たち全員にこの魔法がかけられてるんだと思います」
「ご主人様。それって、クロスウェルという人を疑わないようにした、ってことですか?」

 ミルキットの言葉に、フラムは頷く。

「“絶対に誰にも気づかれない認識齟齬魔法”、そう条件付けをして力を発動させたんだと思う。エターナさん、シアさんはどこにいますか?」
「施設内にいるはず。おそらくはジーンと一緒」
「会いに行きますか、ご主人様」
「うん……と思ったけど、クロスウェル本人に会ったほうが早いかもね。もしここにいるんなら」
「あの男は施設内にいるはず。基本的にあまり外には出ない」
「案内してもらってもいいですか?」
「もちろん」

 エターナの先導で部屋を出るフラムとミルキット。
 クロスウェルが使っている研究室はそこからすぐ近くだが、そこにたどり着くまでの間に、フラムはエターナに、キリルやショコラの今の状況を話した。

「キリルが消えた?」
「ショコラって子の家に入った途端、です。追いかけようと扉を開いてみたら、もう違う場所に繋がってました。それで私でも入れそうになかったんで、こちらに来たんです」
「現実味のない光景でした……まるでカムヤグイサマに追われていた時に見た、あの違う世界のような……」
「フラムはそれを見て、シアとのつながりを感じ取ったと」
「それ以外にあんなことできる人間、いないと思ったんで」

 部屋の前に到着すると、いつもの癖なのか、ノックしそうになるエターナ。
 だが直前で手を止めた。
 逃げられては意味がない、問答無用で踏み込むべきである。
 無言でドアノブに手をかけ、扉を前に開く。
 室内には――クロスウェルの姿は無かった。
 研究に使われている台の上には、魔法が封じられているであろう半透明の鉱石がいくつも転がっており、デスクには書類が散乱している。

「おかしい。この時間は研究所内にいる予定になっていたはず」
「外出記録は残らないんですか?」
「受付に聞けばわかると思う。わたしが行ってくる」

 魔法に気づけなかった後ろめたさがあるのか、エターナはすぐに部屋を出て研究所の入り口へと向かった。
 残ったフラムとミルキットは、室内を物色する。

「色んな石がありますね。それぞれに違う魔法が封じられているんでしょうか」
「鉱石ごとに魔法との相性があるって言うからね」
「オリジンコアの素材も、黒水晶でしたもんね」
「うん、だからシアの夢想も、それに適した鉱石を探すところから始めると思うんだけど……」

 フラムは台の前で足を止め、そこに置かれていた無色透明の水晶を手にとった。

「うわあ、綺麗な石ですね」
「……」
「ご主人様?」

 ミルキットがフラムの顔を覗き込む。
 彼女は眉間に皺を寄せていた。

「この石から、ジーンとかカムヤグイサマと似たような気配を感じる……」
「ええっ!? じゃあ、これがシアさんの魔法を封じた石……? でもっ、こんな場所に無造作に置かれているものなんですか?」
「もう隠す必要も無くなったのかもね」

 そう言って、今度は書類が置かれたデスクの前に移動するフラム。
 そのうちの一枚を手にとり、軽く目を通すと、彼女はそれをミルキットに見せた。

「ほら、こっちも」
「他者の魂魄を経口摂取することによる、死者の蘇生……? まさか、これがネクロマンシーの資料を使った、研究?」
「死者に生きた人間を食らわせることによって、強引に“魂の器”を満たす。あの下半身だけ切断された人たちは、おそらくこのための“餌”だったんだろうね」
「そんな、ひどいですっ!」

 フラムも憤りを覚え、書類を握る手に力が入る。

「でもご主人様、それにしたって犠牲者の数が多すぎませんか?」
「たぶん、蘇生してたのは一人や二人だけじゃないんだよ。それこそ、隠していても『死者が蘇る』って噂が流れるぐらい、何人か、あるいは何十人かをクロスウェルは蘇らせてる」
「何のためにそんなことを……」
「それもキリルちゃんへの復讐なのか――それとも、単純にダフィズさんと似たような思想を持っていたのか」

