Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.10

一ヵ月後―――。
「おかえりなさいませ、玲奈様」
「ただいまー、爺や」
車から降りると、いつものように彼が門で出迎えてくれる。これが南口の変わらない日常だった。
町外れにある住宅街。そこに、周囲とは明らかに様相が異なる、大きな屋敷が立っている。ここが、南口が幼い頃からずっと住む、慣れ親しんだ家だ。偶に、近隣の人々からの様々な声が耳を通ることもあるものの、そんなのはもう慣れっこだ。
「今日は、何かありましたかな?」
高身長で、白髪に白髭。年齢は確か、もうすぐ七十歳を迎えるという、南口の執事。彼は、幼い頃からずっと自分の父代わりだった。滅多に会えない両親に代わり、彼には本当に沢山お世話になっている。他にも数人の使用人はいるものの、中でも一番南口が慕っているのは彼だった。
「ううん、いつも通りだよ」
「そうですか。何かあれば、私にお話くださいね」
「もー、爺や。それいつも言ってるよ?大丈夫だよ、何かあったら、爺やに頼るから!」
「ほっほ、そうですか。ありがたいお言葉です。・・・そうそう。今日は、玲奈様にお客様がお見えですよ」
「お客様?誰かな?」
爺やが開く大きな玄関扉をくぐる。「お持ちします」と言ってくれた彼にランドセルを渡すと、南口は客間ではなく、リビングへと通された。部屋に入ると、そこには一人。懐かしい顔が、ソファーに座りながら新聞を読んでいた。
「あれ!?お父さん!帰ってたの!?」
「お、玲奈!帰ってきたか」
声をあげるなり、彼がこちらを振り向いて、手を挙げる。二ヶ月ぶりに見る懐かしい笑顔が堪らなくて、すぐに駆け寄っては彼の隣にひょこっと座った。
「もう、帰ってくるなら連絡くらいくれたらいいのに!」
嬉しさのあまりに、父に体をピッタリとくっ付ける。昔から変わらず、役作りの為に鍛え上げられたガッシリとした身体は相変わらずカッコいい。
「ははっ、ごめんごめん。ちょっと驚かせたくてね」
「そっかぁ。あれ、じゃあお母さんは?今回は、一緒に撮影してたんだよね?」
確か今回は、両親が一緒に映画に出演していたはずだ。だったら、二人で一緒に帰ってきていてもおかしくは無い。だが、リビングを見渡す限り、彼女の姿は無かった。
「あー・・・ごめんな、玲奈。母さんは、イギリスのテレビとラジオの取材で、もうしばらく帰ってこないんだ。何てったって、今回はヒロイン役だからね。父さんは母さんの幼馴染役で、メインは母さんのほうだから。出来れば一緒に帰ってきたかったんだけど・・・」
「そう、なんだ・・・」
せっかく、数年ぶりに家族みんなで顔を合わせられると思ったのに残念だ。きっと彼女が帰ってくる頃には、父もまたどこかへ行ってしまうだろうし、全員が一緒になるのは、また先の話になりそうだ。
「まぁ、でも・・・父さん、久々に一週間の休みが取れたんだ。代わりといっちゃあなんだけど、今度の休みに、一緒にどこかに行こうか?」
「ホント!?行く行く!ねぇ、爺やも一緒に行こうよ!」
後ろで話を聞いていた、爺やも一緒に誘ってみる。だが、彼は少し苦笑いを浮かべて、こう言った。
「お言葉はありがたいのですが・・・。今回は、お父様と二人きりで、行ってはいかがでしょう?」
「えー、何で?みんなで行ったほうが楽しいじゃん」
「それはそうかもしれませんが・・・。でも、今回私は、お断りさせて頂きます」
「むー、なんだぁ。つまんないなぁ」
「ははっ、玲奈は本当に爺やの事が大好きなんだな。ちょっとお父さん悔しいぞ?このぉ」
