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「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

085 トライアングラー

 




 全方位からフラムを狙う血の槍。
 最初こそその読めない攻撃に戸惑っていたものの、フラムは次第に適応していく。
 そして慣れたところで、どうにか避けつつ、オティーリエへの接近を試みた。
 だが彼女は距離を詰めることはせず、ひたすら離れた場所から血の刃を放つ。
 フラムの全身に刻まれた細かな傷と、そして体内に侵入した血液は、確実に体から力を奪っていく。
 オティーリエは、虐殺規則ジェノサイドアーツ使いなら解除できると言っていたが――少なくとも今のフラムはその方法を知らない。
 だから動きが鈍るたび、その部位を反転で切り離すしかなかった。

「あなたの体、まるでトカゲのしっぽですわね」

 できればもう少し可愛い例えをして欲しい――などと言っている余裕はない。
 下方からせり出した槍を避けるために右に飛び、着地した瞬間を狙って真横から突き出すそれをのけぞってやり過ごす。
 さらには前方からはオティーリエの放った血蛇咬アングイスが迫る。

「くっ、重力反転リヴァーサルッ!」

 地面を蹴ると、ふわりとフラムの体が浮き上がる。

「器用ですわねえ」

 フラムは天井を走り、オティーリエに接近した。
 足元から無数の槍がせり出すが、それらを前進しつつ軽く躱す。
 攻撃直前の予備動作――壁全体に広がった筋が、かすかに膨らむことさえわかれば、回避は可能だ。
 もっとも、数の暴力で攻められると対処が難しくなるが。

「近づいたところでどうにかなると思っていまして?」
「どうにかしてみせる!」

 天井を蹴り、同時に重力反転を解除。
 床に落下しつつ、全体重を込めた一撃をオティーリエに振り下ろした。
 ガゴォンッ!
 前方数メートルの床をえぐるほどの破壊力。
 だが身軽な彼女には当たらない。
 床に魂喰いを叩きつけたフラムは、続けて低い姿勢で足元を狙うように薙ぎ払う。

「重い攻撃……ですがそれゆえに、隙は大きいですわ」

 バックステップで避けたオティーリエ。
 彼女は着地した瞬間に次の跳躍を行い、すぐさまフラムに接近する。
 なぜ血蛇咬アングイスを放たなかったのか――フラムは疑問を抱きつつも、魂喰いを一旦収納。
 大剣を振り回した勢いのまま回転し、オティーリエのブロードソードをガントレットの手首部分で受け止めた。
 強い衝撃に、左手が麻痺する。
 さらに篭手全体に血の網が広がり――それが地肌に到達する前に、フラムはエピックの特性を利用して装備を一旦消す。
 そして亜空間より魂喰いを引き抜こうとするフラムを前に、オティーリエは悔しげに表情を歪ませて後退した。

「全身エピック装備――羨ましい限りですわね」
「使ってみる?」
「遠慮しておきますわ、呪い殺されたくはありませんもの」

 その声と行動から、フラムは若干の焦りを感じ取った。
 目つきにも、盲信性が若干失われ、正気の陰りが見え隠れしている。
 追い詰められているのはフラムの方だ。
 しかし――オティーリエの手元に、彼女はその原因を発見した。
 血液弾倉ブラッドカートリッジの残量だ。
 オティーリエの手に隠れて一部が見え隠れする程度だが、戦闘開始時は満タンだったそれが、すでに四分の一ほどにまで減少している。
 戦場などの長期戦が必要とされる場では、スペアも含めていくつかのカートリッジを所持しているのかもしれないが――今の彼女は、ほとんど準備もせずにフラムを止めに来た。
 そんな彼女が、周到に準備をしているとは思えない。
 しかも、紅蛇絡キャリティアなどという大技まで使ってしまったのだ、消耗が激しいに違いない。
 本来は、とっくに仕留めているつもりだったのだろう。
 だが存外に、フラムはしぶとかった。
 虐殺規則ジェノサイドアーツで動きを封じていたはずの部位を切り離し、無効化していたのもその大きな要因の一つである。