 ただ死者を蘇らせて救いたい。
 同じ被害者が多数存在するからこそ、彼らに手を差し伸べたいと思った。
 キリルへの復讐とはまた別の感情として、孤児院に寄付を続けるほどできた・・・人間だったクロスウェルの中に存在していてもおかしくはない。
 
「キナさんを蘇らせるための実験として、繰り返していた可能性も……ありませんかね」
「それもある……っていうか、それが一番可能性が高いのかもね。シアさんの力を使って蘇らせる実験は、真っ先に失敗してたんだろうし」

 “蘇った死者”を、より“完璧な生者”に近づけるためには、実験を繰り返す必要があった。
 そのためには、“生き返らせても問題が無い”人間が必要だ。
 おそらくショコラのような五年前の王都で家族を失った者は、そんなクロスウェルにとって都合のいい存在だったに違いない。

 手がかりを求めてさらに部屋を探るフラムとミルキット。
 すると、受付にクロスウェルの居場所を聞きに行ったエターナが戻ってきた。

「クロスウェルが外出した形跡は無かった」
「あの、受付の人も、エターナさんみたいに魔法がかけられていた可能性は無いんですか?」
「それも考えて、入り口を撮影した映像も確認してきた。もちろんそこにもクロスウェルは映っていなかった」

 この世界において最先端の技術を生み出し続けるのたこの研究所の役目だ。
 かつて古の時代に“監視カメラ”と呼ばれていたものも、すでに試験的に運用が始まっているらしい。

「研究所にいたことは間違い無いんですか?」
「入ってきたのは確認している」
「入ってきたのに……出ていっていないんですねぇ」
「他に出口は?」
「非常用の出口だから普段は解放されていない。廊下に出て見ればわかるけど、変わった様子は無かった」
「じゃあ、施設の中にいながら、どこかに消えてしまったんですね……」
「望みは薄いですが、どこかに隠れてるかもしれません。施設内を探してみようと思います」

 隠れていれば、フラムならば気配でわかる。
 そういう意味でも、現時点ですでに“望みは薄い”。
 それでも、彼が“気配を消す”魔法を使っていないとも限らない。
 
「わかった。わたしも一緒に――」
「いえ、エターナさんはこの部屋を調べてもらっていいですか。その台の上にある水晶や、デスクに置かれた資料――どうやらクロスウェルは、今回使った研究成果を、無造作に放置していってるみたいなんで」
「……挑発的。前から鼻につく男とは思ってたけど気に食わない」

 エターナの青い瞳に闘志が宿る。
 魔法をかけられていたことに憤っているのだろう。

「だけど、フラムにも協力者がいたほうがいい」

 さっそく資料に手を伸ばしながら、エターナが言った。

「もう少しでアンリエットさんたちが到着します。あと、ついで・・・にジーンあたりの魔法も解除して協力してもらいますよ」
「それは助かる。おそらく“気づかれないうちに魔法をかけられた”ことを知ればジーンはやる気を出すはずだから、役に立つはず」
「できれば頼りたくないんですけどね」

 とはいえ、これはキリルの命に関わることだ。
 手段は選んでいられない。
 エターナを残して部屋を出たフラムとミルキット。
 フラムは通り掛かる研究者たちに片っ端から反転の魔法をかけ、クロスウェルが仕掛けた思考への干渉を解除しつつ、シアとジーンのいる部屋に向かった。



◇◇◇



 五年前の燃え盛る王都――それを再現した奇妙な空間で、キリルの戦いはまだ続いていた。
 最初の戦闘での無駄な消耗を反省して、以後は近接攻撃を主体に、襲いくるキマイラたちを打ちのめしていくキリル。

「アルターエゴ」

 立ちはだかる飛竜型キマイラに対しては、無数の分身を作り出し、相手を取り囲むと、

「キャノン」

 “威力”、そして“重さ”を重視した拳による一撃を叩き込む。

「グギャオォォオオオンッ!」
 
 四方八方から圧迫されたキマイラは破裂・・し、裂け目や口、鼻などあらゆる穴から血と臓物を撒き散らしながら息絶えた。
 続けて、間髪を入れず襲いかかってきた獅子型キマイラには、

