「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

083 ヴァーサスラヴァーズ

 




 全身にいつもの装備を纏ったフラムは、ミルキットを抱え、セーラとともに城の出口を目指していた。
 顔が熱い。
 腕と体に感じる体温と、甘い香りと、そして全幅の信頼を寄せる彼女の視線が、クールダウンすら許してくれない。

「おねーさん、顔が真っ赤っすよ?」
「仕方ないでしょっ!」

 セーラが茶化してくる。
 記憶は戻らないが、軽く自己紹介は済ませてある。
 話していても違和感は無いし、以前から付き合いのあった相手だということは、感覚で理解できた。

「ご主人様、熱があるんですか?」
「違う違う、そういうのじゃなくって!」

 あなたのことが好きだから――なんて言えるはずがない。
 いや、ひょっとすると以前の自分はとっくに告白を済ませてたりするんだろうか。
 日常的に抱き合う関係だったみたいだし、そうなっていてもおかしくはない。
 しかし、だとすると、再会のときに望むのはハグではなくキスなのでは?
 恋人に対して“ご主人様”という呼び方も……おかしいような、ミルキット自身がそれを望んでいそうな気がするような。

「でしたら……私に、問題があるのでしょうか」

 少し不安げにつぶやくミルキット。
 焦ったフラムは、

「私、ミルキットのことが好きだからっ!」

 そう反射的に口走ってしまった。
 いきなり告白なんて何やってんだ私――とさらに動揺するフラム。
 だがミルキットは、幸せそうに表情をほころばせた。

「はい、私もご主人様のことが大好きですっ」

 真正面から押し寄せる好意の暴力。
 あまりの破壊力にフラムはさらに赤面する。
 これは、やはりすでにお付き合いをしているということなのだろうか。
 いや、しかしそうではないような気がする――奥底で眠るフラムの記憶が、そう主張しているのだ。
 ミルキットは素直で無邪気だ。
 たぶん、心で感じたままを言葉にしているだけで、深い意味などないのだろう。

「しかし、しばらく見ない間にやけに仲良くなったんすね」
「……そうなの?」
「そうっすよ、確かにあの頃も仲は良かったっすけど、ここまでじゃなかったと思うっす」

 どうやらセーラと自分は久しぶりの再会であるらしいことを、フラムは初めて認識した。
 そして、ミルキットとの付き合いが決して短い時間ではないことも。
 築き上げてきた関係が、記憶喪失で一瞬にして崩れ去ったというのに――ミルキットは、一切フラムの気持ちに対して疑問を抱いていない。
 強い絆を感じる。
 そんな彼女を、命を賭けてでも守りたいと思うのは、確かにフラムらしくはないかもしれない。
 だが、この想いの強度を知ると、当然の流れだったのだと納得した。

「前からなにか来てる」
「えっ?」

 装備のおかげか、フラムの感覚が敵の存在を捉えた。
 そのスピードは完全に人間離れしている。
 ミルキットを降ろすと、魂喰いを構えた。
 セーラも並んで背負ったメイスを握る。

「グギャッ、ギャアァッ……!」

 聞こえたのは、甲高いうめき声。

「あの化物は……」
「キマイラっす、それも三体も!」
「私が前に出るから!」

 自然とフラムの体は動いていた。
 人間離れした動きを見せる人狼型キマイラを前に、恐怖を感じることもない。
 今までずっとそうしてきたのだと、やはり体が覚えている。
 怖気づこうとする感情も――守るべき相手が後ろにいることを思うと、いつの間にか消え失せていた。

「はあぁぁっ!」

 フラムの掛け声と同時に、漆黒の刃が迫るキマイラを薙ぎ払う。
 だが三体は身軽に後退し、たやすくその一撃を回避した。
 剣を振るった勢いのまま、彼女はくるりと一回転して、今度は持ち上げた魂喰いを、床に叩きつけた。
 虐殺規則ジェノサイドアーツとは別物だが、感覚はどこか似ている。
 つまり騎士剣術キャバリエアーツ
 その名前すら思い出せないまま、染み付いた経験を頼りに、彼女はプラーナの嵐を巻き起こす。
 ゴオォォォオオッ!
 狭い空間で、壁や床、天井までもを剥ぎ取りながら、暴風がキマイラたちを襲った。
 両腕をクロスさせて防ぐも、視界が回復した頃には――すでにフラムの姿が眼前にあった。

「もらったあ!」

 強烈な刺突が、ガードする腕ごと人狼型の心臓を貫いた。
 ここからどうするべきかも、フラムは知っている――

反転しろリヴァーサルッ!」

 パキッ!
 魔力は体内から腕へ、腕から柄へ、柄から刃へと伝搬され、切っ先が触れたコアを破壊する。
 しかし、仲間が殺されても、残り二体のキマイラは動揺すらしない。
 意思のない彼らには、死んだ個体が仲間という意識もないのだろう。
 フラムは魂喰いを死体に突き刺したまま、『笑う殺戮者のダマスカスガントレット』のエンチャントを発動、人狼型の体を炎上させた。
 そして飛びかかってくる敵に向かって、鈍器のようにそれを叩きつける。