「わっ!ちょっとお父さん!やめてよぉ!」
父が自分の頭をくしゃくしゃに撫でる。言葉では否定するものの、久しぶりな家族の触れ合いに、とても嬉しく思えた。
「もちろん爺やの事は大好きだよ!でも、お父さんの事は、もーっと大好きだから!だから安心してね!」
「れ、玲奈・・・。やっぱりお前は、俺の大好きな娘だぁ!」
「わわっ!!お父さん!!」
彼が勢い良く抱きつく。次第には、ソファーの上で抱きかかえられながら、父に乗っかるような形になってしまった。少し恥ずかしかったが、それよりもやはり、嬉しさのほうが勝っていたのは事実だ。
―もう・・・相変らず、親バカなんだから。
心の中で文句を吐きながらも、そんな父も悪くはないと、改めて感じた瞬間だった。

土曜日
「そうだなぁ。玲奈、どこか行きたいところあるか?」
「うーん。じゃあ、動物園とか!」
「動物園か。じゃあここからだと・・・四十分ぐらい掛かるけどいいか?」
「うん!平気だよ!っていうか、お父さんと一緒ならどこでもいいよ」
「っはは、そっか。じゃあ、行くぞー」
父が運転する車がスタートする。しばらくの間、雑談にふけりながら車に揺られて移動すること約一時間。二人は、目的地である動物園へとたどり着いた。
「そういえばお父さん。変装とか全然してないけど、大丈夫なの?」
到着するなり、ふと彼の服装を見て気になった事を彼に問うた。
「んー?変装はあんまり好きじゃないんだよなぁ。まぁ大丈夫だと思うよ。完全なプライベートだし。気を使ってくれる人は、そっとしてくれるだろうしね。それに・・・父さんよりか、母さんの方が知名度は高いだろうからね」
徐々に小さくなっていく言葉に、自然と目線が彼の表情へといく。少しだけ彼の顔から、笑みが無くなったような気がした。
「そ、そんな事無いよ!お父さんだって、立派な俳優さんなんだから!」
「っはは、ありがとう玲奈。じゃあ、行こっか」
自分の頭をポンポンとすると、そのまま彼は車を降りてしまった。車に背を向けて天を仰ぐ彼の姿を、車窓からボーっと見守る。
―お父さん・・・少し、寂しそうだったな。どうしたんだろう?
「玲奈?行かないのか?」
振り向いて、まだ車内に座ったままの南口を見ては、彼がドアを開けて問うた。
「ふぇ?あ、ううん!行く!」
―まぁ、きっと大丈夫だよね。お父さんは、色んな仕事をしてる、強い人なんだから。
彼に急かされて、南口は急いで車のドアを開き外に出た。駐車場から入場口まで、彼と並んで歩いて行く。
やはり、こうして自分より大きい彼と一緒に歩いていると、とても心強いとも思うし、何よりも安心感が普段の何倍も違った。こんな感情にどうしてなるのか、とても不思議で仕方がない。これも、親と子の関係のようなものなのだろうか?ほとんど両親と同じ時間を過ごしたことの無い自分には、あまり理解し難い感覚だった。
入場口の受付に着く。券売機で二人分の券を買うと、そのまま父が受付前に立つ女性に手渡そうとした。
「あれっ?もしかして、雨宮卓さんですか?俳優の」
唐突に彼女が父へと話し掛ける。様子を後ろで見ていた南口は、その女性に少しだけムッとした。
「え。あぁ、まぁ」
「わぁ!応援してます!頑張ってください!」
「あはは・・・ありがとうございます」
焦った様子で彼女に券を手渡すと、そのまま彼は逃げるように早足でその場を通り抜けていってしまった。南口も、急いで彼の後を追う。
雨宮卓。その名は当然芸名だ。本名は南口一成みなみぐちかずなり。正直、娘である自分からしたら、こっちのほうがしっくりくる。これも、家族だからだろうか?
