Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

4.

「文化祭?」
心奈は首を傾げながら、隣に座る彼の言葉をそのまま返した。
「え?そうだけど。・・・え?もしかして心奈、知らないの?」
大森が驚きを隠せない様子で、こちらを見ている。まぁ、驚くのも当然だろう。
「う、うん。去年まで、そういうの全部サボってたから・・・」
「本当に?勿体ないなぁ、せっかくの高校生活なのに。じゃあ、文化祭で何するとか、全然知らないんだ?」
「うん。文化祭の出し物の話し合いの場にはいたけど、全然話を聞いてなかったから、何をどうするのとか、どういう事をするとか、全然知らないかな」
今月末には、毎年行われている文化祭が開かれる。土日の二日間の開催で、校内生徒以外からも様々な人々が訪れる・・・らしい。今日はこれから、その文化祭での出し物の話し合いを行うそうだ。なんでも、本来なら五月のテスト後から準備を行うのが普通のようだが、先週は担任が出張の為、話し合いが出来なかったのだ。その為他のクラスに比べて、心奈のクラスだけ、準備が出遅れてしまっている。
「ふぅん、そっか。でも、今年はちゃんと出るんでしょ?」
「もちろん!みんなのおかげで、もうすっかり気分も晴れたし、今年は美帆も、大森君もいるからね!」
心奈は彼に微笑んだ。
心奈には、今年は今までとは違い、仲の良い大切な友達が出来た。これまで、ずっと独りで過ごしてきた自分を、それでもなお見てくれていた人たちがいたのだ。せめてそんな彼たちと、最後くらい思い出は作りたい。そう思って心奈は、彼に笑みを見せたのである。
だが、彼はそんな心奈を見て、何やら心配そうに斜め下に視線を向けてしまった。
「・・・大森君?」
「ああ、いや・・・。・・・心奈は、俺がこうして君と仲良くしてて、いいの?」
「へ?どうして?」
心奈が首を傾げた。
「だって、俺は告白してフラれた身だし、君にはちゃんと大切な人がいる。それなのに、こうして俺とも仲良くしてくれてると思うと、何だか複雑で・・・」
「・・・ふふっ、なんだぁ。そういう事かぁ」
「なっ?何で笑うんだよ?」
思わず笑ってしまった心奈を見て、大森が機嫌を損ねる。心奈は体を彼へと向けて、楽しそうに話した。
「ごめんごめん。大丈夫だよ、ヒロは。別にそういう関係だって言えば信じてくれると思うし、そこまで私の友達関係とか、気にしてない子だから。それくらい、私を信じてくれてるの。だから私も同じくらい、いや、もっともっとヒロの事を信じてるから、大丈夫!」
心奈の言葉に一瞬拍子抜けしたような彼であったが、すぐに「ふっ」と笑って、呆れたようにこう続けた。
「・・・そっか。なら、お言葉に甘えて、これからもよろしくな」
「もちろん!」
キーンコーンカーンコーン・・・。
心奈が彼に微笑んだタイミングで、次の授業のチャイムが鳴る。二人が正面を向いたところで、教室に担任教師が入ってきた。委員長の号令で授業が始まると、早速担任が話を切り出し始めた。
「さて、朝も言ったけど、俺が出張で先週居なかったせいで、他のクラスよりも文化祭の準備が出遅れてることは本当に申し訳ない。そこで何だけどさ。一応、何かやりたいって今のところ思ってるものがある人はいる?」
クラス中の人々がキョロキョロと各々を見回す。どうやら皆、特にこれと言ってやりたいものがある訳ではないようだ。
「お化け屋敷とかよさそうって思ったけど、もう二組と五組がやるって決めちゃったからねぇ。二年生と一年生もどこかやるみたいだし、あんまり被ってもダメだよね」
教卓の前に座る女子生徒が担任に話しかける。他のみんなも似たような考えだったらしく、思いのほか他のクラスと被ってしまう意見が多いらしい。
「じゃあさ。みんな、聞いて?先生が一つ、こんなものをやりたいと思うんだ」
そう言うと担任は、白チョークを右手に持つと、黒板に何やら大きく文字を書き始めた。彼は書道部の顧問らしく、きっちりととめ、はね、はらいを付けて書く美しい文字が評判だ。そんな彼が黒板にでかでかと書いた文字はたった二文字。「牛丼」と美しく丁寧に書かれていた。
「おぉー」「マジで?」「あー!やりたいやりたい!」