「グギャアァァァッ!」

 剣から死体が抜け、キマイラとともに絡まりながら飛んでいく。
 ダメージはあまりないようだ、だが一時的に動きを止めることができた。
 その間に、残りのもう一体を仕留めようとしたフラムだったが、視界にその姿が見当たらない。
 直後、背後に殺気を感じる。
 どうやら他の敵とやりあっているうちに、いつの間にか背後を取られていたらしい。
 振り向くフラム。
 だが回避は間に合わない、せめて首と心臓だけは守ろうとガントレットでガードしていると、

「そうはさせないっす! ジャッジメント・イリーガルフォーミュラッ!」

 セーラが極大の光の剣を放つ。
 これで今日二発目、つまりは打ち止めだ。

「ギャオォンッ!」

 剣は、キマイラの体に突き刺さった。
 フラムに迫っていたその軌道は逸れ、放物線を描いて床に叩きつけられる。

「セーラちゃん、ありがとっ」

 軽く礼を言うと、フラムは倒れたキマイラの心臓部に魂喰いを突き刺した。
 そしてコアを破壊、二体目の撃破に成功する。

「グ、グゲェェッ……」

 そのとき、倒れていた最後の敵が、奇声を発した。
 ぞくりと悪寒を感じたフラムは、ミルキットの足元がぐにゃりと動いたのを見て――

「ミルキットっ、逃げてえぇぇぇっ!」

 大声で叫び、同時に地面を蹴って彼女に向かって駆け出した。

「え……?」

 戸惑うミルキットだったが、言われた通りにその場から移動する。

「グゲッ」

 しかし、キマイラは立ち上がり、再び声を発する。
 すると地面の歪みが、ミルキットが移動した先に生じる。
 おそらくは――地属性魔法の類だろう。
 キマイラのターゲットはフラムだけではなく、ここにいる三人全員。
 一人でも多く仕留めるために、一番弱い相手を選ぶ。
 実に合理的で――だからこそ、フラムの逆鱗に触れた。

「こんのおぉぉおおおおッ!」

 魔法が発動する直前、フラムの伸ばした右手が、ミルキットを突き飛ばした。
 そして、地面からせり出した岩の槍が、フラムの二の腕を貫く。

「ぐっ……」
「ご主人様っ!」

 見た目ほどの痛みはないが、痛くないわけではない。
 顔を歪めるフラムに、しかし人狼型は容赦なく接近した。

「おねーさんッ!」

 メイスを握り、フラムの命を狙うキマイラに立ち向かうセーラ。
 しかし、敵は渾身の一撃を片腕で軽々と止めると、振り払い、彼女を吹き飛ばす。
 岩に貫かれたフラムの腕はまだ回復せず、力なくぷらんと垂れ下がっている。
 迫りくるキマイラに対し、彼女は――左手で右腕を持ち上げ、ガントレットを外し、指先を向ける。
 意識しているわけではない、体が“こうしろ”とフラムに囁くのだ。
 そして、反転の魔法が、フラムの体内で炸裂する。
 ドドドドドドドッ!
 至近距離まで迫っていたキマイラの腹部に、細切れになった右手が無数の弾丸となって叩き込まれた。

「グギャギャギャッ!?」
「う、うわぁ……」

 自分の手を見ながら、頬を引きつらせるフラム。
 体が勝手に動いてしまったということは、以前からこういう戦い方をしていたのだろう。
 いくら再生能力があるとはいえ、ちょっと無茶をしすぎじゃないだろうか。
 だが、今は戦いの真っ最中、引いている場合ではない。
 彼女は、手首から溢れ出した大量の血液で魂喰いの刃を濡らした。
 そして立ち上がり、体勢を整えるために後退しようとするキマイラに向かって、剣を振るう。
 オティーリエに追い詰められたあのときよりも、うまく力を使えているような気がした。
 装備のおかげでステータスが戻ってきたからだろうか。
 大量の血もある、今なら――実戦に耐えうる剣技が放てるはず。

「逃がす……もんかあぁッ!」

 振るった剣の切っ先より、赤い刃が射出された。
 虐殺規則ジェノサイドアーツ血蛇咬アングイス
 もっとも基本的な剣技ではあるが、その威力は使用量・・・によって上下する。
 フラムの手首から流れた大量の血液。
 あれをすべて一撃のために使い尽くしたのなら、それは蛇と言うよりは、もはや大蛇だ。

「グギャッ!」

 人狼型は壁を蹴り、軌道を変えて避けようとした。
 しかしその程度では大蛇から逃げられない。
 血の刃はまるで生物のようにうねり、曲がり、キマイラの背中に食らいついた。
 そして体内に潜入した血液が、その肉体から機能を奪っていく。

