Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

8.

―うぅ・・・。
心奈は恥ずかしさのあまりに、どうすればいいか戸惑っていた。向かいには彼が、自分をまじまじと見ながら真剣に作業をしている。
「心奈、もうちょっと顔上げて?」
大森が、自身を見ながら小声で言った。
「・・・ふぇ?あ、うん」
「ふふっ・・・なんか恥ずかしそうにしてる心奈、可愛い」
「ちょ!急にそんな事言わないでよ!」
「ほらそこ。私語厳禁」
ふと、小声でそんな会話をしていると、美術の先生が割って入ってきた。お互いに苦笑いを返すと、再び沈黙が走る。
今回と次回の美術の授業に渡って、席が隣同士でペアになり、お互いの人物像を描く。という授業である。当然心奈は大森と組むことになり、今回は彼が、心奈の顔を描いているという訳だ。
だが、彼が自分をどう想っているかを知っていることもあり、どうにも素直に彼を見ることをできない。一体どこを見ていればいいのか。視線のやり場に困っていた。
「・・・はい、終了」
先生の掛け声で、一気に教室がざわめき始める。沈黙が始まってから三十分。ようやく苦痛の時間は過ぎ、心は安堵に満ちた。彼はふぅっと一息を吐くと、ニッと一人で笑っていた。
「それじゃ、みんな。ペアの人に見せてみて」
先生が皆に呼びかける。大森は「いくよ?」と自信満々に一言つけると、その絵を心奈へ見せた。
「・・・あれ。意外と上手いじゃん」
どうなることかと思っていたが、想像していたよりも倍以上の出来栄えになっており、思わず本音が口からこぼれた。
「おいおい、意外とってなんだよ」
「あ、はは。ごめん。でも、大森君凄いね。私よりも絵上手いんじゃない?」
「ありがとう。こう見えて俺、男のくせに中学の時は美術部だったんだ。昔付き合ってた彼女と一緒にね」
「へぇ、意外。だからこんなに上手いんだ」
「あ、ほら。目のところとかさ。心奈ってさ、吊り目って言うの?猫みたいな目、してるよね。ここを一番こだわったんだ」
「ね、猫みたい・・・?」
『やっぱりお前の猫目は可愛いよな』
前に、彼に言われた言葉を思い出す。やっぱり自分は猫目なのか?相変わらず決心がついていない猫目という言葉に、心奈は再び悩んだ。
「っていうか、心奈ってやっぱり一番目元が可愛いと思うよ。パッチリしてるし、綺麗だし」
容赦なくそんな言葉を次々と発する彼に、思わず心奈は顔を熱くさせた。本当に、こういうところはズルいと思う。
「そ、そんな事!あいつにも言われたことないのに!」
「・・・あいつ?」
「あっ・・・」
ふと、大森が表情を曇らせた。しまった、思わず余計な言葉を放ってしまった。言ってから思わず後悔する。
「そのあいつってさ。前に話してた、フットサルをやってる知り合いのこと?」
「え、いや!違う違う!また別の人!その・・・色々知り合いがいるからさ・・・」
「ふぅん・・・そっか」
彼は何かを考える仕草を見せると、そのままクロッキー帳を自分の前に置いてしまった。どうやら、またショックを受けてさせてしまったらしい。
―ああもう、なんで余計なことを言っちゃうのかな私・・・。
ここまでくると、いつも一言が多い自分に腹が立つ。早くどうにかしないといけないのに、このままではらちが明かない。
「心奈さ」
ふと、彼が小さく自分を呼んだ。
「何?」
「・・・誰がどうとかは、どうでもいいんだ。今、付き合ってる奴・・・いる?」
「え・・・」
彼がこちらを見つめる。マズい、ここまで核心に近づかれると、どう嘘をつけばいいかが分からない。元々、美帆やみんなからも言われるお墨付きなほど嘘をつくのが下手な自分だ。思わず目線がにっちさっちに飛んだ。だが、どれだけ間をおいても、彼は心奈の返事を待っている。仕方なく心奈は、諦めて言葉を口にした。
