「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

055 贖罪

 




 広場の中央で、互いに背中を向け合い苦しげな表情を浮かべるガディオ、エターナ、そしてフラム。
 一般人の避難は完了した、残る生者はすでに三人のみ。
 一方で共振した化物はずらり並び、フラムたちを取り囲む。
 未だ撃破数は二桁に満たず、体力は削られ、順調に追い詰められつつあった。
 しかしこうして固まって戦えるようになったことで、生存率は上がったと言える。
 ドンッ、ズウゥン――
 地面が揺れ、どこからか爆発音が響いていた。

「ふぅ……あれ、ライナスさんですかね」
「おそらくはな」

 他のチルドレンの実力がネクトと同程度ならば、必ず勝てる。
 ガディオはそう確信した上での判断だった。
 だが事は思い通りには進んでいないようだ。

「でも苦戦してる」
「他人を繋げて思い通りに操るのが能力だと思ってたのに、あの爆発は……」

 何か奥の手を秘めていたのか。
 しかし彼を助けに迎えるほど、三人にも余裕があるわけではない。

「構えろ、また仕掛けて来るぞ!」

 取り囲む敵が一斉に手を天にかざした。
 すると無数の光が浮かび上がり、空を埋め尽くす。
 そして天蓋が落下するように、それは三人目掛けて降り注いだ。

「フラム、合わせて」
「はいっ!」

 エターナはフラムの魂喰いに手をかざし、その刃に氷を纏わせた。
 どんどん重さを増すそれを、フラムはプラーナの満ちた両腕で支える。
 さらにガディオは土魔法で作り出した岩で大剣を覆う。

岩刃タイタン――」
氷刃ヨトゥン――」

 巨人の剣を構える戦士が二人。
 彼女らは迫り来る光の雨に、限界を越えた力で立ち向かう。

轟気斬グランシェーカアアァァァァァァァッ!』

 低音と高音の咆哮がユニゾンする。
 ゴオォォオゥ――ズドドドドォッ!
 剣風と、放出されたプラーナにより、広場に嵐が巻き起こった。
 天を埋め尽くしていた魔法は衝撃波を受け、その場で爆ぜる。
 地表では死体や石畳が巻き上げられ、それらが凶器となって敵に襲いかかった。
 振り切ると、二人の刃を覆っていた岩と氷は砕ける。
 ガディオは「ふぅ」と軽く息を吐く程度の疲労しか感じていなかったが、フラムの両腕は過度な負荷に耐えきれず、激痛が走った。

「ぐ……ぅ……」
「フラム、大丈夫?」
「まだ……いけ、ます!」

 動けなくなったわけではない。
 腕が千切れただけならば、放っておけば治癒するはずだ。
 あとは心さえ折れなければ、敗北はまだまだ遠い。
 しかし先ほど放った攻撃は、紛れもなく、彼女に出せる最大出力だった。
 あれを受けてもなお無傷だったりした日には――
 次第に晴れていく視界。
 その先に五体満足の敵が立っているかどうか、それを確かめようとフラムは前方を凝視する。
 すると、舞い上がる砂埃を切り裂きながら、突如目の前に男が現れた。
 彼はフラムの脳天目掛けて拳を振るう。
 あまりに突然の出来事で、彼女には両手で顔を庇うことぐらいしかできなかった。

「アイスシールド!」

 命中直前、エターナの声が響き渡る。
 するとフラムの前に氷の盾が生成され、攻撃を防いだ。
 飛びかかった男の拳はそれに突き刺さり、一撃で打ち砕く。
 目的は達したが、こうも簡単に破壊されると、エターナは自信を失ってしまいそうだ。
 舞い散る氷の破片で視界が塞がれる中、ガディオはフラムの背後から、男に向かって気穿槍プラーナスティングを放つ。
 確実に心臓を狙って放たれた鋭く細いプラーナの矢。
 それを彼は拳で握りつぶした。
 もちろん手はぐちゃぐちゃに破壊されたが、結果的に気穿槍《プラーナスティング》の軌道がずれ、肩を掠めるだけに留まる。
 そしてすぐさま別の仲間が魔法による治癒が行い、みるみるうちに傷口が塞がっていった。