「ギャ……ガ……」

 それでもキマイラは両足で大地に立ち、逃げようとする。
 そんな相手に対して、フラムは返しの刃を振るった。

「これで、トドメぇッ!」

 残った左手で繰り出される刺突。
 剣先から反転の魔力を宿したプラーナの槍が放たれ、キマイラのコアを射抜いた。
 反・気穿槍プラーナスティング・リヴァーサルである。
 水晶の内部で、時計回りに渦巻いていた力が逆回転を始め――耐えきれず、破壊される。
 敵が倒れると、フラムは「はぁ」と大きく息を吐いた。
 しかし、彼女以上に精神的に疲弊していたのは、ミルキットの方である。

「ご、ご主人様……!」

 彼女はフラムに駆け寄ると、再生途中の右手に触れた。

「これ、大丈夫なんですか……? 指が、ババババって飛んですごいことになってましたけど……」
「見てるこっちが痛かったっす」
「私も、さすがに酷いなと思ったんだけど……体が覚えてたっていうか」
「……私たちが離れたあと、それだけ過酷な戦いがあったんですね」

 そう言って、ミルキットは両手で主の手を包み込む。
 優しいぬくもりに、自身でもショックを受けていたフラムの心が癒やされていく。

「便利だとは思うっすけど、あんまり多用しない方がいいと思うっすよ?」

 フラム自身のためにはもちろん、そして周囲の人たちのためにも。

「わかってる、私もそこそこ痛いから、あんまり使わないようにする」
「私のせいですよね、ごめんなさい」
「謝らないでよ、ミルキットがいてくれるから、私は戦えるんだし」

 そう言って、フラムは銀色の髪を優しく撫でる。
 口も体も、意識せずに勝手に動いていた。

「いつもご主人様は、そう言って私のことを助けてくれてましたもんね」
「そうみたい」

 二人が見つめ合っていると、廊下の奥からパチパチパチ、と拍手の音が聞こえてくる。
 歩み寄るその女を見た瞬間、フラムは鋭い目つきで彼女を睨みつけた。

「オティーリエ!」
「フラム、わたくしはようやく理解しましたわ。あなたは愛の使者だったのですね」
「はぁ?」

 完全にイカれた笑顔で、意味不明な言葉を発するオティーリエ。

「この世でもっとも尊いもの、人と人とをつなげ、幸福を生み出す無限の可能性、それが愛! お姉様をその愛に目覚めさせていただいたフラムには、どんなに言葉を並べても足りないほど強く感謝しているわ!」
「……あれ、副将軍っすよね」

 セーラは起き上がり、フラムの隣に移動している。

「うん、副将軍オティーリエ・フォーケルピー。見ての通り狂った女」
「ふふふ、狂った女、ねえ。心地よい褒め言葉ですわ。だって、愛に狂うのは人間の本能なんですもの!」

 確かに今も狂ってはいるが――以前とは、様子が違う。
 フラムが暴行を受けたときは、負の方向に壊れていたが、今はポジティブに壊れている気がする。
 つまり彼女は、究極的に機嫌がいいのだ。

「そして今や、わたくしも愛の住人となりました。ですから、繋がっているからこそ、“予感”があったのかもしれませんわね」
「予感?」
「あなたが――“ここにいる”という予感が」

 そう告げると同時に、オティーリエは剣を抜いた。
 柄に装着された血液弾倉ブラッドカートリッジには、新鮮で赤い血が満たされている。
 医務室を抜け出してきたのも、装備を準備したのも、そしてフラムを止めに来たのも、全ては彼女の独断である。
 城で起きた騒動に関する情報は、一切オティーリエに入っていなかった。
 つまり彼女の言う通り、フラムの位置が把握できたのは、“予感”、あるいは“勘”だ。
 何から何まで狂気的。
 理解の範疇を越えたオティーリエという存在に、フラムはうんざりした様子で言った。

「感謝してるなら、見逃して欲しいかな」
「うふふふっ、ふふふふふっ、んふふふふふふふふっ!」

 しかしその言葉を聞いた瞬間、オティーリエは突如笑い出す。

「ふふっ……ああ、もうしわけありませんわぁ、お姉様のことを思い出すとつい、嬉しくって笑ってしまうんですの。でも、これでわかっていただけましたわよね?」
「何が?」
「感謝はしても、わたくしの中心はお姉様。この星も、この世界も、存在するすべてのものがお姉様を中心に回っていますの。ですから――」

 フラムは視線と手で、セーラとミルキットを下がらせた。
 そして息を吐き出し、意識を集中させ、魂喰いを構える。

「恩人と言えど所詮はお姉様の贄。愛のために、ここで止まっていただきますわ」
「断る!」

 そう言い放つと、二人は同時に前進し、剣を交わらせた。





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