「お姉様、どうかわたくしに力を……ッ!」

 つまりオティーリエがこうして接近戦を挑んでくるのは、血の節約のため。
 ゆえに、フラムは積極的に攻めない。
 弾切れ・・・を狙い、のらりくらりと攻撃を受け流す。
 鋭い突きは魂喰いで受け流し、首のあたりを狙った横薙ぎはしゃがんで回避。
 フラムはそこで彼女に体当たりをし、体勢を崩す。
 大剣を振り上げ追い打ちをかけようとするフラムだったが、床から首を狙って血の槍が飛び出した。
 剣を手放し、バク転し窮地を脱する。
 だが落ち着く暇なく、四方の壁より鋭い刺突が彼女を襲う。
 続けて二度、三度とバク転で避け、紅蛇絡キャリティアの範囲外まで逃げ切ったフラムは、大剣を握り構える。
 一足先に体勢を持ち直したオティーリエは、すぐさま血の刃を射出。
 それを凍結させて打ち砕き、フラムは横一文字の気剣斬プラーナシェーカーで反撃する。
 オティーリエは再びの血蛇咬アングイスで迎撃、二つの力は空中でぶつかり合うと、打ち消し合って消滅した。
 直後、二人は互いに前進し、黒の大剣と銀のブロードソードで切り結ぶ。
 ガギンッ!
 刃と刃が衝突し、火花が散る。
 二人は顔を突き合わせながらにらみ合った。

「もうすぐキマイラが来ますわ。こうもわたくしに手間取っていては、脱走など叶いませんでしてよ?」

 小刻みに震えるオティーリエの腕。
 本来なら、ステータスで勝る彼女の方が有利なはずだ。
 だが相手は大剣だ。
 しかも、プラーナで筋力を同等程度まで増強している。
 重さの差が――少しずつ、彼女を追い詰めていく。

「謹慎させられてた人間しか来てないってことは、上の人間はここの状況を完全には把握してないんじゃない?」
「お姉様に限ってそんなことはありませんわ!」
「どうだろ。あの人、意外と鈍いから」
「お姉様の悪口は許しませんわよッ!」
「悪口じゃないって、事実だから。だって、オティーリエさんの本当の気持ちに、私に言われるまで気づかなかった人だよ?」
「そ、それは……それはぁっ!」

 どうやらオティーリエも、アンリエットに鈍い部分があることは知っていたようだ。
 あるいは彼女にとっては、そんな部分すらお姉様の可愛い一面だったのかもしれない。
 何にせよ、その動揺は――均衡を破るには十分すぎる変化だ。

「はあぁぁぁぁッ!」

 フラムの両手に力が籠もる。
 気圧されたオティーリエは弾き飛ばされ、後退しながらよろめいた。
 そこを見逃すフラムではない。
 真一文字に剣を払い、気の刃を放射する。
 オティーリエに迫る不可視の力。
 人間の反応速度では到底間に合わうはずのないタイミング。
 しかし彼女は常人離れした反射神経でそれに対応し、素早くのけぞった。
 気剣斬プラーナシェーカーは腹部を軽く掠めたものの、傷を負わせるには至らず。
 起き上がったオティーリエは、ニタァと笑みを浮かべ、フラムに近づくべく前のめりになった。
 だが――無防備な姿を晒すフラムの口元にもまた、微笑が。
 ゾクリと悪寒を感じたオティーリエは、背後・・から忍び寄る殺気を感じ取り、とっさに振り向いた。

「まさか、軌道が反転して――!?」

 ザシュッ!
 オティーリエの白い軍服が切り裂かれ、彼女の体が宙を舞う。
 よほど防刃性能に優れた材質で出来ているらしく、体を真っ二つにすることはできなかったが、衝撃は相当なものだろう。