教室内がざわつく。そんなざわめきを、パンパンと大きく手を叩いて、担任が静めた。
「で、まぁ牛丼をやってみたいと思うんだけど、どうかな?」
「いいんですけど、本当は先生が食べたいだけでしょ?」
廊下側に座るショートヘアの女子生徒が笑いながら呟いた。
「え?バレた?」
教室内にドッと笑いが募る。思わず心奈もつられて笑ってしまった。少し前なら、こんな風にみんなと一緒に笑い合うことなど、無かっただろう。
「ま、まぁ。それはいいんだよ!じゃあ、牛丼ってことで、何か意見あったりする?」
「先生ー。やるのはいいんですけど、作れる人いるんですか?」
心奈の列の最後列に座る男子生徒が手を挙げて問うた。
「え?んー、まぁそこは、レトルトとか買って付け加えたりすればいいんじゃない?」
「えぇー?それじゃあ何かつまらなくないですか?」
「でもなぁ。牛丼って結構作るの大変みたいなんだぞ?調べたけど。それなりに時間もかかるみたいだし」
再び教室内がざわめき始める。どうやら、牛丼の作り手がいないらしい。
―牛丼かぁ・・・。
そういえば、牛丼はこの間、家で自分で作ったばかりだ。それに、あの牛丼ならば、もう少しアレンジを加えれば、かなりいい出し物にもなりそうだ。心奈は少し悩んだ末、ゆっくりと恐る恐る手を挙げた。
「先生」
「ん、どうした明月?」
「あの、一応私、牛丼作れますけど」
「お、本当か?」
担任が嬉しそうにこちらを見ている。よほど牛丼を食べたいのだろうと、勝手に解釈しておく。
「はい。でも私が作れるのは、普通の牛丼じゃなくて、ちょっと変わった牛丼なんです」
「おぉ、それは面白そうだね」
「それにもう少しアレンジを加えれば、出し物として出せそうな気がするんです。あ、因みに中身は、作ってからのお楽しみです」
「いいねいいね。じゃあ、レシピ作りは明月、任せていいか?」
「はいっ!大丈夫です!」
「おぉー」「明月って料理できるんだ」「何作るんだろ?」
教室内から心奈に向けて様々な言葉が向けられる。こんなに注目されたのは、一体いつぶりだろうか?というか、こうして自分から何かをやろうとしたこと自体、前まではあり得なかった。自分でも、成長できていると実感できる。
「へぇ、心奈。がさつなくせに料理できるんだ。ちょっと意外」
ふと、隣の大森が意外そうにこちらを向いた。
「何よ、意外って?私だって、料理くらいできるんだよ?」
―まぁ、本当はヒロに喜んでもらうために、一生懸命練習してたんだけどね・・・。
そんな真実は当然口にできるはずもなく、喉元で飲み込んだ。
「そっか。じゃあ、俺も頑張らないとな。・・・先生!俺も明月と一緒でいいっすか?」
「え?大森君?」
彼が力いっぱいに、担任に向かって手を挙げた。彼が同じ係に立候補した事に、思わず驚く。
「大森が?お前、料理できるのか?」
「やだなぁ、先生。俺ん家が食堂っていうのは知ってるじゃないですか。一応、跡継ぎですよ?それなりの料理くらいはできますよ」
「あぁ、そういえばそうだったな。お前のとこのトンカツ、美味いんだよなぁ。また今度、清水先生と一緒に行っていいか?」
「ええ、ぜひ!」
「よぅし、じゃあ大森。明月の足引っ張るなよ?」
「大丈夫ですよ、任せてください!」
「大森君・・・。家、食堂だったんだ?」
彼の担任との会話が終わったタイミングで、心奈は彼に問うた。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!初耳!・・・大森君って、ちゃんと男の子なのに女子力高いよね、絵も上手いし」
「はは、そりゃどうも。まぁとりあえずそういうことだから、一緒に頑張ろうな?」
「うん!頑張ろ・・・?」
ふと、教室内にどよめき声が響いた。何だろう?心奈は、注目されている席のほうを向いた。
「・・・宝木?どうした?」
担任すらも驚いた様子で、彼女に問う。どうやら、美帆が彼に向けて手を挙げたようだ。
「先生・・・。私も、心奈と一緒にやります」
「えぇ!?」「宝木さんが?珍しい・・・」「マジかよ?」
驚愕の声が心奈の耳に入ってくる。どうやらみんな、本当に驚いているらしい。
―そっか・・・美帆も私以外、友達いないんだっけ。普段からモデルの仕事とかで忙しいから、あんまり友達作れないんだ。いっつもあんなこと言ってるけど、本当は美帆のほうがきっと、友達を作るのが苦手なんだよね・・・。