「ブランダーバス」

 拡散弾、ゼロ距離射出。
 本来ならば広範囲に散らばるはずの弾丸を一気に撃ち込まれ、キマイラは体内をズタズタに貫かれながら、空中に放物線を描く。
 お次は人狼型キマイラの群れだ。
 キリルはとっさに、倒れている飛竜型キマイラのしっぽを掴んだ。
 そして、握ったその死体を巨大な“戦斧”と定義。
 勇者としての力により、その“扱い方”を呼び出し。
 瞬時に理解すると、大胆にもその武装を水平に振り回した。

「っ、トルネードッ!」

 さすがに重たかったのか、キリルは歯を食いしばり、腕にも意識して・・・・力を込める。
 ブオォンッ! と振り回された飛竜型キマイラは、ただぐるりと一周しただけで、その場に激しい竜巻を生み出した。
 キリルを取り囲んでいた人狼型は、その風の刃と瓦礫を巻き込んだ嵐に飲み込まれていく。
 竜巻が生じたのはほんの十秒ほどだ。
 だがその時間の中で、人狼型たちが受けた斬撃、打撃の数は、四桁――あるいは五桁に及ぶほどであった。
 もちろんキリルが放ったものだから、威力も折り紙付き。
 彼らの肉体は粉微塵となり、風が止むころには、オリジンコア以外何も残っていなかった。

「これで一段落、と思いたい」

 敵の姿がひとまず見えなくなり、キリルは一息ついた。
 無尽蔵に湧いてくるように思えるキマイラだが、確実に、その数が減っていることは気配でわかる。
 ひとまず王都内に残っているのはあと少しだ。
 だが問題は、それを全て倒したところで、この空間から脱出できる保証が無いということだ。
 敵がこちらに向かってくる以上、倒す以外に選択肢は無いのだが、全滅させてもなお出口が現れないのなら――そんな不安が、キリルの脳裏をよぎる。
 すると、彼女は次の気配が近づいてくるのを感じた。
 大きさからして、またもや人狼型キマイラの群れか。

 ワーウルフの胴体に鳥の頭、そして熊の両腕を取り付けられた化物たちが、ぞろぞろと現れる。
 あいも変わらず気持ちの悪い光景で、作った人間の美的センスを疑いたくなる。

「クケェェェエエエエッ!」

 飛びかかってくるキマイラ。

「もう少し見た目に気を使えばいいのに」

 ぼやきながら、拳を構えるキリル。
 懐まで飛び込んできた時に、一撃で仕留めるつもりだったが――キマイラの動きはキリルの拳のリーチ外で、ぴたりと止まった。
 しかも、空中・・で。

「ひどいことを言うのねぇ、勇者さまはぁ」

 そしてキマイラは、急速に形を変えて、金髪の女性の姿に変態した。

「エキドナ……!」
「私にとってキマイラちゃんはぁ、とぉーってもかわいい子供ですのよぉ?」

 キマイラの背中には、赤い管が突き刺さっている。
 他のキリルに襲いかかろうとしていたキマイラたちも同様に、背中に管が突き刺さり、エキドナの姿に変わっていった。

「どうしてあなたがここにいるかはわかりませんけどぉ」
「キマイラちゃんを馬鹿にする勇者さまはぁ」
「おしおきしてぇ」
「突き刺してぇ」
「中身をぐちゅぐちゅ注いでぇ」
わたしに・・・・してあげますわぁ♪」

 本体は、脚の間から無数の赤い管を伸ばしているはず――だが今のところ、見えるのはエキドナの姿に変えられた分体だけだ。
 キリルは本体を探そうと分体たちに背中を向けたが、その行動で得られた結果は、すでに自分が取り囲まれているという情報を得ることだけ。

「くっ……」

 エキドナのこともまた、フラムから聞いている。
 一見して、人の形をしている時点で他の化物たちよりもひ弱そうに見えるが、あの分体たちには魂喰いを噛み砕くほどの力があるらしい。

