Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

17.

――ここ、だよね?呼ばれたの。
正直、行かなくても、目的を聞かなくても大体予想はつく。だが、それで断ってしまっても相手に悪い。
やはり、本人に直接言ってしまったほうが、お互いに一番気が楽なのだ。昔から何度も経験してきた為に、このくらいの事は、よく分かっている。
暑さで額に汗が滲み始める、お昼過ぎ。汗をハンカチで拭い、盛大に盛り上がっている校舎を出ては、人気がほとんどない体育館脇の、倉庫の裏へと向かう。いた、彼だ。
あきら君」
名を呼んだ。彼はこちらに気が付くと、小さく手を挙げて微笑む。
「ごめんね、待たせた?」
「う、ううん、大丈夫。僕も、今来たところだから」
男子にしては、自分よりも若干身長は低めだ。眼鏡を掛けて、比較的普段から大人しい性格の彼は、中学時代からの知り合いである。特別仲が良い訳ではないが、彼は人付き合いが良い。数少ない、自分が信頼している人物の一人でもある。
今は違う学部の為、ほとんど校内でも顔を合わせることはなくなってしまったが、偶に顔を合わせると、少々雑談をする程度の仲である。
「それで……。話って、何かな?」
いちいち聞かなくても、分かっている。分かってはいるが、やはり雰囲気ムードというものは大事であろう。ここは、彼がやりたいようにやらせてやるのが賢明だ。
「あ、うん。それなんだけど…その……」
彼は弱々しく視線を落とすと、言葉を詰まらせてしまった。きっと今彼の頭の中は、真っ白になっていることだろう。
――もう……頑張って、彰君。
いつも思う。彼は…可愛い。彼を見ていると、守ってやりたいという母性本能らしきものが働くのだ。
中学時代の時だって、クラスではマスコット的存在だった。みんなに可愛がられては、ある意味人気者の彼を教室の端で見ていて、いつも微笑ましく思っていた。
彼の事は、嫌いではない。だが、ラブのほうの好き、ではなく、ライクのほうで彼の事は大好きだ。
「えっと……その……っ!じ、実は、中学の時から……ず、ずっと、好きでした!た、宝木さん!」
彼は声を張ってそう叫ぶと、何故か思い切り頭を下げた。まったく、肝心なところでいつも彼は調子を狂わせる。昔からの、悪い癖だ。
「……ありがと、彰君。でも……ごめんね」
微笑んで一つ呼吸を置くと、美帆は彼だけに聞こえるように、小さく呟いた。
「今、別に好きな人がいるんだ」