「させないっ!」

 その再生が完全に終わる前に――フラムは体に走る痛みを押し殺し、前に踏み込む。
 そして魂喰いを胸に突き立て、今度こそ心臓を貫いた。
 ずるりと引き抜くと、男は顔面から地面に倒れる。
 これで、ようやく……ようやく一人だ。
 直後、彼女の肩を、砂埃の向こう射出された光線が焼いた。
 火傷程度・・・・ならほとんど痛みを感じることはない。
 反応して目を凝らすと、さらに五人ほどが次の魔法の発動準備を済ませている。
 それはエターナやガディオの前に立つ人間たちも同様に。
 先ほど光の雨を降らせたのと同じように、今度は全方位から光線を浴びせようとしているのだ。
 パシュンッ!
 彼らは同時に魔法を放つと、三人も一斉に動いた。

反転しろリヴァーサルッ!」

 フラムは急所――頭と心臓を狙った二発だけを反射し、残りの攻撃はあえて体で受けた。

「はあぁぁっ!」

 ガディオは、剣を振るい力づくで魔法をかき消す。

「アイスシールド」

 エターナは再び半球形の氷の盾を作り出し――窪んでいる側を、あえて敵側に向けた。
 本来は守るべき対象を包むように生成されるはずなのだが、しかしそれはミスではない。
 光の剣や光の機雷ならともかく、さっき放たれたのはただの光の帯。
 ならば澄んで鏡のようになった氷で、フラムのように跳ね返してしまえばいい。
 光線は盾の内部で乱反射すると、拡散し、魔法を放った張本人たちを焼き尽くした。
 それでも異様な反応速度で飛び退き、仕留められたのはせいぜい二人ほどだったが。

 共振者たちの攻撃は止まらない。
 絶え間なく三人は彼らの光魔法と物理攻撃に晒され、体力が削られていく。
 再生能力のあるフラムはともかく、エターナやガディオは少しずつ傷も増えていた。
 確かに数は減った、限界を越えた肉体の行使で腕や足が折れている者も一人や二人ではない。
 しかし消耗速度は、明らかにこちらの方が上である。
 このまま真正面からぶつかり合っていれば、いずれ敗北するときが来るだろう。

 カッ――

 するとそのとき、王都の空がまばゆい光に白く照らされ、

 ドォォオオオオオンッ!

 さらにけたたましい爆発音が鼓膜のみならず、地面すらをも震わせた。

「これは、まさかミュートが?」

 今まで聞こえていたものとは比べ物にならない轟音だった。
 あんなものを喰らえば、いくらライナスと言えどひとたまりもあるまい。
 そもそも、なぜ彼女がここまで大きな力を扱うことができるのか。
 何か起きている、自分たちの想像を越えた何かが――三人はそう確信した。
 そしてエターナとガディオは攻撃を躱しつつアイコンタクトを交わすと、お互いに頷きあう。

「フラムッ!」

 低く太い声が自分を呼ぶのを聞き、彼女は振り返った。
 するといきなり、どこからともなく現れた水の塊が正面からぶつかり、体が飲み込まれる。
 まさか水魔法まで――一瞬そう思ったフラムだったが、気づけば犬の形に変わったそれの背中に乗せられたことに気づくと、誰の仕業かをすぐに察する。

「ひゃっ!? エターナさん、なんですかこれっ!」
「ライナスが危うい、助太刀して欲しい」
「でもエターナさんとガディオさんがッ!」

 戦闘を続ける二人に手を伸ばすフラム。
 しかし、彼女の意思に反してその体はどんどん遠く離れていく。

「心配するな、お前がミュートを倒せばいいだけだ」

 共振を使った本人を倒せば、広場の人々も活動を停止する……かもしれない。
 どのみち、正攻法で広場に集まる共振した人間たちを撃破するのは無理な話だ。
 少しでも可能性の高い方法に縋るしか、方法はない。
 フラムは唇を噛むと、二人に背中を向けた。