周囲の反応を見て、改めて皆の彼女への認知を思い知る。ああ見えて、彼女は孤独であることが多い。ましてや最近は、心奈は大森と一緒にいることが多く、美帆と接する時間のほうが少なくなってきている気がする。あまり気にしてはいなかったが、相当寂しかったことだろう。今度彼女が暇な時に、一緒にどこか出かけてあげよう。心奈は微笑むと、椅子から立ち上がった。
「美帆!一緒にやろうよ!私も、美帆と一緒にやりたい!」
「心奈・・・。うんっ!先生、いいですか?」
心奈の言葉を聞いて、驚いた様子で自分の名を呼んだ。嬉しそうに頷くと、彼女は再び彼へと問うた。
「・・・えっ?あ、ああ。構わないよ。じゃあ、三人はレシピ作り担当でよろしくね」
美帆が嬉しそうに頷く。担任はボーっとしていたらしく、思い出したように頷いた。
「はいっ!」
美帆は返事をすると、椅子から立ち上がってこちらへと歩み寄ってきた。そんな彼女を、心奈は笑顔で歓迎する。一方の大森は何故だか、彼女を見て顔を引きつらせていた。
「あー、えーっと。話すのは、初めてだよね?宝木」
隣に座る彼が早速、少し緊張気味に話しかける。そんな彼とは対照的に、対人能力に関しては高い美帆が、楽しそうに微笑んだ。・・・その目は何故か、笑っていない。
「あれぇ?私は美帆って呼んでくれないんだ?心奈は心奈なのに?」
「え?美帆でいいの?」
「いいのーって。みんな下の名前で呼んでるんじゃなかったの?誠司君」
引き気味の大森とは違い、いきなり下の名で呼び始める美帆に、大森が戸惑っている。普段とは違う彼の一面で、何だか見ていて面白かった。
「えっ、あ、あはは・・・そういえば、そうだったような・・・」
「・・・大森君、もしかしてあれも嘘だったの?」
気になった心奈は彼に問うた。分が悪そうに、しぶしぶと彼は頷く。
「嘘つき男は嫌われちゃうよー?ねー?心奈?」
そんな彼を見て美帆が、煽るように笑いながら呟いた。どうやら、彼に自分を取られていたことが、よほど悔しかったらしい。ようやく彼女の真意が理解できたところで、心奈は彼女に同情した。
「へ?・・・あ、うん!そうだよっ!もしかしてだけど、私の事を好きだって言ってくれたのも嘘じゃないよね?」
「なっ!?そんな事ないよ!それに関しては違う!他の事を色々黙ってたり嘘ついてたのは謝るけど、心奈の事を一目惚れしたのは断じて嘘じゃないよ!?」
「え、あ、う、うん。分かった、分かったから、落ち着いて?ね?」
あまりにも珍しく取り乱している彼に、呆れて心奈が制した。どうやら、彼は美帆のようなタイプが苦手らしい。何となく、手に取るように分かった。
「まぁ、そういう訳だから、私も一緒にレシピ作りと担当することになりました!よろしくね、心奈!誠司君!」
「うん!頑張ろうね、美帆!」
「あはは・・・よろしくね」
美帆はその滅多に見せない笑顔で、二人に嬉しそうに微笑んだ。

「ごめんね、美帆。最近一緒にいてあげられなくて」
放課後。久々に二人きりで話したいと、今日は仕事がオフらしい美帆を屋上へ連れて、二人で並んで座っていた。
「・・・本当だよ。ずっと大森・・・いや、誠司君と話してて、すっごく話しかけづらかったんだ。仕事も最近増えてて、なかなか心奈と一緒にいられる時間もないし、凄く寂しかった」
壁に背を任せて、体育座りで膝の上に腕を組み、その上に頭を置いている。きっと、普段から強がっているが、今の言葉が彼女の本音なのだろう。
「・・・私ってさ。いつも心奈にアドバイス、とか言ってカッコつけてるけど。本当はアレ、半分自信なかったりするんだよね。だって、実際に私がやったこととか、聞いたことじゃなくて、単にその場で思いついた事を言ってるだけだもん。正直適当。それでも、真剣に私の話を受け止めて、頑張ってる心奈を見て、凄いなぁっていつも思うんだ」
「美帆・・・」
「心奈。私がどうして、心奈に話しかけるようになったか、聞きたい?」
「へ?まぁ、美帆がいいよって言うなら・・・」
こちらの返事を聞いて、一呼吸を置くと、彼女は小さく、ポツリと呟いた。
「・・・似てたから」
「似てる?」