だが、当然の如く。外でその名を呼ばれる事はまず無い。どこへ行っても、彼は「雨宮卓」なのだ。「南口一成」という自分の父ではなく、「雨宮卓」というハリウッドスターなのである。
本来の名では呼ばれず、仮の名で世間から称賛される。それは、一体どんな気持ちなのだろう。それは彼にしか分からない。ただ、自分ではまず耐えられないと思う。周囲からは表だけを見て認識され、褒め称えられ、敬われる。だが、それだけなのだ。彼ら、彼女らは「雨宮卓」を見ているだけであり、決して「南口一成」を見ようとは思わない。それはまるで、世界から「南口一成」という存在を忘れられているかのようで、彼の境遇を想像するだけで自分は耐えられない。
「お父さん・・・大丈夫?」
後ろから彼に話し掛ける。だが彼は振り向くと、ニッと笑ってみせた。
「んー?平気だよ。応援してくれてるんだ。これ以上に、嬉しい事はないだろ?」
「それは、そうだけど・・・」
「まぁ、ほら。父さんの事は気にしないでさ。どこに行こっか?」
「え?じゃ、じゃあ・・・。こっち」
キョロキョロと周りを見渡す。入り口から右側に置いてあった、「パンダの森」と書かれた看板を見つけて、咄嗟にそちらを指差した。
「お、パンダかぁ。いいね、行こうか」
ニコニコと笑いながら歩いて行く彼に、少し心配を抱きながらも、その後ろを南口はついていった。
一分程歩いた先に、大きな窪みの中に森を模した木々が立ち並んでいる。そこに大きなパンダが数匹、のんびり気ままに生活していた。
「わぁー可愛い!」
先程までの不安は忘れ、思わず口から言葉が出てしまうほど、その愛おしい様子に見惚れてしまった。やはり、動物はどの子も見ていても可愛らしい。
「玲奈。どうしてパンダの目の周りが黒くなってるか、知ってるか?」
そんな自分を見て、父が唐突にそんな話題を振ってきた。
「へ?ううん、知らないよ?」
「まぁ、これだっていう確実な理由は分かってないんだけどな。一つは・・・」
「雨宮さーん!」
ふと、後ろから女性の声が聞こえて振り向く。気がついた時には、背後に距離を置いてはいるものの、人がチラホラと集まりだしていた。そんな中、少しだけ遠くから、女性の三人組が、興奮気味にこちらへ手を振っていた。一応、写真やサインなどは気遣って避けてくれたようだが、それでも本当は、声すら掛けてほしく無いというのが本音である。父は彼女らに笑顔で手を振ると、すぐに話を元に戻した。
「一つ目はな。敵から狙われないようにする為なんだ。玲奈。実は人間以外の動物のほとんどは、世界がカラーじゃなくて、モノクロに見えてるって知ってるか?」
「え!?そうなの?」
「ああ。だから、パンダの体の模様って、白黒だろう?自分の身を守る為に、そう進化してきたんだと考えられてるらしいよ」
「へぇ・・・」
「で、もう一つが温度調節。あれ、小学校だともう色と光の関係って、やってるのか?」
「光についてはやったけど、色と光とかはやってないなぁ。でも、夏に黒い服を着ると余計に暑くなるって言うよね?」
「お、詳しいな。そう、黒い色は、温度が上がりやすいんだ。パンダは元々、寒い地域に住んでたらしくてね。少しでも体を温める為に、目の周りが黒くなったんじゃないかって言われてるらしい」
「へぇ、お父さん詳しいね」
「ははっ、ありがとう。それじゃ、そろそろ次行こっか」
「うん!そうだね」
歩きだす彼の後をついていく。次はどこに行こうか、頭の中でワクワクしながら考えていた時だった。
「あの子、雨宮さんの娘さん?」
ふと、どこかから声が聞こえた。あまり大きな声ではなく、後ろを振り向いてみても、人が多くて誰が話しているか分からない。だが声を聞く限り、恐らく男性のようだ。
「そうなんですかね?いやぁ、南さんに似て可愛らしい。将来は、あの子も女優になるんですかね?」
「そうなんじゃないか?両親が両方海外にも有名な俳優やってるんだ。今後、娘にもやらせるんだと思うぞ?」
―っ・・・。私が、女優?