「待っててください、絶対に倒してみせますから……!」



 ◇◇◇



 瓦礫に埋まったライナスは、どうにか外に這い出すと、目の前に広がる光景を見て唖然とした。
 王国最大の人口を誇る都市のど真ん中に、百メートル規模のクレーターができているのだ。
 そこにあったはずの民家は、跡形もなく消え去っている。
 何百人が犠牲になったのか、考えるだけで嫌気がさすほどである。
 そんな常軌を逸した魔法から彼が逃げ切れたのは、幸運と呼ぶ他なかった。
 経緯はよく覚えていない。
 とにかく脇目も振らずに力を振り絞って走り抜けた、ただそれだけ。
 それでようやく、ギリギリ逃げることができた。
 衝撃波に吹き飛ばされ、瓦礫の中に埋もれはしたものの、命に別状はない。
 手を開き、閉じる。
 再び開き、その上で魔法による風を吹かせる。
 体の機能にも問題なし、まだ戦うことはできそうであった。
 もっとも――戦えたところで、あの化物をどう相手すればいいのか、全く思いついていないのだが。

「オー……オー……オー……」

 どこからともなく聞こえてくる、彼女の鳴き声・・・
 まだ距離は離れている。
 だがライナスはすぐさま、音とは逆の方向を目指して駆け出した。
 短剣による攻撃が通用しないとなると、やはり弓で仕留めるしかない。
 それも並大抵ではない、最大限の威力を込めた一射を。
 そのためには敵から離れ、準備の時間を確保する必要があった。

 声が聞こえなくなるほど遠くまで移動すると、ライナスは高い塔の上に立ち、弓に三本の矢をつがえる。
 そして目を見開き、地上を歩いているはずのミュートを探した。
 弦を引く腕に力が篭り、血管が浮かび上がる。
 ヒュ、ヒュゥ……魔力が注がれた矢じりの周囲を、風が巡る。

「来い……来い……!」

 ライナスは祈るように呟いた。
 すると今にも崩れそうな民家の影から、螺旋の怪物が姿を現す。
 刹那、彼の右手が弦を解き放ち、三本の矢が射出された。
 その軌道はぶれることなく、まるで一本の矢であるかのように寄り添いあったまま、ミュートに向けて一直線で飛んでいく。
 空気抵抗は絡んだ風が無効化する。
 これにより減速するどころか、重力を得て加速しながらライナスの放った矢はターゲットに引き寄せられていく。

「オ……」

 道半ば、ミュートはその存在に気づいた。
 手をかざし、正面から叩き潰すと言わんばかりに、鋭い光の刃を放ち迎撃する。
 バヂバヂバヂバヂィッ!
 雷光を迸らせ、ライナスの矢とミュートの魔法はぶつかりあった。
 拮抗する力。
 彼はさらに弓を構え、ダメ押しの第二射を放つ。

「ふっ!」
「オオォオ――」

 一方でミュートは、何もせずにそれを見上げている。
 バヂッ――
 四本目の矢が合流すると、相殺しあっていた二つの力に異変が生じる。
 ライナスの方が、押し始めたのだ。
 さらに五本目、六本目と追い打ちをかけると、完全に彼の力の方が勝る。
 光は空中で打ち消され、地上のミュートを撃ち抜く。

「いけええぇぇぇぇぇッ!」

 頼むから効いてくれ。
 そんな望みを乗せ、ライナスは叫ぶ。
 ミュートは――自分への攻撃を、手のひらで受け止めた。
 渦巻く風の力、そして強烈な矢の威力に、彼女の腕が震えだす。
 一方で、矢の方も一本ずつミュートの力により砕けていた。
 どちらが先に折れるか・・・・、力比べである。
 ブチッ――
 剥き出しになった、束ねられた筋のうちのいくつかが断裂した。
 矢じりが、彼女の体に、初めての傷をつける。

「オ……オォ……」

 心なしか、その声は戸惑っているようにも聞こえた。
 さらに傷は広がり、ブチブチと筋は切れ――ついに、最後に残った一本が、その手を貫通する。
 バシュッ!

「オオォォォォオォォッ!」

 開いた穴から赤い血が吹き出すと、ミュートは体をのけぞらせ、特別高い音を響かせた。

「よっしゃ!」

 確実に効いている。
 そう確信し、ガッツポーズをしてまで喜ぶライナス。

「オォォォオ、ォォオオオオオ……ッ!」

 しかしミュートの傷跡は瞬時に治る。
 そして、全身の筋繊維がさらに捻れ、体が赤みを増す。
 それを見て、ライナスは直感的に察した。

「怒らせた……のか?」

 ダァンッ!
 呟いた直後、地面を揺らし、ミュートがライナス目掛けて跳躍する。
 その速度は、彼の放った矢より早い。
 彼の目をもってしても、ワープしたとしか思えないほど瞬時に接近し、目の前に現れ、握りこぶしを叩き付けた。