「うん。いつも一人でいて、悲しそうにしてる心奈を見てね。この子となら気が合いそうって、同じクラスになった時からずっと思ってたんだ。でも、なかなか勇気が出せなくて、ようやく話しかけられたのが今年に入ってから。授業で偶々一緒になって、話したのがきっかけ。その時に話してから、やっぱり仲良くなりたいって、改めて思ったの。しつこかったかもしれないけど、私は心奈に頑張って何度も話しかけた。それであの日、ようやくこの屋上で、一緒に出掛ける約束が出来たの。嬉しかったなぁ、あの時は」
しみじみと懐かしむように彼女が呟く。きっと、相当勇気を出して自分に接していたのだろう。今だからこそ、彼女の気持ちがよく分かる。
「心奈と仲良くなって、私にも友達が出来たって、凄く嬉しかった。勇気を出してよかった、私だってやればできる。私は、変わることが出来たんだって、思えたの。でもね。最近は、心奈は他の女の子とか、裕人君だったり、誠司君だったり、色んな人と仲良くしてる。それでも私は、そんな中に入れなくて、またいつも一人ぼっち。そんな心奈を見て思ったんだ。私って、やっぱりまだ成長できてないんだって。結局変わることができてなかったんだって。そう思ったら何か、自分がバカみたいで。ずっと私は浮かれてただけだった。心奈の事を妹みたいに勝手に思って、アドバイスとか調子乗っちゃって。本当は、私のほうが教えられることが多いくせに、バカだよね。正直、ウザいでしょ?やめてほしいよね、こんなの。分かってる。分かってるけど・・・」
「・・・泣いてるの?」
「泣いてないっ。って、言いたいけど・・・今日はもう、強がる気力も出ないや」
へへへっと笑いながら、鼻をすすっている。珍しく彼女が泣いていた。初めて心奈は、彼女の涙を目にした。やはり、彼女も相当溜め込んでいたのだろう。それに、仕事でだって相当ストレスを溜めこんでいるはずだ。それでもめげずに続けられている彼女のほうが、よっぽど凄いと、心奈は素直に感じた。
「・・・いいんじゃないかな?それでも」
ポツリと心奈が呟いた。
「私は、感謝してるよ?美帆が、私と仲良くなろうって、一生懸命話しかけてくれたこと。ヒロとまた仲良くなれるようにって、裏で頑張ってくれたこと。私とヒロがもっと仲良くなれるように、アドバイスをくれたこと。全部感謝してる。全然嫌じゃないよ?まぁ、偶に悪戯するのは面倒だけど・・・。でも、それが美帆だもん。私は、そういうのを全部ひっくるめて美帆が好きなの。ううん、大好きなんだ。だから、成長してないとか、そんな事言わないでよ?調子に乗っててもいいじゃない。だってそれが、美帆らしいって事なんだもん。寧ろ、調子に乗ってなかったら、美帆じゃないよ」
「心奈・・・」
「大丈夫だよ。今度は、私が必ず助けてあげるから。だから、安心して美帆は、自分らしく生きていていいんだよ。・・・なんてね、覚えてる?この言葉。私が、私らしい自分を思い出した時の言葉。美帆が思い出させてくれた言葉だよ」
「・・・そんなの・・・忘れる訳、ないじゃん」
「ふふっ、よかった。私はね、美帆がいたから今があるの。美帆が頑張ってくれたから、変わることが出来たの。美帆には、感謝してもしきれないくらいなんだ。だから、私だって美帆が困ってたら助けるよ?だから、美帆も困ったら、私を頼ってね?約束だよ」
「もう・・・ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうね」
「うんっ!」
すっかり悩みも晴れた様子の美帆が、心奈に笑顔を見せた。
この笑顔があったから、自分は変わることが出来たのだ。この笑顔を見る度に、自分は安心して自分らしく生きることができる。だったら自分だって、彼女を救うこともきっと出来るだろう。それならば、自分は何度だって、彼女を助けてやりたいと思う。
「よぅし!文化祭、絶対成功させようね!」
心奈が立ちあがると、美帆を見下ろして言った。それにつられて、美帆も立ち上がりそれに答える。
「もちろん!私達だからこそできる丼ぶり、完成させようね!」
「おー!」
二人は元気よくハイタッチを交わすと、より一層信頼が深まった様子で、嬉しそうに微笑み合った。

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