「う……が、ぁ……」

 床に倒れたオティーリエは、苦しげな表情で呻いている。
 そしてやがて声も聞こえなくなり、動かなくなった。
 どうやら気絶したようだ。
 その影響なのか、壁に張り付いていた赤い筋も消えていく。
 倒れるオティーリエの姿を見て、フラムは少しだけ気が晴れていた。
 あのとき、ボコボコにされた自分の苦しみを少しは理解してくれただろうか、と。

「はぁ……今度こそ逃げられそうかな。ミルキット、セーラちゃん、待たせてごめんね」
「いえ、私こそごめんなさい、大して役に立てなくて」
「そういうのはいいの、ミルキットがいてくれるだけで力になるんだから」

 そう言ってミルキットの頭を撫でるフラム。
 記憶を失う前と変わらない主に、彼女の胸は温かいもので満たされていた。

「おらは力になれない上に役立たずで……」
「キマイラのときに助けてくれただけで十分だって」
「いや、もっと強くなれるように頑張るっすよ!」
「でも今は、とりあえず脱出ね」
「わかってるっす、階段を登った先の窓から逃げる手はずになってるっす、急ぐっすよ!」

 目的地までの距離はそう離れていない。
 今度は三人全員が自分の足で走り、階段を駆け登っていった。



 ◇◇◇



 一人、廊下に残されたオティーリエ。

「……さ……ま」

 彼女は虚ろな意識の中で、離れていく三人分の足音を聞いていた。

「……お……さま」

 自分自身のためなら、攻撃を受けて気絶するのは“仕方のないこと”で済ませてもいい。
 だが彼女がフラムを止めようと思ったのは、そんなもののためじゃない。

「……おねえ、さま」

 アンリエットが。
 愛しいアンリエットが。
 世界で一番愛しているお姉様が。
 世界を構成する全ての要素よりもずっとずっと愛おしい唯一の存在であるお姉様が、それを望んでいるから――

「ふ……ふふふ……ふふふふふっ……」

 彼女は笑いながら、ゆらりと立ち上がる。
 カートリッジの血液残量は残りわずか。
 もう大技は使えない。

「血なら、まだ残っていますわ」

 だが、何も使えるのはカートリッジ内の血液だけではないのだ。
 実際、戦場においては自らが傷から流した血を使うことも珍しくはない。

「お姉様に捧げると思えば、むしろ痛みは……快楽エクスタシスゥッ!」

 オティーリエは剣で自らの手首を斬りつけた。
 プシッ、と噴き出す大量の血液が、銀色の刃を濡らしていく。

「喰らいなさい、血界蛇ヨルムンガンド

 振るった剣から放たれる、血蛇咬アングイスとは比べ物にならないほど巨大な血の刃。
 それは蛇のように形を変えると、うねり、逃げたフラムを追尾する。

「逃しませんわよ……わたくしとお姉様の未来のために……ふふふっ、あはははははははぁっ!」

 戦闘でボロボロになった廊下に、オティーリエの笑い声が響く。
 そして彼女もまた、指先からぽたぽたと血を滴らせながら、フラムを追って階段をゆっくりと登っていった。



 ◇◇◇



「……っ!?」

 何かを感じ取ったフラムが振り返る。
 目的地はもう見えている、先にある窓から飛び降りて、さらに集合場所に到達すれば脱出は成功だ。
 たとえオティーリエが追ってきたとしても、駆け抜ければ追いつくのは不可能。
 だから止まる必要など無いはずなのだが――