そういえば、考えた事が無かった。考えてみればそうだ。自分の両親は俳優。他の俳優家族だって、親の子供がそのまま業界に入ることも珍しくない。どうして今まで考えてこなかったのだろう。今後自分は、女優になる為に訓練していかなければならないのだろうか?だが、そんな事・・・。
「まぁ南成奈の娘なんだ。演技だってきっと上手いだろうし、すぐに出てきたら売れるだろ」
―そんなの、嫌だ・・・。でも、そうだとお父さんやお母さんの期待を、裏切ることになるのかな・・・?
お父さんは・・・どう、思ってるのかな?
前を歩く彼の背中を見る。どうやら彼には聞こえていないようで、呑気に周囲へ手を振りながら歩いていた。
「おっ、玲奈。ウサギとの触れ合いコーナーが向こうにあるらしいぞ。行ってみるか?」
「ふぇっ?あ、う、うん!そうだね、行こう!」
ダメだ、今そんな事を考えていたら、せっかくの彼との休日が楽しめないじゃないか。
嫌な考えを振り切ると、南口は急いで彼の隣へと歩み寄った。

数時間後―――。
「どうだった?玲奈。楽しかったか?」
「へ?あ、う、うん。楽しかったよ!久しぶりのお父さんと二人きりだもん、楽しくないわけないよ!」
「ははっ、そうか。じゃ、帰るとするかぁ」
揃って車のシートに座ると、父の運転で、再び車はスタートした。
動物園を出て、数分が過ぎる。特に会話が生まれる事もなく、ただただボーっと車窓の風景を眺めていた。
―私が女優になったら・・・。お父さんとお母さんは、嬉しいのかな?
「ねぇ、お父さん」
「うん?」
ハンドルを握る父が、チラッとこちらを見る。
「お父さんは・・・私が女優になったら、嬉しいの?」
恐る恐る彼に聞いてみる。一体どんな返事が返ってくるのか、とても怖くて仕方が無かった。
「玲奈が女優?・・・そうだなぁ、女優になって、お父さんやお母さんよりも有名になってくれたら、そりゃ嬉しいね」
―っ・・・!じゃあ、やっぱり・・・。
恐れていた返事に落胆する。あぁ、これから自分は、女優として生きる決心をしなくてはならないのか。そう思うと、胸が握られているかのように酷く傷んだ。
「・・・でもな、玲奈」
信号が赤になり、車が止まる。すると、彼は左手を伸ばして、自分の頭へ乗せた。
「玲奈がどうしてもなりたいって言うなら止めやしない。それは、母さんも同じだと思う。でもな?玲奈の人生は、玲奈のものだ。父さんや母さんが決めるものじゃない。だから玲奈は、しっかりと将来やりたい事を、ゆっくりでいいから決めておくんだぞ?」
「え、じゃあ・・・」
「ま、どうしてもやりたいって言うなら、母さんがビシバシ扱くだろうけどな」
ははっと、いつものように彼が笑った。
「お父さん・・・」
「まぁ、他の人が色々言ってくるかもしれないけどさ。そんなの、全然気にしなくていんだぞ?」
「あれ。あの時、お父さんも聞こえてたの?」
「一応な。ま、もう職業柄、演技は慣れてるんでね」
「・・・ふふっ、そっか」
―よかった・・・。やっぱり私は、こんな優しいお父さんが大好きだ。
嬉しさのあまり、自然と笑みがこぼれる。車窓に反射して映る自分の顔が、何だか変な表情に見えた。
「あっ、じゃあ。あの時のも、演技だったの?」
「あの時?」
「んーっと、動物園に入る前。車を降りる時、お父さんちょっと悲しそうだったから」
「あ、ああ。あれ、か」
喜びもつかの間。再び彼の表情は、段々と濁っていってしまった。今度は一体、どうしたというのだろうか。
「・・・本当は、家を出る時まで内緒にしておきたかったんだけど、仕方ないか」
「少し、外で話せる場所を探そう」彼はそう言うと、しばらくの間口を開かずに、運転に集中し始めてしまった。声を掛けられる雰囲気でもなく、無言の圧力に押し潰されそうになる。
―お父さんがこんな風になるなんて・・・。どうしたんだろう?