 周囲一帯は、キリルの魔法により建物が破壊され、遮蔽物の無い平坦な地形になっている。
 ここで四方八方から襲いくる相手とやり合うのは、得策ではない。
 できれば一旦距離を取って、地の利を得られる場所に移動したいものだが――

「ぉぉぉぉおおおおおおお――」

 そのとき、キリルは遠くから迫る、不気味なうめき声を聞いた。
 同時に、ゴガガガガガッ! と地面を揺らすほどの破砕音・・・が響く。
 まるで建物を――いや、街そのものを踏み砕きながら、こちらに近づいてくるような。

「今度は何っ!?」

 さすがにキリルも焦っている。
 そんな彼女の前に現れたのは、無数の――あまりに多くの人体と人体をつなぎ合わせて作られた、“ムカデ”のような怪物であった。
 王都の門を塞ぐようにそそり立っていた“死者の塔”が倒れ、地面を這いつくばって近づいてきたのだ。
 怪物はキリルの逃げ道を塞いでいたエキドナの分体を薙ぎ払いながら、こちらに突進してくる。
 だが『道を開いてくれてありがとう』とはならない。

「お行儀の悪い子ですわねぇ!」

 被害を免れるため、進路上から飛び退くエキドナ。
 キリルも同じように回避しようと一度は考えたが――

(相手は私の力量を把握している。少なくとも、“ブレイブ”を使用した場合のステータスぐらいは。その上で、仮にちょうどショコラの救出が間に合わなく・・・・・・なるよう計算されてるんだとしたら――)

 ショコラの家の入口をこことを繋げたということは、キリルを狙う敵の目的はショコラとの分断だろう。
 仮にこの場でキリルを殺すつもりだったとしても、切り抜けた場合のことを考えていないわけがない。
 ショコラという人質は、そのための保険――だとすれば、救出のために必要なのは相手を出し抜き、意表を突くこと。
 つまり敵の想定を越えて、早急にこの危機を脱すること――

「ブレイブ・リバレイトッ!」

 だから出し惜しみの必要なんて無い。
 ブレイブ・リバレイト――それはブレイブの状態から、さらに能力値を数倍に向上させるキリルの新たな切り札。
 使用後は三日ほど眠ることになるが、全てのステータスの値が八万を越える、まさに反則的な力だ。
 この力さえあれば、迫る巨体の突進を避ける必要すら無い。

「ふんぐぅっ!」

 先端だけでキリルの数倍もあるような巨大なムカデを、両腕で止めるキリル。
 そのままガシッと掴み、百メートルを越えるその体を持ち上げた・・・・・

「……そんな。勇者にこんな力があるなんて、聞いてませんわぁ!」

 エキドナは困惑しながら、キリルの手により立たされた・・・・・死者の塔を見上げた。
 彼女が対峙しているのは五年後のキリルだ。
 五年前の知識で動くエキドナのデッドコピーが驚くのも当然であった。

「ぬおぉりゃあぁぁああああああっ!」

 そしてキリルは、持ち上げたそれを“斧”と認識することで、勇者の魔法を威力に上乗せさせる。

「ミーティア――インパクトォォオッ!」

 小細工無し、ただ振り下ろすだけの、あまりにシンプルな一撃。

「私はぁ、また……また? 私ぃ、あぁ、すでに一度死んで――」
 
 エキドナの頭には“抵抗する”という選択肢すら浮かんでいなかった。
 成すすべもなく、死ぬ以外に手段が無い。
 そう悟り、失望の中、押しつぶされ、生じた爆発的エネルギーに、肉片すらも残さずに消し飛ばされる。

 キリルの放った一撃は、街を砕き、大地を割り、王都どころかその周辺地域一帯を激しく揺るがした。
 無論、武器として使われた死者の寄せ集めも、その衝撃に耐えきれずにバラバラになっていく。