「おねーさん、早く行くっす!」
「……来るっ!」
「へ?」

 ゴォォォオオッ!
 蛇というよりは龍のように、赤くうねる血の刃が姿がを現す。

「そんな、まだ仕掛けてくるなんて!?」
「執念だけは世界一かもね」

 フラムは魂喰いの柄だけを引き抜き、腰の高さで両手で掴む。
 そして、迫る血界蛇ヨルムンガンドを真っ直ぐに見据え、剣の間合いまで引きつけ――

「はあぁッ!」

 一気に息を吐き出して、抜刀した。
 ズシャアァァッ!
 ど真ん中から両断される血蛇。

「く、おぉぉおおおおおッ!」

 押し返されそうになる刃を気合で支え、尻尾を断ち切るまで耐えきる。
 完全に分断しきって、一瞬だけ気を抜くフラム。
 すると、二つに別れた血界蛇ヨルムンガンドは、力を失うことなく、旋回して彼女の背中に食らいついた。

「ご主人様ッ!」

 主を呼び、駆け出して割り込もうとするミルキット。
 だが彼女の足では間に合わない。

「くっ、しつこさまで使い手譲りだって言うの!?」

 同時に襲いかかってきた血の蛇を、魂喰いの刃の腹で抑え込む。
 凍結させて動きを止めようと試みるが、込められた力が大きいためか、完全には凍らない。
 だが動きは鈍っている――さらにフラムは大量のプラーナを生成、両手から刃に注ぎ込み、炸裂させる。

「おおぉぉおおおおおおッ!」

 ブオオォオオオッ!
 フラムを中心にエネルギーが爆発し、風が吹き荒れる。
 激しい空気の流れに、ミルキットは「きゃあっ」と声をあげて両手で顔をかばった。

「はぁ……はぁ……」

 肩を上下させて呼吸をするフラム。
 消耗した体力は多かったが、おかげで血界蛇ヨルムンガンドを完全に消し飛ばすのに成功した。
 これで今度こそ脱出――と思っていた彼女の耳に、今度は張本人・・・の声が聞こえてくる。

「ふふふぅ……んふ、ふは……おねえさまぁ……おねーさまあぁっ……」

 そこにいたのは、もはや命をおかしくないほど大量の血を垂れ流す、オティーリエの姿。
 彼女は左手だけでは飽き足らず、右手の手首まで斬りつけ、大量の血液を刃に滴らせていた。
 その虚ろな瞳がフラムを捉える。
 彼女はさらにニタリと笑い――ふらふらと揺れる体からは想像できないほど鋭く、素早く、剣を十字に切った。

「よる、むん、がん、どぉっ」

 先ほどの血蛇が二匹――大口を開けて、フラムに突っ込んでくる。

「ほんとにどうかしてるんじゃないのっ!?」

 わかりきっていたことだ。
 だが――それでも、直面すると言わずにはいわれない。
 この女は、どうかしている。
 フラムはとっさに魂喰いを床に叩きつけ、気剣嵐プラーナストームで吹き飛ばそうと試みる。
 だが出力が違いすぎる、多少は勢いを削いだものの、まだ十分な威力を維持していた。

「はっ、はあぁぁっ!」

 続けて気剣斬《プラーナシェーカー》の二連撃。
 それぞれが蛇を真っ二つにしようと食い込むが、体の三分の一ほどまで切断したところで力負けして消滅する。

「止まってよおおぉおおおッ!」

 さらに剣を十字に切り、空中に刃を静止させる。
 その中央――接点に切っ先を突き立てると、プラーナの膜が円形に広がる。
 それは盾だ。
 打ち勝とうとは思わない、一時的にオティーリエの攻撃を受け流せれば十分。
 お願いだから耐えてよね、と祈りを込めて、フラムは攻撃に備え両足に力を込める。
 バヂイィッ!
 二匹の蛇と膜がぶつかり合うと、激しく火花が散った。