「・・・質問に質問で返すのは、よくないって。おばあちゃんによく言われるんだけど・・・先に一つ聞いていい?」
「いいよ、何?」
「・・・私が何言っても、怒らないって約束してくれる?・・・わがままかもしれないけど」
「ああ、それくらいなら構わないよ」
彼は頷きながら、小さく笑みを見せた。
「じゃあ、言うけど・・・。・・・うん、今私には、付き合ってる子がいる。その、フットサルをやってる男の子。小学校からの、幼馴染なんだ。・・・今まで嘘ついてて、ごめん」
「・・・そっか」
意外にも彼はすんなり言葉を受け入れると、スッキリしたようにニッと笑った。
「怒ら・・・ないの?」
「怒らないよ。心奈は俺に悪く思わせないように、嘘ついてたんだよね?ごめんね、変に気を使わせちゃって」
「そんな・・・。でも、やっぱり嘘はいけないよ・・・」
「心奈。嘘っていうのは、全てが悪い訳じゃないんだ。場合によっては、人を救う嘘だってある。別に心奈は悪くないよ」
「でも・・・」
「・・・心奈。今日の放課後、時間ある?」
あやふやに言葉を言いかけた心奈を見ると、彼は次に問いかけた。
「ふぇ?だ、大丈夫だけど・・・」
「じゃあさ。ちょっとの間、屋上で待っててほしいんだ。お願いできる?」
「え・・・うん」
「ありがと」
彼は嬉しそうに微笑むと、そのまま黙り込んでしまった。美術の授業が間もなく終わる。歯切れの悪いままに、二人の会話は無くなってしまった。
―話・・・。もうきっと、それしかない・・・のかな。
心奈は、後に聞くのであろう彼の言葉を、聞きたくないと切に願った。その願いが、たとえ無駄だと分かっていても。

放課後
心奈は一人、屋上に座っていた。彼は部活が終わり次第、すぐにやってくるとだけ言っていた。今日はいつもより、少し早めに終わる予定なのだという。
いつも通り、夕日がそこから見え始めた。いつもなら、とても綺麗に映るはずの夕日が何故か、今日はいつもより、綺麗さに欠けているような。そんな気がしてならなかった。
スマートフォンの時計を確認する。そろそろ五時半になる。じきに彼もやってくるはずだ。心奈はもうすぐ来てしまうその瞬間に、怯えさえも感じていた。
キィ・・・。
ふと、唐突に屋上の扉が開かれる。一瞬身を小さくしたものの、そこから出てきたのは予想通り。少し息を切らした大森だった。
「ごめん、待たせたね」
彼はゆっくりと扉を閉めると、心奈の隣に座った。動いてきた後だからなのだろうが、少し熱気が伝わってくる。
「大丈夫だよ。お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
「・・・それで、どうしたの?」
もはや知ってしまっていることを、改めて彼に問うた。そんな事を聞いたところで、単なる時間稼ぎにしかならないのに。
ふぅっと一息を吐くと、彼はゆっくりと口を開いた。
「そうだね・・・。こんな事、知った上で話すのは、許されるはずがないんだろうけど・・・」
彼は空を仰ぎながら、その言葉を口にした。
「・・・俺知ってたんだ。心奈がいつも、ここの屋上に立ってたの」
「・・・ふぇ?」
「ごめん。俺も嘘をついてたんだ。・・・いつも外練してるときにさ。一人の女の子が屋上に、グラウンドから見えるんだ。遠くからだから顔は見えなかったけど、それでも可愛い子だって。俺の好みの子だって、すぐに分かった。どこのクラスの子なんだろう、何年生なんだろう。ずっとそんな事を考えながら、いつも練習してた」
「そう・・・なんだ」