「オォォオオオオオオッ!」
「やっべぇ!」

 ライナスは塔から飛び降りる。
 ミュートのパンチを受けたその建物は、粉々に砕け散った。
 落下しながら彼は肝を冷やす。
 だがその体が地表に落下するより前に、彼女はその真横に移動し、右腕に手の甲を叩き付けた。

「は――」

 文字通り、目にも留まらぬ動き。
 避ける暇すらなかった。
 パァンッ!
 裏拳が直撃した腕は消滅・・し、肉体はその余波で地表に向けて吹き飛ばされる。
 ヒュオォォォ――ドォンッ!
 防御すらできず、ライナスは地面に叩き付けられる。
 全身がバラバラになりそうなほどの痛みが走る。
 実際、右足が犠牲になり原型を留めないほど悲惨な有様であった。

「ぁ……は、は……ぉ……」

 意識が朦朧とし、半開きの口が意味のない言葉を吐き出す。
 ぼんやりとした思考の中で、“早く逃げろ”、“早く逃げろ”、“早く逃げろ”と自分に何度も言い聞かせた。
 しかし、それでも、体が動かなければどうしようもない。

(俺……そうか、死ぬのか……)

 ミュートにトドメを刺されても、このまま放っておいても、どのみち。
 それすら仕方ないと思えるほど、圧倒的であった。
 英雄と呼ばれた彼ですら、手のひらに傷を与えるだけで精一杯だったのである。
 どうせそれだって、回復魔法ですぐに埋められてしまうのだろう。

(それなりに……強くなったつもりだったんだがなぁ)

 どんなに上を目指しても、越えられない相手というのは存在する。
 それは才能だとか、人間の壁だとか、努力や時間だけじゃどうにもならない要因が絡んでいて。
 だったらもう、諦めるしかないと――そう割り切って、ライナスは意識を手放そうとした。

「ライナスさん、今すぐ助けますから……フルリカバーッ!」

 現れた聖女の手から光が放たれ、彼の体を包み込む。
 とりあえずは止血が終わり、時間はかかるが、やがて腕と足も再生していくだろう。
 痛みが薄れ、ライナスの意識が少しだけ晴れる。

「マリア、ちゃ……ん」
「よかった、まだ意識はあるのですね」
「だめ、だ……に、げ……」
「え?」

 彼には見えていた。
 その背後から迫る、ミュートの姿が。

「オォォオオオオ――」

 甲高い声が響く。
 それに気づき振り向くマリア。
 すぐさま手をかざし光魔法で迎撃しようとするが――間に合わない。
 このままでは、彼女もろとも、手負いのライナスも殺されてしまう。
 せめてマリアだけでも助けようと、彼はその体を吹き飛ばすための風魔法を発動しようとした。
 しかしその時、どこからともなく少女の声が響く――

氷刃ヨトゥンッ、轟気嵐グランディザスタァァァァァァァッ!』

 乗ってきた水の塊が、氷の刃となって魂喰いを包み込む。
 それが地面に叩き付けられると――
 バリィンッ、ゴオォォォオオオオオッ!
 プラーナの暴風とともに、砕け散った氷片が暴力的にミュートを襲った。
 氷程度では彼女の体に傷を与えることはできなかったが、動きは止まる。