「ぐっ……ううぅ……!」

 絶えずプラーナを注ぎ、盾の補強を続けるフラム。
 だがオティーリエの力は少しずつ、その刃を食い込ませてくる。

「うあ……ああ……っ」

 凍結の力を注ぐ。
 一部が凍り、プラーナとぶつかった衝撃で砕け――しかし、まだ全てを削ぐには足りない。
 炎上の力を注ぐ。
 盾の表面が炎を纏い、血液を蒸発させ――だが、まだ足りない。
 ならば、とありったけの力を注ぎ込む。
 反転でこちらに向かってくるその力を逆転させ、力を奪う。
 手応えはあった。
 あと少しだ、あと少しだけ、フラムが力を出せれば。

「うがあぁぁぁ……あああっ!」

 つまり――そのための咆哮。
 無茶なことをやっていると、彼女は自覚している。
 だが体が言うのだ。
 “お前はいつもこんなもんだぞ”と。
 無理は慣れている、それぐらいやらなければ生き残れなかったのだから。
 そしてこれからもきっと、たくさん、越えなければならない限界があるだろう。
 本当は嫌だ。
 疲れるのも、痛いのも、苦しいのも、全部。
 そういうのが嫌いなのが、フラム・アプリコットという人間だ。

「ご主人様……っ!」」

 しかし――そうでもしないと、守れないものがあった。
 そうでもしないと、勝てない相手がいた。
 バヂッ、と頭の中で弾けるような音がした。
 たぶん、一部が吹き飛んだのだ。
 そして溢れ出す記憶。
 全てではない、まだおぼろげな部分が大半を占めているが、これだけははっきりと思い出した。
 敵がいる。
 自分を狙い、みんなに迷惑をかけて、偉そうに立ちはだかるクソッタレた敵が。
 そいつに――神に勝って、平穏な毎日を、気ままに暮らせる日々を手に入れるまで、負けるわけにはいかないのだ。

「くぉんのおぉぉおおおおおおおおおッ!」

 盾に、さらに大量のプラーナが注ぎ込まれる。
 バチバチィッ!
 激しく眩く火花が散り、フラムの腕に触れようとしていた血蛇の頭部が蒸発し消えた。
 それだけではない。
 彼女に向かってきていたその胴体もボコボコと泡立ちはじめ、次第に気化し、小さくなっていく――

「はっ……は……ふ……」

 ジュッ、と言う音とともに完全消滅したのを見届けると、フラムの両手から力が抜けた。
 だらんと垂れ下がる両腕。
 魂喰いはこぼれ落ち、地面に落ちる寸前で粒子となって消えた。
 オティーリエも似たような状態で、もはや動けるようには思えなかった。
 だが、殺気が消えていない。
 フラムは動く気が起きないぐらい消耗しているというのに、なぜか、その気力が萎えていないのだ。

「よる」

 ブロードソードが、高くかざされる。

「むん」

 滴る血が、軍服の袖を肩まで汚している。

「がん」

 まだ、あの大技を放つというのか。
 フラムとて、むざむざやられるつもりはない。
 魂喰いの柄を引き抜き、震える右手で握る。
 だが、もしオティーリエがあと一発放てるのなら、どう見ても、止めるのは不可能だ。
 そんな彼女の前に――ミルキットが、両手を広げて立ちはだかった。

「な、なに……して……」
「ミルキットおねーさん!?」

 彼女はオティーリエを強い意思を持ったまなざしで見つめ、言い放つ。

「もしご主人様の命を救えるのなら、私は自分の命ぐらい喜んで差し出します」
「だめ……ミル、キット……」
「ダメなのは、ご主人様の方です。私、ご主人様のいない世界なんて耐えられませんからっ!」

 それは、離れたことで改めて痛感した、紛れもない事実だ。
 生きているとわかっていても、あんなに辛かったのだ。
 自分を一人残してフラムが逝くなんて、受け入れられるはずがない。
 きっと世界に嫌気がさして、すぐさま自殺するだろう。
 そうなるぐらいなら、主のために命を使った方が何万倍も有意義だ。