何が何だか分からない。彼が一体何を隠しているのか、何一つとして察し取れなかった。
数分車を走らせた後、ちょうど通り掛かった河川敷の近くの駐車場に車を停める。そのまま、彼と一緒に河川敷まで歩いて向かった。
「ここでいい、か。座ろう」
階段に彼が腰を掛ける。よく分からないまま、彼につられてその隣に南口は座った。
「玲奈。・・・その、な」
少し悩んだ様子で話し始めると、続けて彼は話を続けた。
「父さんさ。ちょっとの間、アメリカに住むことにしたんだ」
「・・・へ?アメリカ?」
「そう。ある映画のプロジェクトに勧誘されてね。父さん元々、大学を出てから数年間は映像を作る仕事をしてたからさ。配役と一緒に、そっちにも入ってくれないかって言われてね。だいぶ大きな映画になりそうだから、しばらくはそっちに住み込みになりそうなんだ」
「そんなっ!で、でも。住むって、どのくらい住むの・・・?一年とか、二年くらいなの?」
「・・・短くて五年。長くて十年は掛かるかもしれない。それくらい、時間が掛かりそうなんだ」
「嘘・・・。せっかく、お父さんと久々に会えて、嬉しかったのに・・・」
突然告げられた話に、思わず頬を涙が伝う。どうしてこうも、自分は両親とほとんど縁のない人生なのだろうか。本当は、もっともっと両親と触れ合いたいのに、どうしてそうなのだろうか。
「何でよ・・・何で?私は、ずっとお父さんやお母さんと一緒にいたいのに、どうして二人はいつも遠くに行っちゃうの?酷いよ・・・」
「悪いとは、思う。でも、このプロジェクトが実現すれば、良い映画が作れると思うんだ。いつ完成できるかは分からないけど・・・でも、父さんもこの映画を完成させたいと思ってる。だから・・・許してくれって言うのもおかしいけど・・・。玲奈。許してくれないか?」
寂しそうな表情で父がこちらを見る。涙でまともに顔を見られないが、それでも彼も、自分と同じ気持ちだという事は充分に伝わってきた。
「で、でも・・・。ずっとお父さんと会えないのは、やっぱり、寂しいよ・・・」
「何も、十年間ずっと帰ってこないわけじゃないんだ。何かあったら、日本に戻ってくるよ」
「本当・・・?」
「ああ、約束する」
「じゃ、じゃあ。必ず一年に一回。春休みでも、お盆休みでも、クリスマスでも、お正月でもいいから、一回は帰ってきてくれる?約束、してくれる?」
「分かった。必ず、一年に一回以上は帰ってくるように頑張るよ」
「約束だよ・・・?」
「ああ、約束だ」
彼が自分の頭を撫でる。この感情が、年に一、二度程しか味わえなくなると思うと、何とも言えない気持ちになった。だが、それでも彼は約束してくれた。彼だって、本当は我慢してるのだ。だったら自分だって、我慢しなくてはならない。
「さて、もうすぐ日も暮れちゃうしな。車に戻ろうか」
「うん・・・」
彼に続いて立ち上がると、未だに止まらずにいる涙を手で拭いながら、彼を見失わないようにその背中を追いかけた。

「そうだ、玲奈」
「何?」
「玲奈はさ。男友達とか、いるのか?」
「男の子の友達・・・?」
「ああ」
「まぁ、何人かはいるけど・・・それがどうしたの?」
「いやな?玲奈がこの先、大人になるまで。父さんの代わりになってくれる子がいたら、心強いなって思ってさ。もしその男の子と仲が良いのなら、ちゃんと仲良くするんだぞ?」
「う、うん。分かった・・・」
―仲が良い男の子・・・。お父さんの代わり、か・・・。
車を運転する父を横目で眺める。ふと、南口の脳裏には、一人の少年の姿が思い浮かんでいた。

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