「オォォォ!」

 不機嫌そうに叫び、彼女は突然現れたフラムに敵意を向けた。

「とりあえず突っ込んでみたけど……あれが、ミュートなの? それに、仮面を被ってるのはもしかしてマリアさん?」

 ボロボロになった町並みを含めて、状況が飲み込めないフラムは戸惑う。
 特にマリアの仮面を濡らす血の涙に、その奥で蠢く何か――それには見覚えがあった。

今は・・、敵対するつもりはありません」

 フラムの視線に気付いてか、彼女は先手を打ってそう言った。

「……わかりました」

 フラムとて、今はそれどころではない。
 マリアにその意思がないのなら、協力してミュートに立ち向かうまでだ。

「ォォォオオオオオオ!」

 地面を踏み潰し、瓦礫を砕きながら彼女は両手を投げ出して走り出す。
 魂喰いを構えて待ち受けるフラムは、その距離が近づくと腰を落とし――

「あれっ?」

 いきなり、ミュートが視界から姿を消した。

「後ろですっ!」

 マリアの声を聞いて前に飛び込む。
 すると背中を束ねた赤い糸のような腕が掠めた。

「づ、あぁっ……!」

 触れていないのに、背中の肉が抉られる。
 ゴォウッ!
 遅れて風圧が大地を薙ぎ、フラムの体は地面の上を転がった。

「セイクリッドランス・スパイラル!」

 マリアはミュートに向け、光の槍を放つ。
 それはオリジンの力によりドリルのように回転し、迫った。

「オ――」

 危険を察したミュートは、初めてそれを自らの意思で避ける・・・
 そして捻れた顔がマリアの方を向いた。
 彼女のこともまた、敵だと認識したのだ。
 そんなミュートに向けて、立ち上がったフラムが騎士剣術キャバリエアーツを繰り出す。

「てええやあぁぁぁっ!」

 すでに戦闘で消耗している彼女に、体力的な余裕はあまりない。
 ゆえに放つのは気剣斬プラーナシェーカーだ。
 ただし、それには反転の魔力が込められていたが。
 淡い期待を乗せただけだ。
 これが当たったからといって、ミュートの肉体が反転して倒せるなどと、都合のいいことは考えていなかった。
 ミュートの方も“避けるまでもない”と感じているのか、プラーナの刃を甘んじて受け――ザシュッ、と胸元に傷が生まれ、血が流れた。

「オ……オォ……?」

 手でそこに触れ、首をかしげるミュート。

「効い……た?」

 フラムも戸惑う。
 まさかこんな簡単に、ダメージを与えられるとは思っていなかったからだ。
 とはいえ傷は浅く、回復魔法で簡単に塞がる程度のものではあったが。

「今、彼女の肉体は、そのほとんどがオリジンに支配されています」
「だから通用した……」
「勝機はあります、やりましょうフラムさん」
「はいっ!」

 再び剣を振り上げるフラム。
 マリアは魔法での援護射撃を行うため、その後ろに陣取った。

「オオォ……オオォォオオオッ!」

 ミュートは痛みに戸惑い、怒り、頭上に巨大な火球を作り出した。
 狙うはフラム。
 だがどうせ、命中して爆発すればマリアだって巻き込まれる。

「まだ私の魔力は残ってる!」
「フラムさんっ、そんな無茶な!?」

 戸惑うマリアをよそに、フラムは自ら炎に突っ込んでいく。
 そして迫る魔力の塊を前に飛び上がると、両腕で剣を振り下ろした。

跳ね返すリヴァーサルッ!」

 黒い刃が紅炎の表面を叩き潰す。
 すると正球形が歪み、バヂィッ! という音とともに火球は向きを変えた。
 フラムの力の分だけ、それは速度を増してミュートに迫る。
 跳ね返されることを全く想像していなかったのだろう、防御すら出来ずに、彼女は真正面から魔法の直撃を食らった。
 ドオォォオオオンッ!
 そして、炸裂。
 爆炎と黒煙は上空高くまで上がり、ミュートとその周辺を焼き尽くす。

「反転……ここまで成長してるなんて」

 装備によるものとはいえ、マリアにとってもそれは想定外だった。
 しかし、戦闘はまだ終わっていない。
 この程度・・・・でミュートが倒れるはずがないのだ。

「オォ――オォォオオオッ!」

 ひときわ大きな声が聞こえたかと思うと、ゴォッ! と炎の中から彼女は姿を現した。
 そのまま一直線にフラムに接近。

「さっきので無傷だなんてっ!?」

 やはり反転の魔力がなければ、まともに傷は負わせられないようだ。
 叩きつけられる拳を、フラムは刃の腹で受け止める。
 しかしライナスですら防ぎきれないほどなのだ、フラムの筋力で抑え込めるはずもなく――