「……」

 そんなミルキットの姿を見て思うところがあったのか、オティーリエの動きが止まる。
 そして、剣を高く掲げた彼女の手に――ザシュッ、とどこからともなく飛んできた矢が突き刺さった。

「い……っ!?」

 驚愕に見開かれる目。
 元より体力の限界を越えていたオティーリエは、その衝撃で今度こそ完全に意識を失い、崩れ落ちた。
 彼女が立っていたのは、城外から見えない場所だ。
 だが、矢は窓から城内に侵入し、ぐにゃりと曲がり軌道を変え、その手を射貫いた。
 神がかり的な狙撃技術、こんなことができるのは一人しかいない。
 一人しかいないのだが――フラムは名前が思い出せなかった。

「今のうちに逃げるっす!」

 まあ、思い出すのは後でもいい。
 フラムは自分をかばってくれたミルキットの耳元で「ありがとね」と囁くと、頬を赤らめはにかむ彼女の体を抱きかかえた。
 そしてセーラがメイスで破壊した窓から飛び降り、城外へ脱出する。
 着地したフラムは、腕の中のミルキットに尋ねた。

「こっからどこに行けばいいんだっけ?」

 聞いたところで王都の道を知らないのだが、とりあえず場所ぐらいは知っておきたい。

「中央区の空き地です」
「なんでそんな場所なの?」
「読まれにくい場所の方がいいからと……」
「行けばわかるっすよ!」

 いまいち釈然としなかったが、セーラの言葉を信じて、彼女の先導で三人は中央区へ向かった。



 ◇◇◇



「……わかった、持ち場に戻れ」
「はっ」

 サトゥーキへの報告を終えると、兵士は司令室を出ていく。

「王都の空に赤い光、おそらく信号弾ですね。ライナス・レディアンツの仕業かと」
「何の合図なんだ……!」

 彼はドンッ、と苛立たしげに机を叩いた。
 周囲の兵士とスロウが、びくっと肩を震わせる。
 そこに空気を読まず、ノックもせずにエキドナが入室してきた。

「あらぁ、空気が悪いですわぁ」

 相変わらず呑気な彼女に、サトゥーキは“冷静になれ”と言い聞かせて声をかける。

「どうした?」
「地下に向かわせた三体のキマイラ、少し前にロストしていたようですわぁ」
「少し前だと……なぜすぐに報告しななかった!」
「そう怒鳴られてもぉ、一人でどれだけの数を制御していると思っていますのぉ?」
「くっ……そうか、わかった」
「地下ということは、先ほどの信号弾は――」
「ああ、フラム・アプリコットの救出が完了したことを示す合図だろう」
「ですが相変わらず、そこから先が見えてきません」

 確かにフラムの救出は成功した。
 そして彼女は城を出て、キマイラだらけの王都に踏み出したわけだ。
 城壁、及び城門の完全な封鎖はすでに完了しており、リターンも使えない状況。
 イリエイスから脱獄したときと同じように、彼らが空を飛んで逃げようとしていたとしても、千体近いキマイラが一斉に追跡を開始する。
 引き連れている人数も多い、以前と同じようにはいかないだろう。

「だが、策が無いとは思えん。王都で捕らえることさえできれば、脱走は阻止できるはずだ」

 しかし、それすら敵わず――圧倒的数の優位があるにもかかわらず、なぜただの一人も捕縛できないのか。
 さらに苛立つサトゥーキを尻目に、少ししょんぼりした様子で部屋を出るエキドナ。
 彼女はドアを開いた瞬間に、「あらぁ」と意外そうな顔をして足を止めた。
 サトゥーキとアンリエット、そしてスロウの視線も同時にそちらを向く。
 そこに立っていたのは、修道女の肩を借りるオティーリエの姿だった。
 フラムとの戦闘後、偶然にも通りがかった修道女に傷を治療され、ここまで連れてきてもらったらしい。