「それだけじゃないんだ。君を初めて見た時。君に惹かれた時。それは去年の九月頃でさ。俺は前に、彼女にフラれた、って言ったよね?あれも・・・実は、俺からフッたんだ。あの屋上の子と仲良くなりたいって思ってから、居てもたっても居られなくてさ。すぐにその子に『別れよう』って、理由も告げないで別れてさ。その日からずっと、屋上にあの女の子がいるかいないか、なんてバカみたいな観察始めてね。それで三年になってクラス替えして、心奈を見つけたんだ。見た瞬間に、『この子だ!』って分かったよ。それですぐに、心奈に話しかけた・・・ってわけ」
「・・・・・」
「つまりもう、何が言いたいか分かるだろうけど・・・好き、なんだよ。心奈のこと」
「・・・うん」
静かに心奈は頷いた。
やはりそうだった。彼は自分の事を好きでいてくれている。それも、彼と再会する日より、ずっと前から。あんなに他人を嫌っていたあの日から、彼は自分の事を好きでいてくれた。それが何よりも嬉しくて、そして申し訳なかった。
「・・・返事を返す前に、一つ話していい?」
「ん・・・いいよ、話してみて」
心奈は小さく息を吸うと、これまでの自分の経緯を彼に話し始めた。中学の時に好きだった彼との騒動に巻き込まれた事。その後の沖縄での騒動。その日から、自分は、この間まで他人を拒絶していたこと。それを救ってくれたのが―――美帆だということ。
長い長い話だった。今までの話をしようとすると、簡単に省略しても数十分かかるから困ったものだ。それでも彼はその間、その話を真剣に聞いていてくれた。
「だから、その・・・この間まで私、誰とも接してなかったんだ。それで、いつもこの場所で夕日を見てたの。ずっと辛かった。誰かに『一人じゃない』って言ってほしかった。『自分らしくしていいんだよ』って言ってほしかった。・・・そんな事を、美帆は笑って言ってくれたの。嬉しかったなぁ、あの時は」
「・・・大切な、友達なんだな」
「うん。それに・・・そのヒロって子も、同じくらい大切。ううん、それ以上に、大切って言葉じゃ表せないくらい。だから、その・・・確かに大森君が、変わる前の私を好きになってくれたことは、正直にすっごく嬉しかったよ。・・・でも、それでもやっぱり私には・・・ヒロがいるから。だから、えと・・・ごめんなさい!」
心奈は彼に向き合うと、思い切り彼に頭を下げた。
「・・・はは、なんで心奈が頭を下げるんだよ。顔、上げてよ」
彼が笑いながら、優しく告げる。心奈はゆっくりと顔を上げると、寂しそうにしている彼の顔を見た。
「ま、しょうがないかぁ。今回は、諦めることにするよ」
彼はすっかり暗くなった夜空を見上げると、小さく笑った。
「・・・でもそいつ、フットサルやってるんだよね?いつか、戦ってみたいなぁ」
「なら・・・ヒロに掛け合ってみる?できるかは、分からないけど・・・」
「本当?じゃあ、お願いしようかな。心奈がそれほど大好きになる人がどんな人か、ちょっと気になるからね」
「でも、ホントにバカな子だよ?どこか抜けてるし、意地悪だし」
「ふふっ、仲良い証拠だよ。さて、すっかり遅くなっちゃった。そろそろ帰ろうか」
「うんっ!そうだね」
色々あったものの、なんだか正直に話したおかげで、今までのモヤモヤが晴れたみたいだ。これで、彼と面と向かって接することができる。
たとえ友達という関係でもいいじゃないか。それが彼との関係なのだから。大切なのは、名目よりも質なのだ。そう自分に言い聞かせながら、心奈はゆっくりと屋上の扉を閉めた。
―――先を歩く彼の後ろ姿を、ゆっくりと見つめながら歩いた。

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