「きゃあああぁっ!」

 吹き飛ばされ、

「うっ、ぐ……ぶ、え……」

 地面に叩きつけられ、バウンドし、

「がっ、は……は……あぅ……」

 壁にぶち当たり、ようやく止まる。
 頭への衝撃で意識が薄れ、ぐったりと、なかなか起き上がれないフラム。
 そこに追い打ちとして氷と石の槍を放とうとするミュート。

「やらせません、ジャッジメント!」

 そこに光の槍を飛ばし、マリアは全て破壊する。

「ォオオ……!」

 苛立たしげな声をあげるミュート。

「セイクリッドチェーン!」

 そんな彼女に、高熱を発する光の鎖が巻き付く。

「ジャッジメント!」

 さらに上空から降り注ぐ光の剣が取り囲み、檻のように逃げ道を塞ぐ。

「セイクリッドランス・スパイラル!」

 そして身動きを封じたところで、螺旋の槍をけしかけトドメを刺しにかかる。

「オォォォオオオオッ!」

 ミュートは窮屈そうに体をよじり、天を仰ぎ叫ぶ。
 すると体の内側から闇が溢れ――マリアの放った全ての光に入り込み、相殺し消し去る。
 戒めより解き放たれたミュートは地面を蹴ると、たった一歩で拳の間合いまで肉薄。
 右ストレートでマリアの顔面を狙った。

「やらせ、ねえっ!」

 腕だけは再生したライナスは、弓でマリアの足元・・・・・・を狙う。
 ゴオォッ!
 着弾点で矢は爆ぜ、風を放ち、彼女の体を吹き飛ばす。
 フォンッ――ゴパァッ!
 空を切った拳は、その風圧だけで地形を変えた。
 まともに食らっていれば、マリアの肉体は消し飛んでいただろう。

「う……今のは、ライナスさんが……?」

 立ち上がる彼女。
 だがすぐさま、ミュートの次撃が迫る。
 意趣返しのつもりなのか、今度は光の鎖でマリアの体を縛り付け――拳を振り上げる。

「今度は私の番ッ、てえやあああぁっ!」

 絶体絶命かに思われたが、起き上がったフラムが反・気穿槍プラーナスティング・リヴァーサルで妨害を試みる。
 それはオリジンの皮膜を突破し、握りしめた手を貫いた。
 しかしミュートはの腕は完全には止まらない。
 弱々しくもマリアの頬を殴打する。

「あああぁぁぁっ!」

 それでも彼女の体は浮き上がり、すっ飛ぶと、遠くの壁に衝突した。

「マリアさんっ!」

 名前を叫ぶフラム。
 ミュートはそんな彼女にもすぐさま迫る。
 そして手前で飛び上がり、例え避けられたとしても余波だけで仕留められるほどの力を腕に込め――拳を地面に、叩きつけた。
 ヒュゴォオッ!
 地面に大穴が空き、暴風が巻き起こる。
 飛び退いたフラムはその風により空中でバランスを崩し、着地に失敗。
 地面に転げ、横たわった。
 すかさずミュートは魔法を発動する。
 浮かび上がるのは、火、水、土、風、光、闇――六属性の結晶体だ。
 そのどれもが鋭く尖っており、分厚い鎧ですら貫けるほどの威力を秘めていた。

「オ、オ、オォ……ッ」

 彼女は嬉しそうに鳴き、手を前にかざす。
 それを合図に、結晶たちは倒れるフラムに降り注ぐ。
 為す術もなく見上げる彼女は――

「ブレェェェェイブッ!」

 そんな、友の声を聞いた。
 それは勇者にしか使えない魔法。
 “勇気”がなければ効果を発揮しない、特別な力。
 ブレイブにより身体能力を向上させた彼女は、絶体絶命の危機に陥ったフラムに向かって飛び込むと――
 覆いかぶさり、彼女を庇った。
 ドスッ!
 ミュートの魔法は、勇者に与えられた白き鎧すら貫く。
 彼女の放った結晶のうち、透明に澄んだ水属性が腹部を穿っている。
 それは次第に、流れ出した血で赤く濁っていった。
 しかし、キリルは笑う。

「間に……あ、った……」

 見た瞬間に、体が動いていた。
 だって嫌だったから。
 友達と友達が殺し合うなんて、そんな悲しい光景、見たくなかったから。
 だから、痛いけど、苦しいけど、自然とキリルの表情には笑みが浮かんでいた。
 やっと、“自分のやるべきこと”を見つけられた幸せに。

「キリル、ちゃん……?」

 ごぷ、と血を吐き出す友を前に、フラムは目を見開き驚愕する。

「オ……オオォ……オオォォォオオオオオオッ!」

 そしてミュートもまた、取り乱したように慟哭を響かせるのだった。





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