「お姉様……」
「オティーリエ、どうしたんだ!?」

 慌ててアンリエットは彼女に駆け寄り、その体を抱きとめる。

「フラムの、脱走を……止めようとしたのですが、失敗、してしまいました……」
「一人でフラムとマリアの相手をしたのか!? なんて無茶を……!」
「……マリア?」

 首をかしげるオティーリエに、サトゥーキは眉をひそめた。

「フラム・アプリコットの脱走を手助けしたのは、マリア・アフェンジェンスではないのか?」
「違い、ますわ。顔が、包帯でぐるぐる巻きの、ミルキットという少女と……あと、セーラという、メイスを背負った金髪の少女、でしたもの」
「まさか、チルドレンの一件で追放されたセーラ・アンビレンか!?」

 教会関係者であるサトゥーキ以外はピンときていない様子だ。
 だが、重要なのは救出に向かったのがミルキットとセーラだったことではない。
 マリアでは・・・・・なかった・・・・、それが最大の問題だった。

「どういうことだ? ならば、マリア・アフェンジェンスは何をしている!?」

 彼がマリアの手助けを確信しているのには、とある理由があった。
 キリルに作戦を伝えられるのは、マリアだけなのである。
 常に兵士の監視にさらされ、自由に他人と接触することが許されていなかったキリル。
 声も、手紙も、暗号を使ってもそれは不可能。
 そんな彼女に伝える方法は“お告げ”だったのだと、サトゥーキは見ている。
 本来、コアを使用した時点でマリアは死ぬはずだった。
 だが、体がコアに適応することで彼女は生存した。
 つまり――牢獄からの脱走に成功した時点で、彼女の肉体はすでに人間とは違うものに成り果てているのだ。
 すなわちオリジンにさらに近い存在になったということ。
 そんなマリアならば、オリジンと同じような力も使えるだろう。
 それが“お告げ”、いわゆるテレパシーだ。
 先代教皇や先代王は、幼い頃からオリジンからこのお告げを受け取ることで、洗脳されてきた。
 この方法ならば、厳重な監視下に置かれたキリルが、計画を知っていたのにも納得ができる。

「おい、少しいいか?」

 アンリエットは近くにいた兵士を呼びつける。

「宝物庫にある転移石の数を確認して欲しい」

 指示されると、彼はすぐに司令室を出ていった。

「どういうことだ、アンリエット」
「フラムの脱走を手助けしたのはマリアではなかった、つまり彼女の手は空いているということになります。ならば、彼女はどういった形で英雄たちの脱走を手助けしているのか、それを考えたんです」
「そうか、彼女が王都の外に新たに転移石を設置しているとしたら……!」
「はい、仮に他の転移石とのリンクが切られたとしても、キリルがリターンの魔法を使用することでで王都から出られます」

 二人が意見を交わしていると、早くも宝物庫へ確認に向かった兵士が戻ってくる。
 彼は慌てた様子で言った。

「数が一つ減っているとのことです!」

 それを聞くと、サトゥーキはカチッ、と人差し指と親指の爪を弾いて鳴らした。

「チッ、王都の外にキマイラを向かわせても、今からでは見つかるかわからんな……!」
「全力でリターンの発動を阻止するしかありません」
「エキドナに伝えろ、城門と城壁の防衛はもういい、全戦力を英雄の捕縛に動員しろと!」

 一人の兵士が素早く部屋を出て、エキドナの元へ向かう。
 後手に回ってばかりだ。

「だが……なぜだ、何のために聖女は、そこまでして英雄たちの手助けをする……?」

 マリアがライナスのことを少なからず想っていることは、サトゥーキも知っている。
 しかし、それが理由ではないような気がするのだ。
 もっと彼女らしく・・・・・、そして全力で阻止すべき意図があるのではないか――
 サトゥーキはうまくいかないもどかしさと、意図の読めない聖女の存在に、何度も繰り返し爪をカチカチと鳴らしていた。





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