数時間後。
「それじゃあ、終わったらすぐに行くから、待っててね!」
「はいよ、行ってら」
彼に手を振って見送られると、彼女と共に体育館へと向かい始めた。文化祭の、閉会式の為だ。
「それで?どうだった、心奈?楽しかったの?」
心奈に問うた。彼女は声を掛けられるや、ハッとした様子で質問に答える。
「え?あ、うん!楽しかったよ?文化祭って、こんな感じなんだぁって。ヒロと一緒に回れたから、すっごく楽しかったよ」
「そっか……それはよかった」
他のクラスの生徒たちと共に、階段を降りる。一階までお互いに無言のまま降りた……唐突に、彼女の腕を強引に引っ張る。
「え、ちょ、ちょっと!?美帆!?」
彼女の言葉を無視したまま、彼女を一年生達が主に使う、女子トイレへと連れ込んだ。幸い、中には誰もいない。これで気兼ねなく話す事が出来る。
「美帆!どうしたの?急に…って、なんだか怒ってる?」
彼女の手を放す。解放された彼女は、こちらの様子を覗き込んで問うた。
「別に、怒っては無いよ。ただ、確認だけしたいの」
「確認?確認って、何の?」
どうやら、今のこの状況が、彼女は分かっていないようだ。それとも、あくまでしらを切っているのだろうか?どちらにせよ、そんな事は関係無い。
「時間が無いから、単刀直入に聞くよ。……心奈。あなた、誠司君の事、どう思ってる?」
「っ!?お、おお、大森君の事!?」
彼女は彼の名を聞くなり、突然声を張り上げては、口元をあわあわと震わせ始めた。どうやら、予想通りだったらしい。
「どうしたの、何でそんなに焦ってるの?」
「あ、いや!?焦ってる訳じゃないけど……」
「……好きなの?」
「すすす、好きとかじゃないよ!だって私には、ヒロだっているし……今更大森君の事を好きになったところで、それはもう二股だし……」
「心奈」
「へっ?」
彼女の名を呼ぶと、そのまま美帆は彼女の両頬に両手を添えた。途端、思い切り、彼女の頬をつねる。
「い、いはい!いはいよ、美帆!」
「だったら、正直に言う!隠してても、何の意味もないでしょ!?」
「わはった!わはったから!」
涙目で彼女が叫ぶ。スッと美帆が手を放すと、ほんのり赤っぽくなった頬を彼女は両手でさすった。
「むー…何もつねらなくてもいいのにぃ……」
「あはっ…ごめんね。ちょっと、聞き出すのが強引すぎたかな…。それで、どうなの?」
「あ、うん。その…もしかしたら私、大森君の事……好きに、なっちゃったかも、しれない…」
落ち込んだ様子で彼女が告げた。
「はぁ…。やっぱりかぁ」
「やっぱりって、もしかして分かってたの?」
「分かってたも何も、前に私の家に三人集まった時から気付いてたよ。なんか妙に大森君の事ばっかり見てるなぁって思って」
「うぅ…」
彼女が顔を落とす。どうやら、悪気があっての二股では無いらしい。
「それで?心奈はどうしたいの?」
「どうしたいって、言われても…」
「二股って事は、最終的には、どっちかを捨てなきゃいけないんだよ?長くグダグダ考えてるより、早いうちに結論を出した方がいいと思う」
「分かってるよ!分かってるけど…分からないんだよ。私は、本当はどっちが好きなんだろうって。あの時から、ずっと迷ってるけど…凄く、胸が苦しくて。ヒロとも、大森君とも、話すのが辛くて。やっぱり私は、どっちとも関わっちゃダメだったんじゃないかって…」
「何言ってるの?そんな事はないよ。心奈にだって、ちゃんと色んな人と関わっていい権利があるの。ちゃんと人を好きになっていい権利だってあるの。人と関わっちゃダメなんて、そんな事は絶対に無いんだから」
「美帆…」
「ん、中にまだいるのかー?」
ふと、女子トイレの外から、恐らく男性教員であろう人の声が聞こえた。きっと、見回りか何かだろう。
「あ、はい!います!」
今にも泣き出してしまいそうな彼女に代わって、美帆は彼に伝えた。
「そうか、もうあと二、三分で閉会式始まるぞー。急げよ?」
「はーい、ありがとうございます!」
彼に応えると、コツコツという足音は、段々遠ざかっていった。一安心すると、再び彼女と向き合う。
「もう時間が無いから、いくつかだけ言っておくよ。心奈はもう少し、二人の事を知った方がいいと思う。特に、裕人君の事。心奈、裕人君の事、知ってるようで、何も知らないんじゃない?」
「そう、なのかな……」
「一度、二人きりで何かをしたほうがいいかもね。もっと、裕人君と一緒にいたほうがいいと思う。それと、誠司君だけど。迷ってるなら、しっかりと見極めたほうがいいと思う。誠司君が、一体どういう人なのか?部活の中で、学校の外で。一体、どういう人なのか。それを知ったうえで、ちゃんとしっかり悩みなよ?」
「……うん」
「言いたい事は、それだけ。じゃあ、閉会式に行こっか。もう、始まっちゃうよ」
「…うん」
先に美帆は女子トイレを出ると、少し遅れて、トボトボと歩く心奈が出てくるのを待った。
「ねぇ、どうして美帆は、そこまで私を助けようとしてくれるの?」
ふと、唐突に心奈が自分に問うた。
「え?どうしたの、いきなりそんな当たり前の事」
「だって、その。確かに前、私に話し掛けてくれたきっかけとか、そういうのは聞いたけど。なんでそう思ったのかなとか、どうして私にそこまで必死なのかなとか。色々まだ、聞いた事ないなって思って」
「なんで?…うーん、何でだろうね。どうして私と似てるって思ったんだろう。…不思議だね。まぁ、強いて言えば……直感、かな?」
ふふっと、彼女に向かって微笑む。
だが、内心では分かっていた。確信的に、分かっていた。どうして彼女が、自分と似ていると思ったのか。似ている彼女を、ここまでして執拗に助けようとしているのか。
――この子には、同じ間違いをして欲しくないんだ。……絶対に。
「そっか……」
「ほら、急がないと怒られちゃうよ?行こ?」
「……うん」
美帆は彼女に微笑みかけると、共に体育館へと急ぎ走り出した。

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