「ふー……ずいぶんと見晴らしがよくなったなぁ」

 まっさらになった前方の光景を見て、呑気にそうつぶやくキリル。
 壊れた城壁の向こうには、かつて存在した王都の外が続いている。

「どこまであるんだろう、この世界。まさかずっと閉じ込められたままじゃ……無いと思いたいけど」

 正直言うと、さっきのが最後のボスなんじゃないかと楽観視していた。
 そもそも、全て倒せば出られるというのも、キリルの勝手な想像に過ぎないのだが――しかし、復讐が目当てなら、こんな場所で殺したところで気が晴れるのだろうか。
 他の所業の“ねちっこさ”に比べると、いささかあっさりしすぎではないか。

 ひとまず他の敵を探して、キリルは王都を歩き回った。
 先ほどの攻撃で大部分が損傷しているものの、まだ街としての原型を残している所も多い。
 彼女は少し懐かしい気分に浸りながら、キマイラの気配も無い東区の通りを歩いていると、誰かがその足首に触れた。

「あ……ぅ……」

 血まみれで這いつくばっているのは、桃色の髪をした少女だった。

「ど……して……勇者……なの、に……」

 その怪我は、先ほどのキリルの攻撃に巻き込まれて負ったものらしい。

「おと、さん……も、お母さん……も、死んで……どうして……わたし、なにも、わるいこと……」

 キリルは軽くため息をつくと、ショコラの手を振り払ってその場から遠ざかる。
 冷たく見えるかもしれないし、キリル自身もいい気分はしなかったが、いちいち傷ついていては相手の思う壺だ。
 この空間にいるかぎり、自分以外の存在に意味などない。
 全てが、嫌がらせのためにそこに在るのだから。

「……はぁ」

 とはいえ、どれだけ割り切っても、何も感じないわけではない。
 まだ幼さの残る顔をしていたとはいえ、あれは間違いなく、五年前この場所にいたショコラを再現したものなのだから。
 
「五年前もかわいかったね……とか言われても、ショコラは嬉しくないだろうなあ」

 独り言。
 後悔や罪悪感ではなく、怒りへと転換。
 あらゆる手段を使って、落ち込もうとする心を奮い立たせる。
 精神状況の悪化は、ブレイブ・リバレイトを使用している今、イコールステータス減少につながる。
 なんとしても避けなければならなかった。
 当然、相手もそれをわかったうえでやっているのだろうが。

「あと出てくるとしたら、ディーザ……ヒューグ……マリアもあり得るかな。そのあたりだとかなりやりにくそうだな」

 独り言を続けながら、門の前までたどり着く。
 今の所、新たな敵が襲ってくる様子はない。
 そのまま外に出たら、コンシリアに戻っている――何てあっさりとした終わりならいいのだが。

「あいたっ」
 
 だが門を潜ろうとしたキリルの額は、見えない壁にごつんと当たった。
 彼女は赤らんだ部分を手でさする。

「やっぱりだめかぁ。あとは何をしたら外に出られるんだろ――」

 するとキリルは、街中で無数の生物が動くのを感じた。
 先ほどまでは存在しなかった気配だ。
 振り向く。
 同時に、様々な場所から声が聞こえてくる。

「たすけてぇ……誰か、誰かぁ……!」
「おかあざあぁぁあああんっ! うわあぁあああっ!」
「もう終わりだ。もう死ぬしかないんだ……」
「安心しなさい、あなただけは助けるから。お母さんが助けてあげるからねぇ」
「離れるんじゃないぞ、父さんが守ってやるからな!」
「みんな……どこぉ……? 見えないよぉ、真っ暗だよぉ……!」

 それはおそらく、五年前、実際にこの場所に居た人々の複製だ。
 彼らが突然、キリルの前に現れた理由は――

「……ああ。そっか、わかった」

 だらんと両手を垂らして、うつむき、瓦礫の散る地面を見つめてキリルは悟る。

「そんなに私を、悪党ってことにしたいんだね」
 
 知らない誰かが、キリルに命じている。
 殺さなければ――悪役にならねば出られない、と。
 復讐の対象として、どれだけ罪を重ねても妥当だと納得できるだけの“悪”に仕立てるために。



  

「「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • ノベルバユーザー124033

    凄くいい作品だと思うけど、だからこそ感情移入してしまって読むのがつらい…でも読む…

    0
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